「ああ・・・おまえお腹空かない?とっくにお昼は過ぎてるんだけどさ・・・」

ディアッカは傍らのミリアリアに尋ねた。プレイランドなんて正直くだらないと思っていたディアッカだが、意外やこれが面白い。ジェットコースターなんて最後に乗ったのはいつの頃だっただろう。まだそんなに昔の話じゃない筈なのに。
コーディネイターが成人するのはとても早い。十五歳で既に成人とみなされるので、ディアッカもこんなプレイランドなどは子供の遊びだと笑っていた。内々に飛躍的な潜在能力を秘めたコーディネイターのディアッカではあるが、同時に致命的なエラーも合わせ持っている。彼ら第二世代のコーディネイターの殆どの者が生殖能力に欠けるのだ。であるから子供を儲けることは半ば強制的に義務化されてしまっていて婚姻も遺伝子の相性が良い相手としか望めない。恋愛結婚などそれこそ夢のまた夢で、若者の間には『それまで好き勝手に遊んでおこう』といった早熟な性生活を送る者も少なくはない。十七歳のディアッカくらいの年齢にはもう複数の相手との性経験を持つ者が大半を占める。そんな彼らにとってプレイランドなど本当に子供の遊び場だ。とにかくコーディネイターの少年少女は急速に大人になる事を要求され、閉ざされた未来を生きるのが定めだとも言える。





プレイランド(3)





「悪い。レストランまでは予約していなかったんだ。どう?ホテルのランチでも構わないか?」

ディアッカは申し訳なさそうにミリアリアに提案した。

「そんな・・・わざわざホテルのレストランじゃなくても大丈夫じゃないですか。あそこのスタンドでホットドッグやクレープを売っていますよ。私はあれで充分です」

そんなミリアリアに言われて辺りを見渡すと、確かに小さな店舗があちこちに点在している。平日だけにあまり混んでもいない様子だ。

「・・・なんだよ?こんなものでいいのかよ。せっかくなんだからもっと美味しいものを食べたいって思わない?」

「でも・・・私はレストランで食べるよりクレープの方がいいんですけれど・・・いけませんか?」

「そう?おまえがそれでいいなら別に構わないぜ。もっともレストランは夕食に行けばいいんだろうしな」

「だったら・・・あそこのクレープ!いいですよね!」

「お、おい!待てよ!」

ディアッカの返事もそこそこにミリアリアは彼の腕をぐいぐいと引っ張ってクレープスタンドへと連れてゆく。実はさっきから鼻腔をくすぐるいい匂いがしていたのだ。スタンドの前に立つとミリアリアはあれこれメニューを片っ端から覘いて物色を始めた。

「あ〜!これ美味しそう・・・!でも高いなあ・・・」

「どれだよ?」

ミリアリアの肩越しから首をすくめたディアッカが声を掛けた。

「・・・高いって・・・これが?」

───見ればそれは¥800のフルーツクレープだった。ディアッカの想定していた食事の金額にはまだ『0』がひとつ足りない。

「本当にそれでいいのか?」

「はい。これがいいのですけれど・・・」

なんとまあ安上がりなランチなのだろう。ディアッカはフッと息をつくと店員にクレープとオレンジジュースをふたつづつ注文した。アイスクリームとピーチスライスが入っているそれはかなりボリュームのあるクレープだ。近くのベンチに腰を下ろすとミリアリアはさも美味しそうにクレープを食べ始めた。
常日頃思う事だが、ミリアリアはディアッカが買ってきたケーキや果物をいつも嬉しそうに食べていた。
『こんな贅沢なもの・・・』と彼女は口では言うのだが、切り分けて出してやると実に幸せそうな顔をするのだ。

(そうか・・・こいつもコロニー出身だっけか)

ディアッカ達が破壊したミリアリアの出身地のヘリオポリスは鉱物資源採取のためのコロニーだった。だとしたら新鮮な果物などはある意味贅沢品に違いない。地球。オーストラリア大陸はまだまだ自然が色濃く残っているからこそ新鮮な果物が入手出来る。彼女はきっとその事をよく知っているのだろう。些細なことを喜ぶミリアリアを見ているとディアッカの口元も自然にほころぶ。

