アカデミーを卒業する直前、卒業祝と称して盛大なパーティ、それもダンスパーティが催されることになり、ミゲルはディアッカにワルツの踊り方を教わっていた。
別にアスランやニコル、イザークやランディから教わってもよかったのだが、一方で果たして彼らがワルツなど踊れるのかとミゲルは疑いを禁じえない。
下期生のディアッカになんぞワルツを教わる事など正直癪な話だが、そこはそれ、幼少時より日舞を嗜み、踊り全般をそつなくこなすディアッカなれば、どう贔屓目に見ても彼より踊りが巧みな者などいない筈。だからこそミゲルは、渋々ディアッカに頭を下げてワルツの踊り方を教えてくれるよう頼んだのだ。

「あー違うってミゲル!そこはステップ逆だっつーの!」

何かある毎にディアッカはミゲルを笑い飛ばしてはからかった。
ディアッカに笑いとばされる毎にミゲルもまたきつい言葉をディアッカに投げる。

「そんなこと言ったってしょうがないだろ!おまえと違って俺は一般庶民なんだから!」

「何言ってんのさ!一般庶民だろうが金持ちだろうがパーティで踊れなかったら同じく恥をかくんだぜ?解ってんのミゲル」

クククを口の端を持ち上げて笑うディアッカの仕草がこの上もなく嫌味に思えてミゲルは一層不快感を募らせる。
まったく誰が発案したのか不明だが、アカデミー主催のパーティでどうしてワルツを踊るのか。
以前は不思議に思ったものだが、その理由も時が経過した今なら解る。

国家の存亡を賭けた戦争の最中、いつ落命するか分らぬその若い身に思い出のひとつくらいあって欲しいというせめてもの慰め。
恋もせず、死んでゆくかも知れぬ者たちに贈るアカデミーからの精一杯のエールに違いなかったのだと───。








風と踊るワルツ 後編








───ねぇ、ディアッカ・・・私、ミゲルさんにお付き合い申し込まれちゃったんだけど。

海の見える展望デッキは常夏の花に彩られ、海風とともに甘い香りを周囲に振りまく。散り往く花弁と相まってまるで展望デッキは花の嵐。
ミリアリアはここ、展望デッキにディアッカを呼び出し「お茶でもどうか」と彼を誘った。
勿論理由は、ミゲルに交際を申し込まれたことに対してディアッカに相談を持ちかけようと思ったからだが、そんなミリアリアの心情に対し、ディアッカの態度は相変わらず飄々としてつかみ所がまるで無い。
実際ミリアリアは即答こそしなかったものの、心は大きく揺らいでいた。

「ふうん。で?どーすんのおまえ、ミゲルと付き合うつもりがあるの?」

「そんなのっ・・・いきなり言われたってどうしていいか分からないわよ」

「んじゃオレにも分からないな。告白された当人じゃないしさ」

「・・・」

「なぁ、オレに用事ってそれだけなのかよ?」

畳み掛けるようなディアッカの言葉にミリアリアは俯きがちに返事をする。

「だって・・・どうしていいのか分らないから、あんたに相談してるんじゃない・・・」

「つったってそれはおまえの問題だろ?オレに訊ねるのっておかしくないか?」

「だって!」

「・・・だって?」

「だってあんた私のこと・・・」

「私のこと?」

それきりミリアリアの発した言葉は宙に浮いた。
目の前の男は自分の相談事なんかにまともに応える気もなさそうだと踏んで、ミリアリアは傍らに咲く花を手折った。
ディアッカはそんなミリアリアに背を向けると眩しそうに空を仰ぎ、豪奢な金髪を風に流す。

「なぁ、さっきから聞いているとさ、おまえオレにミゲルとのことをどうにかして欲しいとでも言いたいのか?」

普段から毒舌家の一面をもつディアッカであるが、今日のそれはまた一段と辛辣に響く。

「ま、とにかくオレには関係ない話だからこれで帰るよ。ミゲルの気持ちに応えるかどうかはおまえ自身で考えるんだな」

傍から見ればきっと自分は冷淡な男に映るだろう。しかし他人にどう思われようが、今のディアッカにはこれ以上の言葉を思い浮かべる術は無かった。




**********




同時刻───。

アスランはひとりミゲルの許を訪れていた。

「よう!アスラン!今日はディアッカと一緒じゃねぇのかよ?」

いつもそうだ。ミゲルは本当に屈託がない。人好きのする笑顔は今も昔も変わらない。
だがそれだけにアスランの気持ちは大きく波立つ。ヘリオポリスでの戦いから今日まで、自分やディアッカが辿った道をミゲルは知らない。

