「バレルロール」とは、某孤独な宇宙戦艦(本当は強襲機動云々というらしい)が敵に追い詰められて決死の覚悟で行なった、とんでもない「背面飛行形態」だったと記憶にあるが、引力や重力のある地球で行なったそれは、もう大変だったと!死ぬ思いだったと!Gはかかるわ、物という物は吹っ飛んでバラバラになるわで、某孤独な宇宙戦艦の操縦士などは、『二度とやるもんかっ』と叫んだと伝えられているが、真偽の程は定かではない。
バレルロール
とりあえず大きな戦闘もなく、AAは今日もつかの間の平和を謳歌している。
日常が穏やかになると、当然ダラけてくるのが人間というものであって、つい先日まで「捕虜」だった青(性)少年ディアッカ・エルスマン君17歳などは、優秀なコーディネイター能力を持て余し、業務もテキトーにうっちゃらかして目下ナチュラルのカワイコちゃん、ミリアリア・ハウ嬢16歳を追い掛け回すという行動に明け暮れている。
コーディネイターのディアッカ君はどこがどうしてなのかは不明だが、彼女に惚れた。告白もした。どうやら友人並みの関係は確保出来たものの、ふたりの関係にはまだこれといった決定打が無い。
そりゃあキスは何度も交わした。挨拶のフレンチキス(頬や額が95%)なら数知れず、強引にドサマギ(口移しで薬を飲ませるとか、寝込みにこっそり)でやったのが数回。口説き落とそうと張り切って挑んだ『大人のキス』がこれも数回。
本国、プラントでは『武勇伝(?)』とまで称えられている『女性経験』もミリアリアに対してとなると・・・空回りするばかりで一向に進展しない。ヘタに手をだして嫌われるのも困るし、まだきっと男と深い関係になどなったことも無さそうだから『詰めの一歩』が踏み出せない。
なので隙あらば・・・!とチャンスを窺うようにこうして彼女から離れないと、まあこういう訳なのだ。
そんなある意味平和な状況の中、AAの操縦士、アーノルド・ノイマンが唐突に、本当に唐突に艦内に放送を流した。
『本日午後1時より軍事訓練の一環として「バレル・ロール」を行う。なので各員バレルロールに対する対処の仕方をもう一度ここで訓練し直して不測の事態に備えてほしい』
無重力の宇宙空間でバレルロールなど何の意味があろうかと思うのだが、AAのクルーにとってノイマンの言葉は艦長以上に絶対!の響きがある。なにしろ「影の総艦長」とも言われている実力者なのだ。
「バレルロールに対処って言ってもなあ〜!せいぜい急激な方向転換で発生するGくらいなもんだろう?」
「だよなあ・・・!なんでノイマンの奴、こんな突拍子も無い事を言い出したんだろうなあ・・・」
時計を見ればバレルロール開始時刻の午後1時までにはあと30分ある。
とにかく、貴重品や壊れ物だけは固定させておこうと整備班などは躍起になり始めた。
───一方。
士官居住区の通路ではディアッカがミリアリアにあれこれと話しかけていた。
「ノイマンさんどうしたんだろうなぁ・・・バレルロールってあれだろ?背面飛行。確かにあれは難しそうだとは思うよオレも。でもそれは引力や重力の発生している場所だったらだろ?こんな無重力の宇宙空間でそれやっても意味ないじゃない?」
「そんなこと私に言われたって困るわよ!それよりあんたずい分ヒマそうじゃない。せっかくのオツムも使わないとバカになるわよ?マードックさんの所にでも手伝いに行けば?」
ミリアリアは溜息を大きくひとつつくと傍らの男をしっしとばかりに追い払う仕草をした。
「しっしっ・・・ってオマエさぁ!オレは犬じゃないのよ?もう少し優しくしてくれても良さそうなもんだけど?」
「だってもう半日も私の傍にいるじゃない・・・こっちが困るのよ」
「・・・?どうして?」
「どうして・・・って言われても」
それきり返事が出来なくなった。
自分とは何もかもが違う、綺麗で優秀なこのコーディネイターの男は、こんな自分を好きだと言ってくれた。
いろいろあったが、軽いキスくらいまでなら交わせる間柄にもなった。クククと片頬を上げて笑う仕草にもそれなりに慣れたとは思う。それでもやはり思い出してしまうのはトールの事。
ディアッカが嫌いなわけじゃない。では好きなの?嫌いなの?と聞かれたら・・・きっと「好き」だと答えられるだろう。
そして、ディアッカもそれは解っているに違いない。狡猾な男だからそれを承知で自分の傍から離れないのだ。
こうしてディアッカが傍に居れば・・・それだけトールが遠ざかってゆく。いっそこの男に全てを委ねられたなら・・・もっと楽にもなれるだろう。
でも、ミリアリアにはそれが出来ない。
ディアッカからの挨拶のキス・・・頬と額にひとつづつ受けるそれがもう当たり前の行為になってしまっていても、自分はまだあの優しかった緑の瞳を忘れる事はない。
