結婚における最大の難関は「どうやって親を説得させるか」という事に尽きる。
ごくごく普通の恋人同士なら夜逃げだの駆け落ちだの、何らかの最終手段が残されているが、ディアッカとミリアリアはお互いの置かれている立場があまりにも違う。
ナチュラルとコーディネイターの婚姻がまだ正式に認められていない以上このふたりの結婚、何よりも入籍だけはどんな強攻策も取れないだろう。
要するに無理。






セレモニー






二度に渡る大戦も終結して、とりあえずは平和になった。
先の大戦時には反逆罪の汚名を着て処刑されそうになったディアッカ・エルスマンも、二度目の大戦では専用のMSを拝領するなど軍功を認められた。
元々「赤服」のエリート出身の男である。能力は高い上にあのイザーク・ジュールの右腕として辣腕を振るっているのだから、こうして再び頭角を現し出すと出世の道も開けてくる。じきに司令官クラスの「白服」だって着用出来るはずだ。

そうなると現金なのが周囲の思惑というもので、途端に舞い込む見合い話の数の多さにはもう呆れるばかりである。

プラントはフェブラリウス市の中核にある、前評議会委員タッド・エルスマン邸の書斎には息子のディアッカ宛に送付されてきた見合い候補の女性の映像が所狭しとばかりに乱雑に置かれて(と、いうか投げられて)いる。
タッドはその中のいくつかにチェックを入れると傍らのディアッカに無造作に手渡す。

「その五人なら遺伝子の点でも合致しやすいと思うがどうだ?見合いをする気にはならないか?ディアッカ」

「あのなあ!いい加減にしてくれよなっ!好きでもないオンナと結婚なんかしないって言っただろ!」

「と言ってもな。おまえも十九・・・いや、二十歳になるのだろう?婚姻統制の定めに従い子供を儲ける義務があるぞ」

「まったくヤダねえ!ホント種馬と同じだよな。だったら手当たり次第種まきヤッテさ?子供が出来た女と結婚するっていうのはどう?」

「まあ別にそれでも私は構わないがな」




傍で聞いていると顔を顰めたくなる様な親子の会話だが、彼らが直面している現実は重い。
遺伝子操作をされて優秀な能力を与えられたコーディネイターではあったが、その能力と引き換えに失ったものはあまりにも大きかった。
それは子孫を繁栄させる為の不可欠な能力、つまり生殖能力が著しく低下してしまった事である。
第一世代のコーディネイターであるタッドが若い頃はコーディネイターの未来も明るかった。自由恋愛での結婚が可能であったばかりでなく、それなりに子供も生まれている。
だが、第一世代の子供である第二世代ともなると、人為的に改良された遺伝子は子孫を残す能力を多くは伝えなかった。
よってコーディネイターの第二世代にとって子供を生み出す事は最優先義務なのだ。
婚姻統制とは法で定めた遺伝子の相性が良い相手との婚姻を推奨するものだが、所詮子供を生み出す為だけが目的の結婚生活に幸せなど望める筈も無い。代を重ねるごとに下がる出生率を回復させる為とはいえ国家が定めた法律の「義務」はディアッカたち第二世代に虚脱感や厭世観を蔓延させ、更に増加する傾向にあった。

子供が生まれさえすれば「義務」からは開放される。
義務を終えた後は当然不倫や複数の恋人を持つのが暗黙のルールで、タッドにしても愛人のひとりくらいはいる。ただし彼は妻を亡くして久しいので、この場合不倫とは呼ばない。
徹底した合理化の社会に寄与するコーディネイター。
こんな環境で成長したディアッカが自分の未来に希望など持たず、日々の暮らしが楽しければいいと投げやりになってしまったのは無理のないことであったのかもしれなかった。

───だが・・・ディアッカは見つけてしまった。

豪奢な美貌と抜きん出た才能持つ彼が初めて本気で恋した女性。
なんと彼女はナチュラルだった。

先の大戦で知り合った敵の軍属の当時16歳の少女で、名前をミリアリア・ハウといった。
栗色の跳ね返った髪が可愛らしく、南国オーブの海を思わせるような大きな蒼い瞳。
小柄で可憐な少女なのに、あの吐き気を伴う戦場の中を必死で生きる強さと健気さは、それまでディアッカがナチュラルに対して持ち得ていた差別意識を根本から覆してしまった。
その後のディアッカが自ら生きる道を定め、現在に至っているのはひとえに彼女という存在の大きさ故だ。




「まあ、そんな冗談はさて置いてさ。オヤジ。会わせたい女がいるんだけどさ?」

「・・・例のナチュラルの女か?」

「話が早くて助かるね。そうさ。その彼女だけれど」

「許さん!と言ったら?」

「そのセリフは本人に会ってからにしてくれない?」

「バカな事を!地球とプラントの間には正式な国交さえ樹立していないのだぞ!どうやってここまで連れて来るつもりなんだ?」

そう声を荒々しく上げるタッドにディアッカはいとも涼しげな顔つきで言った。




「ん〜!でもさ?もうここに連れて来ちゃったんだよね」

「な、何を言っているんだおまえはっ!嘘も大概にしろっ」

「嘘じゃないさ?ほら、アプリリウス1で近く終戦記念セレモニーがあるだろ?彼女は大戦終結に尽力したAAのクルーとしてラクスが招待したんだっつ〜の」

「ラクス・・・って、あのラクス・クラインがか!?」

「・・・さすがのオヤジも政治背景にはずい分疎くなったんじゃないの?でも前の大戦時の穏健策と人望とで次期評議会委員に再指名されているんだろ?そろそろ楽隠居も終わりだって!」

