夜明けのコーヒー
随分酷いことを言う奴がいたものだとディアッカは思った。
自分と一緒にいるだけでミリアリアは格好の噂の的だ。
恋人を亡くしてまだ日の浅い彼女があんなに痩せてしまう程思いつめて・・・身体をこわして。
毎日必死に生きているのが解らないなんて、周囲の奴らはどうかしている。
な〜んちゃって・・・ついこの間まで、自分もそういうオトコではなかったかとディアッカは苦笑する。
いかにのほほんと毎日を過ごしていたか・・・自分自身に呆れかえってしまう。
それにしても・・・ディアッカが物好きとは随分な言われようではないか。
確かにラクスやオーブの姫さんは美人だと思う。
クサナギの3人娘も綺麗だし、エターナルには「いい女じゃん」って思える女もいた。
(物好きねえ・・・)
実は、ミリアリアだって可愛いと本気でディアッカは思っている。
美人じゃないけれど何というか、妙に可愛い。
あのくるくる変わる表情は見ているだけで楽しいし、なごませてもくれる。
伊達や酔狂でデートになんか誘ったりしない。
本当にデートしたかったからこそ、あんな賭けを持ち出したのだ。
下卑た噂話など聞かなければ、楽しいデートになったのに。
戦時中のAAはただでさえ、娯楽に乏しいのに腹立たしい。
けれど・・・ディアッカは今まであんな噂を聞いたことなど無かった。
ミリアリアはいつ頃聞いたのだろうか?
あの様子だとかなり前から言われていた様に思う。
(ホント健気だこと・・・)
ミリアリアがディアッカを冷たくあしらう理由の一端が、解ったような・・・そんな気がした。
───さて・・・お姫様を探しに行きますか。
元気なふりをしていたが、ミリアリアは今にも泣きそうな眼をしていたのだ。
(はいはい・・・確かにオレは物好きかもね。でも可愛いんだからしょうがないじゃん)
ひとり呟いてディアッカは通路を歩き出した。
ミリアリアの行きそうな所は・・・そんなには無い。戦艦の中だ。たかが知れている。
まだ時刻は午前中。展望デッキには誰かいるだろうし、ホールやライブラリにも行ってないだろう。
後は自分の部屋か・・・あっちだな。
まずミリアリアの部屋に行ってみた。
ガランとした大部屋。8人部屋をひとりで使っていると聞いていたが、先日エターナルで貰ってきた箱が2つ。
壁にはキラやサイが着ているのと同じ青い軍服が壁に掛かっていた。
そしてベッドの横に写真たてがひとつ。
幸せそうな笑顔のミリアリアと・・・多分こいつがトールなんだろう。
こんな笑顔のミリアリアは見た事がない。
胸が痛くなった。
反対側のベッドには、この間ラクスたちに頼んだオレンジのドレスが放り投げてあった。
ディアッカはそれを掴むと、再び通路へと出て行く。
自室にいなけりゃ多分ここだ。───倉庫。
ここに来る奴は決まっている。
まず、ミリアリア。雑用は彼女の仕事。それにサイ、キラ、ムウのおっさんにマードック曹長。
・・・それと自分。そんなものだろう。
やたら広いので、奥に潜り込めば誰にも気付かれない筈だ。
動力音が聞こえるから、小さい物音なら消してくれる。
ミリアリアにはうってつけの隠れ場所だ。
───パシュウ・・・
倉庫の中は薄暗かったが、確かにひとの気配がした。
奥へと進んで・・・
「まだ、デートの途中だろ?お開きだなんてつれないじゃん?」
ディアッカは膝を抱えて泣いているミリアリアを見つけた。
ミリアリアは顔を上げずに俯いたままだ。
泣き顔なんて見られたくないだろうとは思うのだが、ディアッカは彼女の隣に腰を下ろした。
「あんな噂話聞いて・・・まだデートする気なの?アンタ物好きも大概にしなさいよ」
「別にいいじゃない?あんなの勝手に言わせておけばさぁ・・・」
ディアッカは飄々と答える。
「それよりこのドレス・・・なんでそんなに嫌がるの?」
そう言ってディアッカはミリアリアの肩にドレスを掛けた。
その感触にミリアリアの肩が震えたのを見逃さなかった。
「おまえはこうやっていつもひとりで泣いているわけ?」
言葉が終わらぬうちにディアッカはミリアリアの肩に腕を廻すと自分の胸に引き寄せた。
ミリアリアの身体がこわ張る。
「なっ・・・何するのよ!」
俯いたままでミリアリアはディアッカから逃れようとする。
ディアッカはその身体をもう片方の腕で包み込んだ。
自分の足をずらしてミリアリアを足の間に挟み、正面から抱き込むとミリアリアの嗚咽が伝わってきた。
「誰もいないから泣いても大丈夫だぜ・・・。こうしていてやるから」
ミリアリアの耳元で艶っぽい甘い声がする。
「確かにラクスやオーブの姫さんは美人で綺麗なんだけれど・・・おまえだってとても可愛いと思うぜ?
