ここからは綺麗な海が見える。

上流階級の付き合い事などたいして面白くもないのだが、それでも仲の良い友人や仲間たちに会えるのはそれなりに楽しい。
友人のニコル・アマルフィの誕生日パーティに招待されたディアッカは、勝手知ったるものとばかりにいつも泊まる客室へと戻って来たところだった。
アマルフィ家とは親同士の付き合いもよろしく、まだパーティがお開きになる様子もない。
豪華な料理も派手なパフォーマンスにも興味のないディアッカはいつものようにここで海でも眺めながらパーティ会場からこっそり持って来た年代物のワインの芳醇な香りを楽しもうと思ったのだ。

だが・・・客室の扉を開けると、そこにはいつもと違う光景があった。

(へえ・・・)

ディアッカの口元に思わず笑みが漏れた。

なにしろ誰もいない筈の部屋にとても可愛らしい少女がベッドにもたれた状態のまま、床で気持ち良さそうに眠っていたのだから。








夕凪







───なんでこんな所で女の子が眠ってるんだ・・・?

この部屋はディアッカしか使わない。夕刻の海が美しいここは彼のお気に入りで、来れば必ずここに通されるのが決まりなのに・・・。
眠っている少女にそっと近づいてみると、折からの夕日に映えて、幻想的な雰囲気にあってなお可愛らしい寝顔だった。
良く見ると黒いメイドの格好をしている。

(・・・使用人か・・・?)

だが、アマルフィ家の使用人は皆中年か、それに準じた年齢である。こんな・・・16〜7歳位の少女がいたなんてそれこそ初耳だ。

ディアッカは17歳だが、実年齢より遥かに大人びた容貌をしている。浅黒い艶やかな肌に紫の瞳と長い睫、そして少しクセのある金髪の豪奢な美貌の少年だった。
当然周囲からの誘惑も多く、この歳で既に複数の女性経験を持つディアッカを前にこんな無防備な少女が眠っているのだから・・・これはかなり危険な状況だと言える。

(かわいいじゃん・・・)

そっと少女の頬に触れるとしっとりとして・・・それでいてとても柔らかな肌の感触にディアッカは身体がゾクリと震えるのを感じた。

(もっと・・・)

少女の肌の感触が欲しい・・・。

首筋に指を這わせる・・・。雪の様に白い肌と細い首筋は今にも折れそうなくらい華奢で繊細だ。

ディアッカは少女に触れる行為がどんどんエスカレートしていく自分に驚きながらも、触れた手を止められないでいる。

(・・・ぅん・・・)

その動きにぐっすりと眠っていた少女がゆっくりと瞳を開いた。
まだ半分トロンとした眼差しはディアッカの姿を認めるものの、ここがどこかまでは認識していないようだ。

「・・・ああ・・・眼が覚めたの?お嬢さん」

少女の首筋を伝っていた指はいつに間にか彼女の顎へと移動している。

「まだ眠いの・・・?だったらオレが起こしてあげる」

ディアッカはそう言うと口元でクククを笑った。すかさず少女にキスをするとそのまま深く口内を弄ぶ。

その強引な力強さに少女ようやく自分の置かれている状況を理解した。

(・・・やだ・・・)

少女は必死でディアッカを押しのけようとするのだが、もがけばもがくほど身体を深く抱き込まれる。

(こいつはタマンナイねえ・・・)

