オーストラリア大陸の奥地は今だ未開拓の所も多い。
CE以前は大規模な開拓案も出されていたようであるが、もうすっかり少なくなった自然は残すべきだとのことで、ここだけは大規模な開拓とは無縁の世界を保っている。

ディアッカは目下預かり中の捕虜の少女とふたり、この奥地にあるプレイランド施設へと車を走らせていた。





プレイランド(2)






「もう、2~3キロで目的地に着くよ。地球上でも稀な広さのプレイランドだから1日いてもおまえだったらきっと飽きないんじゃない?」

隣の助手席にちょこんと座っているミリアリアにディアッカは笑いながら言った。
上官であるクルーゼの命令とはいえ、捕虜の女に『気晴らし』をさせろとは、おかしな事態になったものだ。
一応の体裁を整えてワンピースや小物一式を揃えてやったのだが、これは自分の想像以上に彼女によく似合っていた。
来る途中、予約しておいた美容院でミリアリアに磨きをかける。
薄化粧を施し、外はねの髪もセットして、見ればナチュラルでありながら彼女はとても可憐だった。

「あの・・・本当にコアラっているんですか・・・?」

頬を蒸気させながらミリアリアはディアッカに尋ねる。その仕草がまた可愛い。

「大丈夫だよ!昨日ちゃんとプレイランドに確認してあるよ!」

まったくおかしな女だとディアッカは思う。16歳の女ともなればおしゃれやショッピングに夢中な年頃であろうに、よりによってプレイランドに行ってコアラを抱きたい!だなんて絶対に変だ。少なくとも自分の周囲にはこんな女はいなかった。

暫くうっそうとした樹木の間を走り抜けると、急に視界が広がるのをディアッカは感じた。

「ここを上ればプレイランドの正門だった筈だが・・・」

その言葉どおり、やがて大きな看板と銀色の鈍い鉄柵が視界を覆う。

「ほら、着いたぜ?」

(・・・・・・)

こんな広大な敷地だというのに、人影も疎らな様子にミリアリアは躊躇する。

「本当にここなんですか・・・?」

ミリアリアが想像していたのはもっと賑やかで明るい場所だったのだが、ここは妙に人の気配というものがない。

「人工物は出来るだけ排除してあるんだよ。でも、この先また3キロくらい行くと、遊園地になっているから後でそっちにも連れて行ってやるよ」

ディアッカはクククと笑うと、銀色のゲート前で車を止めた。
キキ・・・ィという金属の軋む音と共にゲートが開くと、中から数人の係員がディアッカの身分証を検める。

「本日のご予約を頂きましたディアッカ・エルスマン様・・・え・・・と、二名様ですね?」

「ああ・・・」

「ようこそお越し下さいました!お話はお伺いしておりますので、どうぞこのままお車で次のゲートまで進んで下さい」

「サンキュ!あ、ちょっと待って」

愛想のいい係員たちをその場に待たせてディアッカは懐から札入れを取り出すと、そのうちの数枚を係員に手渡した。

「悪かったね・・・!無理いってさ?せめてものお詫びにそれでみんなで何か食べて?」

(・・・・・・!)

ディアッカに渡された札の額に係員は度肝を抜かれた。
それはチップにしてはあまりにも高額で、この場にいる係員全員分の日当よりも遥かに多かったのだ。

「あ・・・こんなによろしいので?」

チップを貰うのに慣れた連中でも、さすがにこんな金額は初めてだっただけに御礼の言葉もぎこちない。

「ああ。足りるか?」

「め、めっそうもございません!こんなにたくさん・・・ありがとうございます」

一礼をして係員はディアッカを奥へと促す。ここから先はどこまでも真っ直ぐな道だ。

「じゃあ、通らせてもらうよ」

そう言って、まるで何事も無かったかのようにディアッカは車を発進させた。
その様子を黙って見ていたミリアリアが口を開く。

「もしかして・・・ここって一般人は入れない所なのですか・・・?」

普通のプレイランドには入場券を買う為のブースがあり、客は皆、整然と並んで入場券を買い求めるものだ。
だが、こんな車に乗ったままで、しかもチップを渡す必要など通常では考えられない。

「・・・ん?いや、そういう訳じゃあないんだけれどさ?おまえコアラ抱きたいって言ってただろ?コアラ館は一週間前に予約を入れないと入れないからちょっとウラに手を回したのさ。ただそれだけだよ」

