ディアッカがミゲルに施したショック療法───
理屈云々ではなくナチュラルとはこういうものだ!といきなり突きつけた三次元世界の現実はミリアリア・ハウというナチュラルの少女。
見るがいい。ほら?コーディネイターとどこが違う?まぁ隠された能力や外見上の美醜といった違いならばそれは勿論あるのだけれど、こうして呼吸し、笑っているのを確かめれば、彼女もまた自分達と同じ人間なのだと解るだろう。
普段の態度がどうであれ、優秀なミゲルのことであるから自分の考えの過ちにもきっと気付くに違いない。
そう思ってディアッカはミゲルをミリアリアと対面させた。そしてディアッカの思惑通りショック療法の結果は良好に思える。
しかし、現実というものは予想外のことも当然起こり得るということを、あのディアッカなら当然理解しているはずだ。
彼の真意は何処にある?
まあ、そこは本音を口にしないディアッカなれば、問うたところで上手く誤魔化されるに決まっているが。
風と踊るワルツ 中編
──だって・・・ずっとひとりきりだったんでしょう?ミゲルさんって。
病院内にあるカフェでミリアリアはディアッカと向き合いながら遅めの昼食をとっていた。
「まぁねぇ。っつーかさ?ヘリオポリスのあの惨状でまさか生きてたなんて思わないだろ普通。ミゲルだって自分がこんな形でオーブ本土にいることが未だに理解できねぇんだしさ」
ディアッカはミリアリアの顔色を伺い見てはブラックコーヒーをその都度啜る。
「で?ミゲルもオレたちと同じZAFTの軍人で、しかもおまえの故郷をぶっ壊した一員なんだけれどそれについてはどう思うおまえ?」
「そんなこと今更言われても・・・何て答えていいのか解らないわよ。キラだってほらあんただってコーディネイターなんだから。それにもうヘリオポリス無くなってしまったんだし・・・戦争だって終わったんだし・・・」
「っつーことはミゲルに対しておまえは嫌悪感を持っていないって思っていいわけ?」
覗き込むようなディアッカの視線を受けてミリアリアは諦めたような表情をした。
「嫌悪感とかそういうの、もうあまり考えたくないだけよ。コーディネイターのあんたともこうやって話してるんだもの」
「なるほど。っつーことはオレに対しても嫌悪感なんてーのはもっていないって解釈しても構わないよな?」
「あんたに嫌悪感なんか見せたところで何も変わりはしないでしょ。嫌だったらこうして一緒にお茶飲んでないし?」
テーブルの反対側で頬杖をつくディアッカの問いが、いつもより一層嫌味に聞こえ、あまりの煩わしさにミリアリアはそっぽを向いて窓を見やる。
「あんたの用事って、私をミゲルさんに引き合わせることだったんでしょ?ミゲルさんはずっと昏睡状態だったから今の世界情勢だってそう簡単には理解できないって・・・そういう意味でナチュラルの私を呼んで話をさせてみたんでしょあんた」
初めは何の為にこんな軍属の病院に呼び出されたのか理解に苦しんだミリアリアだが、ミゲルと交わした会話の内容。それを傍から注釈するディアッカの言動。少し時間はかかったものの、自分をミゲルに引き合わせたディアッカが何を思ってそうしたのか今ならそれが理解できる。案ずるより行動に移して現実を直視させるのもこの場合には有効だろう。
「───で?私はこの後何をすればいいのかしら?」
唐突なミリアリアの質問に対し、ディアッカは頬杖をついたまま暫く黙っていたのだが、大きく息をひとつ吐くと、ミリアリアの前に置いてあるソーダ水に視線を移し、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「今のミゲルって・・・その炭酸の気泡みたいなもんだよな。出口を求めて少しずつ上ってはじけてさ・・・」
「・・・?」
「ミゲルって奴はあれでとても気のいい奴さ?オレみたいな捻くれ者だって今はこうしてナチュラルのおまえと話をしてる。だったらあいつだっておまえとならば会話のひとつでもできるだろきっと。そうやって少し少し今の状況を理解していくんだよ。で、おまえの質問だけれどね、時々でいいからあいつの話し相手になってやってもらいたい。それが答え・・・っつーよりお願いかな」
ディアッカはいつものようにクククと口角を持ち上げて笑う。
「・・・それは別に構わないけれど、私はともかくミゲルさんの方は大丈夫なの?今日はあんたが傍に居たから露骨に嫌な顔も見せなかったけれど・・・本来ナチュラルなんて見たくも無いって思ってない?」
もっともなミリアリアの意見に、ディアッカはほんの少しだけ困ったような顔をした。
