プレイランド
「ディアッカ・エルスマン。クルーゼ隊長がお呼びですので至急隊長の私室まで来て下さい」
ディアッカはいきなりクルーゼからの出頭命令を受けた。
訓練中にヘマをした憶えもないし、ここのところ実はクルーゼの顔すら見ていなかったディアッカである。
(オレにいったい何の用なんだ?)
ディアッカはクルーゼが好きではないので出来ることなら会うのを避けたいと常日頃思っているからか、つい身構えてしまうのはいつもの癖だ。
怪訝な表情を面に表さないようにしてクルーゼの部屋をノックする。
「ディアッカ・エルスマン参りました」
そう告げると、ドアの中から少しくぐもった声が聞こえてきた。
「ああ、ディアッカか。まあ入りたまえ」
「失礼いたします」
ドアを開くと、相変わらずいけ好かない仮面の上司が手前のイスに座るようにディアッカを促す。そして、窓から外を眺めやる。
「ここのところ晴天続きだな・・・」
「はあ・・・」
出し抜けに天気の話をされたディアッカの返事はとても冷たい。こんなやり取りをする為に自分は呼ばれたのだろうか。だとしたらいい迷惑だとディアッカは思う。
だが、次にクルーゼの口から飛び出した言葉は明らかにディアッカの虚をついた。
「呼び出したのは他でもないのだがね、ディアッカ。どうだね?あの女の子は元気でいるかね?」
「・・・あの女の子・・・と申しますと?」
「君に預けた捕虜の女の子だよ。少しは君にも打ち解けてきただろうか」
「はあ・・・。まあそれなりに元気ではおりますが、彼女が何か・・・?」
クルーゼの顔を直視しないようにしてディアッカは言葉を選ぶ。どうしてここであの女の話が出るのかその意図するものが解らない。
そんなディアッカの態度にクルーゼは口元に笑みを浮かべ、さらに突拍子もないことを言った。
「君は明日から三日間の休暇だっただろう?どうだね。別段予定がないのなら気分転換にあの娘を外に連れ出してみてはくれないかな」
「はぁ?」
ディアッカは思わず呆れた声をあげてしまった。
捕虜を外に連れ出せ・・・だなんていったいこの上司は何を考えているのか理解に苦しむ。
「まだ子供なんだ。あんな狭い部屋に閉じ込めておくのも可哀そうじゃないかね?彼女の為にどうだね?どこかに連れて行ってやってくれないかね・・・ディアッカ」
「お言葉を返すようですが、捕虜に気分転換なんて必要なものなのでしょうか?」
「まあ、あの子は特別だから、特にお願いしたいのだがね。どうしても聞き入れてはもらえないか?」
「・・・それはご命令ですか・・・?」
「うん・・・もし、君にその気がないのなら『命令』という事になるかな」
命令とあらば仕方がない
ディアッカはすぐさま敬礼を返すと、「では、ご命令とあらば謹んで拝命いたします」と、言葉少なく返答をした。
**********
踵を返して自室に戻る途中、ディアッカの足は何を思ったのか基地内にあるショッピングモールへと向かう。
(そういえば・・・あの女には服の一着も買ってやっていなかったんだよな・・・)
お菓子や果物のような嗜好品なら毎日のように買って帰っていたのだが、さすがに着る物までは思い浮かばなかった。
ミリアリアがいつも着ているのはザフトの緑の軍服だが、本来なら白い囚人服で過ごすのが一般的な捕虜の服装であるから、彼女の服装はむしろ破格の扱いである。であるから、ディアッカの気がそこまで回らなかったのは当然だったのかもしれない。
だが、クルーゼから彼女を外に連れ出す命令を受けた以上、それなりの格好をさせる必要がある。
(女の服なんて面倒な・・・!)
