2月14日は、一般には広く「聖バレンタイン・デー」と呼ばれている。
お互い好意を持つ男女がプレゼントの交換などを行なう、云わばお祭りの一環だと思えばいい。

ただし、「プラント」では、この日はナチュラルからの一方的な虐殺があった事に対して、忌むべき記念日となり、数年が経過している。





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しかし───。

どんなに忌むべき理由があるとは云え、せっかくの聖バレンタイン・デーなのだから最愛の恋人からのプレゼントは欲しい。
終戦後、事ある度に逢瀬を重ねてきたディアッカとミリアリア。
まあ、いろいろあったが、取り敢えずは元の「恋人同士」という関係には落ち着いた様だ。

2月14日。この日は南国オーブのオノゴロの軍港にある瀟洒な造りのホテルでふたり逢う約束をしているのだが、先に到着したのはディアッカで、約束の時間になってもミリアリアの姿は無い。
携帯電話に連絡をすると、電源そのものが切られてしまっているらしく、ガイダンスの空しい声が聞こえるばかり。
相変わらずカメラマンなどという不規則な仕事をしているからなのだろうかと思うのだが、どんな時でも約束を違える様な女ではない。
逢えなければ事前に連絡が入る。

軍事施設という所は眠る事など無い街だから、こうしてホテルのカフェで待っていられるが、それにしても遅い。
約束の時間は午後10時。
間もなく12時になるのだからディアッカは既に2時間もこうして待たされているという訳だ。

あまり頻繁には逢えないのでディアッカも、1分1秒たりとも時間を無駄にはしたくない。

(遅っせ〜な!あいつ!まさかとは思うが今日の約束なんか忘れちまってるんじゃないのか・・・)

ディアッカは待たされるよりは待たせる男だ。自分の方が遅刻をするのは日常茶飯事で、ミリアリアをいつも困らせてばかりいる。
なのでこうして待つのには抵抗を感じてしまう。第一周囲から見てカッコ悪いではないか!

バレンタイン・デーに相応しく華やかでリッチなプランを立てたのだ。もうそれこそコネや金を使いまくってスイートの予約を買い取ったり、デザイナーズブランドの限定コレクションの指輪とイヤリングをオークションで競り落としたりして今日という日に備えたのだ。
ムードで押し切って「アンナコト」「コンナコト」だってシたいし、出来るものなら一挙に「婚約」にまで話を持っていきたいのが本音!

(金かけたんだからモトは絶っ対に取ってやる!)

などとおよそ金持ちの男ラシカラヌ考えに自分自身で呆れ返りつつも、それほどまでに恋しい彼女が欲しいのだ。

3杯目のコーヒーも飲み干して密かにため息をつくディアッカに、店のウエイトレスも同情の眼を向けた。
ひと目を惹く程の豪奢な美貌で(しかも、バレンタイン用の花束とプレゼントを小脇に抱えた)垢抜けたこんな男を待たせる女は一体どういう女なのだろう。
時計を見ればあと5分で12時となる。もうすぐ自分の業務が終わるウエイトレスは、もしこのままこの男がひとりでいたら、今晩のデートに誘おうかと密かに目論見していた。
こんな綺麗な男となら一晩共にするのもアリだ。
コーヒーをを注文する際の洗練された仕草といい、艶やかなテノールの声といい、まさに極上の男である。

「あの・・・」

意を決してウエイトレスがディアッカに声を掛けようとしたとき、店のドアがカラリと鳴った。
見ればうら若い女がが真っ直ぐこちらに視線を向けている。

(なんだか洒落っ気のない女だわね・・・)

ここはオーブでも一流の格式を持つホテルである。ウェイトレスの女も自分の容貌には自信があった。
なので今、店内に入ってきた垢抜けない女には一瞥をくれると、さっさとディアッカに向き直った。
だが、目の前の豪奢な男は垢抜けない女に視線を留めると俄かに席を立った。

