あのディアッカ・エルスマンも早33歳。やっとの思いで口説き落としたミリアリアと結婚して早8年が過ぎた。
男女の双子のパパになり、まあそれなりに充実した毎日を送ってはいるものの。
「ったく!子供ってのはどうしてこうも生意気なのか・・・!」
誰もが1度は口にするであろうこの言葉を、彼は最近嫌になる程実感しているということだ。
カミングアウト!「プレゼント!」 「Hurry up!」の続編です。
───パァパ!
ディアッカの膝の上で彼を呼ぶのは愛娘。
「どうしたの?エィミィ・・・」
「がっこうのおともだちのパパとママはこんいんとうせいでけっこんしたけれどエィミィのパパとママはちがうでしょ?ナチュラルとコーディネイターのせいきのれんあいけっこんだったってせんせいがおしえてくれたのよ?」
「そうなんだ、なるほどね。確かに世紀の恋愛結婚だとはパパも思うけれど・・・でもなんでそんな話になったの?」
「あのねえパパ。なれそめってなぁに?」
「ああ・・・馴れ初めね。う〜ん、馴れ初めっていうのはね、どこで、どうやった出逢ったのかってことだよね」
ディアッカはクスクスと笑いながら愛娘の髪を撫でた。
「じゃぁパパぁ・・・。パパとママのなれそめってどうたったの・・・?」
「・・・は?」
「だぁかぁらぁ!パパとママはどうやってしりあったの?ねえ!エィミィにおはなしして・・・!」
愛娘の可愛い口から出る言葉にディアッカは思わず唾を飲み込んだ。
(・・・オレとミリアリアの馴れ初めってやっぱりアレだよな・・・アレ)
───昔むかしの物語。
同じ人類でありながら、自然のままに生まれたナチュラルと、より優秀な人間であれと遺伝子を調整されたコーディネイターとの争いは日々高まってゆくばかり。
ディアッカは当時17歳。
一際優れた遺伝子調整を受けているコーディネイターの彼は、戦時中に投降捕虜になった先のナチュラルの戦艦AAで16歳のミリアリアと出逢った。
戦いで恋人を亡くした彼女にそうとは知らず、ディアッカは侮蔑の言葉を投げかけた。
「バカで役立たずなナチュラルの彼氏でも死んだかぁ〜!」
そして彼は逆上したミリアリアにナイフを振り下ろされて殺されかける。
エリート街道まっしぐらのディアッカが受けた人生最大のカルチャー・ショックは、そのままミリアリアへの恋心へと変貌を遂げた。
つまりはこれが馴れ初めという事になるのだが。
───な〜んて!
まだ7歳の幼い娘には間違っても言えないではないか!
「ねえ?どうしたのパパぁ?はやくおはなししてよ・・・!」
血は争えないもので、少し拗ねて上目遣いにディアッカを見る目つきは驚くほどミリアリアによく似ている娘。
「・・・エィミィにはまだ早いよ。それよりも蒼おにいちゃんを呼んでおいで。ママがおいしいマドレーヌを焼いてくれたから」
「マドレーヌ!? やったぁ!エィミィマドレーヌだいすき!じゃぁそーちゃんよんでくるね」
ほらごらん。そこはまだ7歳の子供。マドレーヌと聞いて娘はディアッカの膝から降りると嬉しそうに駆け出した。
(は〜・・・危ねぇ・・・)
ディアッカは大きくため息をつくとテーブルの上にあったジュースをそれこそ一気に飲み干した。
それにしても誰が『馴れ初め』なんて言葉を幼い娘に吹き込んだのだろう。
今でこそ幸せな結婚生活を送っているディアッカとミリアリアだが、そこに至るまでには問題が山積みだったのだ。
ナチュラルとコーディネイターの結婚だなんて数十年絶えて久しいうえに戦後の混乱とディアッカの婚約者の存在。
何度も引き裂かれそうになって涙した日々も記憶にある。
