オレがそのことに気づいたのはいつの頃だっただろうか。
俗に言う思春期という年頃は感受性も強く、その日その時の出来事は強い印象を残して後々まで思い出として記憶に残るものだと聞いた。
だが・・・オレはその思春期に差し掛かっても印象に残る出来事など皆無。
何をやっても面白いことなど無かったし、たとえあったとしてもすぐに飽きてそれらに夢中になりはしない。
なまじ裕福な家庭の末子とあってはせいぜい政略結婚の駒に使われるまでの間しか自由になる時間も無いのだ。

春の宵闇にミリアリアと出逢った。

その時はただ単に、「可愛い娘だな」位にしか思わなかった。どこにでもいるような平凡な女。それ以外の何ものでもなかった彼女。その証拠に彼女が新学期からオレの学校の教師になると聞かされてもオレはたいして驚きもしなかったのだ。

春の宵闇にミリアリアと出逢った。

舞い散る桜の花びらに包まれたミリアリアの姿は何故か妙に儚げで、気がつけば自然、オレは彼女の後を追っていた。
思わず声を掛けてミリアリアを呼び止めると、彼女は大きな瞳に僅かな日没の陽の光を宿して不思議そうにオレを見つめた。
別に・・・彼女を女として意識したわけではない。あまりにも無防備なのでついからかってみたくなっただけだ。
強引に引いたミリアリアの腕は細く、このまま力を加えたらポキリと折れてしまうかもしれないと思い、慌てて腕を引く力を緩めたらミリアリアは大きくバランスを崩し、オレは彼女の肩を抱いていた。

春の宵闇にミリアリアと出逢った。








Red piano wire   Side 「D」








教師として赴任したミリアリアは、いつも窓から外を眺めていた。
青空が広がる晴れの日も薄暗く鬱蒼とした雨の日も、いつも外をを眺めていた。
彼女がこの特設校に赴任してきた本当の理由は、ともすれば学校を見下すプライドの高い学生の出席率を上げる為の生け贄みたいなものであって、彼女の教師としての才を認められた訳ではないことぐらいとうにオレには解っていたがそれは・・・彼女も重々承知していたようにオレは思う。
それでもミリアリアは自分の職務を淡々とこなしていたし、事実、彼女が赴任してから学生の出席率が目に見えて上がっていた。
選ばれしエリート連中にはミリアリアのような平々凡々とした日常臭さが結構新鮮に映ったのかもしれない。
かく言うオレ自身もそんなミリアリアを見ていると不思議と心が落ち着くのだ。
何気ない仕草。例えば嬉しそうに花壇の花に水をやっているところだとか、大きな口を開けてケーキを食べ、喉に痞えコホコホと咳き込むところだとか、ああもうそんな仕草は上げればキリがないのだけれど・・・とにかくこの女、ミリアリアは可愛いという表現が似合う。マジで5歳も年上だなんて信じる方が難しい。

オレがそのことに気づいたのはいつの頃だっただろうか。

ミリアリアを見ていると妙に切ない気分になる。
胸騒ぎがする。焦りが生じる。置き去りにされるような不安ばかりが広がってゆく。
やがてその不安は・・・日が経つにつれ、
何かに唆されるような、そう、ちょっと後ろめたさにも似たばつの悪さを伴うような、そんな痛みにすりかわってオレを責める。
でも、ミリアリアから目を逸らすことは・・・それでもオレにはできなかった。

ミリアリアに逢いたい。四六時中彼女のことを見つめていたい。

だからオレは彼女の後を追いかける。彼女の姿を見失わないように。宵闇に紛れて影を隠して。




春の宵闇にミリアリアと出逢った。

なのに彼女は自分が教師なのだと、そしてオレはその生徒なのだと頑なに言い張る。
なぁ?教師って何?おまえはオレに何が言いたい?
どうして自ら壁を作るような真似をするのかオレにはまるで解らない。
ねぇミリアリアオレに教えて?だって・・・だっておまえは教師なんだろ?

女を抱く時は妙に気分が高揚する。その理由をオレは勿論知っている。
女が欲しがるもの、ああ、快楽とかそういった類のモノならオレはいくらでも与えてやれる。
ねぇミリアリアオレに教えて?だって・・・だっておまえはオレの教師なんだろう?
おまえはいったい何が欲しい?何を与えればおまえはオレの存在を認めてくれる?