自分の顔ほどもあったクレープをペロリとたいらげてミリアリアは笑う。

「あ〜!美味しかったぁ!ご馳走様でした!」

「いえいえどういたしまして。さて、食べ終わったところでおまえ今度は何をしたい?」

ディアッカが手渡したガイドマップを広げてミリアリアは食い入るようにそれを見る。

「あ・・・!」

「ん?なんかあった?」

「子供動物園がある!ここ!ここに行きたいです」

『子供動物園』とは言葉通り動物の仔を集めた所である。仔犬や仔ヤギに仔猫、仔馬などがこじんまりとしたブースで飼育されているのだ。

「可愛い仔犬いるかなあ・・・」

「なんだよ!ボートとか乗らなくてもいいのかよ」

「犬の方がいいですっ」

ちょっとムクレたミリアリアの表情が愛らしい。まるでその辺にいる幼児の様にくるくると変わる表情だ。

「はいはい。どこでも行きましょうね?あなたさま」

ディアッカはクククと笑いながらミリアリアの後からついていく。ワンピースの裾を翻して小走りで目的地へと向かうミリアリアはやっぱりここでも楽しそうだ。

小さなゲートをくぐり抜けて『子供動物園』に入っていくと甲高い泣き声と共にミリアリアの足元に柴犬の仔が寄ってきた。

「可愛い・・・!」

ミリアリアはそっと仔犬抱き上げると、先ほど抱いたコアラの感触が甦って来る。生きているものはこんなにも温かい。小さくても命あるものの証だ。
仔猫が戯れている。その様子を見て、ミリアリアが抱いていた柴の仔犬はぱたぱたと暴れ、彼女の腕から飛び降りた。次に彼女はキジ虎模様の仔猫を抱いた。そんな動作を何度も何度も繰り返す。気が付けばもう時刻は夕方の五時を廻っていた。

(こんなののどこが楽しいんだか・・・)

ひとしきりそれらを眺めていたディアッカは少し退屈に感じ始めていた。なにしろ意識だけは大人の彼である。こんな動物園よりもデートならもっといい『お愉しみ』というものがある。

「なあ?ここはもういいだろう?ほら、ボートに乗ろうぜ!」

今度はディアッカがミリアリアの腕を取って放さない。ハイヒールを履いたミリアリアは少しよろけながら強引なディアッカにひき廻された。

「ちょっと・・・ちょっと待って下さい!私そんなに早く歩けませんっ」

クククと片頬を持ち上げてディアッカが笑う。先ほどまではミリアリアの希望を叶えてやろうと思っていたディアッカではあるが、やはり女は強引に連れまわすのが愉しい。お遊びの時間はここで終わりだ。




───パシャ。



不意にシャッター音が聞こえた。ディアッカとミリアリアは音がした方向を見ると、老人がレトロなデザインのカメラをふたりの前に向けていた。

「お嬢さんがた。記念にセピアカラーの写真はいかがかな?」

そう言って、老人は今しがた撮った写真をふたりに見せた。最初からカメラに特殊なフィルターセットしてあるのだろう。セピア色にくすんだ色調は大昔のCE以前を思わせた。そこには少年に強引に手を引かれながらも楽しそうに笑っている少女、そんなふたりの姿が写っていた。

「ふうん・・・結構いいかもねこれいくらなの?」

ディアッカの言葉に老人が答える。

「お好きなポーズ三枚で千アードだよ。今撮影したものはサービスでプレゼントしましょう」

「それじゃお願いしちゃおうかな!今時セピア色の写真だなんておもしろいじゃん」

ディアッカはミリアリアを引き寄せると老人に向かって笑って言った。

「写真撮るのですか?」

この状況を楽しんでいるディアッカに対し、ミリアリアは少しだけ不安そうな顔をした。

「今は3Dが主体だろ?写真もフルカラーばかりだから、こんな単色使いの写真なんてめったに撮ってはもらえないぜ?」

「でも・・・」

「ほら、いいから!」

ディアッカはミリアリアの肩を抱き寄せると老人に合図を送る。

───パシャ。

「はい、もう一枚いきますよ〜!」

──パシャ。

「じゃ、最後の一枚です。ポーズはこのままでいいですか〜?」

「・・・ん〜!ちょっと待って」

ディアッカは更に強引にミリアリアを抱き寄せる。互いの頬と頬をくっつけるようにして身体を密着させた。

(やだ・・・!)

