夜明けのコーヒー
「なあ、ミリアリア〜!この間のデートの約束、もうそろそろ大丈夫?」
「デートの約束・・・?なによそれ」
「忘れたの?ダンス全部踊れたらおまえデートしてくれるって言ったじゃん?」
───すっかり忘れてた・・・。
まさか・・・オールクリア出来るなんて思っていなかったから安請け合いしちゃったけれど。
眼の前の男はいともたやすく踊ってしまって、青くなったのはつい数日前のこと。
あの時は着慣れないドレス姿だったので、デートは延期してもらったんだけど。.
(やっぱり・・・約束は守らないとマズイわよね)
私は大きく溜息をついた。
眼の前のオトコ・・・ディアッカはニヤニヤ・・・というかニンマリ・・・というか・・・
とにかく何かこう・・・イヤラシイというか・・・エロいというか・・・下心ミエミエというか・・・まあ、そんな顔をしてこっちを見ている。
「おまえ今日は非番だろ?俺も整備はないから、これからでもいいよな?」
「え・・・これから?ってちょっと急じゃない!」
「いいじゃん別に。構わないだろ?」
もう!なんでこいつはいつも唐突に物事を押し進めるんだろう!こっちの都合などホントお構いなしなんだから!
「じゃ、決まりだな。早く仕度してこいよ!」
「仕度・・・って?」
なんの仕度をすればいいのだろうか?
「だってデートじゃない?この間のドレスは着てくれないの?」
「絶対い・や!」
冗談じゃない!あのドレスが嫌でデートを延期してもらったのに。
なのにディアッカときたら。
「え〜っ!じゃあ、何?その軍服でデートする気かよおまえ!」
と、心底嫌そうな顔をする。
「いけない?」
「だってデートだろ〜?可愛い格好がいいなオレ。だからさ?あのドレス着ろよ!」
「ああいうのは、ラクスさんやカガリが着ると似合うの!私は嫌だから!」
・・・思い出してしまう。あの時のバツの悪さを。
こいつときたら・・・有り得ない程綺麗だから、隣でエスコートされている私なんて・・・
豆ダヌキが布切れ引っ掛けている様にしか見えないのが悲しい。
「文句があるならデートなんてしないから!」
これだけは譲れない。
「ちぇ・・・わかったよ!その格好でいいから!」
あまりの剣幕にさすがのディアッカもしぶしぶ折れた。
「じゃ・・・参りましょうか?お嬢様」
ディアッカが手を差し延べる。
「結構です!」
私は丁重にお断りした。
───AAは大型戦艦とはいえ、たかだか420m程の長さでしかない。
こんなところでデートもへったくれもないと思うけれど、こいつはあまり気にしていないらしい。
オーブのオレンジ色のジャケットを着崩しているが、そんな格好でさえ決まって見えるのはさすがだと思う。
とにかく人目を惹くことこの上もないから、あまり他のクルーには見られたくないのだ。
だから自然と足はひと気の無い方へと向いてしまう。
「何?おまえ俺のこと誘ってんの?どんどんひと気の無いとこに行ってるじゃん?」
ニヤニヤと口元を歪めて笑うディアッカの態度が癇に障る。
「そんなんじゃないわよ・・・こんなところ誰にも見られたくないだけ」
深い意味なんてこれっぽちもない。
なんて言っているうちに、集団でこちらに来る声が聞こえてきた。
とっさに私は横に隠れ、傍らのディアッカも私に倣った。
───でもよう〜エルスマンも物好きだよなぁ・・・
確かにハウは可愛いけどさ、あのラクス・クラインや、オーブのお姫様に比べりゃ
見劣りするじゃんよ。クサナギのM1乗りの女の子だって美人だしさぁ。
エターナル行きゃ、キレイなコーディネイターの娘がいっぱいいるし、そっちの方がいいよなあ普通は。
きっとあいつ、美人ばっか見てきたから、ああいう地味なのが物珍しいんだろうさ。
違いないな。そのうち飽きて追わなくなるってな。
そうしたら、今度こそ慰めてやろうじゃん?
いいねえ〜それ!そこまでされちゃハウも諦めるだろうさ!
でもハウも尻軽だよな!もう次の男くわえ込んでるんだぜ〜!
しかも、コーディネイターの色男ってか?好きモノなんだろうよ。
ま、これを知ったら死んだ彼氏も浮かばれないぜ!
卑猥な笑い声を残して、集団は通り過ぎて行った..
いつものことだ。今更驚きはしない.
でも・・・ディアッカには聞かれたくなかった───。
横に居る彼の顔を見ることも出来なかった。
ディアッカはひと言も話さない。黙ったままだ。
「気にしなくていいわよ・・・いつものことだから」
つとめて明るく彼に言った。
いい機会かもしれない。
これを聞いたなら、彼も距離をおいてくれるだろう。
「デート台無しになっちゃたわね。シラけちゃったからもうここでお開きにしましょ!」
じゃ、私もういくわね〜!と強く床を蹴る。無重力に身体を乗せた。
「!?」
不意に身体の動きが止まった。
「待てよ・・・!」
ディアッカが私の腕を掴んでいた。
その顔は・・・いつもの飄々とした彼とは違っていた。
紫の瞳は真剣な色が浮かんでいて、その表情に私は息を呑んだ。
強引にその手を振りほどく。ここは彼には相応しくない。
「あんたはここにいないほうがいいわ。はやくエターナルに移ったほうが気が楽になれるわよ。」
本当に心からそう思った。
「ミリアリア・・・・!」
「解ったでしょ?用がないなら呼ばないでくれる・・・?」
「ミリアリア・・・オレは・・・!」
「バカなナチュラルのオンナをカラかっておもしろかった?でも、もう懲りたでしょ?」
「ミリアリア・・・」
「あんたはとても綺麗で優秀なんだから、こんな所じゃなくて、あんたに相応しい所に帰りなさい」
これ以上ここにいると涙がこぼれそうだ。
ディアッカに精一杯笑いかけて、今度こそ無重力に身体を乗せた。
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