「ディアッカはミリアリアと待ち合わせだそうだ」

ようやくそれだけを口にするとアスランは窓から空を眺めた。

「あー、そのミリアリアちゃんだけどさ、アスランおまえはどう思う?俺はナチュラルにしては可愛い娘じゃないかって思うんだよね。ディアッカが自分の彼女だって言ってたけれど付き合ってる様子もないから思い切って交際申し込んじゃったよ」

「・・・」

「だって彼女ディアッカとは何でもないって言ってるし、第一アレだろ?ディアッカも本気っつたって奴のことだからナチュラルの女の子が珍しいだけでさ、どうせ飽きたらポイしちゃうに決まってるじゃん。あんな女好きに遊ばれるくらいだったら俺のほうが似合ってるって」

そう言って茶目っ気たっぷりのウインクをひとつアスランに投げ、ミゲルは笑った。

「ミゲル・・・ひとつ聞いていいか?」

何時になく真剣な眼差しを自分に向けるアスラン。そして重く圧し掛かる威圧感。

「ミゲル、ディアッカからミリアリアのことは何も聞いてないのか?」

淡々とした声色だが、それだけにアスランには凄味がある。一瞬重圧に飲み込まれかけたミゲルは不思議そうにアスランの顔を眺めやった。

「ディアッカの奴は正直あまりここには来ないよ。あいつなりに考えでもあるんだろうが来るのは専らミリアリアちゃんだから・・・ふたりの関係なんて実際どうなっているのかまでは知らないね」

ディアッカとミリアリアは毎日のように病院に来ていた。
ただし、病室まで見舞いにくるのは殆どミリアリアで、その間ディアッカはミゲルの今後について何やら難しい話を担当医と交わしているとのことである。

「それじゃ・・・ミリアリアがどういう状況下で軍人になったか、そしてディアッカがどうしてここ、オーブで生活しているのかその理由までは判らないな」

「理由って何?それっていつもの気まぐれじゃないっての?」

「・・・」

大きな溜息をひとつついてアスランはミゲルを更に強い視線で射抜いた。

「なんだよ・・・その目つきは!すっげぇ気分悪いぜアスラン」

ミゲルを見つめるアスランの表情に憐憫とも同情ともとれる色が加わる。

「ミゲル・・・おまえに話しておきたいことがある」

表情に遅れることほんの数秒、アスランは静かに話し始めた。





**********





ミリアリアと別れてひとり海岸沿いを歩くディアッカは、ふと立ち止まり彼方に浮かぶオノゴロの軍港を無言で見つめた。
AAから釈放されたあの日、空では無数の戦闘機が紙くずのように燃えて堕ち、海でも居並ぶ戦艦や巡洋艦が火だるまとなって紅く焼け爛れていくのを見ていた常夏の島。
何のために自分は戦ってきたのかと自問自答を繰り返した挙句、最後に選んだ道が今、ここにいる自分自身の筈であった。
無意味な戦争を終わらせること。真の敵を見極めること。
果たしてそのとおりに自分が動いたのかと訊ねられれば答えはYES、そして一方ではNO。
自分の思いは結局自分にしか解らないことだとディアッカは俯く。
AAに投降してから今日に至るまでの日々、ディアッカの心を占めていたのは件の少女。最悪というよりも論外と呼ぶに相応しい出逢い。
ミリアリア・ハウという名前を知ったのはいつのことであったのか。
およそ軍隊などとは縁遠き身の学生でありながら、最後まで健気で芯の強い、たとえそれが強がりだったとしても必死に生きていた彼女に自分が惹かれていくのは目に見えて明らかだった。ともすれば迂曲過ぎるとまで言われる接し方でも今の自分にはこれが精一杯で、冗談めかして「オレの彼女!」と叫んでみても本気だとは思われない。宙ぶらりんなふたりの関係。
ミゲルがミリアリアに好意を持つであろうことは頭の中で解っていた。つかみ所のない自分と違ってミゲルは素直だからミリアリアも自然と好意を抱くだろう。計算高く目先の利くディアッカ・エルスマン───自分のことだ。それくらいは覚悟していた。
だが、実際その場に居合わせてみると、とても正視できる類のものではなかった。ミゲルとミリアリアが仲睦まじく会話しているのを見るにつけ、いたたまれなくなりその場を外した。自分はこんなにもミリアリアのことが好きだったのかと今更ながらにそう思う。