「予約・・・」

「まあね。でも問い合わせたら今日はどこも予約が入っていなくて大丈夫だっつーから心配しなくてもいいよ」

「・・・すみません。私何も知らなくて、無茶なお願いしてしまってごめんなさい・・・」

「こ~んなのはムチャのうちに入らないよ!」

ディアッカの脳裏には女から懇願された、それこそ無理無謀な「お願い」をされた経験が山の様にあった。
例えば、『今から半年前に予約を終了している特別ディナー・ショウに連れて行け』・・・だの、『天然ダイヤで指輪を作ってくれ』・・・だの。
その内容を思い出してディアッカは溜息をつき、車越しに空を見上げた。
それらに比べれば『コアラ館にちょっと裏金』なんてディアッカの小遣いで事足りる。微々たるものだ。

「あ、ほら。あれがコアラ館だ」

話し込んでいるうちにコアラ館に着いてしまった。
ディアッカは車から降りると助手席側のロックを解除して、ミリアリアの手を取った。

「ハイヒールじゃ歩きづらいだろう。こんなことならもっと動き易い服装にしてやればよかったなあ」

ミリアリアもそこらの女と同じようにブティック巡りを望むだろうと思っておしゃれなワンピースを用意したディアッカは、ミリアリアに済まなそうに詫びた」

「そんな・・・!私こんな高価な総シルクのワンピースなんて触ったこともないですよ!」

ディアッカの言葉に必死で応えるミリアリアの様子がとても可愛い。

「そうか?でも足元には気をつけて・・・オレから離れるなよ」

さりげなくエスコートをするディアッカの仕草はとても洗練されていて、ミリアリアをドキリとさせた。

(このひと・・・やっぱり良家の出身なんだわ・・・)

本人も意識していないところで。そう、例えばちょっとした仕草や行動で、ディアッカの育ちの良さが解かる。
こんなエスコートをサラリとこなす男はそうはいない。どう見ても上流階級出身であろう彼が、またどうしてZAFTなんかに所属しているのかミリアリアは疑問に思うのだが、それに対してディアッカの方は何も言わないし、ミリアリアも聞かないようにしている。

ディアッカに手を引かれ、ガラス張りのドーム型の建物へと入っていく。コアラの棲み処にするのだろうユーカリの木々を左右に見ながら、目的の部屋をノックした。臆病なコアラのためにここでは極力インターホンなど、音のする機械は使用を認められていないのだ。

ドアがカチャリと開いた。中から中年の愛想のいい飼育員とおぼしき人物が出てきて、ディアッカとミリアリアに一礼をする。

「コアラ館へようこそお越しくださいました。ディアッカ・エルスマンさまと、ご同行のお嬢さまですね?事務所から話は伺っております。あいにく一時間しか許可が降りませんが、どうぞこちらにお入り下さい」

中へと促されるまま、ディアッカとミリアリアはそっと飼育員の後ろからついて行く。

「お嬢さん、ほら、こちらにお待ちかねのコアラがおりますよ・・・!」

別の飼育員が一匹のコアラを抱いてミリアリアの前にやって来た。

「・・・ぅ・・・わあ!可愛い・・・!」

プックリとした丸い身体がボールの様だ。つぶらな黒い眼がミリアリアをじっと見つめている。

「どうぞ、抱いて御覧なさい。この子は人馴れしているので大丈夫ですよ」

そう言って飼育員はミリアリアにそっとコアラを手渡した。

恐る恐る手を伸ばして、ミリアリアはコアラを抱くと、意外な重さと温かさが伝わってきてミリアリアを喜ばせた。

「本当にコアラなんですね・・・」

感慨深げに呟くと、隣に居たディアッカがクスクスと笑う。

「・・・初めてコアラを抱いたご感想は?」

笑い声を押さえ、ディアッカがミリアリアに尋ねる。

「ぬいぐるみの中に使い捨てカイロが入っているみたい・・・!」

「・・・・・・」

一瞬の沈黙の後に、ディアッカと飼育員は声を揃えて笑ってしまった。

「は?なんつ~表現なんだよ・・・!ぬいぐるみって~のは解かるけれどさ?使い捨てカイロだなんて、おまえまさか愛用者?」

「・・・違いますっ!だってこの子すごくホカホカなんですよ!なのにこんなに丸くて可愛いなんて・・・すごいじゃないですか~!」

ミリアリアはコアラに頬擦りをすると、コアラがペロリとその頬を舐めた。

「きゃっ・・・!」

思わず顔を逸らせてミリアリアは笑った。それもこぼれる様な笑顔をディアッカに向けた。

(へえ・・・こいつってこんな顔もするのか・・・)

初めて見たミリアリアの笑顔に、つい引き込まれてディアッカも微笑む。

(笑うとこんなに可愛いんだ・・・)

華やかな美しさは無いが、妙に人懐こく、温和なミリアリアの表情はディアッカの気持ちをも和ませてくれる。今まで自分の周囲にはこんなタイプの女はいなかった。たかがコアラを抱いたくらいでこんなに喜ぶなんて心底意外だとディアッカは感じていた。





