『できちゃった婚』ま、二人がシアワセなら本来別にとやかくいう事はないのだけれど。
事情によっては大騒ぎの原因にとも成りかねない。
これからご紹介するのはそんな騒ぎに巻き込まれてしまった新婦さんの日常のお話。





hurry up!





ここはフェブラリウス市。医療機関が集まる生化学のプラント群。
先日長い交際期間にピリオドを打ち、晴れて結婚したとある新婚夫婦がここで暮らしている。
まあ、本来結婚というのは別に珍しい事ではないが、ナチュラルとコーディネイターという異色のカップルに加え、お子ちゃままでできちゃったとあっては、騒がれるのも当たり前で、連日マスコミに追いかけられてはTVや雑誌に格好の話題を提供している。

この夫婦。夫の名前はディアッカ・エルスマンという。遺伝子コーディネイターの二世代目で、元フェブラリウス市長の息子。豪奢な印象の美丈夫で士官学校(アカデミー)生の頃は何かと派手なウワサの中心人物だったが、先の大戦時に出逢ったナチュラルの恋人、現夫人のミリアリア・ハウ・エルスマンにはもう周囲も呆れるばかりのベタ惚れぶりで有名だ。
彼女なしでは生きてはいけないとはディアッカ本人も公言する。

ところで前述のとおり妻であるミリアリアのおなかには現在妊娠四ヶ月目の双子の子供が宿っている。ナチュラルとコーディネイターの両方の遺伝子を持つ子供というのはここ数十年間いなかっただけにその経過が注目を集めている。人工的に遺伝子操作をされたコーディネイターの妊娠確率は極めて低く、現在プラントでは『婚姻統制』なるものが施行されている。精子と卵子の適合率の良い男女の婚姻が奨励され、愛情は二の次になっているのだ。当然そこには数多くの悲劇が生まれた。恋人同士の仲は引き裂かれ、意に添わぬ結婚生活が長続きする筈も無く結果若年層に広がるのは結婚と恋愛の極端な分離化である。
そんな中でのミリアリアの妊娠はコーディネイター同士の恋愛結婚も可能になるかも知れないと誰もが期待を寄せたのはしごく当然であっただろう。

『ミリアリア・プラン』

これはプラントが国を挙げて推進している出産研究計画である。
ちなみにコーディネイターの子供を自然な形で身ごもったミリアリアの名にちなんで付けられた名称だ。

現在プラント中が期待を寄せているプランなのだが、このプランの発起人であり、フェブラリウス市の医局のトップでディアッカの父親でもあるタッド・エルスマンの報告によれば、ミリアリアの母体研究をすることによっていずれはコーディネイターの男女間の妊娠出生率が3倍になるとの試算が出ている。プランプロジェクトにはディアッカも名を連ねていて親子で研究に余念が無い。


───と、ここまでの経緯を聞くと崇高な研究をしている親子とミリアリアの献身的な愛情話なのだが・・・。









**********








エルスマン家の朝は二人の男の駆け足で始まる・・・。





「オヤジ・・・!毎朝毎朝オレの邪魔するんじゃねぇっ!」

「うるさいっ!この家の家長はわたしだっ!敬意をもって先を譲るのが息子ってものだろうがっ!」

親子漫才のド突き合いの様だが、当人達は至って真面目なのだ。さて、争いながら2人の向かう先はというと・・・。

「「ミリアリアっ!おはよう」」

ノックもせずに二人の男がミリアリアの部屋になだれ込む。ひとりは彼女の夫のディアッカで、もうひとりは義父のタッドである。

「おはようございます・・・今日も賑やかですねえ・・・」

(はあ・・・・)二人の顔を見比べながらミリアリアは大きく溜息を吐いた。

「どれどれ今日もご挨拶させてもらおうかね・・・おはよう可愛いベビー達・・・おじいさまだよ!」
そう言いながらタッドはミリアリアのおなかをさする。その表情たるやもうメロメロの爺バカっぷりだ。

そんなタッドをディアッカが押し退ける。
「テメェ・・・オレの嫁さんに触るんじゃねぇよっ!いいトシこいてセクハラなんて恥ずかしくねぇのかよ!それに!何が『おじいさま』だよ!自分に『さま』なんてバカじゃねぇ?」
ディアッカはミリアリアの頬と額にひとつづつキスをした後、やはりこちらも彼女のおなかをそっと撫でる。
「おはよう!今日も元気か?ママを泣かせたらぶっとばすからな!それが嫌ならいい子でいるんだぞ」

(・・・コイツもバカだ・・・)
自分の子供を脅迫する父親もどういうものかとミリアリアは呆れかえる。

「もう・・・そんなに慌てなくても私は一日中この家にいるんですから少しは落ち着いてください!」
毎朝こんな調子じゃミリアリアはオチオチ寝てもいられない。

慣れないプラントでの生活と急な結婚に妊娠・・・慌しく生活が一変したせいなのか、ミリアリアはとても『つわり』がひどい。
食事も殆ど受け付けないため、点滴とゼリーチューブは欠かせない。

「ほら・・・!これからミリアリアは点滴の時間だから関係ない奴は出て行ってくれよ!ってオヤジ!聞いてんのかよ!」

見ればタッドは性懲りも無くまたミリアリアのおなかをさすっている。

「お前達・・・あんな父親に似るんじゃないぞ?ママのように優しい良い子になるんだよ」
ディアッカの姿をしみじみと眺めながらタッドはおなかの子供に話しかける。
どうしてあんなバカ息子にこんないい嫁さんがいるのか感心してしまう。
わが息子ながら、ディアッカはやる事成す事ハチャメチャでタッドにとっては本当に頭痛のタネなのだ。

