CE71年6月末。

ラウ・ル・クルーゼはプラント本国に召還された。
それに伴いイザーク・ジュール及びディアッカ・エルスマンにも帰国要請が出る。
オーストラリア大陸ZAFTカーペンタリア基地ではプラントに向けてのシャトルが今まさに発進の時刻を迎えようとしていた。






熱をもつ氷(3)







ミリアリアがZAFTの捕虜になってから早くもひと月以上が過ぎた。
その間潜水母艦クストーストからカーペンタリア基地へと移動があったものの、ディアッカの部屋で過ごす日常に変化はない。
地球軍のピンクの軍服ではさすがに目立つのでZAFT一般兵の緑の軍服を着せられているが、碧がかった蒼い瞳にはよく映えて愛らしい。
最初の日こそディアッカに怯えたミリアリアだったが、今の彼女は彼に対してもっと複雑な思いを抱いている。

捕虜になって2週間目の夜。

ミリアリアは初めてディアッカに抱かれた。
別に夜の相手をすることを強要されたわけではない。
熱も下がって少しづつ食事も摂れる様になり、入浴の許可も下りてからようやくディアッカがいろいろ話しかけてくるようになった。

それまで彼はミリアリアに何ひとつ尋問しようとはしなかった。彼が部屋を出るときだけはロックが掛けられていたのだが、それ以外ではまず部屋の中で自由に過ごす事が出来たし、退屈だろうと言ってミリアリアの希望を聞いたうえで刺繍のセットを用意してくれたりもした。
ミリアリアは不思議に思った。
この男の話だと自分はいつ遊びで抱かれるか解らなかった。
なのにどういう訳なのか一向に手を出される気配がない。それどころかミリアリアの体調が回復するまでずっと彼はソファーで寝起きしていたのだ。
もともとミリアリアは他人には人一倍気を遣う性質であったから、元気に起き上がれるようになると当然のようにディアッカに申し入れをする。
『私はもう大丈夫ですからソファーで寝ます。ここはあなたのベッドなのですからちゃんとこっちで眠って下さい』と。
それに対してディアッカは、暫く俯いて黙っていたのだが・・・
『ならば一緒に寝ればいいか・・・』そう言ってミリアリアの傍で眠るようになった。
一緒に眠るようになったからといってもやはりディアッカはミリアリアに触れようとはしなかった。
それどころか業務を終えて自室に戻ってくるたびに『おまえにやるよ・・・』と言ってお菓子や果物を手渡した。
熱はないのか?食欲は?・・・そう尋ねられるとミリアリアも『大丈夫です』と応える。男の示す優しさが意外だった。




ではディアッカのほうはどうだったのかというと・・・。

初めのうちは自分に怯えたミリアリアも、落ち着きを取り戻してからは態度が違う。
『あなたのベッドを占領してごめんなさい・・・』と済まなそうに俯く姿に憐憫の瞳を向けた。
彼女にとってディアッカは敵であるコーディネイターなのだが、実際はどう思っているのか気になってしまう。
『おまえは・・・コーディネイターであるオレが嫌ではないのか?』
ある日・・・ディアッカは思い切ってそう尋ねてみた。すると・・・。

『私はオーブの人間ですからコーディネイターの友人や仲間だっていましたよ・・・』
微かに微笑みながらミリアリアはそう答えた。

『オーブの人間?』
なるほど・・・かの国はナチュラルとコーディネイターが共存する珍しい国家である。

『それにヘリオポリスが崩壊してからずっと・・・コーディネイターの仲間が私達を護ってくれていたんです。戦うたびに傷ついて・・・自分を追い込んで・・・キラはそんな思いをしながらストライクに乗っていたのに私はそんな彼に何ひとつ報いてやれなかった・・・。そして・・・私達を護って戦い続けてとうとう帰ってこなかった・・・』

『ストライク?・・・キラ・・・?』
ディアッカは驚きを隠せなかった。ヘリオポリスはディアッカ達が崩壊させたのだ。そしてストライク!ではこの少女がいたところは・・・?