そして・・・こんなにもおまえの傍に居たがるオレはいったいどこがどうなっているんだ・・・?

『でもあんたは寂しくないの?見境無く相手を取り替えるなんて感心しないし・・相手の女性も可哀そうだと思わないの?』

そう言うおまえはオレの何が解る。
おまえは何が欲しい?何を与えればおまえはオレの存在を認めてくれる?
なのにおまえは自分が教師なのだと、そしてオレはその生徒なのだと頑なに言い張る。
なぁ?教師って何?おまえはオレに何が言いたい?
どうして自ら壁を作るような真似をするのかオレにはまるで解らない。
ねぇミリアリアオレに教えて?だって・・・だっておまえは教師なんだろ?
だからオレはおまえの後を追いかける。おまえの姿を見失わないように。宵闇に紛れて影を隠して。

こんな感情をオレは知らない。いや、ただ気付かなかっただけだというのだろうか。



・・・・・・



あの夜、オレはようやく自分が何者であるかを知った。
ミリアリアを追う男が3人・・・オレの前を走っていたあの夜。
無防備なミリアリアを襲う男達の姿が自分のそれと重なった瞬間、オレが望んでいるものをここに見つけた。

(ああ・・・そうだったのか)

ストーカと成り果ててまでミリアリアの傍に居たいと願う感情。多分恋。




春の宵闇にミリアリアと出逢った。

赤い糸で結ばれた恋を運命と呼ぶのなら間違いなくこれは運命の恋だ。
彼女へと続く運命の赤い糸。
でも・・・それは手繰り寄せるとプツリと切れてしまいそうな儚さでオレを翻弄する。
だからどんなに遠く離れても手繰り寄せられる強さが欲しい。
目に映らないくらい細くとも切れないあのピアノ線のような・・・そんなしなやかな強さが欲しい。
オレの小指と彼女の小指を結ぶ糸はピアノ線。
強く手繰り寄せると指が傷つき糸はきっと赤く染まる。
さすれば赤いピアノ線。
運命の糸はしなやかな強さを持つ鮮やかな赤───。



男達からミリアリアを救い出す。では何の為に?それはオレ自身の為に。もう解っている。

オレの背中で眠ってしまったミリアリアを今度こそ自分の傍に置いておく為に。まるで誘拐のようだ。
笑ってもいいぜ?オレはおまえの過去の男の存在にすら嫉妬している。渡したくない。どこの誰にも。

自分の部屋に彼女をそっと横たえる。
ところどころ破れたブラウスとスカートを剥ぎ取って身体中を拭き、清めてやる。
生々しい傷跡から血が滲んでいる。
怖かったことだろう。そしてさぞ痛かっただろう。でもそれはオレの上っ面の感情でしかない。
だってオレ自身が奴らと同じことをしたかったのだから。
傷だらけのミリアリア。でもオレはそのミリアリアの身体にもうひとつ傷をつけた。

おまえは知らない。

オレはおまえの小指に消えない傷をひとつつけた。

いつか本で読んだ赤い糸伝説のままにオレの小指とおまえの小指を糸で結んできつく縛った。
やがて・・・きつく結んだ糸が指に食い込みそこから赤い血が滲み始めた。血で染まった赤い糸。
赤い糸で結ばれた恋を運命と呼ぶのなら間違いなくこれは運命の恋だ。
彼女へと続く運命の赤い糸。
でも・・・それは手繰り寄せるとプツリと切れてしまいそうな儚さでオレを翻弄する。
だからどんなに遠く離れても手繰り寄せられる強さが欲しい。
目に映らないくらい細くとも切れないあのピアノ線のような・・・そんなしなやかな強さが欲しい。
オレの小指と彼女の小指を結ぶ糸はピアノ線。
強く手繰り寄せると指が傷つき糸はきっと赤く染まる。
さすれば赤いピアノ線。
運命の糸はしなやかな強さを持つ鮮やかな赤───。









春の宵闇に紛れて・・・あの日オレはミリアリアと出逢った。












      (2007.8.10)  空

      ストーカー行為って無自覚のものも結構多いものなのだそうですよね。



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