ミリアリアはやはりこの目の前の豪奢な男は苦手だと思う。
知っている。そう。彼は・・・ディアッカはミリアリアを誰よりも大切にしてくれている。
けれど・・・ミリアリアは彼のその想いに応える術などない。一緒に食事をして、たくさん話もして。ゆっくりでいいから仲良くなれたらいいと、そう願ってはいるものの、一向に縮まっていかないのがふたりの間。それでもいいよ・・・と、ディアッカは言った。約束なんか何も無いのにそれでも待っていると彼は言った。
「どうしたの、おまえ?」
俯いてしまったミリアリアにディアッカはさらりと声をかける。
「・・・何でもないわよ。ほらっ!早く格納庫に行きなさいよ」
内心の動揺を気取られぬようにミリアリアは俯いたままでディアッカに背を向けた。
そしてトン・・・と軽く床を蹴り上げ無重力の流れに乗ろうとして・・・動きが止まった。
ディアッカに手を取られていた。
「逃げたってどうにもならないぜ」
「・・・そんなんじゃないわよっ」
「だったらちゃんとオレの顔を見ろよ」
口元を歪めてクククと笑うとディアッカは射るような視線でミリアリアを見つめた。
───と、その時、艦内がグラリと傾いたかと思うといきなり通路が天井に変わった。
「きゃああっ」
重力場から足が離れる。だったらこのまま無重力場に身を任せればいいのだが、ミリアリアはそのタイミングを逃してしまった。
ディアッカに手を掴まれていた事も災いした。
「あらまあ・・・ミリアリアさんったらいい眺め♪」
妙な体勢でバランスを崩したミリアリアは、なんとディアッカの目の前で・・・生アシと下着を披露するという大サービスをしでかしたのだ。
ヒュウゥ〜♪と軽く口笛を吹くディアッカは一段と人が悪い。
「綺麗なブルーのシルクじゃん?それプラントのハーバル社の「エリオスシリーズ」だろ?高級品じゃない?」
「なんでそんなこと解るのよあんたはっ!」
「ブルーってのがいいよねえ〜♪白は生々しくてオレ嫌いなんだ!やっぱブルーとかピンクとかのパステル調が可愛いよ。黒とかパープルはもっと大人になってからのほうがいいぜ?」
「あんたの好みなんかどうだっていいわよっ!もう!こっち見ないでっ」
「見せてるのはおまえだろ?オレがスカートめくった訳じゃないんだし?」
ミリアリアは慌ててスカートを押さえようとしたのだが、更にバランスを崩して、今度はくるくると・・・そう、前転状態でコマの様にくるくると回り始めてしまった。
「・・・おまえ何やってんの?それアクロバットのつもり?」
さらに人の悪い笑顔をミリアリアに向けてディアッカは言った。
「あんたがそこにいるからいけないのっ!早くどっか行っちゃって!」
「なあ〜?オレに下着見られるのそんなに嫌なの〜?」
「あたりまえでしょっ!!!!!!!!!」
ミリアリアは大声で叫んだ。下着を見られて喜ぶバカなんていない(まあ、恋人同士なら別だろうが)
「だったら・・・ほらっ」
ディアッカはくるくると回転するミリアリアを正面からポスッと受け止めると彼女の頭を自分の胸に押し当てた。
浮いた腰を空いた方の手で押さえ自分の腰へと密着させる。要するに抱き合う格好になった。
「何するのよっ〜!」
ディアッカの胸の中、顔を押し付けられたままモゴモゴとした声でミリアリアは抗議するも、ディアッカは離れはくれない。
「ノイマンさんがバレルロール始めたんだよ。終わるまでこうしていてやるから体重を全部オレに預けな」
「あんたがどっかに行ってくれれば問題ないのっいいからもう離してよっ」
「やだ」
ミリアリアを抱きしめ、宙に浮いてランデブーだなんてこんなオイシイ状況はもう滅多にない。誰が離すものか。
ディアッカとミリアリアはそのまま無重力場で互いが上に、また下になってゆっくりと回りながら抱き合っている。
不意にディアッカはミリアリアの頭を押さえている手を緩めた。
自由になった頭を上げてミリアリアは文句を言おうとしたのだが・・・。
そのまま口の動きが止まってしまった。
豪奢な美貌を持つ男の顔が至近にあった。
羽のようにけぶる金のクセ毛と黒紫の宝玉がミリアリアの視界を占める。
長い睫と浅黒い艶やかな肌が微かに蠢く。
「・・・どうしたの?」
独特のテノールをわざと掠れさせてディアッカは悠然と、そして艶然と微笑んだ。
「どうして泣くの?」
ディアッカはミリアリアから涙を掬い取ると、今度は彼女の腰に回していた手をも離した。
「・・・もう大丈夫だろ。オレは向こうに行くよ」
いつものように頬と額に軽くキスをして、ディアッカはミリアリアからゆっくりと離れて行った。
ミリアリアから一気に身体の力が抜けた。
(ディアッカ・・・?)