ミリアリアが子供を身ごもらなかったら結婚出来たかどうか・・・それすらも怪しい。
ミリアリアはコーディネイターであるディアッカの子供をナチュラルで生んだ。
生まれてくるまでどんな子供になるのか全く判らなかったのだが、それでも五体満足に生まれた子供にディアッカは精一杯の愛情を注いだ。
男の子には「蒼(そう)」と名づけた。
ミリアリアの蒼い瞳から取った日本語の名前である。
コーディネイターであるディアッカの血を強く引いて蒼は見事な程優秀に生まれついた。
なんとIQは280もある大天才。
ディアッカ譲りの金髪と浅黒い肌は精悍で、齢7歳にしてプラントはフェブラリウス市の市長を務める祖父の補佐をも担当している。
女の子には「笑(えみ)」と名づけた。
ナチュラルであるミリアリアの血を濃く引いて、彼女の子供の頃に生き写しだ。
だが、そこはやはりコーディネイターの血も引くだけに頭の回転はすごぶる良い。とにかく甘え上手なのだ。
ちょっと舌足らずな言葉で自分をエィミィなどと呼ぶあたりに彼女の世渡りの巧さを垣間見る。
だが、ふたりともまだ7歳の子供なのだ。
親がきちんと対処してやらないとまだまだ危ない。
生々しい過去の話など、幼い子供においそれと聞かせていいものではない。
「パパー!そうちゃんよんできたよ!」
お盆にいっぱいのマドレーヌを乗せて笑は嬉しそうにディアカの横に座る。
「じゃぁパパさっきのつづきね!ねえはやくおはなしして!パパとママのなれそめのおはなし!」
笑はマドレーヌを頬張ると嬉しそうに笑顔を向ける。
ディアッカはなんとか誤魔化そうと躍起になるが、好奇心満々のおしゃまな娘にはどうやら通用しそうにない。
「何・・・また笑はとうさんを困らせているの?」
呆れ顔をしてリビングに入ってきたのは息子の蒼。
「笑。あまりとうさんを困らせるなよ?オレと違って頭の出来は今ひとつだし、回り道をしたからイザークおじさんより出世も遅いんだから」
ディアッカ譲りの口調そのままに蒼は7歳という年齢より遥かに大人びた子供である。
「蒼・・・おまえもう少し子供らしい話し方って出来ないのか」
苦笑いするディアッカに蒼は尚も言葉を続ける。
「子供らしいって何さ?だってIQ280もあるオレはもう成人扱いも同然だぜ?」
「それは解るけれどね、蒼。でもおまえはまだ7歳の子供なんだからそんなに背伸びはしなくてもいいだろう?」
「でも・・・とうさんだって子供の頃はうんと背伸びしていたんだろ?おじいさまがそう言ってたよ」
しれっとした態度を崩さずに蒼は笑う。
「とうさんは優秀なコーディネイターでZAFTのトップガンだったってイザークおじさんもアスランおじさんも・・・キラおじさんも言ってる。でもオレから見ればドロップアウト組じゃない?名門エルスマンの跡継ぎなのに政財界には興味ないし、研究所の隅で医学に没頭している石頭だしさ!」
語尾を強める蒼は父を睨みつけたままずっと目線を逸らさない。
ディアッカはクククと片頬で笑うと側にいる蒼の頭を指で小突いた。
「ドロップアウト組だなんて、おまえにはとうさんがそう見えるのか?」
憮然とした表情を崩さず蒼はまだディアッカを睨みつけている。
「違うね。とうさんはドロップアウト組じゃないよ」
「じゃあ・・・何なのさ!」
苛立つ蒼にウインクを投げてディアッカはさらりとこう言った。
「おとうさんは『カミングアウト』したんだよ」
「・・・・・・カミングアウト(公表)?」
「そうさ。お前たちのおかあさんが・・・ミリアリアのことが誰よりも大切だったからカミングアウトしたんだよ」
