あの娘に逢いたい。
そしてあの娘の声を聞きたい。
ディアッカは思う。
あれから10日以上ずっとアマルフィ家に日参しているのだがニコルは彼女に取り次いではくれない。
『ディアッカ・・・あなたミリアリアに会ってどうするつもりですか?どうせいつもの様にアソビで手を出したのでしょう?まあこれが他の女性だったら何も言いませんがね。ただあの娘に関してはちょっと言っておきたいことがあります』
そう言ってニコルはディアッカにミリアリアの境遇をこと細かに説明したしたのだ。
つい最近事故で両親を亡くしたこと。
身寄りがないのでアマルフィ家が引き取って後見人となっていること。
いずれアマルフィ家の養女になることが決まっている。などなど。
『ですからこれ以上彼女に近づかないでほしいのです。とても素直で優しい・・・いい娘なんです。間違ってもあなたの様な遊び人の相手なんかさせたくはない。解りますね?』
『お引取りを。ディアッカ・エルスマン』
『ニコル・・・』
夕凪2
ディアッカにとってミリアリア(名前はニコルから聞いて知った)との情事はただその場だけの遊びだった筈だ。
だが・・・あれからどうしたものか、ディアッカは彼女を忘れることが出来ないでいる。
(どこかで逢ってるのだろうか・・・)
奇妙な懐かしさを感じさせる瞳が忘れられないのだ。。
加えて彼女が無垢だったことも関係あるだろう。
遊び慣れた女しか抱かなかったディアッカが初めて抱いた無垢な少女。
華奢で可憐で清楚な少女。涙の一粒も流さずに毅然とした態度で自分を許してくれた少女。
本当は泣いて抵抗したかったのだ。だがメイドである自分の境遇と客人というディアッカの立場を憚って必死で耐えたことを思うと忍びなかった。加え孤児という境遇がディアッカの彼女に対する庇護欲を増幅させる。
更に日が経つにつれ後悔の二文字が浮かび上がる。
(すまない・・・)
本心からそう思った・・・。
ニコルが会わせてくれないのならもう自力で探すまでのこと。
ディアッカはさり気なくアマルフィ家を散策してはミリアリアの姿を追い求めた。だが、ニコルの立ち回りが余程巧妙なのか気配さえも掴めない。
逢いたい。今すぐにでも逢いたい。
どんなに深く記憶の底に沈めても浮かび上がる彼女の姿。何故だろう。奇妙なデジャヴに捕われる。
募る焦燥感に駆られディアッカはアマルフィ邸を訪れてはこっそりと徘徊する日々を過ごす・・・。
**********
使用人の部屋は普通一階にあるのだが、パーティ以来ニコルはミリアリアの身に危険が及ばぬようこっそり最上階は三階の外れにその部屋を移した。ここなら目立たないうえ、伝って登れるような木々もない。
ミリアリアの部屋にはディアッカから贈られた花束やプレゼントの類が所狭しと置かれている。
なにしろ・・・毎日毎日あれこれ理由をつけては届けられるのだ。ドレスに宝石、お菓子や靴など・・・どれもこれもセンスがよく、しかもジャストサイズなのだから驚きだ。メッセンジャーが届けにくるそれらを最初のうちは丁重に断っていたミリアリアなのだが、『返品されても困ります!』とのメッセンジャーの悲鳴にも似た言葉に仕方なくそれらを受け取るようになった。
ディアッカがそうであったように・・・実はミリアリアも彼のことを忘れられないでいた。
酷いことをされたのだから憎悪の感情を持つのが当然のはずだ。だが、どうだろう。
持った感情は憎悪どころか、反対にそれは不思議なときめきだった。
自分は遊びで抱かれただけだ。男の気ままな慰み者にされただけだ。解っている。
豪奢で端整な彼の容貌も・・・毎日送られてくる高価な贈り物も何もかもミリアリアにとっては分不相応なものでしかない。
それが解っているのに・・・ミリアリアはディアッカの姿を追い求めてしまう。
ニコルが自分のためを思い、ディアッカの訪問を受けても追い返している事は知っている。
・・・ということは・・・ニコルは自分とディアッカの間に起こった『出来事』に気がついているのだろう。
あの『出来事』は忌まわしいものだ。
だが・・・ミリアリアにとってそれは『ひとの温もり』という安心感に置き換えられてしまっていた。
両親が事故死してからひと月。その間自分を取り巻く世界は激変し、泣いている暇も無かった。
ただ必死で生きる作り笑いと元気なフリをする毎日は早送りされたビデオテープのように流れ去っていくだけで、ミリアリアの寂しさを癒すものにはならなかった。
あの日月明かりの下でディアッカに抱かれたとき、ミリアリアが感じたものは恐怖心よりも人肌の持つ温かさだった。
自分を抱く腕の力強さと耳元を掠める吐息の甘さはミリアリアの張り詰めた神経を一気に突き崩した。
(温かい・・・)
ひとの持つ温もりはこんなにも自分を安心させる。
