『相思相愛』・・・男と女の間にそんな関係が成り立つなんてオレはハナから信じちゃいなかった。
愛してるだの恋してるだの、そんなものは自分勝手な思い込みで相手の心など解る筈も無い。
そう。初めてあいつを見たときもただ『かわいい』と思っただけ。
それから・・・泣いてばかりいるのが気になって。
でも・・・その泣き顔もかわいくて。
怒った顔。拗ねた顔。困り果てた顔も・・・ああそうさ!ツンっと澄ました顔だってとてもとてもかわいくて・・・。
気は強いし、意地っ張りで頑固。もうやる事成す事ムチャクチャで、見ているオレをハラハラさせる。
そしてある日、オレはふと気がついた。
そういえば・・・オレはあいつの笑った顔を見たことが無い・・・。
フライリグラード(9)
アルコールが入っているせいなのか、ディアッカはかなり饒舌だ。
普段から『減らず口』の類は数限りなくたたいているが、こんな形で淡々と話すディアッカは初めて見る。
それだけに深刻だった。
だから・・・今のディアッカには好きなように話をさせてやる方がいいだろうと・・・ムウは思った。
「なあ・・・おっさん。オレさあ、最初からあいつのことが好きだったわけじゃないんだよなぁ・・・」
「かわいいんだけどスゲェ無謀でさ?オレはいつも呆れたもんだよ?」
「すぐに怒るわ拗ねるわ泣き出すわ・・・見ていてホントおもしろかったんだぜ?」
「捕虜から解放された後、バスターに乗って戦って、でもって、あいつの傍に行ったらいきなり耳元で怒鳴られたってわけよ?」
『あんたどうして戻って来たのよっ!』ってさ。
「どうしてって言われてもオレにだって解らなかったんだから・・・あいつなんかもっと訳ワカンネェさ」
「でさ・・・なんでAAに戻って来たのか、しばらくオレにも解らなかったんだけど
遠い眼をしたままディアッカは黙々と話続ける。
「うん・・・。で、どうしたんだい?」
ムウは軽く相槌を打つだけで、ディアッカの話しの邪魔はしない。
「拘束されて2ヶ月近くあいつのこと見ていたのにオレさあ、あいつの笑顔を見たことなかったんだよ。それこそただの1度もね」
「ん〜と・・・釈放されて間もなくの頃、あいつを探しててさ・・・悪いとは思ったんだけれど勝手にあいつの部屋に入ったんだ・・・」
「そしたら・・・写真があった。あいつとあれが多分トールって奴なんだろうけれど、ふたり一緒に映っていてこれがすごくかわいいんだ!こぼれるような笑顔でさ。その笑顔が忘れられなかったんだよ。オレは・・・」
「なもんでさ・・・オレはあの笑顔が見たくてあいつにいろいろちょっかい出したんだけれどね・・・」
「でも・・・何をしてもあいつは笑ってくれなかった・・・」
そこまで話すとディアッカは静かに俯いた。
「おっさん憶えてるだろ?あいつ、前に記憶障害を起こしたことがあったじゃない」
「ああ・・・そんなこともあったなあ・・・」
ムウは言葉少なく頷いた。宇宙に出て間もなくの頃、ミリアリアはAAのタラップから落ちて昏倒して一時的に記憶障害を引き起こしたことがあった。
「あのときさあ・・・その写真の笑顔を思い出して咄嗟に言っちまったの。『オレはおまえの恋人』だって」
「そしたら・・・いともあっさりオレのこと恋人だって認めちまって疑いもしないのさ。おまけに今のあいつからじゃ信じられね〜んだけどすごく甘えて擦り寄って来てさ・・・片時も離れね〜んだぜ?さすがに一緒に寝ようって言ってきたときはもう心臓バクバクものだったけれどね。上着脱げって。嘘みたいな話だろ?でね・・・一晩あいつを胸に抱いて寝たよ」
「眠る前に・・・あいつオレに言ったんだ・・・」
『もう・・・どこにもいかないで・・・』って。
『お願いわたしをひとりにしないで・・・』って。
『ディアッカ・・・だいすき・・・』って。
「そう言って・・・あの写真のように笑ったんだ・・・」
「あんな笑顔・・・見なけりゃよかった。だってあれはオレに向けられた笑顔じゃないから・・・」
「オレにじゃない・・・」
「あいつは混濁した記憶の中でも・・・オレじゃなくて恋人を・・・トールを見ていたんだよ・・・」
「あの笑顔を・・・トールじゃなくてオレに向けて欲しくてそれからずっとあいつに付き纏ってた。それこそストーカーみたいにさ・・・。
昼も夜も纏わりついてあいつを強引に振り向かせようとしたんだ・・・オレ」
「で・・・気がついたときには・・・もうあいつから離れられなくなっていたってね?これが初恋だぜ?」
「あっはっは・・・もう大笑いじゃんよ?気付くのが遅すぎだっつ〜の!バカじゃねェの?オレ」
俯いたままのディアッカの姿を見やり、ムウは掛けてやるべき言葉を見つけられなかった。だから・・・。