ディアッカは少女を抱き上げるとすぐ脇にあるベッドの上に少女を降ろした。

先程まで窓から差し込んでいた夕日も既に荒涼たる闇に取って代わられている。

ふたつの陰がひっそりと蠢くのをただ月灯りが静かに照らしていた・・・・・・。






**********






「ミリアリア・・・ここ数日元気がないようだけれど、どうかしたの?」

ニコル・アマルフィはお気に入りの小間使いが意気消沈していることに不安を隠せないでいる。

「いえニコルさま。なんでもないですわ・・・」

ミリアリアと呼ばれた少女が形だけの返事をする。

パーティの日以来、明るくて快活だったミリアリアからは微笑みが消え失せてしまっていた。
その訳をあれこれ聞き出そうとするニコルなのだが一向に要領を得ない。
パーティがお開きになった後、いつの間にか片付けに加わっていたのだが、それまでミリアリアがどこで何をしていたのかは不明だった。
ニコルの脳裏には今、思い当たる最悪のシナリオが浮かんでいる。

あのパーティの最中、友人のディアッカ・エルスマンの姿が見えなくなった。
上流階級の御曹司のくせにそういった社交辞令には馴染まず、アマルフィ家に来ても付き合いもそこそこにしてさっさと宛がわれた部屋に引っ込んでしまうディアッカ。彼が大変女出入りの激しい生活を送っているのはニコルも知っているところなのだ。
聞けばミリアリアは客室のメイクをしていたのだという。姿の見えないディアッカと客室のメイクをしていたミリアリア・・・。
まさかとは思う。思いたいのだが・・・こんな事をミリアリアに直接聞くわけにもいかない。






───ニコルさま。ディアッカ・エルスマンさまがお見えです・・・。

執事の声にニコルが振り向くと、そこには既にディアッカの姿があった。いつものことである。

「ああ、バトラー、ここまでありがと。下がっていいよ」

ディアッカがそう執事に話しかけると、「ごゆっくりどうぞ」との声を残して執事は戻っていった

正式な案内もなくいつもディアッカはここまで来てしまうのだ。しかし今日はタイミングが悪すぎた・・・。
ディアッカの姿を見るや否やミリアリアの様子がそぞろになった。

ディアッカはピンクのバラの花束と小さな箱包みを抱えていた。この男が花束だなんて・・・とニコルは不信感を募らせる。

「よう、ニコル。この間はサンキューな。・・・ところでさ・・・ちょっと用があって来たんだけどさぁ・・・」
と、ニコルの陰に隠れる少女を見ながらディアッカは前に出ようとした。

「ディアッカ。珍しいこともあるのですねえ。バラの花束にプレゼントの包みだなんて、およそあなたらしくない組み合わせですよ。ところで・・・僕に用って何ですか?」

ディアッカとミリアリアの間にニコルが割り込むものの、別に気にした風もなくディアッカは更に言葉を続けた。

「ああ・・・お前じゃなくてさ、そこの・・・彼女に用があって来たのさ?ちょっと時間貰っていい?」

人好きのする笑顔を少女に向けるディアッカだが、彼女はニコルの後に隠れたままだ。

この様子を見てニコルは『最悪のシナリオ通りの事』が起こったのだと確信した。

「ごめんなさいディアッカ。彼女は僕の用事があってこれから出かけるのです。よかったら僕が用事を伺いましょう」

「あ・・・ちょっと待てよ!少しくらい彼女と話をさせてくれてもいいだろう?」

「急いでるのですみませんディアッカ。。あ、ミリアリア。もう下がっていいからね。早く用事を済ませておいで」

「・・・もう、しょうがねぇなあ!」

ディアッカはニコルを押しやると、持っていた花束と箱包みをミリアリアに強引に押し付け、その頬にひとつキスを落とした。

仕方なくそれらを受け取ってミリアリアは足早に走り去っていく。

その一部始終を見届けたニコルは静かに・・・だが威厳を込めてディアッカと対峙する。すなわち。



「さて・・・と彼女の事でお話があるのですが・・・」

だが、そんな言葉で威嚇出来る様なディアッカではない。






**********




あの夕闇の中での出来事はミリアリアの心と身体の両方に傷を負わせた。
ベッドメイクの最中、ミリアリアは連日の疲れが祟ってその場にしゃがみ込んだ。
すぐに良くなるだろうとベッド寄りかかり眼を閉じたのだが・・・窓から差し込む陽の光が暖かく、そのまま眠り込んでしまったのだ。
やがて何やら自分を取り巻く気配に気がついて眼を開けると・・・そこにいたのは金髪の男。
まだしっかり目覚めないうちに男に抱きこまれ、その身体を蹂躙された。誰か助けを呼ぼうとして声をあげると・・・。
その男は狡猾な笑顔を見せて耳元でそっと呟いた。
「オレは別に誰が来ても構わないけれどね・・・こんなところ見られたら困るのはおまえのほうじゃないの?」

