ミリアリアはゆっくりと眼を開けた。
柔らかいクリーム色の天井に吊るされている点滴のパックが眼に入って(ああ・・・私倒れたんだっけ・・・)と、思い起こす。
「気がついた?」
窓から差し込む光を背にしてディアッカが佇んでいる。
「体調が悪いところゴメンな・・・ちょっと急ぐんでこの書類にサインもらえる?」
そう言ってディアッカがミリアリアに差し出したのは一枚の紙で、手にとって見ると『婚姻届』の三文字を頭にディアッカのサインが既に記入されていることに息を呑んだ。
「ディアッカ・・・これ・・・」
「さっき・・・プラント最高評議会から正式に許可が降りたんだ。ずいぶん待たせた・・・」
光が眩しくてディアッカの表情はハッキリとは判らなかったが、いつもの斜めに構えた口元が凛と引き結ばれているのを見て、ミリアリアはこれが冗談なんかではない事を悟る。
「ああ・・・ゴメン。ちゃんと順を追って話さないと解らないよな」
ミリアリアが眩しそうに自分を見上げるのに気がついて、ディアッカはブラインドを下ろしながら独り言のように呟いた。
「プラントっていうところはね・・・子供を身篭った女性の保護に特に力を入れているんだよ。ある意味特権階級とでもいうのかな。とにかく待遇が違うんだ。それくらいコーディネイターっていうのは子供が生まれてこないものなのさ・・・」
淡々と語っているが、ディアッカの瞳は熱を宿し力強くミリアリアを見つめている。
「正直オレも子供を授かるなんて夢だと思っていたよ・・・まだ信じられね〜んだけどなホント!」
ミリアリアにはまだ事の顛末が掴みきれていない。どういうことなのだろう・・・とその表情が語っている。
その表情を受けてディアッカはミリアリアに最高の笑顔を向けた。
「おまえのお腹には子供がいるんだよ・・・しかも双子で妊娠10週から12週といったところ。父親は当然オレね」
まだミリアリアにはピンとこないようだが、とりあえずディアッカは話を続ける。
「つまりね・・・おまえはオレの子供を身篭ったことでプラントでの永住権を手に入れたんだ。同時に婚姻の許可も降りるから婚姻届も申請すれば受理されるの。ここまではOK?」
「こども・・・?私とディアッカの・・・?え・・・」
眼をパチパチさせながらミリアリアはディアッカの顔を凝視する。
「と、いう訳でさ、オレとしては婚姻届におまえのサインが欲しいのさ!ほらサインして!早く!」
鬼の様な凄い形相でペンを突きつけ、ディアッカはミリアリアにサインを迫った。
「ちょ・・・ちょっと待ってディアッカそんなこと急に言われても・・・」
「いいから早くサインして!急いでるんだからっ!」
ディアッカは反論の余地など与えない。ま、当然といえば当然の話。
「あ・・・えーと・・・ここに書けばいいのかな・・・?」
ディアッカの形相にミリアリアも慌ててペンを取った。
「よし・・・OK!それじゃ今からアプリリウス1に行って来るから待ってろよ!あとの事はスワッスンさんとアーデルハイド夫人・・・それとネルソン先生に頼んであるからな!ゆっくり休養しておくんだぜ?いいね!」
こくこくとミリアリアは頷く。
ディアッカはその様子を見ると満足そうに笑ってドアの外へと出て行った。
プレゼント!(2)
───コンコンコン!