老人はそんなミリアリアの狼狽した顔を、シャッターチャンス!とばかりに撮影した。

「ああ・・・!いいポーズでしたねえ〜!お似合いですよふたりとも!」

昔のカメラと違って撮影した写真はそのままPCでトリミング処理を施し出力される。

「ああ・・・これはいい写真が撮れましたねえ。今日の記念に最高ですよ」

老人はディアッカに出来たばかりの写真をパッケージに入れて手渡した。

代金の支払いはディアッカの胸のガーネット色のパスポートバッジにセンサーを当てればいい。一連の手続きの後、老人は「ありがとう」と言葉を掛けて、にこやかにふたりを見送った。

「ほら、今度こそボートに乗ろうぜ!」

ボート乗り場までミリアリアを強引に連れてくると、係員が笑顔で出迎える。

「いらっしゃい〜!おふたりさまで?」

「ああ。だから小さいボートでいいよ」

「はい毎度!じゃあこちらの小型のやつに乗って下さい」

係員が引き寄せたボートにディアッカは自ら先に乗り込むと強くミリアリアの手を取った。もとよりハイヒールのミリアリアはバランスを崩し、いとも容易くディアッカの胸に抱き込まれる。

(あ・・・)

真っ赤になって俯くミリアリアの様子にディアッカはご満悦だ。

「ほら、ちゃんと掴っていろよ!でないと落ちるからな・・・!」

自分から危険な目にあわせておきながら、ディアッカはクククと口の端で笑った。だが、次の瞬間その笑いも急速に真顔になってしまった。

ミリアリアの手がディアッカの内ポケットにある何かに触れた。
『く』の字に折れ曲がったこの硬い感触をミリアリアは覚えていた。



───銃。



ミリアリアは静かにディアッカを見上げると寂しそうに微笑み、ボートに腰を下ろした。
ディアッカもつられてボートに腰を下ろす。キイ・・・キイ・・・と軋むオールの音と共にディアッカはボートを漕ぎ出す。

「・・・・・・」

見上げれば空はいつしか黄昏の時を迎え、夕日がミリアリアの顔をオレンジ色に染め上げる。

「・・・・・・」

どちらとも話すことのないまま水をかくオールの音だけが響いているだけだ。

「すみませんでした・・・」

先に話を切り出したのはミリアリア。

「私・・・自分が『捕虜』だということをすっかり忘れていました。自分勝手にはしゃいでしまって・・・申し訳ありませんでした」

ディアッカの胸にあるものは、何かあったらすぐにでも撃てる本物の銃だ。

「もう、充分に楽しませて頂きました。あなたも捕虜のお守りは大変ですよね?間もなく夜になりますから早めにここを出ましょう」

「・・・あ、ああ。じゃあホテルに行くか・・・」

「いいえ・・・。ホテルなんて捕虜が泊まる所ではありませんよ。このまま帰ればあなたはあと二日、自由に休暇を過ごせます。私の為に休暇を台無しにしないでください」

「だけど・・・!」

「今日は・・・ありがとうございました。捕虜の私なんかの為にいろいろ用意してくれて・・・嬉しかったです」

「・・・・・・」

「捕虜が楽しい思いをするなんて間違ってますよね。何もかも私には過ぎたものです・・・」








ディアッカには何も言えなかった。ミリアリアの言う事は正しい。捕虜の女とデートして、スイートに泊まるだなんて確かに常識からは外れていた。

「あなたの懐にある銃は・・・私を撃つためのものでしょう?捕虜が逃げ出さないようにこんな公の場でも持つ事を許されているんでしょう・・・?」

ディアッカの瞳をじっと見つめたまま、ミリアリアは囁くように・・・でもはっきりとした声で言った。

「もし・・・私が逃げ出したら・・・苦しまないように一撃で殺してください・・・」

「・・・・・・!」

それを聞いたディアッカの瞳に険しい色が走る。そして喉の奥から呻き声にも似た言葉が飛び出した。


「・・・解かってるんだったら・・・オレから逃げるな・・・!」


ディアッカから眼を逸らせてミリアリアはただ俯く。















───いつかあなたの傍から逃げ出そうとしたならば・・・その時はあなたの手で私を殺してください・・・。






既に日没を迎え、真っ暗になった夜の帳の中でミリアリアの声だけがディアッカの胸に沁み込んでゆく。
ディアッカの瞳にはもうミリアリアの姿ははっきりとは見えなかった。






───こうしてミリアリアの『シンデレラ・リバティ』は終わりを告げた。







           闇に染まりつつある夜の訪れを残したままで───。








   (2006.4.27) 空

   ※  ようやくプレイランドを書き終えました。ここから後はお解かりでしょうがどんどん重くなって行きます。
       『捕虜』はやはり人間扱いされないのでしょうか・・・?


    
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