こうも日々穏やかだと「ここは本当に戦場なのか?」と疑問すら持ってしまうのが今のオレ。
ひっそり潜伏中の三戦艦には、今日もジャンク屋が忙しそうに物資を運んでいる。
ラクス・クラインの豊かな財源と大勢の隠れ支援者に依存している現状に不安が無い訳じゃないが、それでも毎日が落ち着いているという事は実にありがたいと感じている。






媚薬と呼ばれるモノ






「なあ・・・またあのエロガキとお嬢ちゃん様子がおかしいだろう?」

「少佐もそう思いますかい?」

「まあ、いつもの事でしょう?そのうちまた戻りますよ。少佐もそこまで心配する必要はないと思いますが?」

「ってノイマン・・・一昨日バレルロールをやった後からじゃないの?エロガキがおかしいのはさぁ」

「エルスマンらしくない・・・ですか?」

「そうでさぁ・・・もう格納庫でも溜息ばっかりで正直もう鬱陶しいんで・・・」

「曹長もそんなのほっとけばいいんですよ。二人とも子供じゃないんですから」




AAの食堂でのんびりと昼食を摂っているのはフラガとマードック、更に珍しい事にノイマンの姿もある。
コロニー・メンデルから脱出した後、一時期はあれこれと多忙を極めたものだが、無事に潜伏先にたどり着くと一時的なものとはいえ、訪れた平穏に感謝しながら今はのんびりと過ごしている。

一昨日、ノイマンの提案(実は憂さ晴らし)で緊急バレルロールの抜き打ち訓練が行なわれたのだが、どうもその時に例のふたり、ディアッカとミリアリアの間にまた何かあったらしい。
つい先日まで修復不可能寸前までに険悪だったふたりの仲も、落ち着きを見せていただけにフラガはちょっと心配になった。
あれだけ一緒にいたふたりがまた別々の時間帯で行動しているのだ。
何でもなければいいのだが・・・とマードックも不安の色を隠せない。不謹慎だとは思うのだが、あのふたりは周囲からよくからかわれていた。

今は殺伐とした戦時中なだけに、痴話げんかの絶えないディアッカとミリアリアを眺めているのはいい慰めになっていた。そこだけは温かい日常の匂いがする。そう思っているクルーは他にもたくさんいて、一向に進展しないふたりの仲を揶揄してはその実、温かく見守っていたのだ。

「ああ・・・そうそう。先ほどジャンク屋が来て、少佐にこれを渡してほしいって言われたの・・・ですが」

ノイマンは胸のポケットから小さな小瓶を取り出すと、それをフラガに手渡した。

「なんだい?これ」

不思議そうに小瓶を眺めていたフラガだったが、どうやら思い当たる節があるらしく、ニヤリと口角を上げると嬉しそうに小瓶をしまい込んだ。

「どうしたんです?少佐〜。すごく楽しそうに見えますぜ?」

呆れ顔のマードックにひとつウインクを投げるとフラガはディアッカを思わせるようなひとの悪い笑顔を返す。

「ひ・み・つ」

(少佐とボーズってやっぱり同類だねえ・・・)

マードックは口に出しては言わなかったが。





───男三人雁首並べて何しているの〜?

昼食のトレーを持ってディアッカが三人の傍に来た。

「何の話してたのさ?あっちから見てるとスッゲ〜楽しそうだったじゃない?」

フラガの隣にトレーを置いてディアッカは傍らの椅子を引く。

「なあ・・おまえまたお嬢ちゃんと何かあったのかい?」

「・・・別に〜」

フラガの心配もよそにディアッカは平然とシラをきった。ムスッとした顔でトレーに乗ったものを口に流し込む。

(ったく・・・なんでこんなに勘がいいんだよ!このエロオヤジはっ)

「おまえらが静かだとAAの中が妙に殺風景だからさ〜ちょっと気になるんだよねえ・・・」

「んなの知らね〜よ!そんな事よりおっさんちょっとそこどいて。コーヒー取ってくるから」

「コーヒー?ああ・・・俺が持ってきてやるからそこで待ってろ」

「・・・ずい分サービスいいんじゃないの?」

「ついでだよ、ついで」

フラガはスクッと席を立つと、少ししてからトレーに4つのコーヒーを乗せて運んできた。

「はいよ、エロガキ」

ディアッカにコーヒーを手渡すとフラガは他の二人にもコーヒーを勧めた。

「サンキュ!おっさん。でもさあ食後のコーヒーっていいよなあ〜。インスタントでも味はいいしさあ。エターナルに行けばバルトフェルド・スペシャルブレンドなんて訳のわかんね〜もの出されるんだぜ!」

ディアッカは深深と溜息をつく。あれはマジで不味かった。

暫くはコクのある香りを楽しんでいたディアッカだが、冷めたら不味いと思ったのか、一気にコーヒーを飲み干してカタンとカップをテーブルに置いた。

「ああ、いいよオレが片付けるからみんなトレーこっちにかして」

4人分のトレーを手際よく仕分けるとディアッカは厨房までトレーを返しに行こうとして・・・そのまま床に崩れ落ちた。


───カシャ・・・ン


金属の音が高く響く。

「どうしたエロガキっ!」

フラガが慌てて抱き起こすとディアッカはひと言。

「足に・・・力がはいんねぇ・・・」

そう言ってフラガを見上げたディアッカの表情たるや・・・。

(う・・・色っぽい・・・!)