およそ彼らしからぬ行動である。こんなときのディアッカは嬉しそうにミリアリアに迫ってくるのが常だ。
視界から遠ざかってゆく男の後姿がぼやけて見えるのは、自分が流す涙のせいなのだと今更ながら気づく。
(私・・・なんで泣いてなんかいるの・・・?)
後から後からミリアリアの頬を伝い落ちる涙の熱はディアッカの唇のそれに似ていた。
───パシュウ。
休憩時間中の艦橋には操縦士のノイマンだけがひとりポツンとコンソールを見つめながら自席に居た。
コーヒーをふたつ携えてディアッカはノイマンの隣に座る。
「ノイマンさん、お疲れ様」
「どうしたんだ、エルスマン。珍しいな?いつもこの時間はハウと一緒にいるんじゃないのか?」
「ああ・・・あいつならもう自分の部屋に戻ったよ。疲れてるみたいだったから早めに休ませたんだ」
持っていたコーヒーのひとつをノイマンに手渡して、ディアッカも自らそれを口にする。
「ノイマンさん。何でこんな宇宙空間でバレルロールなんてやったりしたの?地球ならともかくこんな無重力の宇宙空間ではあまり意味がないんじゃない?」
宇宙船の乗組員は無重力には慣れている筈だ。サイやミリアリアにしてもコロニー居住者だったのだから無重力と無縁だったわけでもない。
ディアッカの問いかけに対し、忌々しそうにノイマンが口にした言葉はというと・・・。
「・・・憂さ晴らしと嫌がらせに決まっているだろ?」
「・・・・・・」
AA随一の真面目男が吐いたとんでもないセリフにディアッカは苦笑いを返した。
「憂さ晴らしと嫌がらせねえ・・・らしくないんじゃないの?ノイマンさん」
「まったく戦時下だっていうのにみんな平和ボケしているんだよ。一発活を入れてやったのさ」
「だから予定より15分も前にバレルロール始めちゃったの?」
「時間厳守の軍事訓練なんて俺たちにはあまり意味がないだろう?最初から15分前って決めていたのさ」
「なるほど」
「それよりエルスマン。その胸の染みはどうしたんだ?」
コーヒ−を飲んでいたノイマンの眼がディアッカの一点に止まっている。
見ればディアッカが着ているオーブのジャケットは、前も留めずはだけたままで、そこから覗いている黒のアンダーにはやや大きな染みが出来ていた。
「ああこれ?ちょっと水こぼしたの。そんなに目立つ?」
「いや・・・でも2ヶ所平行になんてずい分器用にこぼしたものだなって思ってね」
「別に〜、ま、たんなる偶然よコレは」
「・・・そうか」
───本当はミリアリアを抱く腕を緩める気など毛頭無かった。
あのままずっと抱き込んでキスのひとつでも交わそうと思ったのだが・・・土壇場で止めた。
ミリアリアは泣いていた。別にディアッカに下着を見られたくらいじゃあれ程の涙は出ない。
きっと思い出してしまったのだ。ミリアリアは。
トールと自分との間で彼女の心は揺れている。
ディアッカはトールじゃない。トールの代わりになどなれはしない。
だが、逆もまた然り。死んでしまったトールもやはり今ここで生きているディアッカの代わりにはなれない。
どちらにも惹かれてふたつに裂けるミリアリアの心。
死んだトールに心を残したままでディアッカの想いを受け止める事など彼女には無理だ。
ディアッカの想いを解っている彼女。
心がふたつに引き裂かれてもディアッカの想いに応えられない彼女。
だから・・・泣いた。
だからあんなにもたくさんの涙を流した。
ディアッカの想いを真剣に受け止めようとして・・・出来なくて泣いたのだと。
ディアッカの胸に顔を埋めてもなおトールを思い出してしまう心が痛いのだと。
───解ってしまった・・・。だから離した。
自分は待つと言った。ずっと待っているとミリアリアに告げた。
けれども・・・果たして自分はこのまま本当に彼女を待つ事が出来るのか・・・?
泣いている彼女を抱いていて・・・本当に何もせずにいられたのか・・・?
ふたつに引き裂かれた彼女の心を強引に自分だけに向けようとしたのではなかったか?
ミリアリアを待つと言った自信が大きく揺らいでいる。
あのまま彼女を抱いていたらきっともう、自分の行動に責任など持てはしない。
ディアッカは思う。
ミリアリアもきっと、それを敏感に感じ取った筈だと。
待つだけの恋はこんなにも苦しい。
言葉に乗せてしまうにはあまりにも重すぎるこの想い。
ずるい女じゃないから、自分自身からも逃げられない・・・ミリアリア・ハウはそんな女。
ふたりとも互いの気持ちを知っている。
微妙なふたりの微妙すぎる関係。
揺れて振り回されるバレルロールをするの艦の中にいるようなふたり。
───それはあまりにもせつなくて・・・。
(2006.2.22) 空
※ Nさん、お約束のバレルロールです。
たまにはこういう「切ない純なDさん」もいいでしょう?(と、勝手に自分で決め付けている私)
ディアミリというのはやはりこの微妙さがいいですよね。
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