「ほら?飲みが足りないぜディアッカ。もう1本飲めよ・・・!」
そう言って、ディアッカ酔い潰れるまで話を聞いてやるのが最良だと思うことにした。
ディアッカは「サンキュ・・・」と言って美味そうにアルコール飲料を飲み干し、更に話を続ける。
「でもね・・・おっさん。オレはそれが恋だと気がついても・・・あいつに何も望んじゃいなかったのさ。だって最初はちゃぁ〜んと解っていたよ?オレはあいつの恋人を殺したコーディネイターで、ザフトの軍人で・・・憎んでも憎みきれない『仇』だって。あいつが住んでいたヘリオポリスを破壊したのも・・・追われてAAに乗り込むきっかけを作ったのもオレたち・・・いや。あいつにとってはオレだよな・・・。あいつの悲しむことはみんなオレがやったことだ」
「そんな奴のことなんかフツー好きになるわけがないっつ〜の!だから・・・このまま傍にいられるのならオレはそれでよかったのに!いや!よかったはずなのに・・・!」
「なのにあいつは・・・ミリアリアは『仇』のオレを心配して・・・オレの額に付けた傷を悔やんで・・・
必死で世話して・・・そうだよ・・・!大切にしてくれたよ!守ってくれたよ!」
「普段どんなに冷たい態度を取っても・・・愛情を込めて慈しんでくれたよ・・・」
「それが解ったからさ、オレも期待しちゃったんだよね」
「もしかしたら・・・あの笑顔を見られるかもしれないって・・・」
「あいつの傍にいたら・・・いつか・・・オレのこと見てくれるかもしれないって・・・」
「バカみてぇ!そんなことあるわけね〜じゃん!オレはあいつの『仇』だぜ?ちょっと考えれば解るじゃんよ?
トールの死と入れ違いでやってきたオレだぜ?だから・・・あいつはオレを見るたびに思い出すんだ・・・
トールのことを・・・オレが傍にいる限り忘れる事なんてできない・・・額の傷を見るたびに思い出すんだ」
「あいつを護るって?違うよな・・・!オレがやっていることはあいつを護ってなんかいない!」
「あいつの傷に塩を塗ったくっているようなものじゃないか・・・!」
「それなのにオレは・・・あいつのやさしさにつけ込んでさ、ストーカーになって纏わりついて・・・!
ひとりにしておけなくて・・・何度も胸に抱いて眠った・・・。
あいつが・・・ミリアリアのことが好きで好きで・・・誰にも渡したくなくて・・・」
「何度も諦めようとしたのに・・・それもできない」
「だって・・・諦められるようなものじゃないって」
「笑ってくれよおっさん・・・!オレはあいつの仇なんだよ!」
「あいつの傍にいるだけで・・・嫌な事も悲しい事も思い出させるようなサイテーの存在だよ!オレは!」
「纏わりついた挙句泣かせて・・・悲しませ・・・て・・・あいつをボロボロにしてしまった・・・この手で・・・・・・」
ディアッカはそう言ってムウ自分の手のひらを見せた。
「もう・・・血糊でベトベトなんだよこの手は!」
「たくさんの人間を殺したんだよ?あいつの恋人もね!」
「ああ・・・それがアスランが殺したって判っていても所詮オレも同罪!同じ穴のムジナだよ!」
「オレは・・・あいつの仇なのさ。・・・どこまでいっても・・・ず〜っとねえ?あはは・・・」
ディアッカはと口元を歪めて笑った。
「もうよせ!ディアッカ!」
───見てはいられなかった。
ムウはディアッカの肩を掴むと思い切りその身体を揺さぶった・・・。
「ディアッカ!おまえだって傷ついただろう!お嬢ちゃんだけじゃない!おまえだってボロボロじゃないか・・・」
どうして・・・とムウは悔やんだ。この眼の前にいる男がどんな思いでAAに残ったのか・・・
飄々とした軽い狡猾な印象の裏で、どれ程傷ついていたのか・・・ひとつも解っていなかったことを心底悔やんだ。
ディアッカは泣いていた。
宝玉のような紫の瞳から幾筋もの涙が流れ落ちていた。
「なあ・・・おっさん。あんた今いくつだっけ?27?いや・・・28だっけか?」
ムウは「ああ・・・28になったけれど・・・それがどうかしたのか?」と答える。
「今・・・せめてオレがあんたぐらいだったらあいつももっと楽だっただろうな。もっと甘えたりわがまま言ったりもできたんだろうな・・・って思うね・・・。でもオレはまだ17だよ。いくらプラントでは成人扱いされていても所詮はガキだって・・・あんたを見る度思い知らされるよ。
艦長が・・・あんなにもあんたを頼る気持ちが解る。だってさあ?普段ブリッジではどんなにに気丈な態度を取っていても・・・あんたの傍ではただの女になっているじゃん?いいね。そういうの」
「オレじゃそうはいかない・・・」
(ディアッカ・・・)
───POOONN♪
(・・・・・・!)
