人類の存亡を懸けた2度に渡る大戦も過去のものとなり、人類は新たな道を模索し始めた。
ナチュラルもコーディネイターも、まだまだ両者の歩み寄りが必要だがそれでも決して暗い未来ではない筈だ。
そして2度目の停戦から6年が過ぎ、ミリアリア・ハウも成長して今年24歳になった。
現在彼女は3ヶ月という初めての長期休暇をここプラントで過ごしている。
滞在先はフェブラリウス市エルスマン邸。言わずと知れたディアッカの実家である。
プレゼント!
ディアッカは相変わらず飄々としている。25歳になった筈だが性格的なものはあまり変わった印象がない。
人の悪そうな口元だけでクククと笑う仕草も漠然としてつかみ所の無い態度も昔のままである。
ただ、外見的には身長が更に伸びて185センチに届こうとしていており、クセのある金髪が以前より長いこと。
少年ぽさを残していた身体つきが大人のそれになって、以前から漂っていた『何ともいえない』色気が更に・・・
凄まじくなったというか、壮絶になったというか・・・『歩くフェロモン拡散器』といった表現がピッタリの風情である。
ミリアリアがプラントの宇宙空港に降り立った時、当然彼が出迎えてくれたわけだが、そのエセ紳士ぶりに眼が
点になった。淡いアイボリーのスーツに同色系のシャツとネクタイ。オールバックのヘアスタイルもキマっていて
半年ぶりに再会したミリアリアの第一声は『あんた・・・なんて格好してるのよ・・・・』であった。色気虫・・・。
しかも・・・エルスマン邸に向かうエレカの中でディアッカはミリアリアに嬉しそうに話しかけてきたものだ。
『ミリアリア。長時間のシャトル移動は疲れただろ?少し休んでから家に行こう。ホテル予約入れてあるんだ♪』
他人が聞いたら涙を流すような紳士ぶりだが何の事は無い。要するに『まず抱かせろ!』と、ミリアリアに暗に申し
入れているのだ。ミリアリアに拒否権は無い。拒否したが最後『恐ろしくて口に出せない』事態が待っている。
ミリアリアは一度コレで大変な思いをしてからは極力ディアッカには逆らわないようにしている。
トンデモナイ男に惚れられてしまった。まあそんな男と知っていて惚れた自分も自分だと諦めてはいるのだが。
**********
エルスマン邸は広大だ。
主人でディアッカの父親でもあるタッド・エルスマンは今も生化学や基礎医学、臨床医学といった分野で活躍
している第一人者である。
一次大戦中は最高評議会議員でもあった程だから、プラントでもその裕福さはハンパではない。
柔和な物腰と穏やかな言葉遣いで、実に温和な紳士といった印象を受けるのだが、それだけに疑問が募る。
『いったいディアッカはこの父親からどんなコーディネイトをされたのだろう・・・』
それほどまでに似ていない親子なのだ。もうこれまでに何度も会っているのだが正直今でも笑ってしまう・・・。
「ようこそお越しくださった!ミリアリア嬢。我が家のバカ息子も首を長くして待っていてね・・・大変だとは思うが
私やここの使用人達の精神衛生問題を助けると思って3ヶ月間諦めてくれたまえ・・・」
こんな歓迎の言葉でミリアリアを迎えてくれる。スケールの大きさはいかにも大人の男といった感じで会う度に
タッドに対する好感度が上昇するのも当然なのだが、バカ息子の方はそれにすらヤキモチを焼いて大変だ。
ミリアリアはエルスマン邸が好きな理由のひとつにすかさず『使用人の質の良さ』を挙げるだろう。
ここの使用人は年配の者が多い。一世代目のコーディネイターが殆どで、中にはナチュラルの者までいて、
ミリアリアを驚かせた。そしてナチュラルに対する偏見が皆無といってもいいくらい無いのである・・・。
ディアッカが生まれる前から執事長をしているスワッスン氏はナチュラルだし、早くに母親を亡くした彼を
育て上げた乳母でありメイド長のアーデルハイド夫人もナチュラルだと聞いてミリアリアは心底驚いたものだ。
そしてこういうこまやかで行き届いた心遣いはナチュラルやコーディネイターとは無関係な心がけの問題だと
感心させられてしまう。どちらも『超』が付くほど一流の人材だとミリアリアは尊敬していた。
タッド・エルスマン氏は信望者も数多い。年齢や世代もまちまちだが、共通しているのは『恩人』として彼を崇め
ている事だろう。かつて、コーディネイターブームも去り、逆にコーディネイター受難の時代が訪れた。
能力を妬んだナチュラルの急進派に虐殺され始め、棲家を、国を奪われていく。そんなコーディネイター達が
