雨に紛れて・・・(7)
ディアッカ・エルスマンは今、私の中でどのような存在になっているのだろう。
恋人ではない。これは断言できる。
仲間・・・クサナギやエターナルそしてAAのクルーは私にとっての大切な仲間ではあるけれど・・・。
ならば友人か友達。サイやキラ、ラクスさんにカガリ・・・彼らは大切な友達だけれど・・・。
なのに彼は・・・ディアッカ・エルスマンはそのどれにも属していないような気がする。
輪郭がつかめない。少年と大人の両方の顔を持っている。
気配を感じさせない。空気や闇に紛れていきなり姿を現すようなイメージがある。
滅多に本音を言わない。確信に触れかかると巧にそれをすり替えてしまう。
初めて会った頃はそうではなかった。
狡猾で皮肉屋で、聡明そうなのにどこかやんちゃで妙な子供っぽさを残していた。
生前、フラガ少佐が話してくれた。「あいつは少年から青年を飛び越えて一挙に大人になってしまったんだ」と。
あいつをそう変えてしまったのは「お嬢ちゃん」すなわち私なのだと・・・。
停戦後のディアッカは艶やかさに凄味が増して、こう、口では言い表せないほど凄絶な印象を受ける。
とにかく綺麗なのだ。一緒に市街地を歩くと解るけれど・・・まず10人中8人はその美しさに溜息を吐いて
振り返る。こんな時の私は自分の存在価値が解らなくなる。何故・・・私はこの人の隣にいるのだろうか・・・と。
私を・・・ミリアリア・ハウを好きだと云ってくれた。
彼がどうしてそんな想いを私に抱くのか正直なところ全く解らない。
彼は何でも持っている。地位も名誉も財産も・・・優秀なコーディネイターで、秀麗な容姿も彼のものだ。
では、私は何を持っているだろう。彼に見合うだけの何があるというのだろう。
考えても考えても・・・私が持っているものなんて、彼に見合うものなんてひとつもない事に気付かされてしまうのだ。
停戦直後のプラントで私は色々な噂を聞いた。
まず、彼の女性遍歴。モテるだろうことは解っていた。なんだかんだいっても女性の扱いは上手くソツがない。
自分からのめり込むことは無かったというけれど、寄って来る者は拒まないからいつも彼の周りは華やかだったという。
本気になることもなく、適当に付き合っては別れる日々を送っていたのだと聞かされた。
だから・・・ディアッカが周囲の人達に私を『本命の恋人』だと紹介した時の騒ぎは凄かった。
「なんであんな地味な女が恋人なのか?」
至る所で聞こえた声だ。それに対しての彼の答えは「そう?じゃあおまえら見る目がないんだな・・・!」と、繰り返すだけ。
ディアッカは私の中に『何』を見たというのだろう・・・。
キスの雨は・・・外の雨と同じようにだんだん激しくなっていった。
不思議なことにそれを拒む気持ちは無かった。
このままずっとこうして過ごしていたいとさえ思ったほどだ。
けれど長い長い・・・侵食するような深いキスが私の唇から首筋をなぞって鎖骨に移った時・・・
私はディアッカを押しのけてしまっていた。
「何で?ここまで来て・・・オレを拒むの?」
ディアッカの綺麗なラベンダーパープルの瞳はこんな時ですら優しい。
こんな男が何故私を欲しがるのか・・・切なくなった。
こんな男に全てを曝け出したら・・・もう私には何も残っていない。
何かもこの男に持っていかれたとき・・・私はどうなるんだろう。
この男は・・・ディアッカ・エルスマンは一週間後にはもう傍にはいないのに・・・・・・!
「ずるいよ・・・ディアッカ。あんたはもうプラントに帰るのに・・・私をおいて行くのに何で今更抱こうとするの・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
ディアッカは答えない。それどころか、私を抱く腕の力を更に強くした。
「ひどいよね・・・あんたはプラントに帰ったらもう二度と私とは逢わないのに・・・」
「ミリアリア・・・」
「待っていてくれるって言ったのに・・・その本人がいなくなっちゃうなんてあんまりじゃない!」
「違う・・・!ミリアリア・・・」
「違わないわ・・・あんたはプラントに帰ったら新しい生活が始まるのよ。あんたにふさわしい世界で・・・
綺麗で優秀なコーディネイターに囲まれて過ごしてるうちに・・・私のことなんて忘れていくのよ」
精一杯笑ったつもりだった。それが引き攣れた笑顔でも、涙でくしゃくしゃになった顔でも精一杯笑ったつもりだった。
───パシッ・・・
いきなり私の頬が鳴った。
ディアッカがそんな事をするなんて信じられなかった。でも私は次の瞬間もっと信じられないものを見たのだ。
私が見たもの・・・それはディアッカの瞳に浮かんでいるの大粒の涙。
「違う・・・て・・・ちが・・・って言ってる・・だ・ろ・・・」
声にならない声で・・・呻くような声で呟く。
───オレを・・・忘れないで・・・・・・。
ディアッカは私を胸に抱きしめて耳元で何度も何度も囁いた。
忘れないで───。
オレを忘れないで───。