「なあ・・・一体どういうことなんだろうなあ・・・」
通路でフラガがぼやいていた。
それを聞きながらサイも溜息を吐く。
「ええ・・・。初めは記憶喪失かと思ったんですが、それだけじゃ説明できないものがありそうですよね・・・」
「本当に驚いたよ。だってお嬢ちゃんが忘れてるのは『ディアッカ』だけじゃなくて『トール』の事もなんだから。あんなに仲の良かった恋人だっていうのにどうしてまた・・・」

キラは先程の光景を思い浮かべていた。
ミリアリアはディアッカを自分の恋人だと思っている。その一方でなんとトールを『お兄ちゃん』と呼んだのだ。

ミリアリアの枕元にトールの写真が置いてあった。聞けばそれはディアッカが軍医に頼んでミリアリアの部屋にあったものを持って来たのだということだ。
ディアッカの目的がミリアリア恋人に成り済ますだけならトールの写真など絶対に見せる筈がない。
にもかかわらず、ミリアリアに見せたという事実に何かあるのだとキラは思った。

ミリアリアに幾つかの質問をして解ったのは『トール』と『ディアッカ』の事以外は総てきちんとした記憶があるという事だ。

「どうでしょう・・・軍医の先生なら何か知っているんじゃないでしょうか・・・」
そんなキラの提案は他の2人を納得させるのに十分な説得力があった。








DATE OF BIRTH (2)






ミリアリアが意識を回復して半日が過ぎた。
ディアッカとトールの事を除けばまず順調な回復ぶりだし食欲もある。
ただ・・・どんな時もディアッカの姿が見えなくなると途端に不安になって泣き出してしまう。
そんな訳でディアッカはミリアリアの傍から離れられなかった。
「ねえミリアリア。シャワーぐらいは浴びて来てもいいでしょ?もう寝る時間だしさ・・・」
「うん。でもすぐに来てね・・・ディアッカ」
「はいはい・・。・ミリアリアは心配性だね?すぐ戻ってくるからそれまでトールの写真でも眺めてなよ」
ミリアリアの頬にキスをすると柔和な笑顔を残してディアッカはバスルームへと入っていった。

シャワーを浴びながらディアッカは考える。
ミリアリアのかりそめの恋人になって半日・・・これまでの自分からは想像できないような事をしている。
優しい振りならいくらでも経験があるが、今日のような接し方の経験は皆無だ。
恋人の振りじゃない。恋人になりきってしまっている自分が不思議だった。
あんな無邪気にしがみ付かれたらディアッカのような千人切り(かどうか数はともかく)のタラシだって心が動く。
屈託のないミリアリアが可愛いと本気で思ったくらいだから。

ディアッカがシャワーを浴び終えてバスルームから出てくると、ミリアリアは起き上がっていてドリンクの用意をしていた。
「まだ本調子じゃないんだから寝てろよな・・・」
ヘアセットベースを落としたクセのある金髪を拭き上げながらディアッカはミリアリアの傍の椅子に腰を下ろした。
いつもならオールバックにしている髪も総て落ちてしまっているディアッカはまるで別人のようだった。
「そうやっていると童話に出てくる王子様みたいよねえ。ディアッカとても綺麗だから・・・」
ミリアリアの眼の前にいるのは美しい金のウェーブを描いた凛々しい王子様。
ディアッカも他人には滅多に見せない巻き毛状態の自分の髪型に苦笑する。
「ほら・・・もう寝なきゃダメだぞ!ミリアリア!」
ディアッカはミリアリアの肩を抱いてベッドに行くように促した。

「ねえ・・・ディアッカも一緒に寝てくれるんでしょう?」ニコニコ顔でミリアリアがディアッカに問いかける。
「・・・え?一緒に寝た方がいいの?」
「当たり前じゃない。ひとりになるのは嫌なの!何でだか解らないけれど嫌なのよ・・・」

それはきっと彼女の中にある潜在意識がそうさせるのだろう。
普段感情をセーブしているミリアリアが、昏倒したために逆に強く出てきた感情かも知れなかった。
いつもの彼女なら、躊躇せずに『ひとりにして』と言うはずだから。