『ごめんなさい。黙っていたけれど私はヘリオポリスからAAに乗り込み志願兵になりました。だから・・・バスターの事も知っています。不思議ですね・・・。あなたとは何度も戦ってきたのですね・・・』

ミリアリアの言葉はあまりにも衝撃的だった。

『・・・じゃぁオレのことは嫌い云々どころじゃないよな・・・もう憎くて憎くてしょうがない仇ってわけだ!』

ディアッカは自分をあざ笑うかのような素振りを見せた。

『・・・でも・・・あなたを憎むのはきっと何か違うと思います。あなたは自分の国を・・・プラントを護るために戦ったんでしょう?ユニウスセブンに核を撃たれて同胞を殺されて!それをやったのは私達ナチュラルでしょう!』

『私達こそあなたの憎むべき仇じゃないですか・・・』

ミリアリアは眼を閉じて俯いてしまった。

ディアッカはその顔をそっと両手で挟むと上にあげた。
ミリアリアのくすんだ蒼い瞳には大粒の涙が浮かび、いく筋も頬を伝っている。
そんな彼女の姿がただ可憐で切なかった・・・。

ディアッカは咄嗟にミリアリアを自分の胸に深く・・・そして強く抱きこんだ。
彼女の嗚咽が・・・身体の震えが伝わってくる。
敵地に捕らわれの身となって半月あまり。どれほど不安で眠れない夜を過ごしたことだろうか。
自分というコーディネイターをあてがわれて・・・いつ慰みものにされるのか解らない恐怖の中、ずっと堪えてきたであろう涙。
ずっと戦い続けてきた憎むべき敵を敵だと思うのは何か違う・・・そう必死で思い込もうとした彼女が哀れだった。




そして一線を越えた・・・。




弄ぶつもりはなかった。
自分の胸にしがみ付くミリアリアの温もりが心地よかった。ただ彼女を慰めてやりたかった。



あくる朝、ディアッカはほの暗い自室のベッドで眼を覚ます。
胸の中のミリアリアはまだ眠っている。やさしく抱いたつもりではいるのだが・・・最後までそうであったか自信はない。
必死で声を殺すその表情も可愛らしくて何度も深く突き入れては声を出させようとした。
行為の果てに彼女が気を失うまで延々と続けられた営みは決して少なくないディアッカの女性経験の中でも特異なものであった。
美しいとはお世辞にも言えないただのナチュラルの少女相手に。



ミリアリアが目覚めた時にはもう既に傍らにいたはずのディアッカの姿はなかった。

夢だったのか・・・?とも思ったが、身体に残る紅い痕と軋むような身体の痛みが夢ではないことを物語っている。

どうしてあんなに容易く身体を許してしまったのか・・・。
ディアッカの胸に抱き込まれ、一瞬身体が強張ったものの、すぐに緊張から解放された。
ディアッカの心臓の鼓動が聞こえた時に自分がどんなにひとの温もりが恋しかったのかを痛感したのだ。
あとは流されるままにコーディネイターの男に抱かれた自分がいる。それほどまでに自分は寂しかったとでもいうのか。





───その日からミリアリアは夜な夜なディアッカの求めに応じた。

別に・・・彼が好きだとかいうわけではない。無論嫌いでもなかったのだが。
ディアッカは優しかった。世にも美しい豪奢な男が自分を抱くのは単にナチュラルが珍しいだけだと解かっていたが、それでもディアッカは優しかった。

いつの日にか彼が自分に飽きるまでこんな夜が続くのだろう。




そんな毎日は飛ぶように過ぎ去ってゆく。

『今日は重要な会議があるから多分ここへは戻れない。だから好き勝手に過ごしていてくれる?』

そっけない捨てゼリフと共にディアッカが出かけたある日のこと・・・。

ミリアリアはカーペンタリア基地の向こうに広がる海を見ていた。
ここからオーブ本土はさして遠くない。
彼方に広がる海の向こう・・・マーシャル諸島海域で恋人のトールと仲間のキラが命を落としたのはまだ記憶に生々しい。
彼らが命を懸けてまで護ってくれた自分は・・・こうしてコーディネイターの男の慰みものになるまで堕ちてしまっても自らの命を絶つわけにはいかない。どんな辱めを受けようともこの命は守り抜かねばならない。

ディアッカの前では開けた事の無い懐中時計をポケットから取り出すとミリアリアはその蓋を開けた。
瀟洒な作りの蓋の内側には・・・トールの写真がはめ込まれていたのだ。

今は亡き恋人の写真にそっと涙する。今更彼に顔向けなど出来ない堕ちて汚れた自分・・・。





プシュッというドアの開く音と共に『灯りも点けずに何やってるんだ・・・?』と声を掛けられてミリアリアは慌てて懐中時計をしまい込んだ。
だが・・・身体能力を特化されたコーディネイターのディアッカの視力はそれを見逃さない。