逃げるようにして建立したのが現在のプラント群である。
ナチュラルとコーディネイターの能力差が悲劇を生み出したように、コーディネイター間にも能力差が生じる。
当然貧富の差が広がり始めるし、コーディネイター一代目の親は当然ナチュラルなのだ。仕事も限られたもの
になってしまうし、ナチュラルとコーディネイターの間が険悪なものになるにつれ尚更追われていく様は悲劇
以外の何物でもなかった。そんな人達に救いの手を差し延べたのがエルスマン氏で医療方面で頭角を現して
からは、貪欲に人材を確保し始めるとそれに伴い使用人の数も増やさねばならず、仕事を求めた貧困層の
コーディネイターやナチュラルにそれを求めたのである。人間の能力とは計り知れないもので、能力的には
劣っている筈のこれらの人々は職を失う事を恐れて自らを律し、成長させた。結果エルスマン氏は最高の人材
を得る事に成功したという訳である。使用人の子供や親族に対しても必要であれば後見人になったし、学費も
援助を惜しまなかった。今日のエルスマン家の繁栄はタッドの卓抜した感覚がもたらしたものといえよう。
このような家に育ったディアッカが何故ザフトに志願し、赤服を着るトップガンにまでなってしまったのかは別の
話に譲るが、ディアッカもそんな父の薫陶を受けて育ったのであるから根本的には思慮深く、妙な所で質素で
ある事をミリアリアは良く知っている。使用人に対しても『さん』づけで呼ぶのを当然の事だと受け止めているし
人当たりもいいのだ。実際幼少の頃は大変素直で可愛らしい子供だったと皆口を揃えて証言している。
だが、誰よりも慈しんでくれた母を亡くし、自分の内面よりも華やかな外見や地位、財産、能力といったものに
人が群がるにつれて皮肉屋でつかみどころのない飄々とした態度をとるようになり、成人した頃には手の付けら
れない遊び人になってしまっていたのだという。その頃には家にも寄り付かないほど荒れた生活を送っていたと
アーデルハイド夫人が話してくれた。
そんなディアッカが『オレの恋人』と言ってミリアリアを伴って実家に帰ってきたときは誰もが喜び、歓待して
くれたことを今もミリアリアは忘れない。ディアッカとの落差を散々皮肉られてきた彼女だったので、当然ここでも
そう言われる事を覚悟していただけに、望外の喜びであった。
───以上が現在のミリアリアとディアッカをとりまく周囲の状況である。
**********
「どうしたのミリアリア?さっきから溜息ばかり吐いてんじゃない?」
広大なエルスマン邸の庭の木陰でミリアリアはひとり空を見上げていた。
オーブの青空とは全く違う人工の空だが、これはこれで美しいとミリアリアは思う。
「プラントもとても綺麗な所よね・・・」素直にそう呟くと傍らのディアッカは心底嬉しそうな顔をした。
「だったら・・・このままここで暮らしたいとは思わない?」
ディアッカはミリアリアがプラントに来るたび同じことを言う。
「そうね・・・それもいいかなって思うんだけど・・・あんたの立場を考えるとむずかしいわよね・・・」
「オレの立場なんかど〜だっていいんだよ!おまえの存在を知らね〜奴なんていないんだからさあ」
「あんた・・・将来を嘱望されているんでしょう?このまま独身を通すのもそろそろ限界じゃないのかなって思う
のよ・・・縁談だって今でもすごいじゃないの?今日だっていくつ来てた?」
ミリアリアはそう言って溜息を吐く。
AAで出逢ってから8年が過ぎた。
投降して捕虜となったコディネイターの男と、恋人を亡くしたばかりのナチュラルの女。互いに傷つき傷付け合った日々も今は遠い昔のことだ。
密やかに育っていった愛情は2人を恋人同士にして久しいが、ナチュラルとコーディネイターの壁は厚く
婚姻などまだ夢の話である。事実、今でもディアッカに持ち込まれるおびただしい数の縁談がそれを物語る。
それでも彼はそれらの縁談に見向きもせず、ひたすらミリアリアだけを恋い慕う。
こうして彼女がプラントに来るたびにあちこち連れまわしてはその存在を周囲に誇示するのだ。
エルスマン邸ではミリアリアはもうディアッカの婚約者として認められている。あとはプラントがふたりの婚姻を
認めさえすれば良いだけにディアッカの怒りは頂点に達しようとしていて、ミリアリアは彼を宥めるのに一苦労
しているのだ。本来なら逆なのだろうけれど・・・。