**********





「ほら、コアラ館は時間制限なんだから仕方ないだろ?次は遊園地の方に連れて行ってやるから早く乗れよ!」

時間制限のあるコアラ館を後にして、ディアッカは名残惜しそうなミリアリアに乗車を促す。

ちょっと残念そうな顔をしつつもミリアリアは車に乗った。再び景色は緑一色になって流れてゆく。
程なく遊園地のチケットブースに到着したが、ディアッカはブースゲートの横に車を停めたまま降りようとはしない。
横では遊園地の入場券を買い求める客が怪訝そうにこちらを眺めているのが気恥ずかしい。

「あの・・・駐車場は向こうじゃないんですか?」

周囲の視線に堪りかねたミリアリアがディアッカにそっと耳打ちする。
だが、そんなミリアリアの心配もよそにディアッカはクククと笑ったまま一向に動く様子もない。
やがて紺地の制服を着用したブースマネージャーがディアッカの車に駆け寄ってきた。

「あの・・・失礼致します。身分証を拝見しても宜しいでしょうか?」

「ああ・・・」

ブースマネージャーに言われるままにディアッカは身分証を提示する。

「し、失礼致しました!ただ今横のVIPゲートを開けますのでそのままどうぞお進み下さい・・・!」

(また・・・)

その様子を心配そうに見守っていたミリアリアはブースマネージャーのただ事ならぬ態度を不思議な面持ちで見送った。
チケットも購入しないで、しかもこんなVIPゲートを通って入場するなんていったいどうなっているのだろう。
そんな理解に苦しむ・・・といったミリアリアの表情に気が付いたディアッカはまたもやあざ笑うかの如き視線をミリアリアに投げた。

「遊園地内のホテルに予約を入れてあるんだよ。せっかくなんで最上階のスイートにしたのさ?そこの宿泊客は車で入場出来るから何の問題もないって事ね」

「・・・スイート・・・ですか?」

「あれ?もっと違うコテージ風の方かよかったのか?ここの最上階のスイートは夜景も綺麗だから絶対おまえも喜ぶと思ったんだけれどねえ」

「いえ!そうじゃなくて、わざわざスイートルームなんか予約しなくてもいいんじゃないかって・・・そう思っただけです・・・」

最高級であろうスイートルームを自分の為に用意してくれた事が、かえってミリアリアの気を重くした。

「でも、女の子って普通そういうの好きなんだろう?高級ブティックやブランドショップとかさ?今回はおまえの希望でプレイランド施設巡りになったじゃない?正直こんな安上がりなデートってオレは初めてだね」

「コアラ館の時間外予約にスイートが安上がり・・・」

コアラ館に突発に予約を入れるにしても、高級ホテルのスイートに泊まるにしても、相当高額だったに違いない。
この男の金銭感覚はミリアリアから見ればとてもまともには思えなかった。
ミリアリアの為に用意してくれたこの総シルクのワンピース一式も、一般人には手の出ない高級品だ。

「まあ、いいじゃない?そこに車を停められるから、そうすれば遊園地のゲートまで5分とかからないよ。それとこのバッジ胸に着けておいてくれる?」

「これ・・・何ですか?」

ディアッカから手渡された小さなバッジはガーネット色の綺麗な物だ。

「プレイランド施設どこでもフリーパスの目印。金が必要な場所でもそれがあればOKだから好きに使って」

「フリーパスポート・・・」

噂には聞いた事があるが、そんなVIP専用のものを見るのはミリアリアも初めてだった。

ホテルの宿泊客の専用の駐車場に車を停めて、ディアッカはまたもミリアリアの手を取ってエスコートをする。
ゲートをフリーパスでくぐり抜けるといきなり広大な遊園地の展望が開け、それはミリアリアを大層驚かせた。

「・・・こんなに広いんですか・・・!」

「だからさっき言っただろ?おまえなら一日いても飽きないだろうってさ?ほら、どこに行きたいんだよ!」

ディアッカはいつの間に用意したのか、プレイランド全景の案内図を持っていた。ガサガサと広げてミリアリアにそれを見せる。

「・・・どこって言われても・・・」

初めて来た場所なので、ミリアリアもどこに行きたいかまでは頭に思い浮かべられない。
そんなしどろもどろの彼女を眺めていたディアッカが嬉しそうに言葉をかけた。

「だったらオレに任せろよ・・・!」

ミリアリアの肩に腕を廻すとディアッカは歩調を速め、さも楽しそうにクククと口角を上げる。
そして到着した所はというと、『お定まり』といってもいいとても楽しい(ある意味オイシイ)アトラクション。