「あと5歳年上だったらなぁ・・・」

17歳の自分ではミリアリアを包んでやれるほどの力がない。爆死を遂げたかのAAのMSパイロット、ムウ・ラ・フラガの半分でもいい。
あの気高い男らしさと包容力が欲しい。そう思いながらディアッカはただ遠い海岸線を眺めていた。





**********





───ミゲル・・・ヘリオポリスを憶えているか?

ヘリオポリスでの出来事はミゲルにとって屈辱にも等しい記憶である。アスランとの受け答えも自然自嘲気味のものとなった。

「ああ、忘れもしねぇよ。俺はそこで生死不明になったんだしな」

「・・・」

アスランはミゲルの言葉を聞きながら自らの視線を床に流した。

「ミリアリア・ハウは、ヘリオポリスに住む普通の学生だったんだそうだ」

「ヘリオポリス・・・?」

アスランにそう告げられてミゲルは言葉を失った。
ヘリオポリスは自分達ZAFTが連合軍のMSを強奪するため奇襲をかけたオーブ領のコロニーなのだ。作戦途中でミゲルは生死不明となったが、ディアッカやアスランはその後の戦渦を知っている。
ディアッカが言っていたではないか。
「オレたちはヘリオポリスで武器を持たない民間人を巻き添えにした。それだけじゃない。ミゲルはずっと昏睡状態だったからわかんねぇだろうけどさ・・・オレやアスラン・・・イザークもだけど・・・あれから更に多くの人間を殺してきたんだ。なぁ?オレたちもミゲルが言うところのナチュラルの奴らと変わらねぇよ・・・」と。

「だってミリアリアちゃんは現地調達の志願兵だったんだろ?俺はディアッカの奴からそう聞かされたぜ?」

事情が飲み込めないミゲルはアスランに向かって語尾を強めた。

「・・・それは結果論だ。初めはヘリオポリスから脱出する際、地球軍の最高機密を見てしまったので軍と行動することを強制されていたらしい。それで破壊されずに済んだ新造艦AAに乗せられたんだ」

「そんなバカな・・・」

「彼女と一緒に脱出した友人の中にコーディネイターの奴がいて、そいつが一機だけ残った連合軍のMSを作動させておまえのジンを破壊した。結果そいつは地球軍からもZAFTからも疎まれるような存在になってしまった」

アスランの言う「コーディネイターの奴」とは勿論キラのことだが、アスランはそれには触れなかった。

「考えてみろ。コーディネイターが地球軍の陣営でコーディネイターと戦ったんだぞ!奴はどんな気持ちだったのか・・・想像できるか?」

「・・・・・・」

「そのコーディネイターを友人に持ったミリアリアたちだって同様だ!コーディネイターの友人が命がけでナチュラルの自分達を守っているんだぞ?そんな奴の苦悩をみているだけしかできないことがどれだけ辛かったか・・・解るかミゲル」

「・・・・・・」

「どういう経緯があってミリアリアたちがが志願兵になったのかまでは俺も知らない。だが、コーディネイターの友人が・・・仲間が自分達を守るために戦ってきたんだ。それを目の当たりにして楽な方に逃げることはできなかったのだろう。いろいろあったにせよ、彼女は志願兵となって自分もまた戦うことを決めた」

アスランは更に言葉を続ける。

「コーディネイターの友人がいた彼女だからこその決断だろうが・・・もうひとつ付け加えると、コーディネイターの友人にはナチュラルの親友がいてな・・・そいつがミリアリアの恋人だったと聞いている」

「恋人も志願兵に?」

「・・・・・・」

「アスラン?」

何故かその先を言おうとしないアスランを訝しがりながらもミゲルは返事を促した。暫し沈黙を保っていたアスランだが、大きく息を吐くと、観念したかのように歯切れの悪い言葉を発した。