ここまで愛されて・・・大切にされてミリアリアは心底幸せだと思っているのに、最近はそれが少し辛い。
自分の存在がディアッカの将来の足かせになっているのだと思うとやりきれなくなってしまう。
いっそのこと、もう・・・。
「よけいな事考えてんじゃね〜ぞ・・・」
ミリアリアの考えている事なんてディアッカにはお見通し。
「解っているわ・・・ディアッカ」
「ホントかね・・・あぶね〜かんな・・・おまえは」とは溜息混じりのディアッカの言葉。
プラントでの休暇もあと3日。そうなるとまた半年は逢えない。
3ヶ月なんて長いようであっという間だった。もっと一緒にいたいのに。
「そろそろおみやげ選ばなくちゃ・・・」
オーブにいる旧友や仲間達を思い浮かべながらミリアリアは買い物のリストアップを始めた。
「あ〜もうこのまんまおまえを帰すのやだ!ここで暮らせよ!」
「無理。却下します」
「なんか不測の事態でも起きないかな・・・オヤジが倒れるとか・・・」
「・・・あんたねえ」
「だって・・・離れるのはもうゴメンだぜ?やっぱりこのままオレの婚約者としてここで暮らそう!な!」
「無理だって言ってるでしょう?ほんと子供みたいよね・・・あんたのそういうところって」
「ミリアリアのケチ!オトコ泣かせ!」
「はいはい・・・もうなんとでも言ってくださいね〜!滞在許可証は3ヶ月で切れるんだから仕方ないの!」
このままディアッカと話し続けるのは不毛だと感じたミリアリアは立ち上がるとスカートについた草を掃う。
(あ・・・なに・・・?)なんだかクラクラする。
ミリアリアは急に眩暈に襲われた。
「・・・?どうしたのミリアリア?」ディアッカの声がおぼろげに聞こえた(様な気がした)
そして次の瞬間・・・喉を焼く熱さに胃の中のものをもどしてしまっていた。
「どうしたんだ!?」
ミリアリアの顔は真っ青で額には汗が浮かんでいる。
もどしても、もどしても・・・まだ、胃の中に何かありそうなほど吐き気は治まらない。
ディアッカは携帯内線(PHS)を取り出して、屋敷に連絡を入れた。
「スワッスンさん!大至急オヤジに連絡してくれる!? ミリアリアの様子がおかしいんだ!病棟の手配を!」
むかつく様な胃の痛みに耐えながらミリアリアはディアッカの顔を見上げた。
(あたし・・・どうしたの・・・こんな・・・)
「大丈夫だからそのまま力抜いて・・・」
横ではディアッカが倒れ込んできたミリアリアの身体をしっかりと支えてくれている。
(やっぱり・・・この人とは離れられない何かがあるのかなあ・・・)
こんな状態の中でもミリアリアは不思議な安堵感があった。
(ここが一番安心できるのよね・・・おかしいわ・・・)
昔からそうだった。誰よりもディアッカの傍にいるのが一番安心できて落ち着けたのだから。
そう思いながらミリアリアは眼を閉じると・・・そのまま意識は遠ざかっていった・・・。
**********
「は・・・・?」
ここはエルスマン邸内にある家族専用の病棟である。
ミリアリアが搬送されてかれこれ2時間たとうとしているのだが・・・ようやく状況が解ったようだ。
タッドとディアッカが並んで座っている。
ミリアリアの容態について報告をするために来たネルソン女医が荘厳な面持ちで語り始めたのだが・・・
その内容はというと・・・もう驚きを通り越して『ほんとかよ〜〜〜〜〜っ!』と言いたくなるものであった。
すなわち。
『ミリアリア・ハウ嬢は妊娠されております。ちょうど2ヶ月を過ぎたあたりですね。
ディアッカ様。彼女は貴方様のご婚約者だそうですがいかがですか?
ここ2ヶ月くらい前に妊娠させるような行為に及ばれましたか?』
ネルソン女医は淡々と、それでいて温かみのある声でディアッカに問いかけた。
それに対するディアッカの答えは
『及び過ぎて特定できませ〜ん!』という呆れたもの。
「出産は3月頃の予定ですね。それと、どうやら双子のようです」
「オレの子供・・・しかも双子・・・」
「私の孫・・・しかも双子・・・」
『『本当かよっ!』』
───エルスマン家・・・嵐の到来である。
(2005.7.25) 空
※ 大変長らくお待たせ致しました。キリリク『できちゃった婚!甘いディアミリ』・・・なのに何気にタッドパパが出没です。
さあ・・・ディアッカにあたふたしていただきましょう!とりあえず(1)をお届けいたします。
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