「・・・だからおまえに頼んでるの。あいつのそういう頑ななところを何とかしてやりたいんだよ。オレが何とかできるならおまえに頼んだりはしないんだけどさ?こればかりはオレでもきっと無理じゃないかと思うしね」
陰鬱な溜息をひとつだけ吐いて、ミリアリアはディアッカの瞳を覗き込んだ。
「あんたがそういうまわりくどい言い方をするのって、かなり深刻なことがあった時だけど・・・何かあったの?」
「え・・・」
ディアッカは、ミリアリアの言葉にドキリとしたが、辛くも表情を他へ逃した。
「とにかく後はおまえに任せるから・・・ミゲルのことは頼んだぜ」
すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干し、ディアッカはスクッと席を立つ。
会計表を掴み、そのままミリアリアを残してディアッカはカフェからひとり離れていった。。
**********
───というわけでミゲルさん私じゃ嫌かもしれませんが、暫くの間お世話をさせて下さいね。
ミゲルの病室に初めて訪れてから3日目の午後、ミリアリアは再び彼の許をを訪れていた。
表向きはミゲルの世話をするという名目だが、実際はディアッカから頼まれたように、ミゲルとは、会話を通して互いの意思の疎通をはかるという目的がある。正直怖い。それは単にミゲルが怖いというのではなく、自分がナチュラルであることによって頑なにミゲルに拒絶されることこそが怖いのだ。当然ここまで来るのにミリアリアはカチカチに緊張し、恐る恐るミゲルの顔に視線を移しながら頭を下げた。
「あ、いや、その・・・なんて言うか・・・こちらこそ宜しく」
予想に反してミゲルはとても素直に言葉を返した。
無論ナチュラルに対しての嫌悪感が払拭されたわけではないが、今、目の前の少女がナチュラルだからといって闇雲に嫌悪感を募らせるのにはミリアリアはあまりにも弱々しかった。
それよりもミゲルには別の感情がミリアリアに対して生まれていた。
「あのさ・・・えーと、ミリアリアさん」
「はい、あ、ミリアリアでいいですよミゲルさん」
人好きのする笑顔でミリアリアはミゲルの言葉に柔らかく答えた。
「じゃ、オレのこともミゲルでいいよ。っていうかそう呼んでくれる?『サン』づけっていうのはどうも苦手なんでね」
ミゲルもまた好青年そのものといた感じでミリアリアに言った。
「それよりもさ、君、ディアッカの彼女っつーのは本当なの?」
そう、さっきからこれこそミリアリアに問い質したかったことなのだ。先日のディアッカの態度は冗談めかしながらも本気なのだとミゲルは思い、何をすき好んでナチュラルの女なんか・・・、と不思議でたまらなかったのである。
「いーえ!あれはディアッカが勝手に言ってるだけですっ!絶対信用なんかしないでください!」
「そうなの?」
「そうですよっ!誰があんなボケバカ男の彼女になるって言うんです?そこまで物好きじゃないですよ私っ!」
「・・・・・・」
ミゲルはミリアリアの物言いに亜全呆然。目をまるくしたまま黙り込んでしまった。
「あの・・・?どうかしたんですか?」
言葉を失ったまま固まっているミゲルに対し、ミリアリアはそこから言葉が続かない。
だが、そんなミリアリアを眺めていたミゲルは途端に表情を崩して笑い出した。
「ミ・・・ミリアリアちゃん。今の言葉あいつのおっかけや親衛隊に聞かれたら大変だぜ?ああ見えても奴はエリート中のエリートでさ?父親はプラントのフェブラリウス市長で評議会議員で医学会の最高権威でもあるっていうまさに純潔のサラブレットなんだよな。しかもオレより後輩のクセに赤服なんか着てやがるっ!でもってあの浅黒い肌に金髪で紫の目だなんてラクス・クラインも真っ青なカラー・コーディネイトスタイルだもんなぁ〜!あれって絶対反則だよな。イザークやアスランの裏にうまく隠れていたけれど、単体で見たら男も頬染めるくらい色気があっておっさんでもおばさんでも下はガキから絶世の美人まで幅広い信望者がいたもんなあいつ。
まったく羨ましいってのはこのことだよなー女に不自由はしないし貢物は山積みだし成績は手を抜いていても20番以内キープっつーのがまた凄いよなーちっくしょーオレなんか21番で卒業したから赤服も着れなかったのにさ!ってやっかんでみたところで仕方がないのは分かってるけど仮にもオレは先輩だぜ?良いトコ見せないと威厳っつーもんが保てないからそりゃーもう必死で頑張ったのよ?で「黄昏の魔弾」って異名を持つくらいカッコついたまでは良いよこれはこれで!でもディアッカの奴ときたら黄昏の魔弾って聞いた途端バカ笑いしやがったんだぜ?「黄昏」だなんてありえねーってこともあろうにタ・ソ・ガ・レだなんてダッセーっ!