「オヤジっ!オレにケンカ売ってんのかよ!ジジイなんざいなくたっていいんだよ?ミリアリアには最愛のダンナサマがここにいるんだからさ?」
ふふんっと胸を張ってディアッカはミリアリアの横に立つ。

「ミリアリア・・・何かあったらわたしを呼びなさい。ああ・・・ずっと傍についていてあげたいのだがね!」

「ってなあっ!そんなにミリアリアのことが心配ならこいつをオレと同じ部屋で寝かせてくれればいいじゃないかっ!どうして一緒に寝ちゃいけないんだよっ!」

ごもっともな話である。

ディアッカとミリアリアは新婚ホヤホヤの夫婦なのに、ミリアリアが妊娠していると判った途端、実は寝室を別々にされてしまったのだ。

「当然だわっ!このバカ息子!ミリアリアはようやく妊娠四ヶ月目に入ったばかりなんだぞっ!今が一番大事な時だという事くらいおまえでも解るだろうがっ!安定期に入るまであと二ヶ月!おまえにちょっかい出されるわけにはいかん!」

「はあ〜?なんだよそれじゃオレが見境無く発情しているハイエナみたいじゃね〜かよ!あ〜っ?」

(確かにその通りだわ・・・)ミリアリアは無言で頷く。

まだ妊娠する前、ディアッカがミリアリアを片時も離そうとはしなかった事は周知の事実である。
タッドの心配も頷けるというものだ。とはいえこのまま二人を対峙させておくわけにもいかない。

「もう・・・ディアッカもお義父さまもやめてくださいって!スワッスンさんやアーデルハイド夫人が心配・・・う・・・」

「「ミリアリア!」」

またつわりだ。。

「はやくネルソン先生を!」ディアッカの声が室内に響き渡る。

「ごめん・・・一番辛いのはおまえなのに・・・ただでさえ慣れないプラント生活してるのに・・・」

「ディアッカ・・・ただのつわりだからそんなに慌てないで・・・」
ミリアリアは苦笑する。こんな時のディアッカはとても心配性なのだ。昔も今もそれは同じ。




「さあ・・・旦那様!ディアッカ様!お二人とも研究室に行くお時間ですよ。お車を廻してありますからね。ミリアリア様はわたくしとスワッスンにまかせて早くおいでなさいませ」

これも毎朝恒例のアーデルハイド夫人の追いたてにしぶしぶ二人は重い腰を上げる。

「では行ってくるよ。あとはネルソン先生とアーデルハイド夫人にお願いしてあるからね」と、タッド。

「無理はするなよ!何かあったらスワッスンさんにも頼んであるから」と、ディアッカ。

「はい・・・!大丈夫だから今日も一日頑張って来てくださいね」と、ミリアリア。

頬にひとつ。額にひとつ。そして唇にひとつ・・・ディアッカからの愛情のキスを受ける幸せ。






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ミリアリア様の妊娠でこの家にも春が訪れましたわ・・・・・・。

そんなアーデルハイド夫人の朗らかな声はミリアリアを落ち着かせてくれる。

「それにしても毎朝けたたましい事ですよ!ディアッカ様はともかく旦那様まであんな調子じゃあミリアリア様も落ち着けませんよねえ」
その声にミリアリアは苦笑してしまう。

ミリアリアはもうずっと長いことダッドとディアッカの共通点を見つけられないでいた。
ディアッカの外見が母親似だとは聞かされていたが、タッドとの共通点は皆無だと思っていた。
だが・・・最近になってようやくこの二人の共通点を見つけたのだ。それも驚きの共通点を。




───ディアッカとお義父様って性格がそっくりなんだわ・・・・・・。




二人とも心配性。クールと思いきや心根は思いのほか篤い。

(ディアッカのお母さまって・・・きっと幸せな方だったんだろうなあ・・・)

ミリアリアは心底そう思う。

二十年以上前、きっと今と同じような光景があったのだろう。

まだ若かったタッドの傍で金髪、褐色の肌の女性が大きなおなかを撫でている・・・。
間もなく生まれてくる子供の名前をあれこれと言い合っては微笑む二人・・・。
幸せになって欲しいと願いを込めて過酷な環境に耐えられる力をコーディネイトされた赤ん坊・・・。
そこには選民意識や特別感情などきっと無かったに違いない・・・。
健やかであれ・・・それはナチュラルもコーディネイターも同じこと・・・。

ミリアリアのおなかの中の子供はやがてたくさんの愛情を受けてこの世界に生まれてくる。



     hurry up!   ううん・・・大丈夫!

     hurry up !    いいの!そんな急がないで・・・!


     私はとても幸せだから・・・。

     これからもっともっと幸せになるから・・・。

     だからお願い! hurry up なんてせかさないで!

     ゆっくり幸せになりたいの・・・・・・。






     誰よりも幸せになりたいの・・・・・。






     ゆっくりでいいから・・・・・・・・・・・・。











 (2005.8.24) 空

 ※たいへんお待たせ致しました。リクエストの『妊娠初期のミリィの介護にアタフタするディアッカ』を
   お届けします。『プレゼント!』の続編として書いてみましたので、そちらから読んでいただくといいかと思います。
   妊娠というおめでたい話なのでちょっとおバカではありますが、タッドパパも交えてギャグっぽくしてみました。
   久々に黒くないディアッカを書いたのですがいかがでしょうか・・・?
   リクエストありがとうございました・・・!

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