ZAFTの旧クルーゼ隊所属隊員「ミゲル・アイマン」がオーブ連合首長国のとある軍事施設内の病院で発見されたのは戦後のC.E72年2月某日のことである。
オーブ所有のスペース・コロニー「ヘリオポリス」でのMS争奪戦の際、キラ・ヤマトが駆るストライクガンダムに乗機ジンを撃破された後、消息不明となり事実上の戦死扱いであった者がどうしてオーブ本国の病院に搬送されたのか、その経緯までは定かではないが、オーブが中立国としての立場を終戦まで貫いたことがまず、ミゲルを救った一因であったと思われる。
なお、その「ミゲル・アイマン」であるが、ZAFTでは「黄昏の魔弾」という異名を持ち、オレンジ色に塗装された専用のジンを持つエース級のMSパイロットであることも後日になって判明した。
これは残された戦後の雑務の処理をするという理由でオーブに滞在していたアスラン・ザラとディアッカ・エルスマンの両名が山積された書類の中から偶然ミゲルの所在をつきとめたことに端を発する。
風と踊るワルツ 前編
───でもさぁ・・・まさかミゲルが生きてるなんてホント思わなかったよなぁ。
「ああ、ヘリオポリスのあの惨状を考えれば奇跡的なことだろう」
アスランとディアッカは口を揃えながら、ミゲルが収容されているというオーブの軍施設内の病院を訪ねようと地上車を走行させていた。
それは勿論ミゲル・アイマンの所在確認が主目的であるが、かつての仲間に会うこともまた純粋な楽しみでもあった。
生真面目なアスランはともかくディアッカにとってミゲルは「実に物解りのよい先輩」で、よく行動を共にしていたことも今はただ懐かしい。
「お、ここだ」
オノゴロの軍港から程近い場所だ。
「へぇ・・・これはまた見晴らしの良い所だなぁ」
ディアッカが巧みに地上車を繰りながら口笛を吹く。
神経質なアスランは少しだけ不快な表情を見せたがその色はすぐに消してディアッカの横顔から目を逸らす。
地上車から降りて見上げれば、病院はかなり規模が大きいようだ。
病院関係者から案内された病室をノックすると、中から「はぁーい」というちょっと間の抜けた声が聞こえ、アスランとディアッカは顔を合わせてクスリと笑った。
間違いない。この声は確かにミゲルのものだ。
病院特有の重いドアを開けて中に入ると、窓際に置かれたベッドの上には、、頭髪は短く刈られていても人好きのする柔和な表情はそのままのミゲルの姿がそこにあった。
「ミゲル・・・!」
堪らずに駆け寄ったアスランとディアッカの姿に目をぱちくりとさせながらミゲルは「おまえら・・・なんでオーブなんかにいるんだよ・・・」と、これも当惑しきった顔つきのままふたりの顔を見比べた。
「ZAFTも人手不足でさぁ、戦後の処理がなかなか進まないんだよな。で、オレたちも色々こき使われてるっつーわけよ」
ディアッカが溜息雑じりにそう言うと、ミゲルの表情は一気に険しくなった。
「なぁ、おまえら戦争が終わったっていうのは・・・本当のことなのか?」
「・・・ああそうだけど。何?ミゲルもしかしてずっと記憶がなかったとか・・・そういうわけじゃないんだろう?」
ミゲルが頭を強打してずっと昏睡状態だったとは病院関係者から聞いていたが、記憶喪失だという説明までは受けていない。
「じゃぁ、オレはナチュラルに助けられておめおめ生き恥を晒しているというわけなんだな・・・」
ミゲルは己のシーツをぎゅっと掴むと忌々しげに身体を強く震わせた。
昏睡状態から目覚めた後、病院関係者から現在の世界情勢を事細かく説明され、戦争が既に終結したことを聞かされても、ミゲルには信じることができなかった。それどころか、ナチュラルなんかに助けられ、のうのうと生きている自分自身が情けない。
「ミゲル・・・」
アスランが声を低くする。そう、長いこと意識不明のままでいたミゲルにとって、まだ戦争は過去のものではない。