「ああ・・・そして、そいつは俺たちとの戦いの末に戦死したんだ」

「・・・・・・」

「俺が・・・殺した」

「ちょっと待てアスラン!それじゃ俺たちZAFTのメンバーは・・・」

ミゲルはアスランの腕を掴むと彼を大きく揺さぶった。

「ああ・・・」

抑揚のない声でアスランは呟く。
ミゲルはこの言葉だけで己の立場を理解した。
ミリアリアにとっては自分達こそが憎むべき仇だということを。




**********




ミリアリアはディアッカにミゲルからの告白について相談を持ちかけたものの、それはあっさりと流されてしまいひとり途方に暮れていた。
トールが命を失ったこと、その理由も記憶からは決して消えない。だからといってコーディネイター全てを憎むことも彼女にはできない。
友人のキラ・ヤマトはコーディネイターでありながらいつもミリアリア達の身を心配し、守ってくれた。恋人のトールはそんなキラの親友でもあった。戦争が自分達を呑み込んでもトールは死の瞬間までナチュラルとしてキラの親友であり続けたのだ。
コーディネイターを否定することは即ちトールの心までも否定する行為に等しいものだ。だからこそディアッカとも会話を交わせる間柄になり得たのだし、燻り続けるアスランへの恨みですら、トールの心情の前では殺意に至るのを抑えられた。
ミゲルに告白されたことは複雑ではあったけれども、正直嬉しいことでもあった。
ソリヴィジョンのアイドルのような美少年で屈託のない明るいミゲルはどこかトールに似た雰囲気をもっていた。
ミゲルと一緒にいるのは本当に楽しい。彼とならいずれ、温かな小春日和を思わせる日々を迎えることもできるだろう。
だが・・・。
ミリアリアの感情はここで別の存在を表に現す。
「ディアッカ・エルスマン」
彼のことはどうすればいい?
まだ戦時中の頃、ディアッカはトールと入れ替わるかの如く戦艦AAに、それも投降捕虜としてやってきた。
牢に拘禁されること実に2ヶ月余り。その間ミリアリアはディアッカの世話を続け、それは終戦後の今日まで続いている。
戦時中の混乱の中でディアッカは釈放され、ミリアリアとの縁もそこで断ち切れるはずだったというのに、ディアッカは自由となった身を自らAAの側に置いた。トールの死後、失意のどん底に落とされた自分をここまで支えてくれていたのは他でもないディアッカなのだ。
頭の回転が良く、それ故どこか狡猾であり、軽薄な感じも否めないが、心根の部分で彼は誠実な漢だった。
ミリアリアのことを好きだとかオレの彼女だとか言っているが、結局ディアッカは挨拶のキス以上のことはしない。横柄で小生意気な態度とは裏腹に行動はどこまでも紳士のそれなのだ。
ディアッカがミリアリアに好意をもっていることくらい自分でもちゃんと解っている。気恥ずかしさから鈍感を装って上手くかわしているつもりでも何かの拍子にそれが態度に出てしまう。

「だってあんた私のこと・・・」

先刻ディアッカについ口を滑らせてしまったではないか。かろうじて止めたが、この言葉の後に続くのは「好きだって言っていたじゃない」だったはずだ。
それに対してディアッカは沈黙を通し、ミゲルと付き合うかどうかの判断をミリアリア自身に委ねている。
自分の好きな女が他の男の話をし、あまつさえその男に交際を迫られ、相談まで持ちかけられたディアッカの心情はどうだったのだろう。
涙が零れた。ミリアリアはそんな自分自身がとても汚いずるい女に思えてならなかった。




**********




陽も落ちた夕刻、ミゲルは窓から階下をぼんやりと眺める。病院の灯りに映し出されるこんもりとした樹を視界に捉える。
ミリアリアが自分の病室を訪ねている間、ディアッカはいつもそこからこちらを見つめていた。その事実をミリアリアは知らないようだが、遠くからでもその視線が不安と心配に満ちていることをミゲルは感じ取っていた。自分が恋する女をむやみに他の男に近づけるような愚を冒すディアッカではない。だとしたらディアッカの行いには彼なりの考えなってのことなのだろう。
ミゲルは静かに目を閉じた。パタパタと廊下を小走りするのは看護士であろうか。外のざわめきに耳を澄ませばその物音はいつか荘厳なワルツの曲に変わっていた。

卒業記念パーティでワルツを踊るなんてバカバカしいと思いつつも、ミゲルはほのかに頬を染める。可愛い女の子の腰に腕を回し、公然と抱き寄せて踊れるのだ。自分の相手をしてくれるのはいったいどんな娘だろう。
しかし、秀麗な容貌をもちながらもミゲルはどこか不器用で、目に付いた女の子はことごとく他の男に取られてしまう有様で、気がついた時にはすっかり壁の花になってしまっていた。

