どう見ても一般の客は泊まれないような一流のホテルである。
外観はもちろんのこと、一歩中に入ればあまりの豪華さに足が止まってしまう。
「何ボーッと突っ立てるんだよ!ほらっこっちに来て」
ディアッカに肩を抱かれ、ミリアリアは引かれるがままにエレベーターに乗った。
チン♪という音とともにたどり着いたそこは最上階の・・・俗に言うスイートルームだった。
セレモニー(2)
荒々しくドアを開けるとディアッカはミリアリアを引きずる様にベッドまで運び、そして思い切り突き飛ばした。
小柄なミリアリアは簡単にベッドの上に投げ出される。
ベッドのすぐ横にはディアッカが無表情のままで立っていた。
能面の如く無機質な表情に俄かに浮かび上がる薄笑い。
いつも方頬でクククと笑う独特なあの仕草ではなく、見ている者の背筋を凍りつかせるような酷薄な笑い。
上質なシルクのジャケットを脱ぎ、ネクタイを外す。ボタンを緩めたYシャツから覗く浅黒い肌が艶かしい。
その、一連の仕草に眼を奪われたままミリアリアは動けない。
「ねえ・・・ミリアリア」
ギシ・・・と、ベッドを軋ませてディアッカはミリアリアの元へと近づきその喉元に手を掛けた。
「・・・ひ・・・」
声を上げたいのに・・・大声で助けを呼びたいのに、ミリアリアの口から出てくるのは掠れて音を引く単語のみ。
「ねえ・・・オレとはもう無関係っていうのはどういう事・・・?」
ゆっくりと上がっていくディアッカの口元はますます冷酷な笑みを浮かべる。
「ねえ・・・無関係って・・・どうしてそんな事を言うの・・・?」
妖艶と言ってしまうにはあまりにも残忍な色が勝るディアッカの表情が怖い。
ミリアリアの喉元に食い込む指には更に力が加わってゆく。
「なあ・・・おまえに直接聞くって言ったろ?だから答えて?」
口元だけで微笑むディアッカの眼は完全にイッテしまっている。
ミリアリアはこんなディアッカをしらない。今の彼なら何のためらいもなく人を殺めるに違いない。
「オレねえ・・・おまえのいない世界なんて別にどうなったって構わないのさ?だからちゃんと答えてくれる?」
ミリアリアの上に馬乗りになってディアッカはその耳元に囁いた。
(もう・・・本当にオレのことは忘れたの?)
「そ・・・んな・・・」
ミリアリアの声は言葉にならない。恐怖で身が竦んでしまっているのだ。
右手でミリアリアの喉元を絞めたままでディアッカはまたも囁く。空いた左手で彼女の頬かた首筋、そして鎖骨の辺りまでまでを撫で上げながら。
(ねえ・・・ディアッカ愛してるって云ってみて・・・)
───ほら・・・ねえ愛してるって云って・・・。
恐ろしさのあまり、ミリアリアの双眸からはとめどなく涙が溢れかえっている。
「どうして泣くの?オレ・・・おまえを泣かせる様なこと何もしていないぜ?」
「突然・・・それも一方的に別れを切り出されて、はい、そうですかってオレが言うと思うの?」
(・・・・・・)
ミリアリアには答えられない。目の前の男が誰よりも大切だったから。ナチュラルの・・・しかも報道関係者と付き合っているなんて公になってしまったら彼の・・・ディアッカの立場が危うくなってしまう以上身を切る思いで・・・強引に別れを告げたなんて今更云えない。