自分が乗っていたジンを撃ち落されたまま、彼の時間は止まったままなのだと思い知る。
「まぁ、さっきも言ったけどさ、戦後のあと片付けがまだ山積みで・・・これはもう生き残ったオレ達が頑張らないといけないわけよ。ZAFTも全軍の8割が壊滅しちゃったんだし?イザークなんか早々と白服着用内定してるぜ?」
力なく項垂れるアスランの声を引き取ってディアッカがミゲルにそう告げると、ミゲルの顔は凍りついたかのように白くなった。
「全軍の8割・・・」
「そう、生き残った連中ってさぁ・・・クルーゼ隊の中じゃオレとアスランとイザーク・・・そんなもんさ」
「・・・おまえら・・・」
シーツを握り締めたままでミゲルが呻いた。
「あぁ?」
あまりにも低い声だったのでディアッカがもう一度聞き返す。そんなディアッカにミゲルは己の感情を強くぶつけた。
「おまえら・・・悔しくないのかよっ!ナチュラルの奴らに・・・そんな目に遭わされて・・・それでいいと思ってるのか!」
「・・・・・・」
返す言葉も無く、アスランとディアッカはミゲルの顔をじっと見つめる。
気まずい雰囲気が広がってゆく。『停戦しました。はいそうですか』なんてそう簡単に納得できるわけがないのはアスランもディアッカもミゲルと同じだ。
「そりゃそうだよなぁ。昨日の敵は今日の友なぁ〜んてそう簡単に納得できるわけなんかないって。でもなぁミゲル・・・」
「なんだよっ!」
「オレたちはヘリオポリスで武器を持たない民間人を巻き添えにした」
「・・・・・・」
「それだけじゃない。ミゲルはずっと昏睡状態だったからわかんねぇだろうけどさ・・・オレやアスラン・・・イザークもだけど・・・あれから更に多くの人間を殺してきたんだ。なぁ?オレたちもミゲルが言うところのナチュラルの奴らと変わらねぇよ・・・」
「だからって・・・!」
ミゲルの顔が悔しそうに歪む。
「あ、アスランおまえそろそろ行政府に行く時間だろ?」
病室の時計に目を向け、ディアッカがアスランに目配せをした。
「あ、ああ・・・」
「・・・っつーくらいオレたちって忙しいの。ミゲル、アスランみたいな暗い奴は放っといて話の続きはオレとしようぜ?」
「・・・・・・」
「ほらアスランはさっさと行けよ!でもってオレの分まで頑張って仕事してきてくれよな」
本気とも冗談ともつかぬ言葉だが、アスランにはディアッカの意図することが解っていた。
この病室を訪門する前に、こんなこともあろうかとディアッカとふたりで予め練っていた計画を彼は実行する気なのだ。
「・・・・・・それじゃまた来るよ、ミゲル」
言葉少なくアスランは病室を出ると大きな溜息をひとつついた。
終戦をまだ感情で理解できないミゲルに終戦の事実を受け入れさせるには、ナチュラルもコーディネイターと同じ「人間」であるとを理解してもらうことが最良の策だ。
友や仲間を失って悲しいのは自分達コーディネイターだけではなかった。
アスランが、そしてディアッカ自身がそうであったようにナチュラルにも守るべき大切な者がいたのだと、激戦の最中ふたりが感情でそれを理解した事実。これをミゲルに伝えることができれば、聡明なミゲルのことであるから手順さえ間違わなければきっとナチュラルに対する偏見と誤解も薄れるだろう。
そう、「手順」さえ間違わなければだが。
******
アスランが病院を出てからきっかり10分後のことである───。
コンコンというノックの音とともに「失礼します」という声が聞こえ、ミゲルの病室のドアが開いた。
予めディアッカには解っていたことのようで、彼はゆっくりと振り向くと、声の主を病室に招いた。
「ああ、急に呼び出したりしてゴメン。ちょっとおまえに合わせたい奴がいてさ・・・」
ディアッカはそこで言葉を切った。
ドアを開けて病室に入ってきた者をミゲルは驚きのあまりあんぐりと口をあけて凝視した。