そう思いながらもディアッカは一軒のブティックで足を止めた。
(ふうん・・・こういうの似合いそうじゃない?あの女)
ショーウインドウに飾られているそれはヒラヒラとはいかないまでもちょっと丈の短いワンピースだった。
スクエアにカットされたネックと袖口には繊細な細工を施されたレースがふんだんに使われていていかにも高級感が漂う。
淡いオレンジ色のサテンシルク素材で、値段を見ればそこそこの額だ。
「いらっしゃいませ」
ディアッカがブティックに入っていくと、愛想のいい店員が事細かに服の説明を始めた。
「こちらのドレスですか?こちらはシリーズセットになっておりまして、バックや靴、肌着からストッキングに至るまでトータルコーディネイトが楽しめますよ。よろしかったらご覧になりますか?」
そうか、服を買ったら靴やバック、帽子などの小物も必要になるのだ。ディアッカは店員に進められるままに小物に一通り眼を通すと、いとも簡単に言ってのけた。
「じゃ、それ全部もらうよ。それと、同じ肌着をもう一組用意してくれる?」
「・・・全部よろしいのですか?」
先ほどまで饒舌だった店員の口が急に重くなった。
トータルの金額はびっくりするほど高額で、店員の給料のゆうに三ヶ月分以上にあたるからだ。
「カード使えるよね?一括払いにして」
(・・・・・・!)
ディアッカが提示したカードを見て、店員は絶句してしまった。
なにしろそれはお金持ちだけが持つことを許されるVIPカードなのだ。
どう見ても二十歳そこそこであろう青年がこんなカードを持っているなんて、とてもじゃないが信じられなかったのだ。
更に、カードに明記されていた名前を見て、今度こそ店員は腰を抜かしそうになった。
(ディアッカ・エルスマン・・・!エルスマンってフェブラリウス市長家の・・・?)
だとしたら店員の目の前にいる男は紛れもなく上流階級の出身だ。
「それ・・・後でここに届けてもらえる?」
ディアッカは事も無げにZAFTはカーペンタリア基地の宿舎の番号を店員に告げると、何もなかったかの様に店を出た。
(さて・・・どこに連れていくか・・・)
途中、いつものようにケーキを買ってディアッカは思案に暮れる。
自分がいつも遊びで付き合う女達はこぞって高級ブランドの店や一流のレストランでの食事を好んだものだ。
だが、ディアッカも金を掛けた分は抜け目なくいつも元を取っていた。
一夜を共にして相手を骨抜きにさせた後は決まって高額な物をプレゼントされた。
別段強要したわけではない。ディアッカに夢中になった女達が自発的に貢ぐのだ。
でも、ディアッカはそういう類の女達とはいつも早々に手を切っていた。思い込みの激しい女は面倒くさい。
ただし表面上は育ちの良さもあって、実にスマートに女達と距離を置くのが常だった。
(おやまあ・・)
明日の行き先をあれこれと思いながらいつの間にか宿舎に着いてしまっていた。
(・・・あいつに直接聞いたほうが早いか・・・)
ケーキを切り分けてもらっているうちに聞けばいい。
───パシュッ。
ディアッカは自室のロックを解除するといつものようにミリアリアに声を掛けた。
だが・・・返事が無い。もう外は夕闇が広がり始めているというのにまだ灯りも点けてはいなかった。
(どうしたんだ・・・?)
灯りを点けて辺りを見回すと、ミリアリアはテーブルにうつ伏せたままの状態で眠っていた。
あどけない寝顔にディアッカも口元がほころぶ。
(ああ、化粧品も与えていなかったんだっけ・・・)
化粧を全くしていないというのに、この女は可愛らしい。下卑たアクも無ければ気取ったところも無く、そういう素朴さは意外とディアッカの好感を誘った。美人ではないが、着飾ったらきっと映えるに違いない。
ケーキの箱を机の上に置いて暫くその寝顔を堪能する。その寝姿はまるで子猫や子犬を思わせて、ディアッカはさらに笑みを浮かべる。
と、ふとテーブルの上に置かれている布に彼は眼を奪われた。
(これは・・・)
手に取って見ると布は大きく広がり、背の高いディアッカの身長よりもなお長かった。
(ああ・・・オレが用意してやった刺繍のセットで作っていたやつか・・・)
それはディアッカと同衾して以来、ずっとミリアリアが作っていた物だ。パッチワークとかいうらしいが、ディアッカにはよく解らない。
所々にステッチが入っている。『Dearka』とは自分の名前ではないか。
しかしディアッカは別段気にも留めず、布を畳むと元通りテーブルの上に置いた。
───PON。
インターホンが不意に鳴ってディアッカはギクリと身を起こした。
『失礼します。ディアッカ・エルスマン。ブティックより包みが届いています。危険物探知機での検査済みですが、中に運んでもよろしいでしょうか?』
(早いねえ・・・もう届けに来たのかよ!)