「あのバカ・・・!」

ディアッカは舌打ちしつつ、ミゲルの要領の悪さを隅で嘆いた。
卒業生以外はウェイター、もしくはウェイトレスに扮するのが倣いなのだが、豪奢な美丈夫であるディアッカを少女たちがここで逃すはずもない。
ドレスに身を包んだ少女たちが代わる代わるディアッカにワルツを申し込んでくる。しかしディアッカはその誘いを悉く斥けてはシャンパングラスを黙々と運ぶ。その合間にもひとりぽつんと壁に佇むミゲルの姿が目に映る。

「あーっ!もう見てらんねぇっ!」

ディアッカは手にしていたシャンパンのトレイを近くのテーブルに置くと、足早にミゲルの前に立ち、その腕を強引に掴んでスポットライト眩しい中央へと連れ出した。

「何するんだよおまえっ!」

ディアッカに引っ張られるまま、中央へと連れ出されたミゲルは、自分の身に何が起きたのか解らぬままに周囲を呆然と見渡した。
丁度曲も変わり、新たなワルツの楽曲が静かに会場を流れてゆく。

「ったくもう!なんでそんなに要領が悪いんだよミゲルはっ!壁の花なんてバカやってないでさっさと一曲踊ってみろよ?世界が変わるぜ〜!」

「んなこと言ったって相手がいなきゃ踊れねぇだろうがっ!きさまと違って俺はシャイなんだよシャイ!」

「アホぬかせ!んなこと言ってると一生相手なんか見つからねぇって!ほらっ!このディアッカ様がミゲルの相手を務めてやるから感謝しろよ!」

綺麗なウインクをパチリと決めてディアッカはミゲルの手を取り、自らの腰に素早く招いた。

「せーの!」

かくして男同士でワルツを踊るという奇妙な光景が会場の視線を釘付けにした。
ディアッカのリードも巧みにミゲルは男役を、そしてディアッカは時折しなをつくるくらいに女役をこなす。周囲からは笑いと、何故か一部からは羨望の眼差しを向けられた。
曲が終わると嵐のような拍手に包まれ、ディアッカはアカデミーの制服の裾を持ち上げると、女も顔負けのお辞儀をした。
世にも不思議な珍プレイだったが、その反響はすさまじくディアッカは勿論、ミゲルにも次の曲のパートナー候補が群がった。

「あー!ゴメンね。今日はオレホストだから続きはミゲルと踊ってくんない?」

言葉巧みに相手をかわすとディアッカはまた元どおりシャンパングラスのトレイと共に会場の影へと消えていった。
その後はもう、ミゲルも相手に不足はなかった。
そう。いつでも軽いノリで相手を煙に巻くディアッカだが、さりげなく相手を立てるのも上手かったことを思い出してミゲルはクスリと小さく笑った。



**********



───よう。こんな夜に男なんか呼び出してさ、身の危険とか感じねぇのおまえ。

ディアッカはクククと片頬を持ち上げ、正面のミリアリアに笑いかける。
ここは先刻呼び出された海を臨む展望デッキだ。

「どうせあんたには昼も夜も関係ないでしょ?」

憮然とした表情を顔に出しながら、ミリアリアはとても大きな溜息を吐いた。こういう言葉が出るうちはこの男は逆に紳士であることをミリアリアは経験から知っていた。

「ミゲルさんから交際を申し込まれたことだけど・・・」

「・・・うん」

「今さっきね、ミゲルさんから病院に来てくれないかって言われたの。でね、きちんとお話してきたわ・・・」

「・・・そうか」

ディアッカとミリアリアはそれだけの言葉を交わした後、暫く互いに俯いたまま風の音に耳を澄ませた。
樹々のざわめく音がまるで音楽のようにふたりの間に流れてゆく。

「ミゲルさんの時間はようやく動き出したばかりなんだって・・・ミゲルさん自身がそう言ったの。
そして・・・ミゲルさんはこれからたくさんのことを知らなければいけないんだって。自分自身の今後のことも、あんたたちがどんな道を歩んできたかもちゃんと理解しないといけないって。だからお付き合いの件もなかったことにしてほしいって。あはは・・・告白された相手に逆に取り消されちゃうなんてちょっと悲しくなっちゃうね」
心もちおどけた仕草も交えてミリアリアはディアッカを見上げた。
心の中で「こいつ、こんなに身長高かったかな?」と思いながら、改めてディアッカのほうに向き直る。
至近で見るとやはりディアッカは豪奢で洗練された容貌だとの認識が強まり、自然ミリアリアの頬も赤く染まった。

