ここはプラント・アプリリウス学園高等部の片隅、俗に言う生徒会室という所。
授業も終わり、例の生徒会役員『フォア・カード』の面々も何やら話に華を咲かせている。

「ところでディアッカ先輩。あなたこれからどうするのですか?」
「・・・どうするって?」
「ミリアリアさんですよ!ケンカしてるとはいえ、このままほっといてもいいんですか?今日でもう3日会っていないのでしょう」
「別にぃ〜。ど〜せ名目上の婚約者なんだしさぁ、あ、何なら婚約解消しちゃってさ?もう1度自由を楽しむってのはどうよ?」
「・・・強引に、無理矢理、彼女を婚約者にしたのはあなたでしょう!その方が都合がいいとか言っておきながらちょっと自分に逆らったからって解消するなんて・・・あなたは恥ずかしくないのですか?ああ!あのディアッカ・エルスマンも堕ちたものですよっ!」
「ずい分な言い草じゃないの?ニコル・・・」
「あなたにはこれ位言ってちょうどいいんですっ!」





所詮・・・恋など!   『あの星空の向こうにいかせて・・・』の続編となります。





さっきからディアッカの横でニコルがあ〜だこ〜だうるさいのには理由がある。
実は今、ディアッカはミリアリアと大喧嘩の真っ最中なのだ。
ディアッカに舞い込む見合い話がもうざったくて、ひょんなことから知り合った彼女、ミリアリア・ハウを婚約者に仕立て上げてから早3ヶ月。
以来彼はそれなりに平和な日々を楽しんでいたのだが、ミリアリアとちょっとした意見の食い違いから口論となり、今日でもう3日も会っていないのだ。
側にいればこの上もなくうるさい女なのだが、さすがに3日も顔を見ていないと(大きな声では言えないが)やはり気になる。
聞けば寮にもいないらしく、舎監のバジルール女史が『どこに行ったんだっ!』とキーキー声で怒鳴っていた。
寮にもいないなんて一体どこへ行ってしまったのか、この全寮制の学園で姿が見えないなんて妙な話だ。
だが、そこは庶民の出身である彼女のことだから、まぁ、どこかでムクれているんだろう・・・と思っているのではあるが・・・。

「ディアッカ先輩?いい加減ミリアリアと仲直りしたらどうなんです?どうせまた彼女に無理難題を吹っ掛けたんでしょう?」

(ニコルの次はアスランかよ・・・)

ディアッカは思う。自分の周りはなんでこんな小うるさい奴らばかりなのだろう
しかも、そろいも揃ってミリアリアがお気に入りだというから面白くない。
結果、ディアッカの言い分もろくすっぽ聞かずに彼女の肩を持ちたがるのが癪に障る。

(どいつもこいつもミリアリアミリアリアミリアリアミリアリア!うるせえんだっつ〜の!)

本当にムカつく!あのバカ女!戻って来たら速攻で婚約破棄にするぜ!・・・でも、そうなると1番困るのはオレかぁ。
と、まあ、ひとりごちるディアッカも正直うるさいと周りに思われていることだろう。










───コンコンコン。


「おや?誰か来たみたいですね」
不意にしたノックの音にニコルが応対する。見れば小柄な少年がドアの外に立っていた。

「生徒会室に何のご用ですか?」
人好きのする笑顔を見せてニコルが言葉をかけると、

「今、校門のところで言付かって来たんです。ディアッカ先輩にこれを渡して欲しいとのことで・・・」
ちょっとおどおどしながら、少年はニコルに白い封筒を差し出した。

「・・・?誰からですか?」

「ドミニオン学園の制服を着ていたんですが、渡せばディアッカ先輩が解るからって言ってましたので・・・」

「ドミニオン・・・?」

「はい。僕はただ頼まれただけですのでこれで失礼致します」
それだけを告げると少年は足早にその場を辞した。

ディアッカはは席を立つとニコルから白い封筒を受け取り、そのまま封を開け中を覗き込んだ。
中に入っているのは・・・?

(なんだこりゃ?)