「ずっと探していたよ・・・。やっと居所が掴めたかと思って訪ねて行けばもうおまえはそこにはいない。いつもいつもそうだった・・・」
ミリアリアの喉元を絞め上げている力が不意に緩んだ。
その滑らかな肌触りのディアッカの手のひらが喉元から頭へ、そしてミリアリアの頬へ、そして唇へと動きを早める。
「お前に逢えなくなってしまってからは・・・もうオレはまともじゃなくなっちまっているのさ・・・」
───だから・・・オレを愛してるって云って・・・。
「オレの立場を守る為にはその身すら引いてしまうくらいに・・・それ程までにオレを大切にしてくれるのはおまえだけだ」
どうしていきなりミリアリアが自分に別れを告げたのか、その理由なんてディアッカは最初から解っていた。
「もう・・・戦争は終わったんだ。それ程オレを大切に思ってくれるなら・・・」
───今度は一緒に未来へと進もう。
「もう逃げない。ディアッカ・エルスマンの婚約者はミリアリア・ハウだと宣言するよ」
───だから・・・愛していると・・・オレを誰よりも愛していると!おまえの口からオレに聞かせて・・・。
(ディアッカ・・・)
そう。ミリアリアは誰よりもディアッカを深く愛している。
───もう・・・あんな気が狂いそうになる思いをオレにさせないで・・・。
ゆっくりと重みを増していくディアッカの身体に抱きこまれ、やっとの思いでミリアリアは言葉を紡いだ。
(・・・愛してるわ。ディアッカ )
重なり合ったふたつの影はひとつになると、やがてそのまま闇の中へと溶け込んでいった・・・。
**********
───父上。ミリアリア嬢を連れて参りました。
エルスマン家の書斎である。
「お入り」
そう言ってゆっくりと椅子から立ち上がるタッドの眼はディアッカと、彼に手を引かれておずおずと入って来た少女の姿を捉えていた。
「父上。ミリアリア・ハウ嬢を紹介致します。今更経歴などは無用に存じますが、彼女はオーブの出身で先の大戦からずっとAAのクルーでもありました。今、自分がこうして生命を存えているのは総て彼女、ミリアリア嬢の尽力の賜物であります」
「・・・初めまして。ミリアリア・ハウと申します・・・」
ガチガチに震えるミリアリアの手を強く握り返してディアッカはさらに父、タッドに話を進める。
「父上には・・・彼女と自分との婚約成立の報告に伺いました。反対されるのは承知の上ですが、自分も聞き入れるつもりはございません」
「下がってよい」
「父上!」
「いや、下がるのはおまえだけだ。ディアッカ。ミリアリア嬢と話がしたい。スワッスン!アーデルハイド夫人!おまえたちはそのままここにあるように」
スワッスンと呼ばれた初老の男は深々と一礼をすると、ディアッカを書斎から追い立てにかかった。
「スワッスンさん・・・!」
「大丈夫ですよディアッカさま。私とアーデルハイドがついておりますから。これをどうぞ」
ディアッカはスワッスンに手渡された小型の機械に眼を配るとホッと溜息をついた・
「・・・盗聴器ねえ・・・」
「ディアッカさまを下がらせる以外の命令は受けておりませんからね。中の様子はほれで把握出来ましょうから、後の事は私共にお任せください」
「ああ・・・頼みます。スワッスンさん・・・」
「お任せを!ディアッカさま」
**********
───ミリアリア・ハウ嬢でいらっしゃいますね?