ディアッカは穏やかに構えるとほんの一瞬だけ遠い目をした。
「出世も地位も名誉もそんなものはどうだってよかった。ただナチュラルのミリアリアと結婚して、世間に夫婦だと認めてもらえればね?とうさんはもうそれだけでよかったのさ」
「だってそうだろう?ミリアリアに出逢わなければおまえたちだってこうして生まれては来なかったんだよ?コーディネイターの恋愛結婚がようやく可能になったのも、ナチュラルとの結婚が認められるようになったのも全ての始まりはとうさんとかあさん・・・オレとミリアリアが結婚しておまえたちが生まれたからさ!」
「それにとうさんは医学者だけどね?生命に携わるこの仕事に誰よりも誇りを持っているよ」
普段は飄々として子供心にも軽さを感じてしまう父なのに母の事に及ぶと途端にこうも人が変わる。
なんて自信に満ち溢れた父の姿なのだろう・・・。蒼は驚きを隠せない。
「蒼・・・笑もここにお座り」
ディアッカは子供たちに座るように促すと静かに、だが力強く言葉を進めた。
「馴れ初めなんて・・・出逢いなんてそれ自体はたいして重要ではないんだよ。大切なのは出逢ってからどうしたかってことだから」
「じゃあパパはママとであってからどうしたの・・・?」
好奇心でいっぱいの笑の眼はきらきらと輝いている。
「そうだね。パパはママと出逢ってからずっとママだけを見てきたよ」
「ずっとみてたの?」
「そうだよ。ずっとママだけを見て、ママに恋して、ママだけを愛して・・・そうさ。もうずっとずっと!」
「それにね?ひとを大切に想う心を持って誰かを深く愛さないと見えないものがあるんだよ」
「みえないもの・・・?」
「そうだよ」
「パパはみえたの・・・?」
「ああ・・・見えたとも!」
「なにがみえたの・・・?」
子供ながらにも笑は真剣に父の話を聞いている。そんな笑にディアッカも嬉しそうに言葉を繋いだ。
「パパに見えたのはね、ミリアリアの・・・おまえたちのおかあさんの深い深い想いだよ」
微笑む父の誇らしげな表情を眺めて笑は幸せそうな顔をする。
「じゃぁ・・・パパはママをふかくふかくあいしたんだね・・・」
「そうだよ。今でもずっとミリアリアを愛してるよ!」
「かっこいいね〜!パパ」
「だろ?」
笑は満足気に席を立つと、そのまま走って庭に行ってしまった。
だが蒼はまだ納得のいかない顔をしている。
「蒼。おまえ何か言いたい事があるようだな」
大人に囲まれて成長する蒼はどうしても口さがない噂を耳にしてしまう機会が多い。
「ねえ・・・聞いてもいい?」
「・・・どうした?」
「とうさんはどうしてナチュラルのかあさんと結婚したの・・・?」
「誰よりも大切で、誰よりも深く愛しているから・・・ではやはり納得出来ないか?」
ディアッカは柔和に微笑むが、その眼は笑っていなかった。
「とうさんがかあさんと結婚したのはオレと笑が出来ちゃったからだって・・・市長行政府の職員が言っていたんだ」
「まあ、それは間違ってはいないね。確かにおまえ達を身ごもらなければミリアリアとオレは結婚の許可が下りなかっただろうからな」
「とうさんは将来を嘱望されたコーディネイターエリートだったって聞かされて・・・イザークおじさんに昔の写真も見せてもらったよ」
「どうだった?」
「うん・・・本当にエリートだったんだね。すごくかっこよかった」
「ねえ・・・とうさんは・・・その・・・ナチュラルのかあさんと結婚した事を後悔してはいないの?」
「どうしてそんな事を聞くんだ・・・?」