ディアッカが怪訝そうに取り出したのは意匠をこらした便箋にこんな文字の羅列。




───御機嫌ようディアッカ・エルスマン。

風の便りで貴様が婚約したと聞いたよ。
まあ、女タラシで浮ついた話題の中心人物である貴様が夢中になって惚れ込んだという噂の女だ。
どんな女なのかちょっと興味があってね?せっかくなのでこちらにお越し頂いている。
美人とは言い難いが、ハネッ返りの可愛い娘じゃないか・・・!
自分としても、こんな女の子とならいろいろ楽しめそうで嬉しい。
どうだ?自分の婚約者が他の男のものになるのを見に来ないか?
言っておくが、断ったら速攻でこの女を貰うからな。
そうしたら、AVも真っ青な素敵な映像を送って差し上げよう。
よって本日午後10時、ドゥリットルの総合開発跡地までお越し願いたい。
そうそう、くれぐれも他言は無用だよ?
と言っても貴様を含む『フォア・カード』の面々は有能だからあまり意味がないとは思うが、こちらにも相応の準備がある。
なので心して来るように注進する。


            ───R・L・K───




(やられた・・・!)

ディアッカの顔つきがみるみる険しくなっていくのを受けてニコルとアスランが互いに顔を見合わせた。

「ディアッカ先輩・・・?どうしたのですか?何かあったのですか・・・?」
ディアッカの表情から、これはただ事ではないと察知したニコルがディアッカに問う。

ディアッカは黙って便箋をニコルに突きつけると、特に慌てた様子もなく無言で生徒会室から出て行った。








(ミリアリア・・・!)

迂闊だった。
ディアッカは安穏と構えていた自分が腹立たしかった。

ミリアリアは正式な発表こそしていなくても公には自分の婚約者なのだ。
名門財閥の出身であり、大病院経営者の息子である自分は常日頃から生命を脅かす危険に晒されている。
ディアッカの肩にはGPS探査チップが埋め込まれていて、不測の事態にはいつでも対処出来るようになっているが、ミリアリアはそうではない。
第一正式な本当の婚約者ではないのだ。あくまでも婚約者のフリをさせているだけの存在。

(ああ・・・!こんな状況はもっと早く想定しておくべきだったよ!)

便箋に記されたアルファベットの3文字・・・『R・L・K』・・・!

ディアッカは携帯を取り出すとおもむろに通話を始める・・・。






**********






───ご機嫌は如何かな・・・?はねっ返りのお嬢さん?

陽の差さない薄暗い地下室でミリアリアは目を覚ました。

一昨日の夕方、些細な事からディアッカと口論になったミリアリアは、気分転換に市街地まで買い物に来ていた。
プラント・アプリリウス学園は全寮制であるため、校外に出るには学園が発行した許可証が必要とされている。
だが、ミリアリアは学園の理事長であるエルスマン家の一員(たとえ、かりそめの婚約者でも)なので自由に校外へと出られる。
それが仇になった。

お気に入りのパーラーで特製チョコレート・パフェに舌鼓を打っていたところへ背の高い金髪の美男・・・20代も半ばと思われる男が近づいて来て、『ちょっといいかい?』などど気安く話しかけてきたのだ。
ミリアリアは当然警戒心を露にしたのだが、男の方はそんなことも気にせずにミリアリアの横に腰を下ろすと穏やかに口を開く。

「ミリアリア・ハウさんだろう?初めまして。私はクルーゼというのだがね・・・そうだな、ディアッカとは古馴染みの旧知の仲なんだよ。先日彼が婚約したって聞いてね・・・ちょっと驚いてしまってね・・・」

話を聞き、この男がディアッカの知人だと判ってミリアリアは少しだけ警戒心を解いた。
「あ・・・初めまして。ミリアリアと申します。ディアッカにこんな年長のお友達がいたなんて初耳ですが・・・」

「ああ私は・・・正しくは彼のお兄さんのアズラエルの友人だったんだよ。早いものだ・・・アズラエルが死んでもう3年か・・・」
クルーゼと名乗った男は懐かしげに空を仰いだ。

ディアッカに兄がいたということはミリアリアも聞いて知っていたが、既に故人であったから面識も無い。

「アズラエルが事故死しなければ、ディアッカなんて一生日陰の身だっただろうね。愛人の子供の分際でまあ出世したものだよ!」
ギリギリと唇を噛み締めてクルーゼはミリアリアを睨みつけた。

(ムウもアズラエルもディアッカも・・・)

クルーゼの脳裏によぎるのは昔まだ若い自分の姿と、更にまた若いディアッカの姿である。

「あなた・・・いったい何・・・・・・」

危険を感じたミリアリアがクルーゼに向かって話かけたのだが、その言葉は途中で途切れてしまった。

───プシュ!