ミリアリアには身寄りがなかった。先月事故で両親を亡くし、彼女の父親の上司だったニコルの父が不憫に思って親代わりを申し入れてくれたのだ。無論こんなメイドではなくきちんとした身元引受人として彼女を保護してくれたのだが・・・それはミリアリアが断った。
ただ何もせずに住まわせてもらうのには気が引けたのだ。せめてもの恩返しにとニコルの小間使いとして働き出したのがほんの1週間前なのであった。

ここを離れたらもう行くところが無い。
それに彼はアマルフィ家の客人なのだ。下手に騒げばアマルフィ家にも迷惑がかかる。
まだ16歳になったばかりのミリアリアには耐えることしか出来なかった。

声を殺すミリアリアの様子にすっかり気を良くしたディアッカは思うままに彼女の全てを奪いつくした。

・・・やがてゆっくりとミリアリアから身体を外したディアッカはベッド脇のナイトテーブルの灯りを点けて一糸纏わぬミリアリアの姿に言葉を失う・・・。

シ−ツに付着した血痕がディアッカにある連想させる。

(嘘だろ・・・)

もの言わぬ少女は手早く身支度を整えると、「そのシーツかしてください。後できれいなものと交換しますから・・・」

と言ってランドリーのカゴにしまい込んだ。

その様子を受けてディアッカはようやく我に返った。

「オレは・・・その・・・まさかおまえが初めてだったなんて・・・だから・・・」

何とも歯切れの悪い言葉であるが、ディアッカは本当にミリアリアが初めてだったなんて思いもしなかったのだ。

「大丈夫です・・・。この事は誰にも口外しませんからどうぞご安心なさってください」

ミリアリアはディアッカにそう告げると今度こそ部屋から出て行った・・・。

それが数日前の話・・・。





**********





ニコルに言われるままにここまで来たミリアリアだが、元より用事などあるはずも無くこっそりと自室へと戻っていた。

ディアッカに押し付けられるように手渡されたピンクのバラの花は最高級のものだろう。形といい香りといい、たやすく買えるようなものではなかった。

本当は見たくもなかったのだが、それでもアマルフィ家を憚って箱の方も開けてみた。

(あ・・・)

ミリアリアから思わず溜息が漏れた。

箱の中から出てきたのは・・・すっきりとして、それでいて繊細な細工のオルゴール。
試しにネジを巻くと流れてきたメロディは『Fly me to the Moon 』。
思い出すのは月明かりの下での出来事。

(こんなもの・・・!)

ミリアリアがテーブルからオルゴールを払いのけるとガシャ・・・ンというという音と共にオルゴールは部屋の隅に転がった。

音楽が流れる・・・。

『私を月まで連れてって・・・』









───連れて行かれたのは心と身体・・・。










     憎悪の眼を向けるには男があまりにも美しすぎた・・・。













 (2005.11.17) 空

 ※たいへんお待たせ致しました・・・。キリリクの『
「遊びで手をだしたミリィに本気になってしまうディアッカ』をお送りします。
   ここのところ黒いDさんが多かったので灰色(!?)のDさんを書いてみました・・・でも黒いか(笑)
   もう1話続きがありますので、こちらも11月中にはUP出来ると思います。予定より半月以上お届けが遅くなりましたことを
   お詫び申し上げます・・・。


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