───ディアッカの独白・・・。



打ち付けるような雨の音で眼が覚めた。
オレの横でミリアリアは静かな寝息をたてている。
身体の熱が情事の名残りを思わせてオレはそっと彼女の頬に手を当てた。
何度も触れた頬なのに、初めて触れたときのような新鮮さがこみ上げて来てオレを驚かせる。
遊びで女を抱いた後は、もうその顔を見るのも口を利くのも億劫で切り捨てるようにその場を後にしたものだ。
どうでもいいものに対しては、どうでもいい態度しか出来ない。オレはそんな自分をよく解っている。
適当にあしらって口では上手い事を言う。いいかげんな奴だと言われても別に気にしたことも無い。
ずっとそうやって過ごして来たし、これからもきっとそうなのだと割り切っていた。

ミリアリア・ハウという女は、『美人』という定義に当てはめると決して美人ではない。とても可愛いが、それはナチュラルの中であって、オレが過去に付き合ったどの女よりも容色では劣るだろう。頭がいいわけでも無いし平気で無茶をする。あまりの無謀さに呆れかえった事すらある。
では・・・何故オレはこんな女に惹かれたんだろうか・・・?

それは・・・彼女が『バカ』だったからだとオレは思っている。

利口な女はたくさん知っている。頭のいい女も打算的な女も知っている。
でも・・・こいつらは同時に『愚か』な女だった。
オレの気を惹く為に必要以上に自分を売り込んだり、美しく華麗に振舞い愛情深いフリもした。
オレの家は財産家だし社会的地位も申し分ない。あわよくば色と地位の両方が手に入るとあっては腕を振るいたくなる気持ちも理解できるが、その下心が丸見えなのにオレに恋を仕掛けてきたところが『愚か』なのだ。
相手に自分を良く見せたいのは当たり前だが、度が過ぎると醜悪以外の何ものでもない。どうでもいい。

ミリアリア・ハウは・・・『オレは何でも持っている』と言った。
そして、自分は『それに見合うだけのものは何ひとつ持っていない』と言って泣いた。
おいて行かれるだけの恋は・・・いくら好きになっても追いつけない恋はしたくないと言ってオレを拒もうとした。
コーディネイターのオレが基礎能力も容色もミリアリアを凌ぐのは当然で、それは比較する事がおかしいのだが理屈で解っていても感情で割り切ることなど出来ないだろう。

だが・・・彼女は知らない。
『何でも持っている』筈のオレが持っていなかったもの・・・。

それは人としての心・・・。
打算の無い愛情・・・。
真直ぐに前を見る心の強さ・・・。

何よりも抱いて抱き返すことのできる腕とその胸・・・。

お利口な女は男に抱かれ、縋り付き、甘え、護ってもらう事だけを期待する。
自分はこんなに弱いのだから、男が護ってくれるのは当然だと思っている。
そういう女は男の甘えや苦悩など認めようとはしない。男も疲れ、悩み、擦り切れていく事が理解できない。

ミリアリアは『バカ』な女だ。

こんなコーディネイターの元捕慮なんて適当にあしらってほおって置けばよかったのに彼女にはできなかった。
自分の恋人を殺した奴の仲間なんて憎んでしまう方がきっと楽だっただろうにそれもできなかった。
コーディネイターの大切な友達がいると言ってそいつとオレを同じ目線で見ようと必死だった。
激情に駆られてオレに刃を向けたくせに・・・そのときつけた傷跡を今も気にしている。悪いのはオレなのに。
利口な女だったら全部棚上げにして適当に片付けるか他人のせいにして逃げ込むのに。
すべて正面から受け止めてひとりでこっそりと泣いていた。バカな女。誰かに縋り付けば楽なものを。

けれどもオレは・・・そのバカが付く程の真直ぐなひた向きさを持つ彼女に強く惹かれた。
理屈じゃない。何故ならミリアリアはオレを惹きつけようと振舞ったことなどただの一度もなかったのだ。

惹きつけられたのはオレの方だ。惹きつけられ、魅せられて気がついたときには彼女を追い求めていた。

そしてオレは忘れない。ヴェサリウスを墜したあの日に無言でオレを抱き込んだ腕とその胸を・・・。

男を抱き返せる女はそういるもんじゃない。疲れ果てたオレを包み込み護れる強さはおまえだけが持っていた。

なあ・・・それでもまだおまえは『何も持っていない』とオレに言うの・・・?









雨に紛れて・・・(10)








オレは冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して一気にそれを飲み干した。
雨は更に強くなり容赦なく窓を叩く。
こんな激しい雨音がするのにミリアリアはずっと眠り続けている。ここまで疲れさせたのはオレなのだけど。
上掛けをはいで裸のミリアリアを見つめた。
薄灯りにも白く浮かび上がる綺麗な肌をしていた。所々に紅い跡が残っているのはオレが付けた所有の証。
南の海の色をした瞳も今は閉じられて見ることができない。

その頬に・・・額に・・・そして唇にそっと口付ける。
さっきまでは確かにオレのものだったのにもう・・・誰かに奪われそうな不安が募る。
間違いなくオレのものにした筈なのにもう一度確かめたい衝動に襲われる。男なんてそんなものだ。
奪っても奪っても・・・奪いつくせない苛立ちは相手を抱く事でしか解消されない。
眠り続けるおまえの身体を抱いて紅い跡をつける。すべてがオレのものだと解るように。



「ん・・・・・」

「あ・・・起こしちゃった?」

「・・・ディアッカ・・・?あ・・・そっか・・・」
ミリアリアはひとりで納得していた。

「ごめん。起こすつもりはなかったんだけどね・・・(ホントかよ)」

「雨・・・すごく降っているのね・・・明日AAに帰れるのかしら・・・」

「何ならもう一晩泊まる?」
クスクス笑ってミリアリアの顔を覗き込む。

「みんなが心配するじゃないの!帰らなきゃダメよ」 そう言うちょっと拗ねたような顔が可愛い。

ミリアリアの蒼い瞳に輝きが戻った。

「・・・せっかく王子サマのキスで目覚めたんだから・・・もう一度抱かせて」

「何言ってるの・・・て、ちょっと待って!ねえってば!ディアッカ・・・!」

「抵抗したってムダ。だっておまえはオレのものだろ?」

問答無用で抱きしめて、その唇を覆い舌を使って絡め捕る。本当オレって飢えたオオカミみたいじゃない?

「んんん〜・・・・!」
なんて可愛いミリアリアの抵抗!

「言ったでしょ?おまえはオレのものだって!赤頭きんちゃんは素直にオレに食べられてちょうだい!」

「あんたってどうして速攻で突っ走るのよっ!私の気持ちはどうなるの一体!」










「おまえはオレが好きなんだろう?・・・だから今度逢う時までに気持ちの整理をしておけよ・・・」

「ディアッカ・・・?」

「約束しただろう?もうひとつコアを作って育てるってさ・・・」

「トールへの想いをおまえが消せる筈はないから・・・全部承知してるって言っただろ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「おいて行かないから」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「追いつけないなんて思いはさせないから」

「ディアッカ・・・・・・」





「大丈夫。約束しただろう?ちゃんと待っているよって・・・ん?」

「もう引き返せないよ・・・ミリアリア」

「だからついて来いよ!絶対ついて来いよ!」

「ディア・・・カ・・・」










───そして・・・この日初めてミリアリアは華のような笑顔をオレに向けた・・・・・・。




















 (2005.7.11) 空

※ あと1話ですだ、うちのディアッカはやっぱり黒い。

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