監獄ノスタルジア(7)
やあ・・・こんにちわ。
そう言って独房に入ってきたのはキラと呼ばれたあの時の少年だった。
「へえ・・・今日はオマエかよ。キラって言ったっけか?」
「うん。ミリィまだ具合よくないから少しの間僕で我慢してくれる?」
「・・・ああ、アイツどうしてる?無理はさせんなよ。ポキッといっちまうからな」
そんな彼を眺めながらキラはいきなり爆弾発言。
「ところで・・・ディアッカ、君そこから出てくる気はない?」
「何言ってんだオマエ!鍵がかかってるの見りゃ解るだろ〜!」
「だって君ここの鍵開けられるでしょう?」
そんなキラの言葉を聞いて、オレはドキリとさせられる。
「なんでそう思うんだよ・・・」
オレがここから自由に抜け出せる事なんて・・・ミリアリアしか知らない筈だ。なのにどうして・・・。
だが、答えは意外なところにあった。
「君からミリィの匂いがしたから」
「は・・・?意味わかんねえけど」
「ミリィが倒れた時、君をここから出したでしょう?その時何故か君からミリィのコロンの香りがしたんだよね・・・
あれって、余程身体を密着させないと移らないでしょう?」
悪戯をした子供のようにクスクス笑いながら話すキラに
───こいつ・・・只者じゃねえ・・・と、オレは柄にも無く狼狽する。
バレてるんだったら───
降参のポーズを取り、ロックを解除して扉を開けた。
背の高いオレに独房の扉はチョイきつい。抜け出してそのままキラの隣に腰掛ける。
「で・・・君なんで脱獄しないの?チャンスなんていくらでもあったんじゃない?」
そんなキラの質問に。
少し間をおいて・・・。
「・・・約束しちまったからな」
と、そっぽを向いてオレは答えた。
「約束?誰と?」
「・・・・・・」
本当はキラは解っているのだろうけれど・・・また嬉しそうにオレに訊ねる。答えてなんかやらねぇよ!
このロックを開けてみろ・・・と言ったのはミリアリアで、オレはそれに応じただけだ。
でも、それに付け込んでミリアリアを脅し、監獄デート(?)を強制したのは自分。
オレを殺そうとしたナチュラルのオンナに興味が湧いてずるずるとここに居座ってしまった。
「ミリィはね・・・AAのクルーの前では、とても元気に明るく振舞っていたんだよ。
みんなに心配掛けないようにね。特に僕やムウさんや、サイ・・・彼のことは知らないかな?
そのうちここにも来ると思うけれど・・・とにかく僕たちには余計に気を遣っていてね・・・」
そういうキラの眼が悲しそうに曇るのが不思議で、オレはキラの顔をじっと見つめた。
「なんで・・・あいつはおまえらにそんなに気ぃ遣っていたの?」
「トール・・・ミリィの恋人の死に直接関わっていたからね・・・。
僕が乗ったストライクを援護しようとして・・・彼は撃墜され、ミリィの許には帰って来なかった。
彼の出撃を止められなかったサイ。君のバスターで手一杯だったムウさん。みんながみんな自分を責めたんだよ・・・」
なるほどね・・・AAでただ一人のコーディネイターというのは、キラ・・・こいつなんだとオレは確信した。
そして、以前、ミリアリアが言ったことを思い出す。
『コーディネイターの大切な友達がいるの。
たった1人でストライクに乗ってみんなを守ってくれていたのに
アタシは何もしてあげられなかったわ・・・
ナチュラルしかいないAAで孤立して苦しんでいたのに・・・』
それはオレにも容易に想像が出来た。
ナチュラルの集団に1人だけ居るコーディネイターなんて、辛いことのほうが多かったはずだ。
それでもこいつが・・・キラがAAに残ってストライクに乗ったのは、彼女たちがいたからだろう。
「僕たちはヘリオポリスの学生だったんだ。成り行きでAAに乗っただけのね・・・
途中で志願兵になってこうしてここにいるけれど・・・ミリィには過酷だった」
オレは内心の動揺を隠し、黙ってキラの話を聞く。
(ヘリオポリスの住人・・・こいつらが・・・)
まさかキラたちが、自分たちザフトが崩壊させたヘリオポリスの住人だったとは思わなかった。
そんなミリアリアに自分はなんて酷い言葉をぶつけたのだろう。
『なんでこんな艦に乗って軍人なんてやってんだか〜!』
しかも恋人を亡くした直後の彼女を更に傷つけたのだ。
『バカで役立たずなナチュラルのカレシでも死んだかぁ〜!』
そんなの嘲りをどんな思いで聞いたのだろう。
殺されてもおかしくなかった───。
「ミリィが君を殺そうとしたって聞いたよ。でも、彼女に君を殺すなんて事出来る訳ないよね・・・
僕と同じコーディネイターの君の事を・・・。」
「ミリィは僕を責めない・・・。僕がトールを死に追いやったのも同然なのに。僕の事を思いやって笑いかけるんだよ・・・キラ大丈夫だから・・・って!あんなに痩せてしまう程思いつめていたのに僕じゃ慰めてもあげられない・・・」
キラの顔が痛々しく歪む。
「アイツは、慰めて欲しいなんて思っちゃいないよ。慰めて欲しい位なら、今頃はザフトのオレやコーディネイターのオマエを憎んでいるだろうさ?オレを助けたのも、おまえにに大丈夫だと笑いかけたのも、コーディネイターを憎んでいないという精一杯の意思表示と違う?」
「うん・・・そうだね・・・」
キラもそう思うのだろう。柔らかい笑みを俺に返した。
「ま・・・少しづつでいいからアイツも元気になるといいな」
キラが時計に眼を向ける。
「そうだね。あ・・・僕もう行かなくちゃ・・」
「ああ・・・」
オレもまた独房に戻る。
───はやく元気になるといい。
眠気に襲われ、オレはそっと眼を閉じた。