なんかもう出世まで黄昏みてーじゃん!でもって魔弾て何だよってここでもまたバカ笑いだぜ?魔弾って間男(と書いてまだんと読ませる)の間違いじゃねーのぉ?なんて腹抱えてヒーヒーしやがって!ざけんじゃねぇ間男はテメェだろうっつーんだよ!どっか高官の奥さんコマして大金せしめただの、女の上官に気に入られて高級車貢がれて女に乗ってついでに車にも乗ってるぜあいつって陰で悪口言われたって悔しかったらあんたも女に乗ってみればーなんて忌々しいったらありゃしねぇ!ったくディアッカの奴は何言われたって動じないもんな!だからもうオレ達トサカ(死語)にきてありとあらゆる異名を奴につけてやったさ!有害フェロモン垂れ流し男とか複上死確定男だとか種馬桂馬ってこれはイマイチの出来なんだけどあいつの動きが変則的で読めない上にいつの間にか王手ってこの場合女のことを指すんだけれどしっかり決めるところで決めてるしなー!ここであいつ子供まで孕ませたらもう英雄だけれど流石にそこまでは甘くないのが世の中・・・つーかよく考えてみれば子供できなきゃ遊び放題じゃねーか!でオレが一番気にくわねぇのがそこなんだよ!あいつ自分から女を誘ったことないんだもんなー信じられる?女の方が奴の有毒フェロモンに中てられてメロメロになってあれこれ勝手に貢ぐんだぜ?ちっくしょーオレもそういうとこコーディネイトされたかったと思うよな!っつーぐらい女にもてたんだよあいつ!ありえねーよ!世の中絶っ対に間違ってるっ」
ゼイゼイと息も荒く、ミゲルは一気に捲くじたてた。
「・・・はぁ・・・」
ミリアリアはふぅっと息をひとつ吐いてミゲルの顔をまじまじと見た。数秒の後口元から押さえきれない笑みがこぼれる。
「・・・ミゲルさんってディアッカのことよく見てるんですね。ホント感心しちゃいました」
「ミリアリアちゃんこそディアッカの昔話聞かされても何とも思わないの?恋人宣言されてるんでしょ?キミ」
「あいつの武勇伝もどきならあちこちでうんざりするくらい聞かされましたから、もう今更って感じですよ。今だって一緒に歩いてると女の子の視線がすごいですもん。そんな男に恋人宣言なんかされたって誰も本気になんかしませんよ」
「・・・そう?でもあいつがさぁ、あそこまでムキになるのって俺正直初めて見たぜ?余程ミリアリアちゃんのこと気に入ってるんだと思うけどな」
盗み見るようなミゲルの目つきがミリアリアの内側を大きく抉る。
「今は本気かもしれないけれど・・・そんな夢はすぐに覚めます。あいつは責任感とか・・・義務感みたいな感情を恋だと勘違いしてるだけですから。でなければナチュラルの女がちょっと珍しいみたいな感じかな?一緒にいると癪な話なんですけれど、嫌になるくらい能力とか、まぁいろいろなところで差があるの思い知らされちゃうし。とにかく彼女っていうのはあいつの大嘘ですから信じないでくださいね」
ミリアリアは優しく微笑んで、あ、りんご持って来たんです。今剥きますね。などと甲斐甲斐しく立ちまわる。
くるくると変わるミリアリアの表情を眺めながらミゲルはひとり心に呟く。
(勘違いしてるのはキミの方だよ。あいつは間違いなくキミに惚れてる・・・)
レースのカーテン越しに窓から外を眺めると、こんもりと繁った樹の下で見慣れた金髪の男がこちらをじっと見つめているのが目に映った。
(心配か・・・?ディアッカ。でも貴様は何もかも覚悟のうえでミリアリアちゃんを俺と会わせたんだろう?だったらそこで黙って指でも銜えてろ)
かつては自分より上位にあったディアッカを眼下に見下すことに、ミゲルは密かな悦びすら覚えてしまう。
───こうしてミリアリアがミゲルの許を訪れてから幾度目かの夕刻。
「ねぇ、ミリアリアちゃん。キミさぁ・・・今お付き合いしてる奴がいないっていうならさ?俺と付き合ってみる気はない?」
「・・・え?」
そう答えながらもミリアリアは予感していた。
ミゲルが自分に注ぐ視線の熱は会う度に強くなっていたのだから。
ディアッカほど煌びやかな容貌ではないにしろ、ミゲルもまたコーディネイター。
ミリアリアのような無垢な少女にとってミゲルは充分に魅力的な青年であった。
口は悪いが、ディアッカの持つ狡猾さには縁遠く感じる好青年ぶりに、ミリアリアはどこかトールに通じるものを感じていた。
(2008.5.23) 空
※ すみませんm(__)m
中編がここまで遅れるとは・・・書いている私も想定外でした。
ミゲルさんは爽やか設定だったのにどうしてこんなに黒いんだ?やっぱ「類は友を呼ぶ」ってやつでございますか?
でも後編はタイトルのようにしなやかにしたいと思っているのですけれど・・・。
キリリクへ 後編へ