ディアッカに連れていかれたのは5階建てのホテルだった。
別にいかがわしい所ではなさそうだけれど、交渉慣れした彼が別人のように思えて私は怖くなった。
案内された部屋は小さいながらもツインルームだったので、少しほっとしたのも束の間。
「ほら!早くバスに浸かって来いよ!肺炎起こすぞ!」と、彼に強く促された。
そんな事言われても・・・と躊躇していると、「何ならオレと一緒に入る?」なんて人の悪い笑顔を私に向けるものだから
私は「イヤよ!」と言い放ってバスルームのドアを強く閉めた。
既に冷え切っていた身体にシャワーの熱さはたいそう心地よく、バスタブにお湯が溜まるまでずっとシャワーを開放していた。
備え付けのバスソルトはラベンダーの香りで、ひとつ投げ入れると淡い紫色になって溶けた。
ディアッカの瞳のような淡い紫色のお湯は私に奇妙な後ろめたさを感じさせる。
ドアの向こうにいる彼に・・・私はどんな顔をして向き合えばいいのだろう・・・・・・。
雨に紛れて・・・(5)
───ああ・・・上がったの・・・?
濡れたシャツを脱ぎ、上半身は裸のままでディアッカは外を見ていた。
いつの間にか外はすっかり暗くなっていて、オノゴロの軍港の灯が綺麗なオレンジ色に浮かび上がっていた。
カーテンを引いて、薄暗い間接照明だけを点けた後、ディアッカは「それじゃ、オレも」と、ひと言呟きバスルームのドアを開けた。
そして振り向きざまに「冷蔵庫の中にあるの好きに飲んでて」と言ってくれた。
シャワーの水音が響く。
こんなときはどうすればいいのか・・・まるで私には解らない。
(あ・・・洗濯物!)と思った時は既オートランドリーのスイッチはONになっていた。
下着だけでも別にしておくべきだった。さっきまではそんな事を考える余裕なんてまるで無かったのだから仕方がないけれど
ディアッカの物といっしょだと思うと気恥ずかしさで顔が赤くなってしまう。
バスローブの下に何もつけていない事も手伝って、とてもじゃないけれど・・・落ち着けない。
こんなことじゃ・・・私はディアッカの顔なんてきっとまともに見られない。
(どうしよう・・・・・・・)ここから逃げ出したいのに服が無くてはそれもできない。
**********
───おまたせ・・・。
バスから上がったディアッカはそのまま私の傍に来ると・・・
「どう・・・少しは落ち着いた?」と、普段と変わらない口調で私に尋ねてきた。
「うん・・・」と返事はしたものの私はやっぱり顔を上げられなかった。
「なあ・・・おまえなんで下向いてんの?」頭の上で怪訝そうな声がした。
「なんでもないわよ・・・」そう言う以外ないじゃないの・・・。
出し抜けにディアッカの手が私の頬に触れた。ハッとしたときはもう遅かった。
一瞬私がビクッとこわ張ったのに気がつくと、彼はそのままグイッと顔を持ち上げた。
「・・・・・・」
一番見られたくない顔を・・・一番見せたくない人に見せてしまっていた・・・。
「なんで泣くの?」
「解らないわ・・・」
「なんで解らないの?」
「だって・・・なんで泣いているのか・・・私にだって解らないんだもの・・・」
もう・・・堰を切ったように涙が流れ落ちていくのを止める事なんてできなかった。
私はなぜ・・・ここでディアッカと向き合っているのだろう。
それも・・・こんなバスローブ一枚の格好で薄暗い照明の部屋で・・・。
怖いとか嫌だとか・・・そういう事ではなくて・・・期待と不安がごちゃ混ぜというのでもなくて・・・なんて表現したらいいのか
それすらも判らなくてただただ泣くことしかできない自分が切なくて・・・しかも、声にもならないなんて・・・。
ディアッカはそんな私を黙って見つめていたのだけれど、「ああ・・・もう!」と言って私を胸に引き寄せた。
傍らにあった椅子を引いて「ミリアリアちょっとここにすわって」と促されるままになると、彼はフロントにコールを入れた。
ボソボソと話をして受話器を置く。
「ディアッカ・・・・・・」条件反射のように彼を呼ぶと、「ちょっと待ってて・・・今いいもの持って来てくれるよ」
そう言ってベッドの端に腰掛けた。ナイトテーブルのスイッチを入れて私を見る。それはいつも通りの彼の表情。
KONKONKON・・・ノックの音がしてディアッカがドアを開くと、何ともいえない甘い香りが漂ってきた。
何か小声で話していたみたいだけれど、「ありがと!」の声と共にドアが閉まった。
「ほら・・・ミリアリア。これ飲んで」
私の眼の前に出されたのは思わず「なに・・・これ・・・」と、聞いてしまったホットドリンク。ミルクの様にも見えるけれど?
「ホットパンチ。ホットミルクをワインで割ったものさ。蜂蜜も入れてもらったから飲み易いだろ?」
「なんで・・・」不思議そうな顔をしているだろう私に彼は「リラックスの薬」と言って微笑んだ。
「おまえ・・・ガチガチに緊張してるし精神状態も不安定だから涙が止まらないんだよ・・・ま、Drの言うことは信用して?」
それだけ言うと、彼も私の前の椅子に座った。テーブルのワインに気がつくと「オレにもリラックスの薬!」なんて嬉しそうに栓を抜く。ほのかな灯りがワインの色に溶け込んで見えて綺麗だなと思った。
ホットパンチを飲んでいくうちに身体がだんだん火照ってきて、とてもいい気持ちになってきた。
ディアッカはワイングラスを傾けながらそんな私を見ていたけれど・・・やがて静かに立ち上がる。
「眠いだろうけどゴメンな・・・まだ寝かせるわけにはいかないから・・・」
椅子に座ったままの私にそっと顔を近づけて。
ディアッカは私の額に・・・頬に・・・そして唇にも優しいキスの雨を降らす・・・。
そして・・・その優しさがだんだん激しさに変わっていくのをただ受け止めているだけの自分・・・。
───私は・・・そんな自分に驚きを隠すことができなかった・・・。
(2005.6.30) 空
※ 『フライリグラード』を先にUPすべきだったかも・・・と激しく後悔。
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