「・・・誰?」
ディアッカが「おまえ」と呼んだ者のつま先から頭の天辺までをつぶさに観察し、ディアッカの顔と見比べる。
激情のままにディアッカを詰問していたミゲルの表情が一変して彼はそれきり黙ってしまった。
無理もなかった。アスランと入れ違いのようにして病室を訪れたのは自分達と同世代の、しかも少女だったのだから。
「・・・あの・・・こんにちは、失礼します」
「ミゲル、紹介するよ。彼女はミリアリア・ハウ嬢つってオレの恋人!」
ディアッカは狡猾そうな笑を浮かべてミゲルに対し、己を強くアピール(というよりも毒蛇の目にも似た威嚇を)した。
「ちょっとあんた変なこと言わないでくれる?!誰があんたの恋人なのよっ!このバカ男!」
「うるっせぇよ!こういうことは何でも最初が肝心だっつーんだよ!実際恋人同士みたいなもんだろう?オレたちって♪」
「そんなのあんたが勝手に思い込んでいるだけじゃないのっ!」
「まあまあ・・・お二人さんこんなところで痴話げんかしないでくれよな。ところで本当にこの娘がおまえの恋人・・・?この娘が?」
世にも珍しいものを見たと言わんばかりの表情をもってミゲルはディアッカとミリアリアを見比べている。
(ディアッカに恋人ねぇ・・・)
士官学校時代からミゲルはディアッカと親交がある。口に出すのも癪なことだがディアッカという男は呆れるくらい女にモテた。それ故決まった恋人を持たず、適当に女遊びを繰り返しているこの後輩を、ミゲルは憎々しさと羨望が入り混じった複雑な目で眺めていたことを今更のように思い出して苦笑する。
(かわいい娘なんだけどディアッカの好みと違うんじゃないか・・・っていうか根本的に何かが違うみたいだよなぁ)
ミゲルはディアッカの恋人だというミリアリアの顔をことさら見つめた。
ディアッカが好んで付き合っていたのは「ボン・キュッ・ボン!」に代表されるようなお色気ムンムンの美女ばかり。
それを目の当たりにしてきたミゲルだけに、かわいいことはかわいいけれど、特に秀でたところもないようなミリアリアがディアッカの恋人、しかもディアッカ自身がそう言い切るのだから本当に不思議だ。
「ねぇ、ミリアリアちゃんて何か特別な才能があるの?」
ミゲルはただ興味からミリアリアに問うただけだが、それの言葉に対しての反応はミリアリアよりもディアッカのほうが早かった。
「別に?こいつはフツーに生まれたナチュラルだよ。もっとも終戦時まで現地調達の軍人もどきではあったけれどさー」
この段階ではまだミリアリアはディアッカの意図するものが何かを知らない。
急なディアッカからの連絡で、とりあえず指定先の病院にただ足を運んだだけだ。しかし場所が病院で、しかもベッドに人がいる以上、挨拶くらいは交わすべきだと律儀なミリアリアはそう思ってミゲルに声をかけたのだ。
ところがディアッカほど特異な容貌ではないが、ミゲルもまたコーディネイター。
顎の小さい細面な顔に琥珀色の瞳、そしてディアッカとは一味違うサラサラの金髪はいかにも青春映画の主人公に相応しいような美少年ぶりだ。
そんなミゲルの秀麗な容貌にミリアリアは薄っすらと頬を染めて俯いた。しかし目線だけはしっかりとミゲルに向けている。
ディアッカはいつになく少女らしいミリアリアの態度を忌々しそうに見つめていたが、今はそれどころではないと、大切なことを思い出し、自ら言葉を切りだした。
「ってな感じでまぁそれなりに青春を謳歌しちゃってるんだよねオレたちもさ?ナチュラルだのコーディネイターだのっていっても所詮は同じ人間だしな。それにどうよ?ミリアリアって可愛いだろう?まぁちょっと胸のあたりが貧弱だけどさ?」
意地悪くディアッカが言うとミリアリアはプウッと頬を膨らませ、スタスタとディアッカに近づいた・・・と思いきやヒールの踵でディアッカの足をいきなり、そして思い切り踏んだ!