ドレスだってよく似合っていたのにさぁ勿体無いよホント」
「嘘つかなくたっていいわよ・・・からかうのはやめてよね・・・」
ミリアリアは涙声だった。
「冗談ではないって言ってもおまえは信用しないんだろうけど・・・おまえはホント可愛いとオレは思ってるよ。
とにかく少し肩の力を抜けよ。おまえ気ぃ張りすぎだから」
ディアッカは抱き込む腕に力を入れる。
ミリアリアは声を上げずに泣いた。
ディアッカの柑橘系のトワレの香りと胸の温かさがミリアリアの心に沁みた。
しばらくすると・・・ミリアリアから規則正しい寝息が聞こえてきた。
泣き疲れて眠ってしまったようだ。
ドレスは丁度いい具合に毛布の代わりになった。
(ほらこんなに可愛いじゃない・・・)
ミリアリアの寝顔にディアッカは笑みを漏らす。
腕の中の柔らかな感触と、沈丁花のトワレの香りがくすぐったい。
こういうのを至福の時というのかもな・・・ひとり思うディアッカであった。
───しかし・・・なんでこいつらこんな所で眠っちまってるんだ?
声の主はムウ・ラ=フラガ。
マードックと2人で倉庫にMSの備品を取りに来てみたら・・・
幸せそうに眠っているディアッカとミリアリアがいたという訳だ。
しかもディアッカは大切そうに彼女を胸に抱いて、ドレスの布団まで掛けてやっている。
まるで、人目を忍んで逢引しているロミオとジュリエットみたいではないか。
「どうします?起こしますかね?」マードックの声も半ば呆れたような感じだ。
「ん〜そうだなあ。でもこんなに気持ち良さそうじゃ起こすのも可哀そうだよねえ・・・」
「そうでさあ・・・いいんじゃないですかい?このままにしておいても」
と、マードックは笑った。
「まあ、寒くはないだろうし、毛布の1枚でも掛けてやっとけばいいか」
ムウは備品の新品の毛布のパックを開けて、そっと2人に掛けてやった。
それにしても・・・お嬢ちゃんはともかく・・・
「あの小生意気なボウズ2号が・・・こんな顔して眠るなんて信じられないねえ・・・」
「ホントですなあ・・・写真に撮って晒し者にしたいもんでさぁ・・・」
普段の斜に構えた反抗的な態度からは想像出来ない程安らかな寝顔のディアッカに。
───案外・・・こいつは見かけよりも純真な少年なのかもしれない。
ムウとマードックは互いに顔を見合わせて苦笑した。
「いつか、こいつら夜明けのコーヒーでも一緒に飲むようになるのかねえ・・・」
そんなムウの呟きに。
「少佐・・・夜明けのコーヒーなんて死語、今どき誰も使いませんぜ・・・」
そうまぜかえしてマードックはひとつ欠伸をした。
(2004.12.1) 空
※ディアッカが純真・・・書いてた自分も疑いの眼。
それにしても夜明けのコーヒーなんて60年代じゃあるまいに・・・と思うのですが
案外DとMには似合いの言葉かも・・・なんてオバカな想像しちゃいますね。
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