「んじゃ・・・ちょっと待ってて。着替えるから」
「どうして・・・?ディアッカいつも上は裸で寝るじゃない?あ・・・あたしも上だけ脱ごうかなあ・・・」
「!!!!!!」ディアッカはミリアリアの言葉に面食らった。
(いくらなんでもちょっとそれは・・・。ウレシイけどさあ・・・)
さすがのディアッカも自分の顔が赤くなるのを感じた。
「ミリアリアは脱いじゃダメだよ。身体によくないからね」落ち着きを伴った声でディアッカは言った。
「でも・・・ディアッカは脱いでね」
「はいはい、これでいい?」バスローブを脱ぐと、細身だが筋肉質の上半身が露になった。
「じゃあ・・・こっちに来て?」ポンポンと横の枕をたたく。
ディアッカが溜息を吐いてミリアリアの横に潜り込むと、すかさずミリアリアは身体を寄せてきた。
「ディアッカ・・・あったかいね!」胸に当たるミリアリアの頬の感触が気持ちよかった。
「うん・・・ミリアリアもあったかいよ」これは嘘じゃない。本当に温かい。

「ねえ・・・ディアッカはなんであたしを『ミリィ』って前みたいに呼んでくれないの?」
「ミリィって呼んだほうがいい?」
「うん!そのほうがいいな・・・」
「それじゃ・・・ミリィ・・・」ディアッカは彼独特の甘いテノールボイスでそっとミリアリアに囁いた。
「・・・ディアッカ・・・」
「ん・・・?何ミリィ・・・」






───だいすき・・・・・・。






そう呟くと子供のようなあどけない笑顔をディアッカ向けてミリアリアは眠ってしまった。

急に重みを増したミリアリアを胸に抱いてディアッカも眼を閉じる・・・。

(   夢だよ・・・何もかも   )







**********







───おわっ・・・もう12時かよ!

ディアッカはベッドの横の時計眺め、そして慌てて飛び起きた。
「どうしたのディアッカ・・・?」ミリアリアも眼を覚ました。
「大変だ!昼飯食いっぱぐれちまう!」ミリィちょっと待っててくれる?
「あ・・・うん。でも早く戻って来てね」



───PON・・・・。

ドアホンが鳴った。

「ディアッカ!ミリィも起きてる?お昼食べなきゃダメだよ?朝も抜きなんでしょう?」
「あ〜いいところに来たな!おまえら!ちょっと入ってきて!」
ディアッカはあわてて着替えると電気を点けてキラ達を中に招き入れた。
入ってきたのは例の3人。朝飯も取りに来なかったディアッカとミリアリアを心配して持ってきてくれたらしい。
「うわ・・・おまえら気が利いてるじゃん?サンキュ!助かったわ・・・」
「あ・・・でもスープ忘れてきたね。取ってこないと・・・」
サイが慌てて取りに行こうするのをディアッカが止めた。
「いいよ!オレが行ってくるから!ちょっとミリィを頼むね?」
そう言ってドアの前に立つと後ろからミリアリアがディアッカに声をかけた。

「早く戻ってきてね・・・」

「ああ・・大丈夫だよ・・・」

「ひとりにしないでね・・・ディアッカ・・・」

「どこにも行かないよ・・・ミリィ・・・」

優しく微笑むと、ミリアリアはこれ以上はないと思えるくらいの笑顔をディアッカに返した。




**********




スープを取ってディアッカが戻ってくると・・・。
部屋のあたりが騒然としていた。
「どうしたんだ・・・!」ディアッカがキラに問い詰めると、キラは無言でミリアリアに視線を向けた。


「何よ・・・アンタも来たの?ってここはアンタの部屋だったわね・・・」


ミリアリアのこのひと言でディアッカは総てを悟った。
軍医は慌しく診察を済ませると「もう大丈夫だ!すっかり戻ってるよ」と周囲に声を掛けた。

「ねえ・・・あたし一体どうしてディアッカの部屋にいるの?」
ミリアリアは・・・驚いた事に今度はこの2日間の記憶を無くしていた。

「あ〜!やっと気がついたのかよっ!おまえ丸2日昏倒してたんだぞ!オレとセンセーで交代で付き添ってたんだからな!少しは感謝しろよなあ〜!」
「そうなの?そんな事誰も頼んでないじゃないの!でもお礼は言っておくわ!あ・り・が・と!」
「ほんじゃ、オレはちょっと外に出てるからセンセー後はヨロシクね?あ、みんなもね」
思い切りニヤけた顔をしてディアッカは外へ出て行った。