「痛ってぇな!何すんだよおまえ!」
「痛くてあたりまえでしょ?そう踏んだんだものっ!」
「まあまあ・・・お二人さんこんなところで痴話げんかしないでくれよな」
ああいえばこう応酬するディアッカとミリアリアの喧嘩もどきにミゲルが割って仲裁する。
「あ、ごめんなさい・・・。病人の前でこんなに騒いで・・・もう!このバカが変な言い方するから・・・」
「・・・?」
勢い良く捲くし立てるミリアリアの語尾が空気に混ざって溶けてゆく。
「あ、いやその・・・」
ミゲルはもう一度ミリアリアをじっと見つめた。
───この女がナチュラルだって・・・?
でもって軍人で・・・しかも今はディアッカの恋人・・・?
ミゲルは己の中で今までの出来事を振り返る。
ナチュラルは野蛮で冷酷で愚かしい生き物だと思っていた。
自分達、コーディネイターに仇なす者。
コーディネイター、しいてはプラントの住人を人間扱いしない尊大で野蛮な者。
少なくとも先程までのミゲルにとってナチュラルとはそういう者だとの認識があった。
それがどうだ?目の前の少女、ミリアリアは成程、華やかな容姿でもなければ特に秀でた才もないというのに実に元気で活発だ。
ディアッカのことだって彼がコーディネイターだということぐらいはきっと解っているだろう。それなのに少女は嫌悪感を示すどころかまったく対等(もしくはそれ以上)にディアッカと語らい、痴話ゲンカもどきを展開している。
「本当にディアッカと仲がいいんだ・・・」
そうとしか言葉が出ない。
それに、自分の中でこの少女、ミリアリアがナチュラルだと解っていても不思議なことに反感すら覚えない。
ミゲルの目はミリアリアの姿を懸命に追う。
「・・・・・・」
そしてそんなミゲルをまたディアッカは複雑な表情で見つめている。
とりあえず「ショック療法」は成功し、ミゲルの反応も柔和になったかのように思えるが・・・。
もしかしたら自分はとんでもないことをしてしまったのかもしれないとディアッカミゲルから目を外してひとり俯く。
恋する男の本能が告げる。
「鳶に油揚げ」もしくは「鴨が葱を背負ってきた」と。
ミゲルは明らかにミリアリアに興味を持ったようだ。そしてミリアリアのほうもミゲルに好印象を抱いている。
止まったままのミゲルの時間をまた動かそうとしたディアッカであるが、こういう動きは歓迎しかねる。
もしかすると先刻、アスランが大きな溜息をついたのは、こういう事態を予測していたからなのかもしれなかった。
(2008.4.16) 空
※ ふじっこさま、お待たせ致しました。すみません、1話書き上げるのに本当に手間と時間を掛けすぎました。
前述のとおり「前・中・後」の3篇でこちらはお届けすることになります。
ビミョ〜な三角関係はやきもきする半面でどこかワクワクしてしまうあたり、私は間違いなく「S」だろうと思います。
「鳶(ミゲル)に油揚げ(ミリアリア)」OR「鴨(ディアッカ)が葱(ミリアリア)を背負ってきた」
さあ!頑張って下さいディアッカ兄さん!
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