「ようこそお越しくださった。私はディアッカの父親でタッド・エルスマンと申します。ラクス・クライン嬢主催のセレモニーに賓客として招待されているとのことですが・・・遠路遥々さぞお疲れであろう。そこにお座りなさい」
柔和な笑みを口元に浮かべながらタッドは優しくミリアリアに席を勧めた。
「しかし・・・あのディアッカがまさかこんなお嬢さんを連れて来るとは思わなかった。何をするのもいい加減だった奴がまあ・・・ここ2~3年ですっかり人が変わってしまったようだ」
「父親の口から言うのも何だが・・・息子はとんでもない遊び人で不真面目な男ね・・・退屈しのぎにZAFTに入隊したときはもう呆れてものも言えなかったね。恵まれた家庭。地位。財産・・・総てあいつにとっては当たり前のものだった」
タッドはミリアリアに諭すかのようにゆっくりと言葉を選んでいる。
「そんな奴が・・・戦争を経験し、戦いの愚かさを自ら学び、命というものを鑑みるようになった。そして・・・よく話してくれたよ。捕虜となった戦艦AAで女の子に出逢ったとね」
「恋人を戦争で亡くしたその子に殺されかけて・・・自分が今までやってきた事の恐ろしさにようやく気がついたと・・・」
「言うまでもなく、その女の子とはあなたのことですね。ミリアリア嬢」
「・・・」
「あなたに逢ってからあいつは変わった。相変わらず軽口ばかりたたいてはいるが、芯の徹ったひとかどの男になった・・・」
だが、急にタッドの言葉に冷徹さが加わった。
「でも・・・ミリアリア嬢。それでも私はディアッカとあなたの婚姻には反対している」
その言葉にミリアリアは俯いてしまった。
(やっぱり・・・)との思いが心を過ぎる。
「理由は解りますね?そう。あなたがナチュラルだからです。コーディネイターとナチュラルの婚姻はまだ認められていない。よってあなたはディアッカと結婚する事は叶わない。愛人にならなれますがね・・・」
「ディアッカはあれでも将来を嘱望されている人間です。どうせならその境遇に適合する女性と結婚させたいのが親心というものです。だが・・・あなたと一緒にいればナチュラルを愛人に持つ男としてコーディネイターの社会からは爪弾きにされてしまう。出世も望めません」
「私の言いたい事が解りますね?ミリアリア嬢。不幸になるのが見えている結婚など・・・許す訳にはいかないのです」
タッドの言う事はミリアリアには素直に納得がいった。
「・・・エルスマンさんの言いたい事は私にだって解ります。仰るとおりです。ナチュラルの私がディアッカの傍にいるのは・・・彼にとってマイナス以外の何ものにもなりません。ディアッカは私を愛してると云ってくれました。私も・・・彼を不幸にしたくはありません!大丈夫です・・・心配しないで下さい。地球に戻ったらもう二度と彼には逢いません。どうか・・・彼につりあった素敵な女性と幸せになれるように祈っています・・・」
「ミリアリア嬢・・・」
「素敵な夢を見せてもらいました。ディアッカには・・・あんな女は最低だと伝えてください。ここを出てもう一度逢うのは辛いから・・・彼に内緒で帰してください。セレモニーには欠席してこのまま地球に帰ります」
「それでいいのかね・・・?」
「ディアッカが幸せになれるなら」
必死で涙を堪えながらミリアリアは微笑んで言った。
「それほどまでに・・・私の息子を大切に想ってくれるのだね・・・」
俄かに立ち上がるとタッドは改心の笑みを浮かべ声高く叫んだ。
「スワッスン!ディアッカをここへ!」
「はい。旦那さま!」
だが、スワッスンがドアを開ける前に、凄い勢いでドアが開いた。
「おやじ・・・ずい分な事言ってくれるじゃんよ!自分の地位ってそれ程大事?」
ディアッカが酷薄な笑いを口にタッドを睨み付けながら書斎に入ってきた。
「あんたの思惑なんてどうでもいいさ?オレはこいつだけいればそれでいいしね!」
───話は最後まで聞きなさいディアッカ。
「おまえはミリアリア嬢を心底大切に想っているのだな?」
「何度でも言うけれどさ!オレにはこいつしかいないよ」
涙を堪えたミリアリアを強く抱いてディアッカは笑う。
「コーディネイターの社会に背いてもその想いを貫けるな?」