ディアッカが自室のロックを解除して中に招くと、アカデミーの下級生と思われる少年がカートでいくつかの箱包みを運んできた。
「こちらで全部になります。受け取りは舎監の方で済ませてありますので、どうぞ中を確認して下さい。
「ああ、いいよ。中身は何だか解っているからそこに置いて」
その言葉に少年は頬を紅潮させ、敬礼をしてディアッカの部屋を退いた。
「あ・・・。お帰りなさい」
ミリアリアの声にディアッカはハッと振り向いた。今のインターホンで彼女を起こしてしまったようだ。
「ああ、ごめん。起こしちまった?でも丁度いい。おまえちょっとこれ開けてみて。
そうい言ってカートに乗った箱包みを指す。
「・・・何ですか?これは」
「まあいいからちょっと開けてみて」
ディアッカの求めにおそるおそるミリアリアは箱を開けた。
「・・・ドレス?」
「ああ。明日からオレは三日間の休暇なんだけどさ?上司の奴がおまえをどこかに連れて行ってやれってさあ・・・捕虜に気晴らしなんかさせていいのかよって思うんだけど命令だから仕方がないってね。でさ?そのZAFTの軍服じゃマズイからオレが勝手に用意したんだ。どうだ?着れそうか?」
サイズを確認するとそれはまさにミリアリアのジャストサイズで、そのことに彼女は驚いてしまう。
そして箱からドレスを出してみて彼女はさらに驚いた。
「これ・・・総シルクじゃないですか・・・こんな高価なもの!」
こんな上質のサテンシルクのドレスなんてミリアリアは触ったことすらない。
しかし目の前の男は別段変わった様子も無く、「そうか?」などとのんきなことを言っている。
ミリアリアにはとても手の出ない高価なドレスもこの男にとってはたいしたことなど無いのだろうか。
「靴やバックや小物まであるからちょっと身に着けて見てくれない?サイズが合わなかったら交換しないとマズイんでね。ああ・・・オレ、シャワー浴びてくるからそれまでに着替えてて」
投げやりな言葉を言い残してディアッカはシャワーを浴びに行った。
残されたミリアリアは躊躇しながらも全ての箱を開けてみた。男の言葉通り、靴にバッグに帽子・・・そしてストッキングや肌着まで全て揃っている。
いったい全部買ったらいくら位するのだろう。そう思いつつもミリアリアはそっとドレスに着替えてみる。思った通りサイズはピッタリで、ブラジャーやショーツにいたっては身に着けなくとも合うのが解った。ヒラヒラしたものではないが、光の加減で白くもオレンジにも見える品の良さはディアッカという男のセンスがいかに見事であるかを物語っている。靴も可愛らしい。少し幼げに見える帽子もミリアリアの好みだった。
「へえ・・・よく似合ってるじゃない?」
いつの間にかディアッカがシャワーを浴びて出てきていた。
ガウンを羽織っただけの姿で、オールバックにしている髪もなだらかなウェーブを描き、額の上に落ちている様は女以上に艶かしい。
「サイズは問題なさそうだな。小物もいい感じだし・・・」
「あの・・・私これを着て明日どこに連れて行かれるのですか・・・?」
「連れて行かれる・・・?ってなんだよそれ!」
ミリアリアの『連れて行かれる・・・』との言い草にディアッカは笑い出してしまった。
「ああ、笑ってゴメン。まだどこに行くかは決めてないんだけれどさ?おまえはどこへ連れて行って欲しい?」
正直なところ、ディアッカの頭の中ではもうすっかりプランが出来てしまっていた。今まで付き合った女達は皆、ショッピングや高級レストランに連れて行けばまず間違いなく喜んだ。この女もきっとそうだろう。そして後はお定まりのホテル行きで締めくくられる。
ところが、ミリアリアの口から告げられた行き先の希望はディアッカにはおよそ想定外の場所だった。
「あの・・・この近くには遊園地ってないのですか?」
「へ・・・?」
それを聞いたディアッカの眼が丸く見開かれる。何といった?この女は。自分の聞き間違いか?