クルーゼが吹き付けたスプレーガスを吸い込んで・・・ミリアリアの意識はそこで止まった。






        ***






あなた・・・クルーゼって言ってた・・・?

おぼろげながらミリアリアの意識も戻って来ている。

「ほう・・・ちゃんと憶えていてくれたのかね?世の中君のような人間ばかりだったら平和なのだがね・・・」
クルーゼは自分の手のひらを薄暗い光源に翳すと独り言のように呟く。

「私・・・どうしてこんな所に・・・?」
だって自分はパーラーにいた筈だ。

「ん?・・・そうだねえ、ちょっとディアッカに用があってねぇ・・・会いたいのだが、奴はあれでガードが堅い。頭もいいし人望も行動力もある。どんなに軽率に見えても理詰めで動く男なのさ?婚約者の君にならそれが解ると思うがね・・・」

「私はディアッカの婚約者なんかじゃありませんよ!周囲の人達がうるさいので婚約者のふりをしているだけなんですっ!」

「ほう・・・?そうなのかね?だが、この写真を見る限りではそうは見えないね。ほら・・・本物の恋人同士みたいじゃないか」
そう言ってクルーゼは持っていた写真を床に投げた。

見ればそこに写っているのは本物の恋人達も逃げ出したくなるようなイチャついたディアッカとミリアリアのふたり。

(なんなのよ・・・これは!)
自分の知らないところでこんなモノを撮られていたのだ。当然ミリアリアは面白くない。

「まあ、ディアッカにも連絡しておいたからそのうちここに来るよ」

「・・・・・・あんた、ディアッカに何するつもりなのっ・・・!」

ミリアリアの怒りも露な表情をよそにクルーゼはそら寒い笑みを浮かべる。

「私と同じ日陰者のくせに・・・自分だけ明るいところに行くなんて・・・許せないんだよっ!」
なまじ美貌なだけに、歪めた口元が余計醜く感じられる。

(こいつは危険だ・・・!)

ミリアリアの中で警報が鳴り響く・・・・・・。







**********








───『R・L・K』

ラウ・ル・クルーゼ。

嫌な男の名前だ・・・。

ディアッカと敵対する組織の筆頭が彼である。加えてドミニオン学園の陰の支配者でもあった。

ディアッカがまだ愛人の子供として忘れられた存在だった頃、一緒につるんでは悪行を繰り返していたものだ。
クルーゼ自体も大財閥の当主の隠し子である。
しかし、同じ日陰の存在であったディアッカは兄の死によって表舞台へと移っていった。
自分を置いて幸せを掴んだディアッカのことなど到底許せる筈も無かった。そして憎しみだけが積もり積もってゆく・・・。
当然クルーゼも表の世界へと思いを馳せる。
だが、クルーゼの腹違いの兄に当たる人物はことのほか出来がよく、近く幸せな結婚をひかえていた。
兄の名前はムウ・ラ・フラガ。ディアッカの腹違いの姉、マリュー・ラミアスの婚約者でもあるのだ。

(あいつは・・・危険過ぎる・・・!)

ディアッカは携帯電話を切るとGPSの探査装置をONにした。

クルーゼは多分かなり前からディアッカの動向をマークしていたのだろう。
ディアッカやマリュー・ラミアスだと下手に手を出すのは危険だが、ミリアリアは違う。
本当は名目上の婚約者でしかないのだ。
だが・・・他人はそうは思わない。ミリアリアはディアッカの恋人で婚約者なのだ。

(ミリアリア・・・待ってろよ!)

ディアッカの身に、いつもとは違う緊張感が走る。
自分の迂闊な行動から彼女を危険に晒してしまった。

あの・・・美貌の仮面の下には獰猛で残忍なサディストの素顔が隠されているのだ。

暴力で女を押さえ込むなど簡単にやってのける男!







ディアッカは愛車であるドゥカティM900に跨ると漆黒の闇を奔り抜けていく・・・。














 (2005.12.16) 空

 ※お待たせいたしました! キリリク 『敵対するグループに拉致されたミリィを助けに行くディアッカ』を
   お届けします。『花より男子!』もどきの設定希望のまま、前回のリクの続きとして書きました。
   もう1話(もしかすると2話)を設定してありますので、ごめんなさい!続編はもう少々お待ち下さいませ。
   今年中には完結させるべく頑張りますvv


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