捕虜の女なんてどうでもいいのだ。

そう思うことでディアッカは冷静さを保っていた。
あのプレイランドでの出来事はミリアリアを人形のような無機質なものに変えてしまった。
もう彼女はディアッカに微笑むことはしない。
ただ黙って小さな窓から外を見ているだけの存在と成り果て、いたくディアッカを失望させた。
それでもディアッカは以前のように果物やお菓子をミリアリアに手渡そうとしたのだが。

「もう充分頂きました。これ以上私に無駄なお金を使わないで下さい」

ディアッカの顔を見ることもしないでミリアリアはサラリと言うばかり。
そこまで拒否するなら・・・と、いつしかディアッカもミリアリアには何も買い与えなくなってしまった。

(どうせこいつは捕虜なんだ・・・)

何故自分は一時でもこのナチュラルの女を愛らしいと思ったのだろう。たいして綺麗でもない平凡な女なのに。







イザーク







───軍隊というものは常に規律の正しさと冷静な判断力を求められる。
ここ、ZAFTも例外ではなく、アカデミー(士官学校)を優秀な成績で卒業した者のうち、上位二十名は『赤服』と呼ばれる特別な軍服の着用を認められている。そして彼らは『エリート』と称され各方面に貴重な人材として配置されるのだ。

ディアッカも(その素行はともかくとして)大変優秀であったので、当然赤服の着用を許され、次代を担うエリートとして遇されてきた。彼のアカデミー時代の同期生としては国防委員長パトリック・ザラの一人息子であるアスラン・ザラ、応用機械工学、ロボット工学の権威でありマイウス市長を努めるユーリ・アマルフィの息子のニコル・アマルフィ(故人)、そして航空宇宙工学分野で名高いでマティウス市長エザリア・ジュールの息子であるイザーク・ジュールが有名だ。ディアッカ自身も基礎医学、応用生体工学を専門とするフェブラリウス市長タッド・エルスマンの子息であったので、歴代アカデミーの卒業生の中でもこの4人を輩出した時期生は特に優秀であると一般にも広く認知されてきた。

そんなエリートと称されるディアッカの様子が妙におかしい。

彼らの上官であるラウ・ル・クルーゼが攫ってきたナチュラルの少女を、ディアッカの部屋で監視するように命ぜられた途端彼はは急に人付き合いが悪くなった。
休日ともなれば見境なく女と遊び耽っていたか、もしくはイザークたちとあれこれ今後の展開の希望や、野心などを語り合っていたものだがめっきりそれも見られなくなった。たまに食事にでも誘うと「捕虜の世話があるんでね」と軽くあしらうばかりである。
そしてこの状況を快く思わない者も当然いる。
イザーク・ジュールなどはディアッカの親友であると言われているだけに当然この状況は面白くない。

「おいディアッカ!捕虜の女なんかにかまけている場合じゃないぞっ!貴様にはもっとやるべき事があるだろうがっ」

眉間に大きなシワを寄せてイザークはディアッカに文句を言うのだが、当のディアッカはというと。

「だってしょうがないだろう?クルーゼ隊長の命令なんだし、ひ弱なナチュラルの女なんだからさ?少しは気を遣ってやらないと可哀そうじゃないか・・・」

とまあこんな感じでイザークを軽く突き放してしまうのだ。

「ああ!命令だから世話も必要だろうが、俺が言いたいのは勤務時間が過ぎるとさっさと宿舎に戻り、途中でケーキだの果物だの買って帰っているというだらしのなさだっ!どこの世界に捕虜にケーキを買っていく監視員がいるっていうんだっ!」

「だからしょうがね〜だろう?身体をこわしているうえに、食欲だってないんだぜ?何か美味しいものでも食べさせないとますます弱ってしまうしさあ」

「貴様・・・!それでもZAFTの赤服かっ!」

「ああもう煩いなイザークは!オレの任務にいちいち口出ししないでくれよなっ」

と、こんな会話も幾度となくふたりで交わしている。

身体が弱いというその女についてイザークは衛生班員からあれこれと情報を得ようとしたが、彼らはただニヤニヤと笑うばかりで一向に要領を得ない。だが、ある班員が笑いながらもイザークにこんな情報をもたらしてくれた。

「ああ、あのナチュラルの捕虜ですか?栗色のはねっ毛で蒼い眼をした小柄な少女ですよ。美人とは言えませんが、とても可愛らしいし、エルスマンの周囲にはいない珍しいタイプじゃないでしょうか」

(・・・・・・)

イザークの美しい顔が不快感で歪む。

「あの馬鹿野郎・・・!ナチュラルの女なんかにうつつを抜かしおってっ!」





**********






───ともあれ、あれ程までに女の好みにうるさかったディアッカが、周囲の付き合いもそっちのけで宿舎に帰るその理由。それはあの捕虜の女が関わっているに違いない。
イザークの怒りは頂点に達し、やるせない不満は今尚募るばかりである。

(いったい・・・どんな女なんだ・・・?)