「じゃなければ・・・動物園・・・じゃだめですか?」
「なあ、おまえそれ本気でオレに言ってるの?遊園地に動物園だなんて・・・今どきのガキも言わないぜ?」
呆れたようにディアッカは口の端でクククと笑った。
「わたしは小さい頃にヘリオポリスに移り住んだので・・・その、遊園地とか動物園ってあまり行った事が無いんです。ここはオーストラリアのカーペンタリアですよね?だからもしかしたら大きなプレイランド(遊園地)施設があるかなって思って・・・」
「プレイランドに行っておまえ何がしたいの?」
ディアッカの呆れたような質問にミリアリアはちょっと頬を赤らめて、それでも真剣な顔でこう言った。
「・・・コアラって一回でいいから抱いてみたかったんです・・・」
「・・・・・・」
「だめですか・・・?」
「・・・・・・あ〜っははは・・・!」
ディアッカは腹を抱えて今度こそ大声で笑い出した。
「・・・本当にそこで良いんだな?プレイランドならここから四十キロくらい行った先に大きな複合施設がある。確かコアラの飼育施設もあったはずだから、ご希望通りコアラも抱っこ出来るぜ」
「本当ですか!」
「一度視察に行った事があるから間違いないよ」
瞳を輝かせてミリアリアはコクコクと頷いた。その仕草が幼い女の子を見ているようでディアッカはまた笑ってしまった。
「それじゃ明日は早いから、おまえもさっさとシャワーを浴びて来い。その間にオレは夕食を持ってくるよ」
「はい。でも・・・」
ミリアリアはそこで言葉を詰まらせる。
「前から気になっていたのですが、本当ならあなたはお友達と一緒に食堂で食べなければいけないのではないですか?」
AAにいた頃、ミリアリアは交代で食事を摂っていた。ここも軍の施設なのだ。だが、この男はいつもミリアリアと一緒に食事をしている。
「あ?ああ。オレの場合は特別に許可が下りているから問題ない」
「そうじゃなくて・・・私のような捕虜と一緒では食事も美味しくはないんじゃないかと思って・・・」
「・・・別に。野郎ばっかりじゃつまらないよ。無理にここで食べているわけではないね」
「ならいいのですが・・・ご迷惑ばかりかけてごめんなさい」
ミリアリアは俯き加減でディアッカに言う。
「オレは命令通りやっているだけだからおまえが気にすることはない。それより早くシャワー浴びて来いよ」
「はい・・・」
「じゃ夕食持ってくるからな」
ディアッカはガウンを脱いでそそくさと軍服に着替え、ドアの外に出ようとした。
そのディアッカを後ろで呼び止める声がする。
「・・・私にお気遣いをありがとうございます・・・」
微かに微笑んでミリアリアは浴室のドアを閉めた。
───ありがとう・・・ね。
もう、幾度となくミリアリアから聞いた言葉である。
しかし、その言葉はミリアリア以外の誰からも聞かされたことがない。
(いい言葉だな・・・)
ミリアリアの微笑みと共に、それはいつまでもディアッカの脳裏に焼きついていた。
(2006.3.10) 空
※ 「熱をもつ氷(3)」の間に挿入される補完文です。この話の後に「懐中時計」のエピソードが入るのですが、
予定外に長くなってしまいました。でも、ここで現在の状況をきちんと背景に設定しておかないと次で苦労しそうなので、
思いきり説明補完文として書かせていただきました。ですので「プレイランド」はもう1話書き上げます。
2話目は・・・きっと甘くて切ない展開になると思います(ってこんなにネタバレしていいのか!この管理人は!)
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