ソッチの気がないフラガですらゴクリと唾を飲み込んだ。
浅黒い艶やかな肌に崩れて額にかかる柔らかな金髪、そして長い睫に縁取られた黒紫の潤んだ瞳・・・。

「悪い・・・おっさんちょっと手ェ貸して・・・」

上目遣いに見上げる仕草に甘いテノールの声・・・。

「あ、ああ・・・」そっとディアッカを抱き抱えるとフラガはよろよろと食堂から出て行った。

「どうしたんだボーズ・・・」

いきなり倒れたディアッカを心配してマードックはオロオロするが、傍らのノイマンはクスリと笑って自分も席を立った。

「曹長、おもしろいものが見られそうですよ・・・」

マードックを促すとノイマンはゆっくりとディアッカを抱きかかえたフラガの後を追う。
通路に出て床を蹴り上げればそこは無重力場だから、男と云えどディアッカの体重はすごぶる軽い。

すっかり力が抜けてしまったディアッカはフラガに身体を預けきると気だるそうに眼を閉じる。頬が少し赤い。身体も火照っているのか、フラガに体温を伝えるとそのまま意識を失ってしまった。

すれ違うクルーが皆振り返る。ディアッカはいつもなら精悍で凛々しい容貌をしているのだが、今の彼はどうだ。
大柄なフラガに抱かれて気を失っている様子は華奢な美少年を思わせた。
周囲からヒソヒソと声が上がる。

「あれ・・・エルスマンだろ・・・?」
「どうしたんだ・・・あんなに儚げなところなんて見たことないぜ」
「赤い顔して・・・熱でもあるのか?」

そして口々に・・・

「綺麗だなあ・・・」

と、溜息を漏らしている。艦長とミリアリア以外女っ気のないAAでは、フラガに抱かれ気を失っているディアッカの姿はあまりにも扇情的だ。
そんじょそこらのエロ本の女よりも色っぽいディアッカの姿は後々までの語り草になった。

医務室の扉を開け、空いているベッドにディアッカを寝かせ、履いていた靴や靴下、ジャケット、そしてズボンを脱がせ、そっと汗を拭ってやる。服を脱がされて少しは楽になったのか、うっすらと眼を開けてフラガの顔を仰ぎ見る。

「ごめん・・・ここまで運ばせて悪かったなおっさん・・・。気分が良くなったら自分で戻るから大丈夫だよ・・・」

「ああ・・・。この後俺にも業務があるから戻ることにするよ」

少し顔を赤らめてフラガはそう返事をすると、ディアッカは静かに微笑み再び瞳を閉じた。

医務室を出た後、フラガはそっと例の懐の小瓶を取り出し、使用上の注意書きを読む。

そして(げっ!)と声にならない声を上げると後ろからノイマンとマードックがそっとそれを覗き込む。

「少佐ぁ〜そりゃ一体何なんです〜?」

マードックが興味津々で声をかける。

「あ・・・いや・・・その・・・」

歯切れの悪いフラガの返事にノイマンがさらりと言葉を返した。

「少佐・・・それ媚薬でしょう?エルスマンのあの様子は欲情した人間そのもので色っぽかったですよ」

クスクス笑うノイマンを横目にフラガは大きく天井を仰いだ。

「・・・ジャンク屋に頼んでおいたプラント特製の媚薬なんだけれどさあ・・・」

「ほうほう」

「マリューに飲ませる前にエロガキで試してみたんだよ・・・」

「なるほど・・・」

「で、さあ・・・やっちゃった」

「は・・・?」

「やっちまったの」

「何を・・・?」







「間違えて規定の5倍ディアッカに飲ませちゃった・・・」







「うわ〜・・・!」

三人は三様に溜息をつく。と、そこへ・・・。
「ディアッカが倒れたって本当ですかっ」

血相を変えたミリアリアがとんで来た。
ディアッカがもの凄く無理をする男だとミリアリアは知っている。
だからディアッカが倒れたと聞かされてミリアリアは慌てて医務室に駆けつけたのだ。

「医務室にいるんですねっ!あいつ!」

フラガ達を押し退けてミリアリアは医務室へと入っていった。






「どうしよう・・・」

フラガの声が空しく響く。

「どうしようって少佐ぁ〜!そんなモノ飲ませるからでさぁ・・・」とマードック。

ふたりきりでいる「いわくつき」の医務室の中、しかも男は大量の媚薬を飲まされた危険な状態。









───まあなるようになるんじゃないですか・・・?









慌てふためくフラガとマードックをよそにただひとりノイマンは笑うだけだ。

「子供じゃないんですから・・・ふたりとも」

密室となった医務室で何が起ころうとしているのか・・・そっちにちょっと興味もある。

まあ、なるようにしかならないかぁ・・・。












一体どうなるのやら・・・。

だが、不安な気持ちとは裏腹に、あの色っぽいディアッカがお嬢ちゃんことミリアリアにどう対処するのか・・・。

そっちが気になってしまっている「大人たち」であった。




───アーメン!




   (2006.3.1) 空

※  王道!「媚薬ネタ」です(笑)「記憶喪失」と「媚薬ネタ」と「振っちゃった」はディアミリの王道(・・・!?)だと
   私は思っています。(激爆)続編も書きますよ〜!(えー)


   妄想駄文へ   媚薬と呼ばれるもの(2)へ