誰かが病室のドアをノックした。
「はい・・・どうぞ!」ミリアリアが返事をすると、入ってきたのはエルスマン氏とスワッスン執事長。それにアーデルハイド夫人にネルソン女医の
計4名。
「あ・・・」ミリアリアは慌てて起き上がろうとするのをエルスマン氏に止められた。
「ミリアリア・・・もう他人じゃないからこれからはこう呼ばせてもらうがね・・・まずは懐妊おめでとう!ディアッカの奴はアプリリウス1の行政府に出向いているので、多分今日はもう帰って来れないとは思うが心配しないで待っていなさい」
「あの・・・私本当に妊娠しているんですか?なんか・・・実感湧かないんですけれど・・・」
「ああ・・・こちらのネルソン先生の診断だ。私も確認したが間違いない」
エルスマン氏は傍らにいるネルソン先生を促した。
「初めましてミリアリア様。主専担当医師のマリア・セレナ・ネルソンです。此度はご懐妊おめでとうございます」
赤毛で歳のころは40代といったところだが、笑ったときに出来る片エクボが魅力的な女性である。
「ミリアリア・ハウです。どうぞ宜しくお願いします・・・」
寝たままでは失礼かと思ったが、ミリアリアはそのままの状態で首だけを動かした。エルスマン氏は笑いながら、
「君は今日中にも正式にミリアリア・ハウ・エルスマンになるはずだよ。ディアッカは申請は明日でもいい婚姻届を持って行政府に行ったんだからなあ・・・余程嬉しかったんだろう。ようやく入籍できるとあってはね」
と語った。
「ナチュラルとコーディネイターの婚姻なんてここ30年くらい無かったから、今頃はプラント中大騒ぎでしょうね・・・しかも、同時懐妊ですもの尚更ですよ。これでようやくディアッカ様への無意味な縁談もなくなるかと思うと嬉しい限りですわ」
「アーデルハイド夫人・・・」
ミリアリアはいつも変わらぬ優しさを示してくれたメイド長の名前を呼んだ。
「ええ・・・私もスワッスンもお傍におりますから、ご安心なさってくださいませ・・・若奥様」
横にいるスワッスン執事長も柔和な笑みを見せている。ミリアリアが心配する事など何ひとつなさそうではないか。
「ちょっといいかね・・・ミリアリア」
そう言ってエルスマン氏はミリアリアのおなかに手のひらをあてた。
「ここにディアッカの子供が・・・私の孫がいるのだね」
感慨深げにエルスマン氏は呟いた・・・。
それを見てミリアリアはこの上も無い幸福感に包まれる。涙が頬を伝うほどに・・・。
**********
傍らの時計を見ると午前3時になろうとしている。
今日・・・正確には昨日だが・・・いろいろなことがあり過ぎてミリアリアはなかなか寝つけないでいた。
それはいつも隣で眠っているディアッカがいないせいも多分にある。
そっと自分のおなかを擦ってみる。
ここに子供がいるなんて今でも信じられないミリアリアだが、エルスマン氏のあの様子といい、周囲の人達の自分に対するいたわりといい本当なのだろうとは思う。
でも・・・このまま子供を生んでいいものなのかと反面不安になってしまう。
ディアッカと結婚できるのは嬉しいが、自分の存在はディアッカの将来を阻むのではないか・・・そう思うと胸が痛む。
バタバタする中、ディアッカに促されるままに婚姻届にサインをしてしまったがこれでよかったのかミリアリアには解らない。
これから・・・もっといろいろなことが起こるのだろう。エルスマン家はフェブラリウスきっての名家なのだ。それに比べて自分はなんて小さい存在なのだろう。ミリアリアの顔も自然暗いものになっていくのは・・・今は仕方のないことかもしれなかった。
───眠れないの・・・?
不意に艶やかな声が聞こえた。弾かれるように声のした方に眼を向けると・・・暗闇の中で影だけが揺らめいている。
その影は近づくにつれ、豪奢な金髪と紫の瞳を浮かび上がらせる。
「ディアッカ・・・帰ってくるのは明日・・・って、もう今日だけど・・・どうしてこんな時間に」
ミリアリアは驚きを隠せない。余程急がないとこんな時間には帰って来れないことは自分にだって解る。
「こんな状態でオレがおまえをひとりにしておくと思うの?」
ディアッカはコートを脱ぐとベッドに腰を下ろした。
「婚姻届は正式に受理されたよ。朝になったら一斉にニュースで報じられると思うから、おまえは屋敷から出ないほうがいい。
多分報道陣がハンパな数じゃないからね。対応はオレとオヤジで全部するからおまえは自分の身体だけを大事にして?OK?」
「ディアッカ・・・」
「それにミリアリア・・・おまえはプラントの希望なんだよ」
「・・・希望・・・?」
「ナチュラルとコーディネイターの混血で、しかも自然分娩なんて公式にはここ十数年無いそうだよ。記録も総て地球だから多分残ってないってオヤジが言ってたんだけど・・・それくらい稀な妊娠なんだってさ。今回の件は」