ある日、気がつけばイザークの足は自然ディアッカの部屋へと向かっていた。ロックパスワードは知っている。ディアッカの不在中に悪いとは思ったのだが、このままでは腹の虫がおさまらない。ディアッカの部屋の前で一瞬ためらいはしたものの、イザークは思い切ってドアを開けた。



───パシュウ。



いきなり開いたドアの音に驚いたのか、部屋の隅でひっそりと座っていたミリアリアが席を立った。

「ふん・・・。ナチュラルの捕虜とはおまえのことか!」

成る程、衛生班員が言っていた通り、確かに愛らしい少女ではあった。

乱暴なイザークの言葉にミリアリアはビクッと身体を震わせたが、すぐに部屋の灯りを点け、静かにイザークをイスに促した。

「エルスマンさまはまだお戻りではありませんが、あと30分もすればお会い出来ると思いますよ」

思いがけず穏やかなミリアリアの声にイザークは言葉を詰まらせたが、それでも気をとり直し、彼女を睨みつけて言った。

「おまえがミリアリアという女なのか。ディアッカの奴も随分趣味が悪くなったものだなっ!」

イザークが投げつけた言葉にミリアリアはただただ静かに微笑んでいる。

「何か勘違いなさっているようですが・・・私は捕虜以外の何者でもありません」

「ふん!どうだかっ!最近ディアッカの様子がおかしいのはみんな貴様のせいじゃないのか!」

「・・・様子がおかしいのですか?」

ミリアリアはイザークにお茶を勧めると、不思議そうな顔つきでその言葉を反芻した。

「ああ・・・!エリートたる奴には相応しくない行動ばかりとっているんでなっ!ナチュラルの捕虜にのぼせ上がっていい面の皮だっ!」

それを聞いて尚ミリアリアは微笑んでいる。

「・・・だとしても、それはナチュラルが珍しいだけです。それにあの・・・仮面を着けた上官の命令で仕方なく私の監視と世話をしているだけに過ぎません」

「でもプレイランドとやらでおまえと逢引していたと・・・えらく評判になっているのはどういう事なんだ」

「あれも上官の命令だそうです。その証拠に、『捕虜に気晴らしだなんてバカじゃないか』って言ってましたから」

ミリアリアはプレイランドでの楽しかった時間を振り返っていた。念願だったコアラも抱く事が出来たし、クレープも美味しかった。ジェットコースターはとても怖かったけれど、ディアッカはとても優しかった。
あの夕暮れにディアッカの胸に触らなければ、彼が隠し持つ『銃』に気がつかなければ自分はとても幸せな気持ちのままでスイートに泊まったことだろう。

ディアッカが優しかったから・・・ミリアリアはずっと記憶の隅にその事実を追いやっていた。

───自分はただの捕虜だ。

彼は・・・ディアッカは何か起こったときには、躊躇いもなくその銃口を自分に向ける事が出来る監視員なのだ。

「あなたはエルスマンさまの大切なお友達でいらっしゃるのですね。エルスマンさまが私に気を遣い過ぎると・・・心配なさっているようですが、大丈夫ですよ。これからはきっとあなたがた・・・大切なお友達とのお付き合いを優先するはずですからどうぞご安心なさってください」

「・・・・・・」

「それよりも、あなたが勝手にここに来た事はエルスマンさまには知られない方がいいのではないでしょうか?」

「・・・・・・」

ミリアリアに促されるままにイザークはディアッカの部屋を後にした。



誰もいない通路には、ただイザークの靴音だけが大きく響く。

(あの女・・・)

確かに何処いって取り得のない女だったが、飾り気もなく静かに微笑む姿は妙にイザークの感情に波をたたせた。




───よう!イザーク!

出し抜けに背後から声をかけられ、イザークはハッと振り返る。
背後には慣れ親しんだ友の顔、ディアッカの姿がそこにあった。

「どうだイザーク!久しぶりに一緒に夕飯食わね〜か?」

満面の笑みを浮かべてディアッカはイザークに向かってきりだした。

「・・・どうしたんだ?この間まで誘ってもすぐに『捕虜の世話があるから』って断わっていたおまえが」

訝しげにイザークが返事をするとディアッカは更に笑ってこう答えた。

「いいんだよ!捕虜は所詮捕虜なんだからほっておいても大丈夫だよっ」

「でも、その捕虜に食事を運ぶのはおまえの任務だろうが」

「だからいいんだって言っているだろっ!一度や二度、食事をさせなくたって死にやしないって!」

「・・・本当にそれでいいのか?」

「しつこいぜ?イザーク!あんな捕虜の女がどうなろうとオレの知ったこっちゃないさ」

「・・・・・・」

ディアッカはイザークの肩を軽く叩くと、食堂に向かって歩き出した。




『大丈夫ですよ。これからはきっとあなたがた・・・大切なお友達とのお付き合いを優先するはずですからどうぞご安心なさってください』

確かに彼女・・・ミリアリアはイザークにそう言った。そしてその通りになった。
だが・・・何か引っかかる。ディアッカがあからさまに態度を変えたその裏は・・・?


コツンコツンと互いの靴音を響かせながら、ふたりは食堂へと歩調を速める。

通路の窓からは大きな夕日が辺りをオレンジ色に染め上げて、逢魔が時へと人々を誘ってゆく。

夕日に映った友の顔を横目にイザークは先ほど会ったミリアリアの微笑みを思い出す。



(あの女は危険だ)



おそらく彼女は自分からディアッカに何もねだりはしなかっただろう。ただ、あるがままにディアッカを受け入れ、あの部屋で静かに主の帰りを待っているだけなのだろう。これまでディアッカの周りに群がっていた女達は皆、一様に美しく、その気を惹こうといやらしいくらいに媚を売っていたものだ。

(だが・・・あの女は・・・)






心にどす黒い不安を残したまま、イザークは沈黙し、その瞳を遥か彼方へと向けるのであった。











    (2006.6.23) 空

     ※重くなって来ましたでしょう・・・?


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