「ミリアリアっ!こんな時間まで何やっていたんだよ!2時間も待っていたんだぜ?遅くなるなら連絡くらいよこせよな!」

ウエイトレスは心底驚く。
この豪奢な男を2時間も待たせていたのがこんな垢抜けない女だったなんて・・・。

「・・・ごめんなさい、ディアッカ。遅れる連絡をしたかったのだけど携帯電話を忘れてきたの」

垢抜けない女(ミリアリアというらしい)は別段悪びれた様子も無く(ディアッカと呼ばれていた)男の前に座ると大きく息をついた。

その様子の一部始終を眺めていたウエイトレスはガッカリした顔つきでフロアから姿を消した。女よりも男の方がご執心だなのだと敏感に感じたからだ。

「そう?でもここの場所は解っていたんだろう?いくらでも連絡の取りようはあったんじゃないの?」

「近くに連絡を取れる場所が無かったのよ。これでも急いで来たつもりよ」

ミリアリアはコーヒーを注文すると、手にしていたカメラなどの機材一式を傍らに置いた。

それにしても・・・とディアッカは思う。
せっかくの逢瀬だというのにミリアリアの格好ときたらカメラマンとしての仕事着のままだ。

「なあ・・・!おまえ、今日オレとのデートだって解っていたんだろう?今日ぐらい休暇は取れなかったのかよっ」

「そんな事言ったってしょうがないでしょう!これが私の仕事なんだからっ!」

ムキになってしまったが・・この場合悪いのはミリアリアだとディアッカは決めつけた。

「ったく2時間も待たせておいてその態度は何なんだよっ!強情もそこまでいくと可愛気が無いぜ!」

遠いプラントからわざわざオーブくんだりまでミリアリアに逢いに来たというのに!
「血のバレンタイン」の慰霊式典さえ欠席してまでミリアリアに逢いに来たというのに!

目の前にいるミリアリアを見ていると本当に腹立たしくなってしまう。だが、そこは抑えてディアッカは自ら冷静になれと椅子を引いた。

「悪い。オレ頭に血が上っちまってるからちょっと冷やして来るわ」

そんな捨て台詞とミリアリアを残してディアッカは洗面所へと入って行った。
一瞬何か言いたげなミリアリアの表情が伺えたが、それは無視した。


**********


───10分後

ディアッカがテ−ブルに戻ってみると・・・。

「・・・ミリアリア?」

さして広くない店内には中年の支配人らしき男がひとりいるだけで、ミリアリアの姿は無かった。

ディアッカは支配人らしき男に「ここにいた女はどこへ行った?」と尋ねると、男はディアッカに一通の封書を差し出して言った。

「お客様のお代はあのお嬢さまより頂きました。そして・・・貴方様にこれを渡して欲しいと言付かっております・・・」

男の手から封書をもぎ取り、引きちぎって中を開けると便箋にぎっしりとミリアリアの筆跡で文字が認められていた。




───別れの手紙だった。




(どうして・・・!)

慌てて店内から飛び出そうとするディアッカを男が止めた。

「本当は私どもホテルの従業員はお客様のプライベートに口を挟むのは厳禁ですが・・・」

と、前置きをしてディアッカをすぐ横にある支配人室へ通す。

「プラント政府・・・最高評議会議員タッド・エルスマン氏のご子息のディアッカさまでいらっしゃいますね」

「ああ・・・」

「貴方様はプラントの第一級式典である今日・・・いや、もう昨日ですが、『ユニウスセブン合同慰霊祭』を欠席なされましたでしょう?」

男はそう言って何冊かの雑誌と新聞をディアッカに見せた。

「何でこんなもの・・・」と、不思議に思って中をパラパラ開いてみると・・・。

『コーディネイター高官を堕としたナチュラルの女の素顔』だの、『ディアッカ・エルスマン氏が合同慰霊祭を欠席するその理由!』だの薄汚い言葉で罵られている自分や、どう見ても盗撮だとしか思えないミリアリアの写真が面白おかしく掲載されているではないか。

「実は・・・今朝からこのホテルの周辺でも変装した報道マンがウロウロしておりました。貴方様がここに宿泊しているという事実を掴んで張り込んでいたのでしょう。そこにこのお嬢様が現れたらどうなると思いますか・・・?」

沈痛な面持ちで男は尚も話しを続ける。

「きっと・・・このお嬢様の周りもカメラマンが張り込んでいた事でしょう。ですから・・・きっとここには・・・来たくても、貴方様に逢いたくても来れなかったのでしょうね。せめて日付が替わる間際にこの手紙だけを渡して帰られたのだと・・・私はそう思います」