「なぁおまえ、それを伝えるためにオレのコトわざわざ呼び出したのか、こんな夜にさ?だったら電話1本で済んだんじゃねぇ?」

そう言いながらもディアッカはどことなく嬉しそうである。

「あんたはミゲルさんの友達だから・・・お互い話辛いことになったら困ると思ったのよ」

「で?こんな夜中?」

「夜中・・・?」

「あのねぇ・・・今何時だかおまえホントに解ってんの?」

ディアッカに言われるまま、ミリアリアは不思議そうに左腕の時計を見たが、時刻は午後9時を少しまわったくらいで別段遅いわけでもない。

「だってまだ9時過ぎでしょ?」

ミリアリアの返事にディアッカは苦笑いして、今度は自分の左手を差し出した。

「・・・うそっ!」

みるみるうちにミリアリアの顔色が青ざめてゆく。
ディアッカの腕時計。見ればなんと時刻は既に午前零時を廻っていたのだ。

「はい、ミリアリアさん、自分の時計をよーく見てくださいね?秒針はちゃんと動いてますか?」

「・・・・・・止まってます」

暗がりでよく確認していなかったとはいえ午前零時を過ぎているとは・・・。

「どうりで街中が静かと思ったわ・・・」

溜息混じりに視線を落とすと、傍らにいるディアッカの骨ばった腕がミリアリアの目に止まり、ミリアリアの羞恥心を一層煽る。

「あ〜あ!どうせそんなことだと思ったよ。少しでも期待してのこのこ出てきたオレもバカだけどさ」

「期待って・・・」

「勿論!惚れた女にこんな真夜中に呼び出されりゃあさ?愛の告白でもされるんじゃねーかって思うじゃんよ」

ディアッカの腕がぐんっと伸びてミリアリアの肩を引き寄せる。そしてミリアリアの耳元で、ディアッカ独特の甘い声が吐息と共に発せられる。

「せっかくだからキスぐらいしとく?星も綺麗だしムードあるぜ?」

憎々しいディアッカの顔をしかと睨みつけて、ミリアリアはそっぽを向いた。

「まぁキスはこの際冗談っつーことで、とりあえず何か喰ってから送るわ。おまえの腹の虫すっげー音してるもんな」

先ほどからミリアリアのお腹がグーグーと音を立てていたことにディアッカはちゃんと気付いていたのだ。

「あんたの奢りだからね!」

真っ赤な顔でそう答えることにより、ミリアリアはディアッカの申し出を受け取った。

「はいはいっと」

クククと片頬を持ち上げてディアッカはいつものようにシニカルに笑う。
ふたりはゆっくりと展望デッキを後にする。ミリアリアから半歩遅れてディアッカが続く。目の前に映る茶色のハネ毛を見つめながらディアッカはミゲルのことを考えていた。
わざわざミリアリアを呼び出して交際の件は無かったことにしてくれというのは妙なことだ。何がミゲルをそうさせたのか、ディアッカには想像できなかったが、それは多分自分は知らないほうがきっと良いのだ。もし、ディアッカの知るところとなったにしても気付かない振りをするべきだろう。ミリアリアの話では「ミゲルはこれからたくさんのことを知らなければいけない」らしいが、それについてはディアッカも思う。

(ああ、その点ではオレもおまえと一緒だよミゲル)

停戦直後の混沌とした世界では、生き残った者が皆、未来に向けての新たなスタートラインに等しく立っているのだから───。




**********




───物音ひとつしない深夜の病室でミゲルはひっそりと月を眺める。

アスランが立ち去った後、ミゲルは暫く考えていた。
自分の時間はヘリオポリスで乗機のジンを激破されたままで止まっている。
だが、その間にも戦争は続き、自分の知らぬところで多くの者がこの世を去った。ラスティも、そしてオロールもニコルも既に亡い。
最前線で必死に自らの生を貫き通したアスラン、イザーク、それにディアッカとミリアリアのふたり。
自分の与り知らぬ所で彼らはどんな思いを抱いたのか。
ミリアリアに告白したことはミゲルの本心からではあるが、自分はあまりにも性急過ぎたのではないか。
気がつけばミゲルはミリアリアのことを何ひとつ知らない。そしてそれはまたミリアリアも同じなのだ。