「もう!せっかくいい夢だったのにアイツの顔を見たら気分が吹き飛んじゃったわよっ」
「いい夢・・・?」キラが反芻する。
「そうよ。とても綺麗な金髪巻毛の王子様が出てくるの。凄く綺麗な声で『ミリィ』って呼んでくれるのよ・・・」
「・・・・・・」
「そして・・・あたしがどこにも行かないで・・・って言うとねどこにも行かないよって言ってくれたのよ・・・」
「ミリィ・・・それは本当に素敵な夢だね」キラは静かに微笑んだ・・・。
「そうよ・・・ずっとずっと傍に居てくれたのよ。とても温かくて安心できたのよ・・・。でもねキラ・・・」
「・・・どうしたの?ミリィ」
「あたし・・・そのひとの顔全然思い出せないの。あれは誰だったのかな・・・」
そう言うミリアリアの瞳から涙がこぼれ落ちていた。



**********



───ディアッカ・・・。

展望デッキにいるディアッカを見つけて声を掛けてきたのはフラガだった。

「その・・・全部先生から聞いたよ・・・」と、とても言い難そうにディアッカに話す。
「ああ・・そう?」ディアッカはもう普段と何も変わっていなかった。
「突発性の記憶障害だったんだって?」
「オレの記憶だけないならともかくさ?確かめるとトールの記憶もなかったんで多分そうだと思ったんだ。
頭を強く打ったせいで、辛い記憶だけ抜け落ちたのさ・・・。トールが死んだことが一番堪えた事だろうからね」
「じゃ・・・おまえの事はどうして忘れたんだ?」もっともな質問である。
「オレとトールの記憶ってのは表裏一体なんだよ。奴の死と入れ替わりでオレはここに来たんだからさあ。
つまりトールを忘れるにはオレのことも忘れないとダメ。お得なセットって感じかなあ・・・」
「おまえは何でお嬢ちゃんの恋人の振りをしたんだい?」
「・・・短時間の記憶障害さ?せいぜい2〜3日の。確証があったわけじゃないんだけど。
だとしたら・・・おそらくその間の記憶は元に戻った時には忘れていることが多いんだよね」
「だから・・・おまえ恋人の振りをしたのか・・・?」フラガは穏やかな微笑みをディアッカに向けた。
「忘れてしまう記憶でも幸せな方がいいに決まってるだろ?せめていい夢だったと思えるような・・・ねえ?」
ディアッカはいつものように口の端を歪めてククク・・・と笑い出した。
「それよりおっさん一応艦長にも報告しておいてくれる?」
「おまえは?」
「もう少しここにいるよ。いや〜さすがに恋人の振りなんてガラにも無い事やったから疲れたわ」
「・・・・・・まあゆっくり休めよ・・・」フラガはもっと他になにか言いたそうだったが、何も言わずにデッキを出た。

ディアッカは自分の手を翳した。

どこまでも血塗られた己の手・・・。

ミリアリアの幸せを・・・大勢の人間の幸せを奪った自分・・・。

戻せない過去・・・・・・。







     お願い・・・ひとりにしないでね・・・ディアッカ・・・。

     はやく戻ってきてね・・・。

     だいすき・・・。




     ああどこにも行かないよ・・・大丈夫だよミリィ。

     あったかいね・・・。

     すぐに戻ってくるからね・・・。






     ディアッカ・・・だいすき・・・・・・。






     どこまでも消す事の出来ない償えぬ罪はひとり胸に秘めたままで・・・。








 (2005.7.15) 空

 ※ 続編をお届けします。『ミリ→ディア→ミリ・・・?』風テイストに仕上げてみました。
    このお話は次に『何かが俺をそそのかす』『白昼夢』へと続きます。
    もう一度合わせて読んでみてください。リクエストありがとうございました!

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