強引に抱かれているというのに・・・忌まわしい行為の最中だというのにミリアリアは必死でディアッカに縋った。
そして求められるまま流されて受け入れてしまった・・・。
いや・・・強引に抱かれたのではない。自分から望んでディアッカを受け入れたのだ。
初めてだった。
シーツを汚す鮮血も・・・ただ『そうか・・・』という認識だけだったのに、相手の男はその赤い色に躊躇するばかり。
それがとても悲しかった。
愛情があって抱かれたわけじゃなかった。ディアッカにとっては退屈凌ぎの遊びだと全て解っていたのだ。
それでもミリアリアはひとの温を求めて抱かれたのに。
犯罪を犯したかの様に『ごめん・・・』なんて、ミリアリアは彼の口から言ってほしくはなかったのだ。
オルゴールの蓋を開けると『Fly Me To The Moon』の切ないメロディーが響き渡る。
ピンクのバラはドライフラワーになって部屋に吊るされている。
高価な贈り物は気が重くなるだけだが、花は違う。とても優しい気持ちにさせてくれると思う。
(ディアッカっていう名前だったわね・・・)
毎日ピンクのバラを届けに届けに来る男の名前。
高価な贈り物はメッセンジャーが届けに来るのに、花束だけはディアッカが自ら訪れてミリアリアに渡そうとした。
その都度ニコルに追い返されるというのに・・・それでも彼は毎日花を持って訪れるのだった。
**********
───おまえの部屋はここなんだな・・・。
(・・・え・・・?)
不意の物音と艶のある声にミリアリアが振り向くと・・・なんとそこにはディアッカの姿があった。
「どうして!?」
「ん〜とさ、勝手知ったるアマルフィ家ってねえ。金持ちってのは昔から命を狙われるって相場が決まっているからさ、この家も秘密の抜け道とか隠し部屋とかたくさんあるんだよね。で、そのひとつがここの壁につながっているってわけ。ガキの頃から出入りして好き勝手に歩いているから多分ニコルよりもこの手の事は詳しいぜ?オレは」
ディアッカは狡猾そうな笑顔を浮かべてクククと笑った。更に。
「毎日オルゴールの音がずっと聞こえていたから・・・部屋の位置はだいたい把握出来ていたんだけれどね・・・」
そう言ってミリアリアに近づくとその頬にひとつキスを落とした・・・。
「おまえのことが気になって・・・忘れられなくて・・・ずっと逢いたかったんだ」
「謝って済むことじゃないけれどね、解っているけれどおまえに逢いたかった」
その言葉を聞いたミリアリアは慌てて言葉を返した。
「・・・気にすることはないって言いましたよね・・・私。だからもういいんですよ!それよりこんなところ誰かに目撃されたらあなたの立場が悪くなります!早くここから立ち去ってください!」
「どうして?やっと逢えたのにどうしてそんなことを言うの?オレはずっとおまえに逢いに来たんだ!やっとこうして見つけたんだからっ!」
「だったらもういいでしょう!遊びで手を出した女になんかもう用はないでしょう!今度はひとを呼びますよ!」
ミリアリアからのきつい言葉を受けてディアッカは咄嗟に彼女の腕を引いた。
「呼べるものなら・・・呼んでみろよっ!」
長い睫と紫の瞳が真正面からミリアリアを見据えた・・・。
「・・・呼ばせないよ・・・」
先程まで狡猾な笑みを浮かべていた男の口元はキュッと引き結ばれ、代わりに浮かんでいるのは真剣な表情。
そのままミリアリアを抱き寄せると・・その唇を覆った・・・。
それから毎日・・・ディアッカはミリアリアの許を訪れた。
バラの花はもう持ってこなかったが、代わりに甘い言葉を囁く。
「愛してる・・・」
来る日も来る日も毎日毎日・・・「愛しているよ・・・ミリアリア・・・」と告げては彼女を抱いた・・・。
密かな逢引はまるでロミオとジュリエットのようだ・・・。
ミリアリアはふたりの関係に思いを馳せる。
けれど・・・ロミオとジュリエットは悲恋の物語・・・。
ある日突然ぱったりとディアッカの訪れが途絶えた。
(どうしたのかしら・・・)
ミリアリアはオルゴールを鳴らしてディアッカが来るのを待った。
1日・・・3日・・・そして1週間が過ぎた・・・。
それでもディアッカの訪れは無かった。
やがて・・10日目の朝になって、信じられないニュースが飛び込んできた。
それは・・・
『ディアッカ・エルスマンの婚約発表』という大ニュースであった・・・。
(2005.11.26) 空
※ 続編をお届けします。すみません!もう1話追加になってしまいました。
このリクも美味しすぎて・・・(笑)
どうやってハッピーエンドにするか・・・管理人も思案中です(んな無責任な・・・!)
次は確実に完結となりますので、もう少々お待ち下さいませ・・・!
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