「まずはちゃんとこの目で世界を見てみよう・・・」

ミゲルはようやく自分の時間が動き出すことを肌で感じ取っていた
時刻を確かめればまだ午後7時である。ミゲルは病室を抜け出してミリアリアに電話を入れた。
30分後、病室を訪れたミリアリアに交際撤回を申し入れたのは前述したとおりだが、そのときミゲルはミリアリアにこっそりと訊ねている。

「ねぇ、ミリアリアちゃん。君はディアッカのこと本当はどう思ってるの?」

意地の悪い質問だとミゲル自身そう思う。でもこの点だけはミリアリアの口からきちんと聞いておきたかった。
それに対し、ミリアリアは少し考える素振りをした後、やがて穏やかな声で語り始めた。

「よく解らないんです。ディアッカのことを好きとか嫌いだとか言われてもまだ私彼のことがよく解っていないから応えようがないんです。だから今はもっと時間をかけてディアッカのことを考えようって思うんです」

「ずっと同じ艦に乗っていたのに?」

「はい。でもその頃って私は生きていくことだけで本当にもう精一杯だったんです。ディアッカがずっと心配してくれていたことも・・・労わってくれていたことも頭では解っていたけれど・・・でもに私はどうすることもできなかったんです」

「・・・」

「だから、ディアッカのことはこれからたくさん考えようって思っています」

アスランの言葉が真実ならディアッカとミリアリアはとても複雑な関係にある。
そのふたりが互いのことを理解しようと歩み寄ってはいるものの、まだまだ問題も多いだろうし、この先壁にもぶつかるだろう。
ミリアリアが「時間をかけて」といった裏にはこういう事情があるからだ。だとしたらディアッカがここ、オーブから離れられない気持ちも解る。
男の恋心というものが奈辺にあるのか、女のミリアリアには理解し難いだろうが、今のミゲルにはディアッカの想いが手にとるように理解できる。。
ディアッカはミリアリアの気持ちが落ち着くまでゆっくりと時間をかけて待つことを選んだのだ。
それほどまでに大切にしている少女を自分に会わせた理由は何?ミゲルの中で感情のパズルがパチリパチリとはまってゆく。
答えはひとつ。どれほど時間がかかってもいいから、今の世界をきちんと自分に理解して欲しかったからだ。
そして、ディアッカは言葉で伝えるよりも、敵側の存在だったミリアリアに直接会わせることの方がより効果的だと踏んだのだ。
遠いあのダンスパーティの日、男同士で踊ったワルツさながら、陰からずっとミゲルを心配して見守ってくれていたのだろう。今も。

「最初のステップはこうだったっけ・・・?」

月を背にしてミゲルはワルツを踊り始める。

「1、2、3・・・1、2、3・・・」

拍子と共にディアッカの声が聞こえてくる。

「ったくもう!なんでそんなに要領が悪いんだよミゲルはっ!壁の花なんてバカやってないでさっさと一曲踊ってみろよ?世界が変わるぜ〜!』

───男同士でワルツを踊るなんて二度とないよな・・・。

ミゲルの頬を涙が伝う。でもこれは失恋の涙じゃないと思う。
何も知らなかった自分自身がとても悲しくて涙が溢れ落ちるのだ。

「1、2、3・・・1、2、3・・・」

月光静かな真夜中の病室でミゲルはひとりワルツを踊る。

「どうせ踊るなら好きな女の子がいいよ・・・」





窓から入り込む海風が、前よりも少しだけ伸びたミゲルの髪をただただ優しく撫でていった・・・。












   (2008.7.11) 空

   はぁぁ・・・やっとUPできました。ふじっこさん遅くなって本当にすみません!
   体調が悪い時は考えも散文的になってしまい、今回は纏めるのが難しかった・・・。
   と言いますか、本来このお話って全10話くらいの連載にすべきものですよね。
   とても良いネタだっただけに、強引に3話展開にしたのは実にもったいなかったです。で、しっかと悟ったこの事実。
   現在の状況ではとても連載物は書けませんね・・・(泣)