不意にドアホンが鳴り、ディアッカとムウはハッとする。
「はい・・・どなた〜?」
ムウが返事をすると・・・。
「ハウですが・・・こちらににディアッカは来ていませんか?」と、ミリアリアの声。
ふたりは顔を見あわせ驚くものの・・・。
ディアッカは苦笑してムウにやり過ごすように指示を出した。
なるほど時計を見ればいつの間にやら12時半。今は昼休みの時間なのだ。
「いや・・・あのエロガキは来てないな・・・どっかほっつき歩いてるんじゃないのかい?」
ムウができるだけ平静を装ってドアホン越しに返事を返すとミリアリアは・・・
「そうですか・・・お忙しいところすみませんでした・・・」と言って素直に立ち去った。
ディアッカは安堵の息を漏らし、ムウは大きく溜息をついた。
───さて・・・おっさんここからが本題なのよね・・・。
ミリアリアをやり過ごしたあと、ディアッカは床からスッと立ち上がった。
(・・・?)
ムウは奇妙に感じた。
今一瞬のうちにディアッカの態度が変わってしまったことに驚く。
また以前のようにふてぶてしくなっているような印象を受けたのである。
違うとは思うのだが・・・先程までの不安定な様子はすっかり鳴りを潜めていた。
「オレ・・・最近よく解らなくてさ・・・。あいつを護り、包んでやりたいのか。ボロボロになるまで傷つけて悲しませたいのか・・・」
「確かにオレはあいつが・・・ミリアリアのことが好きだよ?なのにおかしいよな・・・」
「いちど見た夢はそう簡単に覚めないのかな」
「でね?ここまであんたに白状したんだから・・・オレとしてはチョット協力してもらいたいのよ?」
「なんだ・・・?」と、ムウは訝しげに答えた。
「オレね・・・今危ね〜んだよなぁ・・・」と、ディアッカはクククと口元を歪めて笑っている。
「期待しすぎちゃってさあ・・・あいつに手ェだしちまいそ〜なの。ラットのおっさんみたいにね。だからどんな大嘘ついてもいいからさ・・・オレからあいつを引き離してもらいたいのさ・・・」
「ほら・・・おっさんオトナだから、そのあたりの『くちから出まかせ』は得意だろ?」
「ディアッカ・・・?」
ムウは不審感を隠せない。
「さっき言っただろ?もう夢から覚める時間だって・・・聞いてた?」
「頼むから・・・ミリアリアをオレに近づけないで」
「オレの方から離れられればいいんだけれどね」
「だめ・・・。オレにはできない。あいつから離れるなんてもう無理だから・・・だからあいつを遠くに離して」
「もう・・・あいつの悲しい顔も・・・泣いている顔も・・・心配気な顔も・・・見たくないから」
「だから・・・オレに協力して?いいよな?おっさん?」
ディアッカの瞳が一瞬曇ったのをムウは見逃さなかった。これは精一杯のディアッカのポーズなのだ。
「じゃ・・・頼んだよ?あ、それと今までの話は他言無用ね。解ってるとは思うけれどさ・・・」
ディアッカはそういい残してドアを開けた。
───パシュウ!
「あ・・・」
一歩を踏み出そうとしたディアッカの動きが止まった。
「おいディアッカ?どうしたんだ・・・?」
ドアの前に立ち止まったままのディアッカを不思議がってムウが近寄ってみると・・・。
(・・・・!)
「お嬢ちゃん・・・どうして・・・戻ったんじゃなかったのか?」
「だって・・・人一倍ディアッカの心配をするフラガ少佐があんな言い方で私を帰すのはおかしいと思ったから・・・」
「いつもの少佐なら『ディアッカがどうかしたのか』って・・・ドアを開けて出てくるはずだから・・・」
(チッ・・・)
ディアッカは密かに舌打ちをする。
さすがはお嬢ちゃん・・・・・・よく見ているとムウは思った・・・。