「貴方様はこのお嬢様からとても大切にされていらっしゃいますね・・・。自分の事よりも何よりも貴方様が一番大切だから・・・身を引く決心をされたのでしょう。こんなナチュラルの自分といたら貴方様の名誉にも傷がつくと」

(・・・・・・)

ディアッカは自分の短慮を呪った。2月14日に逢いたいと、ミリアリアに強引な約束を押し付けたのは自分だ。当然彼女は断わりの返事をする。
プラントの国家事情を良く識る彼女だ。合同慰霊祭に配慮しての断わりであっただろう。
自分は何故こんな事にも気付けなかったのか?
彼女に・・・ミリアリアに逢いたいばかりに目先の事しか考えられなかった己。
本当は彼女とて、もっとお洒落に着飾りたかったのに、目立たない仕事服で来るのがやっとだったのだと・・・ようやくディアッカは理解した。

「ディアッカさま。どうぞこれを」

男は1枚のメモと車のキーをディアッカの手のひらに置いた。

「お嬢様はタクシーを呼んでおられました。電話での会話で『軍港まで・・・』と聞こえました。今ならまだ間に合います。オノゴロを離れる最終の船便が出港するまで1時間ございます。早く連れ戻して差し上げて下さい。貴方様の高級車では目立ちますから、当ホテルの一般送迎車をお貸ししましょう」

「・・・すまない・・・迷惑をかけた。でも、どうしてここまでオレたちの為に動いてくれるんだ・・・?」

ディアッカの不思議そうな顔とあいまって男は微かに微笑んだ。

「もう20年以上昔ですが・・・私にも恋人がおりました。私はこれでもコーディネイターなのですが、恋人はナチュラルだったのですよ。それでも結婚の約束をして・・・やがて彼女が私の子供を身ごもって・・・幸せになれると信じていましたよ・・・今の貴方様のように私も」

(・・・で、どうしたんだ?)とはディアッカは男に聞かなかった。聞かなくてもディアッカにはその先に何があったのか解るようなそんな気がした。

「私が結婚の承諾を貰う為に1ヶ月プラントに行っている最中に・・・彼女はオノゴロの軍港から身を投げました。ナチュラルからはコーディネイターの子供を宿した女と罵られ、コーディネイターからはナチュラルの分際でコーディネイターを誑かした女と迫害されて・・・」

「絶望したのでしょうね。そして、自分と一緒にいれば私にも危害が及ぶかも知れないと思ったのでしょう」

ディアッカはただ静かに頷くと、キーを握り締めて裏口から外へ出て、送迎車に乗り込んだ。

自分とミリアリアを隔てるのはオーブとプラントとの距離だけではない。

ナチュラルの思惑が、そしてコーディネイターの思惑がふたりを更に遠ざける。




それでも自分は彼女を諦められない。

かつて命を懸けて護った女だ。未来だけを見据えて必死になって生きた証だ。

困難なのは解っていた筈だ。安易に幸せになどなれない事も承知ではなかったのか?

ディアッカはアクセルを思いきり踏むと車はホイールロック音を軋ませ、オノゴロの軍港へと走り去った。








───障害ばかりの苦しい恋だ。


だがディアッカは知っている。
障害を乗り越える力になるのは自分が大切にしているミリアリアへの想い・・・ただそれだけ。

その想いの深さと強さには、たとえ障害というものがどれほどの距離でふたりを引き離しても意味が無いと。

どんな時代でも想いの深さと強さだけが未来を紡ぐことが出来るのだと・・・。





そう教えてくれたのは彼女。





はねっ返りで意地っ張り。でも本当は誰よりもしなやかな愛情を持っている最高の女──それが。





『ミリアリア・ハウ』なのだと。







 (2006.2.14) 空

 ※ バレンタインのネタですが、極甘は他の素敵サイトさまが極上品を書いていらっしゃるでしょうから、ちょっと辛めに致しました。
    ふたりの心情をくどくど書いてしまうと文才の無い私ではドロドロにしてしまいそうなので、第3者を絡めてぼやけた話にしました
    っていうのは誤魔化しで、まだまだ私は薬の影響が抜けていないのでしょうか。いや、単に文才が無いだけですって!
    続編が書ける余地を残した終わり方にしてあります。 きっとそのうち書きますね。

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