「とうさんは・・・かあさんと結婚する直前まですごくたくさんの見合い話があったって。優秀で綺麗な婚約者もいたんだって聞いたから・・・」
「だから・・・ナチュラルのミリアリアと結婚したオレをドロップアウト組だなんて言ったのか?」
「オレ・・・よく解らないんだ。幸せとかひとを愛する気持ちとかってさ・・・」
ディアッカは傍らの息子の肩を抱き寄せた。
まだ7歳だというのに考えることは大人のそれを要求される蒼。
なまじ天才に生まれついただけに彼はすっかり大人びてしまったのだ。
笑のような子供相手の話ではきっと納得など出来はしない。
「とうさんは・・・オレはおまえとは対等に話す事を旨としてる。だから隠さずに言う」
「オレはミリアリアに逢うまで・・・愛情なんてこれっぽちも信じちゃいなかったんだよ。自分だけ良ければそれでいいんだってずっと思って生きて来たからね・・・。おまえ本当はオレとミリアリアの馴れ初めを知っているんだろう?」
ディアッカは蒼の瞳をじっと見つめた。
「・・・うん・・・AAに乗っていたっていうひとから聞いた。かあさんが振り下ろしたナイフの話・・・あれって本当なんだね?」
「ああ。確かにオレはミリアリアに殺されそうになった・・・」
「じゃぁどうしてとうさんを殺そうしたかあさんを・・・愛してるって・・・そう言うの?」
自分に刃物を向けて殺そうとした女を愛してるだなんて・・・!
蒼はそんな父の気持ちなど全く理解出来ない。
「・・・その答えは自分で探すんだな・・・蒼」
ディアッカは蒼を抱きしめて言った。
「ひとを愛する気持ちは自分で育てていくものだ・・・。いつかおまえにもかけがえのない愛するひとが出来たなら・・・今のオレの気持ちがきっと解る時が来るさ・・・」
「大切なのは出逢いじゃないって言っただろ?出逢った後にどうしたのかって・・・そう言ったよな!」
「オレはミリアリアと出逢って・・・殺されかけて初めてひとの命を顧みるようになった。ひとを大切に思う気持ちは彼女から教えられたかけがえのない大切なものだよ」
「オレはひとを慈しみ大切にして一生懸命に生きるミリアリアに恋をして、誰よりも深く愛して・・・だからナチュラルであろうがなかろうが関係なく彼女と結婚するって心に決めた」
「忘れるな・・・蒼。ひとを愛する思い無くして生きるなんてそれはとても悲しくて寂しい人生だよ」
「ひとを大切に慈しみ、愛する心がどんなに人生を豊かにしてくれる素晴らしいものか・・・!」
「オレがおまえに伝えたいのはそれだけさ・・・」
「とうさん・・・」
───キッチンの隅でミリアリアは息を潜めて親子の会話を聞いていた。
自分の夫となった男は今もずっと彼女の傍から離れようとしない。
地位も名誉も何もかも投げ出して自分を選んでくれた最高の男。
彼への想いは今もあの頃のままにずっと心の奥にある。
遠い日々を懐かしむかのようにミリアリアはそっと瞳を閉じた。
子供の成長はとても早い。
まだ父の話を理解するのは難しいであろう蒼や笑にも、ひとを愛する気持ちがどんなに素晴らしいか解る時がいつか必ず訪れる。
あの論外なふたりの出逢いを愛する心で最高のものにしてしまったディアッカのように・・・。
いつか解ってほしいとミリアリアは強く祈るのだった・・・。
(2006.1.13) 空
※ 桜姫さま、大変お待たせ致しました。
キリリクの「子供達に自分たちの馴れ初めの話を恐る恐るするディアッカパパ」を
お届けします。
パパ→とうさん→オレ・・・と相手で自称を変えていくディアッカの心理などを楽しんでもらえたら幸いです。
リクエストありがとうございました・・・!
キリバンリクエストへ