「え・・・!ちょっと待って下さいっ!ここって・・・!」

「やっぱりプレイランドの王道はジェットコースターだよな~っ!」
なんてさも嬉しそうに言う。

ミリアリアの狼狽もよそにディアッカは「ほら、早く前に進まないと後ろが支えているぜ」と、ミリアリアをグイグイ引き寄せる。

「わ・・・っ私こういうのダメなんです!もっと他のアトラクションにして下さいっ!」

「もう遅い。早く乗って」

ディアッカは自分から先に乗り込むと嫌がるミリアリアの腕を掴み、強引に引っ張って自分の体に密着させた。

「しっかり摑まっていれば怖くないよ」

安全バーが降り、ふたりの身体が固定される。係員の合図と共にジェットコースターは動き始めた。

カタンカタン・・・というレール音が不気味である。
すっかり強張ってしまったミリアリアを横目にディアッカはその肩を抱いた。
ゆっくりと上がって行くジェットコースターはやがてその頂点にたどり着くと一気に下降を始めた。

ゴオオオオオーッ!

唸るような轟音と一緒にあたりから叫び声があがる。だが、ミリアリアはディアッカに抱き寄せられたままの姿勢ですっかり固まっていた。「きゃあ~っ」という声も出せない程、もう余裕がないのだ。

(か~わいいねえ~!)

声も出せないミリアリアは本当に可愛い。そんな彼女を眺めながら、ディアッカはもう次のアトラクションを思い描いていた。

(もっと怯えた顔が見たい・・・)

なんとも意地悪で狡猾な男の考え。しかしこれこそがディアッカという男に不可欠な成分。

ジェットコースターがようやく終着し、安全バーが上がるのを確認してからディアッカはミリアリアに席を立つように促した。だが、ミリアリアは上手く立てない。あまりの恐怖感から腰が抜けてしまったのだ。

(おやおや・・・)

ディアッカはミリアリアの両脇に手を入れ、抱き上げてステップに移動させた。
そのままミリアリアはディアッカに体重を預けてよろよろと歩き出す。今にも倒れそうな身体を支えながら、またもディアッカはしっかりと自分の身体をミリアリアに密着させる。

「大丈夫か・・・」

ジェットコースターのブースから外に出ると、ディアッカはミリアリアが休めそうなベンチを見つけ、どうにかそこまで連れて行った。

「ほら、ここに座れよ」

ゆっくりと身体を屈めて、ディアッカはミリアリアを座らせようとした。その拍子に彼女の頭から帽子がずり落ちて・・・。

(・・・・・・)

ディアッカは黙り込んでしまった。

ミリアリアの大きな蒼い瞳からは行く筋もの涙が頬を伝い流れている。

(ああ・・・。やっぱりこいつはとても可愛い・・・)

自分からわざと弱い女を演じる奴をディアッカはゴマンと知っていたが、目の前の女はそうには見えなかった。
心底ジェットコースターが怖かったのだろう。ガクガクと震える身体は本当に頼りな気で見ている方が心配になった。

「いきなり怖がらせて・・・悪かったよ。飲み物買ってくるからここで待ってて?」

ディアッカの言葉にミリアリアは「コクン」と頷くとまた両の双眸から涙を流す。
自分でも信じられないような優しい声に驚くディアッカはすぐ横にある売店で飲み物を注文する。

飲み物を受け取りながら、ディアッカは思った。

この女は・・・今まで自分が遊びで付き合い、抱いた女達とは根本的に違うのだ。
男に媚びる仕草も無いし、甘えたり拗ねたりして男の気など引くこともしないのだ。
高価なドレスも、豪勢なプランも必要ない。
コアラの一匹を抱くだけで、あんなにも嬉しそうな顔で笑った女・・・。
飲み物を両手に持ち、そのひとつをミリアリアに渡すと、彼女は小さな声で「ありがとう・・・」と言った。

こんな可憐な仕草をする女をディアッカは他に知らない。

(今日はこいつの好きにさせてやろう・・・)

先ほどまで思い描いていた『ミリアリアを怖がらせるプラン』をディアッカはあっさりと放棄する。

いつもの自分らしくもない。女なんて適当に怖がらせて弄べばそれでいいのに、今日に限ってはそれは出来ない。
いや、正確には『したくない』






───素直で可憐なこのナチュラルの女はディアッカにとって、あまりにもか弱い存在だった。

それは自分の中にある保護欲を刺激して止まない。






(どうしちまったんだよ・・・!オレは!)







この状態を一番不思議に思い、戸惑いを隠せない自分・・・『ディアッカ・エルスマン』の姿がそこにはあった・・・。















  (2006.4.15) 空

   ※   すみません!またやってしまいました。3話まで書く事になろうとは・・・これはもういけませんね。
        いくら美味しいネタでも、既定のページで終わらせないとだめだめです。
        申し訳ありませんが、もう1話書きますので、どうぞお付き合いしてやって下さい・・・ああ、反省!

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