ミリアリアにはディアッカの言っていることがよく解らない。自分の妊娠がプラントの希望というのはいったいどういうことなのだろうか。
「2世代目のコーディネイターが殆ど子孫を残せないことは前にも話したよな。オレなんかは特に遺伝子をコーディネイトされているから、子供を持つのは限りなく不可能に近いはずだったんだ。でも・・・こうしておまえはオレの子供を身ごもっただろう?もしかすると他の奴らも子供を持てるかもしれない。ま、今後の研究課題だけどね・・・」
ディアッカは微笑むとミリアリアの頬にキスをした。
「まあ・・・こんな言い方はよくないんだけれど、オレとおまえと・・・生まれてくる子供は研究対象になったのさ。未来を担う子供を生み出すためのね・・・」
「それは私がプラントで誰かの希望になれるということ・・・?」
ミリアリアの顔が生気で溢れかえる。
「うん・・・現在施行されている婚姻統制を多分根本から崩せるね。おまえの研究をすることによって、好きな相手と結婚できる奴がきっと出でくるというか・・・必ず出てくるんだよな」
「ディアッカの役にも立てるの・・・?」
「当然!だって・・・オレとオヤジの他に誰がトップになってこの研究をすると思う?ここは医療プラントのフェブラリウスだし、この家は医療ではトップのエルスマンだぜ?やっと定まったオレの未来だからね」
「モルモットみたいでおまえは嫌がるかな・・・?」
ディアッカは長い睫を伏せると今度は少し寂しそうに微笑んだ。
ミリアリアは知っている・・・。
眼の前にいるこの男がどれ程深い愛情をもって自分を大切にしてくれていたか。
何年も何年も自分を正式な妻にするために奔走してきた男。
年に1〜2回しか逢えなくても・・・それでもいいと自分を待っていてくれた男。
恋人が死んでボロボロになった自分を包み込み、命を懸けて護り抜いた意志の強い男。
エリートという立場もプライドもかなぐり捨てて自分を選んでくれた芯の強い男。
自分はこれ以上この男に何を望む?
モルモットと言ったが、そんな扱いをこの男がするわけなど絶対にない。断言できる。生まれてくる子供だって力の限り護り抜いてくれるはずだ。自分の妊娠経過と出産の記録が後世のために役立つならそれでいいじゃないか。それで幸せになれる人がででくるなら本望だ。
かつて、自分はこの男と一緒に人類の存亡を懸けて戦場で戦った。
今度は未来を担う希望のために戦うのだ。この男と一生を共にして。
「大丈夫よ・・・!だって今度は希望に満ちた未来進む為の戦いになるのよ・・・!」
「ああ・・・そうだね。ミリアリア」
「護ってくれるんでしょう?」
「勿論」
「どこにも行かないよね?」
「当然」
「私をひとりにしないでね・・・ディアッカ!」
「ミリアリア・エルスマンの存在に誓って!OK?奥さん?」
ディアッカの端整な顔がミリアリアに近づくとその唇に自らの唇を重ねた・・・。
───あ、そうだ・・・子供の名前考えたんだ!
子供の名前なんてまだ早いわよ!
そんなことないって。だってオレ明日からメディアにひっぱりダコだぜ?ゆっくり考えてる暇なんてないんじゃ
ない?
確かに言えてるわね・・・。で?どんな名前にするつもり?あんた結構無謀だから変な名前はパスよ!
男と女の双子だってネルソン先生が言ってたんだよ・・・で、これにしたいんだけど・・・どうかなあ?
ディアッカはそう言ってミリアリアに一枚のメモを渡す。
『蒼』と『笑』?
『そう』と『えみ』って発音するんだ。日本語なんだけれどね。
日本語はオーブの言葉でもあるけれど・・・どんな意味でこれにするの?
『蒼』は青のことだよ。ちょっとくすんだ柔らかい青・・・おまえの瞳の色と同じ。
『笑』は笑う・・・笑顔のことさ。幸せそうなおまえの笑顔を映すように。
AAで捕虜になったときのおまえの第一印象。涙を溜めた綺麗な蒼い瞳と見てみたいと思った笑顔・・・。
・・・・・・・・・・
だめ・・・?
あんたにしては素敵な名前を考えたじゃない?
じゃ・・・OK・・・?
うん!・・・OK!
そしてディアッカとミリアリアは互いの顔を見合わせて幸せそうに笑った───。
───やがて、時は移りミリアリアとディアッカはとても可愛い双子の親になったがそれはまた別の話・・・・・・。
(2005.7.27) 空
※千尋様!プレゼントの続編をお届けします!書いているうちにもうひとつネタが出来たので、いずれ書きたいですね。
『出来ちゃった婚!甘いディアミリ』 う〜んあまり甘くないかなあ・・・。
リクエストありがとうございました。
キリバンリクエストへ hurry up!へ