「もう私は政治の表舞台に起つつもりはない。はやく孫の顔を見てのんびり暮らしたいものだよ」

「だったら・・・なおのことあいつに、ミリアリアに会ってくれよ。終戦記念セレモニーの前にここで過ごせるようにラクスに懇願したんだから」

「ここ数日見かけないと思ったら・・・それでアプリリウスに行っていたのだな?おまえは」

「ああ、空港まであいつを迎えに行ってたのさ」

「・・・本気なのだな?」

「・・・勿論!」

「・・・そうか・・・」






**********






───前日。

プラント行政府より招待されたAAのクルーたちはアプリリウス1の宇宙空港の特別室で歓待を受けていた。
皆一様に晴れ晴れしい顔をしているが、ただひとりミリアリアの顔色だけは暗い。
実は先ほどラクス・クラインから、ディアッカがここ特別室に直接向かっているとの話を聞かされたのだ。
ミリアリアの中ではもうディアッカは過去の想い出の男だ。確かに付き合っていた時期もあったのだが、ミリアリアがカメラマンになると同時に手厳しく振った男である。
『そんな危険な仕事やってるんじゃない!』などと、彼女がカメラマンになる事を最後まで猛反対していたディアッカではあったが、最後は黙認という形で許してくれた。
だが・・・ナチュラルとコーディネイター間の対立が再び表面化し始めたのを受けてミリアリアはディアッカを振った。
彼が前の大戦時にAAに加担していた事が災いして栄光の赤服から緑の一般兵に降格になった事実はミリアリアの心を重くした。
ディアッカが再びZAFTに復帰した以上、もう「次」はあり得ない。
中立国オーブの人間とはいえナチュラルの報道カメラマンと懇意の仲である事実はディアッカにとって好ましいものではない。ミリアリアはディアッカがいつスパイ容疑をかけられて処分されてもおかしくない状況を打破しようと・・・彼との関係を絶つ事に決めたのだ。
一方的に振った後はメールアドレスは勿論のこと、友人、知人に至るまで直接連絡を取れないように中継者を置いた。
しかし・・・戦争は終わったのだ。
こうしてミリアリアの所在が明確になった今、ディアッカは堂々と彼女に逢いに来るはずだ。出来るならここから逃げ出したいのだが、賓客である以上勝手な行動は慎まなくてはならない。
(どうしよう・・・)
思案に暮れる彼女ではあったが・・とうとう一計を思いついた。

「すみません・・・気分が悪いんです・・・」

無論仮病であるが、先ほどから浮かない顔をしていたので案外簡単に信じてはもらえた。
プラント側の接待係がミリアリアを介抱して医務室に連れて行こうとしたとき、ノックもなくいきなり特別室のドアが開いた。

上品なスーツを着こなし、大人の色気が更に増した金髪の豪奢な男が黙ったままミリアリアを見つめている。

「ディアッカ・エルスマン・・・」

誰の口からとも無く出た言葉にディアッカは軽く応じると、接待係の腕からミリアリアをもぎ取るように自分の腕に抱きこんだ。

「ごめん。挨拶もそこそこで悪いんだけどさ?オレはこいつに用があるんでね!借りていくよ」

「何を言い出すんだ・・・!」

接待係のにべもない返事にディアッカは一通の書状を投げつける。
仕方が無くガサガサとその書状に眼を通した接待係は書状に添えられた署名を見て俄かに顔色を失った・・・。

「ラクスさまの署名・・・」

ディアッカはニヤリと笑うとミリアリアを抱き上げ周囲に告げた。

「そうさ、ラクスからこいつを連れ出す許可を得ているんでね。セレモニー当日には帰してやるからそれまでオレの邪魔はするなよっ!」

クククと片頬で笑うとディアッカは足早の特別室から出て行った。






───あんたいったい何のマネよっ!


ミリアリアを強引にエレカに乗せるとディアッカは宇宙空港を後した。

少々乱暴な運転は今のディアッカの心情をそのまま表していると思われた。

「いったい何のマネかって・・・!それは自分の胸に聞いてみろよっ!」

「私はもうあんたとは無関係なのっ!空港に戻してよっ!」




「無関係ね・・・」




臓腑を抉られるような唸り声にも似たディアッカの呟きにミリアリアは背筋が凍りつく感覚を覚えた。

この男は本気で怒っているのだ。

「ディアッカっ」

「・・・・・・」

ミリアリアの問いかけにディアッカは答えようとしない。むしろ怒りの色はますます濃くなっていくばかりである。

ハイウェイを驚愕の高速で走り抜けていくディアッカにミリアリアは言い知れぬ恐怖を感じた。

未だかつてミリアリアはここまで怒りを露にしたディアッカを見たことなどなかった。
だが、豪奢な美貌と相まって、残忍にさえ思えるその表情から眼を逸らすことも出来なかった。






「無関係かどうか・・・直接おまえに聞いてやるよ」






猛禽類のようなディアッカの視線と冷酷なまでの微笑みは恐ろしさよりも・・・。






むしろ艶かしく淫猥な色を思わせた・・・。











   (2006.1.25) 空

    ※   たいへんお待たせ致しました。
         リクエストの
プラントのかなり重要な場にミリアリアを引っ張り出すディアッカ(黒ディアッカで)
         お届けいたします。
         公式のセレモニーと黒ディアという組み合わせは結構難しいものがありました(ほんと能無しの管理人よ)
         『プレゼント!』の冒頭に出てくる『拒否したが最後『恐ろしくて口に出せない』事態』
         というのは実はこの後のお話です(笑)
         いつかこのエピソードもどこかで書きたいと思っていましたので、今回はいいチャンスをいただきました。
         ただ・・この続きってどう見ても「裏」っぽいですよねえ・・・。
         表現力をモロに問われそうな展開&管理人だと痛感しています(。。;A
         ここで1度切りますが、続編はここ1週間でUPしたいと思います。



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