「オレは逃げない。ふたりの結婚が認められないと云うのなら・・・認めさせるまでだ!」
「覚悟は出来ているのだな・・・!」
「・・・今更だぜ!オヤジ!」
タッドは大きく息を吐き出すとその顔を上げた。
「よろしい・・・!ではそこにいるミリアリア嬢を、わが息子ディアッカ・エルスマンの正式な婚約者として認めよう!たとえプラント評議会がそれを認めなくてもエルスマン家はそれを認める。当主タッド・エルスマンの名にかけてそれを表明する!」
「スワッスン!婚約発表のセレモニーの準備を進めてくれ。3日後にエルスマンの名において正式なセレモニーとして執り行うから招待状の手配を頼む!」
「アーデルハイド夫人!内輪だけだがミリアリア嬢の歓迎パーティをしよう。準備の一切を任せる!」
「「はい!かしこまりました!旦那様」」
「ミリアリア嬢。一週間後の終戦記念セレモニーにはディアッカの正式の婚約者としてこいつにエスコートさせよう・・・それでいいかね?」
「でも・・・それではエルスマンさんやディアッカの立場が・・・大変な事になってしまうじゃありませんか!」
「こいつは言い出したら聞かない奴だよ。それに・・・こいつをここまでの男にしたあなた・・・ミリアリア嬢に勝る女性などこいつにはもう望めないさ?」
「だが・・・覚悟だけはしておいて欲しい。苦労するだろう。周囲から冷たい眼で見られる事もあるだろう・・・。ディアッカの傍にいるという事はそういう事だ・・・」
「大丈夫だよ。オヤジ。こいつは・・・ミリアリアはオレが護るから・・・!」
「ああ・・・」
「エルスマンさん・・・」
「ミリアリア嬢。私の両親もナチュラルだった・・・」
「・・・・・・」
「幸せを願う気持ちはコーディネイターもナチュラルも同じだと・・・私は思いたいのだよ・・・」
「オヤジ・・・」
「ほら、早くミリアリア嬢を休ませてあげなさい。かわいそうに・・・どうせおまえのことだから散々な目に遭わせたのだろう?」
それを聞いてディアッカは苦笑する。
(はい、そ~です!一晩眠らせませんでした・・・!)
「サンキューな!オヤジ!じゃ、また夕食の時間に」
「彼女を寝かせてやるんだぞっ!」
「・・・そうしましょ?」
そしてディアッカの言葉に真っ赤になりながらミリアリアはタッドに言う。
「あ・・・では失礼致します・・・。ありがとうございました・・・」
「ああ・・・そうだ、ミリアリア嬢?」
「はい・・・?」
「私の事は次から ”おとうさま ”と呼んでくれたまえ」
ニコリと微笑むタッドに一礼するとミリアリアはディアッカに肩を抱かれてふたり書斎を後にした。
**********
───良いお嬢様ですな・・・旦那様。
ああ。あのバカ息子がよくもまああんな可憐な子を見つけたものだよ。
これから大変でしょうが、あのお嬢様なら大丈夫ですよ。
そう思うか?スワッスン。
最前線で戦争を経験なさったかたですよ。とても芯の強いしなやかな優しさをお持ちだと拝察致します。
ひととして大切なものが何か、ちゃんと解っている娘のようだ。
ええ旦那様!
───戦争が終わってようやく平和への道が見え始めた。
まだまだ前途多難ではあるが、人類は新たな一歩を歩みだす。
ナチュラルとコーディネイターの共存は夢かもしれないが、それでも一歩を踏み出さねば未来はきっと訪れない。
苦難困難な道だ。でもあえてその道を選んだふたりに幸せの訪れをとタッドは切に願う。
(幸せは自分の手で掴み取るものだ・・・ディアッカ)
───新たな未来を進むふたりの為の「セレモニー」が今まさに始まろうとしている。
(2006.2.1) 空
※お待たせ致しました。後編をお届けします。リクエストではあちこちのセレモニーにミリアリアを
ひっぱりまわすディアッカなのですが、この後に彼女は散々引きずり回されます(笑)
なんとなく続編が書けそうな展開で話を切りました。
ここがふたりの新しい道の出発点ですから、まさに『セレモニー』だと思うのです(笑)
リクエストありがとyございました・・・!
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