『なあ・・・今何を隠したの・・・?』

ディアッカの声が冷たく響き渡る。一歩一歩ミリアリアに近づくと・・・彼はその腕を取り、強引に捩じ上げた。

カシャ・・・ンと音を立てて懐中時計が転がり落ちた。素早くそれを拾いディアッカは蓋を開けた・・・。




『・・・この男・・・誰・・・?』




笑顔のミリアリアと共に写っているその男は誰が見ても恋人だと解るような風情・・・。

『ふうん・・・こいつ・・・おまえの恋人ってわけ?』

ディアッカの顔が歪むのを見てミリアリアは思わず後ずさりをしていた。

ディアッカにはその行動に苛立ちを隠せない。

『・・・で?どうだったんだよ!オレとこの男を比べてさあ・・・。ん?』

『・・・・・・』

『どっちがスルのウマかった?いい思いしてんじゃね〜の?』

『そんなこと・・・!』

『そう・・・?じゃあもう一回その身体で確かめてみろよ・・・!』

残忍な笑顔を浮かべ、ディアッカはミリアリアを引き寄せ、その身体を蹂躙した。
今までの彼と違って、手加減をせずにミリアリアを奪いつくした・・・。

『いや・・・!』

激しい抵抗をする彼女の態度が癇に障る。

自分はこんな貧弱なナチュラルの男と比べられていたのかと思うと・・・ディアッカは腸が煮えくり返るような怒りに襲われた。

『こんな男・・・忘れちまえよ!諦めろよ!オマエはオレのモノなんだって解ってんだろ・・・!』

イライラする。

ディアッカは得体の知れない焦燥感が自分を支配してゆくのを感じていた。

こんなナチュラルの女なんてどうでもいいのだ・・・と自分自身に言い聞かせても不安な気持ちは拭いきれない。

どうして・・・。どうして自分はこんなに不安になるのだろう・・・。
強引に抱いているこの女はどうして自分をこんな気持ちにさせるのだろう・・・。

恋人がいたなんて思わなかった。この女は自分のものなのだと思いこんでいた・・・。


どうして・・・・・・。











**********





───・・・ディアッカ。実は君とイザークに帰国命令が出ているのだがね・・・。

  
司令官室でクルーゼは開口一番にディアッカに告げた。

『帰国ですか・・・』

そう答えるディアッカの顔が微かに曇るのを見てクルーゼはニヤリと笑った。

『ああ・・・明後日カーペンタリアからシャトルが出る予定だから準備を済ませておいてほしい』

『・・・わかりました・・・』

そう答えて司令官室を辞しようとするディアッカをクルーゼは更に呼び止めた。

『それはそうと・・・あの女の子はどうしているかね・・・?』

およそクルーゼには似合わない笑顔(だと思う)を浮かべてディアッカの顔を眺めている(ように見える)

『元気ですが?』

『どうするかね?ここカーペンタリアに残していくか・・・それともプラントまで連れていくのかね?』

そんなクルーゼの問いかけにディアッカは慎重に返事を返した。

『・・・プラントに連れて行きます』

『そうか・・・まあ、それもいいだろう・・』

さも可笑しそうに仮面を着けた男は笑った・・・。






**********






───よく見ておけよ・・・。

シャトルの中でディアッカは隣に座るミリアリアにそう促した。

「もうこれきり地球には戻れないんだからな・・・おまえは・・・」

ディアッカはクククと笑って彼方に広がる海を眺めた。


こんな海を見ることもなくなればきっとあんな貧弱な男の事だって忘れるだろう・・・。

プラントに行けばもう二度と戻れないのだ。これでもうミリアリアが頼れるのは自分だけになる。

ディアッカの胸の内は暗い情熱に支配された。

(彼女は誰にも渡さない・・・)




そんなディアッカの心情などクルーゼにはお見通し。

  『ディアッカは氷で出来たアイスドールだ・・・』

決して考えていることを表には現さないクールを装う少年。

冷え固まった氷の人形・・・。清廉なまでに美しい人形・・・。

だが・・・アイスドールが熱をもってしまったらどうなるのだろう?



ミリアリアというナチュラルの女に抱く感情は・・・彼の内部から彼自身に熱を持たせた。

彼女に抱く暗い情熱はゆっくりと・・・だがこのまま確実にディアッカを溶かしてゆくだろう。

内側から溶け出した氷はやがてその表面をも溶かしてしまう。

まだディアッカはそのことに気付かない・・・。

冷静さを装ったアイス・ドール・・・。










          氷が熱をもった・・・。








やがてすべてが溶けてしまった後のディアッカにはいったい何が残るのだろうか・・・。










自分の命が尽きる前に是非見たいものだとクルーゼは思った・・・。

















  (2005.11.9) 空

  ※   たいへんお待たせ致しました
      キリリクの完結編をお届けします。
      ミリィが捕虜になったらこんな展開もアリではないかと・・・。
      クルーゼが黒いので、ディアッカは少しソフトにしました(笑)
      この続編も書けるように含みを持たせた終わり方にしましたが、多分裏ものを書きそうなそんな危険な私です。
      リクエストありがとうございました!


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