あいつと知り合ってからまだ4ヶ月にもならない。
そのうちの半分は独房の囚人としてのあいつ。
もう半分はAAのMSパイロットとしてのあいつ・・・そうして過ぎていった日々のなかで・・・。
たった4ヶ月で・・・私はいったいあいつの何を知っているというの?
いろいろな噂を聞いた。
ザフトでは『赤服』というエリートだったのだと。
実家はプラントでも権力のある名家なのだと。
数多く存在するコーディネイターのなかでも優秀な頭脳とズバ抜けた体力の持ち主であることや華やかな女性遍歴など、たくさんあり過ぎてどれが本当でどれが嘘なのかは私にも判らない。
あいつはずっと私を見ていた。
最初は蔑むような冷たい眼で・・・。
ナイフで傷つけられたときはは不思議なものを見るような眼で・・・。
独房にいた頃は不真面目だったけれど・・・時折見せる子供のような無邪気な表情と笑顔が妙に印象的で。
でも・・・今私を見るあいつの眼は・・・。
見ている私のほうが切なくなるような・・・とてもやさしい眼をしている。
そのやさしさの奥であいつは何を思っていたのだろう。
『ディアッカ・エルスマン』
私は彼の過去なんて何ひとつ知らない。
私が知っているのは出逢ってから4ヶ月に満たない日々をAAで過ごしている彼・・・ただそれだけ・・・。
フライリグラード(10)
ブリッジのCICのコンソールの前でミリアリアは考えていた。
昨夜、部屋に戻ってこないディアッカを探してようやくたどり着いた休憩室。
ノイマンに無理を言って鍵を借りて扉を開けた。
思ったとおり彼はそこでピアノを弾いていた。薄暗い照明の元でも疲れきった表情が判ってミリアリアは悲しくなる。
「ディアッカ・・・やっぱりここにいたのね・・・」
なぜ・・・彼は自分のことになるとこうやって隠そうとするのだろう。ミリアリアにはそれがとても不思議だった。
「どうしておまえがここのドアを開けられるの?ってオレに何か用?」
「・・・・・・・」
どう言えばいいのか思いつかなかった。
眼に映るディアッカの顔があまりにも痛々しくて、ミリアリアはそのまま言葉を飲み込んでしまった。
ディアッカはそれでもいつもの狡猾そうな顔をして言う。
「こんなところ誰かに見られたら・・・逢引してたって言われるぜ?用がないならとっとと出て行ってくれない?」
「・・・・・・」
出て行けるわけがない。こんなやつれたディアッカを残して部屋になんて戻れない。
「なあ・・・聞こえなかった?ミリアリア」
聞こえている。ちゃんと分かっている。でも・・・おいていけない。
「オレはおまえに用なんかねえから出て行け!」
「待ってディアッカっ!お願いだから部屋に戻って!こんな所じゃなくて部屋で休んで!私が居ては戻れないなら帰るから!私が自分の部屋に帰るから・・・!」
「おまえはオレの心配なんかしなくたっていいんだよっ!自分のことだけ心配してろ!」
「どうしてよっ!どうしてあんたの心配をしちゃいけないのよっ!」
ほんの一瞬ディアッカの表情が歪んだように映ったのは自分の気のせいだったのだろうか。
ディアッカはミリアリアの腕を掴むと乱暴に扉の方へと向かって行く。
「待って!ねえディアッカ!」
ミリアリアは引き摺られるように扉の外に投げ出される。
「おまえはとっとと戻れよ!いいなっ?」
───それきり扉は開かなかった・・・。
朝になってもディアッカは戻ってこなかった。
ノイマンの言葉はきっと正しいのだろう。ディアッカはミリアリアに疲れた顔を見せたくないのだろう。
彼は自分を大切にしてくれていた・・・。
『オランジェ』の香りはいつもミリアリアの傍にあった。
いつの間にか傍にあって、それを不快だとは思わなかった。
傍にあることが当たり前になっている・・・まるで空気のようなつかみ所の無い存在。
『ディアッカ・エルスマン』はミリアリアにとって、もう言葉では言い表せないようなそんな存在なのだ。
あの狡猾で皮肉気な態度の裏でディアッカが何を思っていたのか・・・それはミリアリアにも解らない。
持っている雰囲気も体格も、少年というよりはもう男以外の何者でもない。それがディアッカ・エルスマン。
ノイマン少尉やフラガ少佐と一緒にいても子供っぽさを感じさせないほど大人びた彼。
ミリアリアを心配させないように振舞う大人のような彼。
でも・・・本当はまだ17歳の少年なのだ。きっと陰では無理だってしていたはずだ。
泣きたい時だって、辛い事だってたくさんあっただろうに何ひとつミリアリアには言わなかった。
それがディアッカのプライドなのだと今ならミリアリアにも解る。
護ることだけに徹した想い。
───ミリィ。お昼だよ?早く行って済ませておいで・・・。
サイに肩を叩かれてミリアリアはハッと我に返る。
「あ・・・うんありがとうサイ。一時間たったら戻ってくるからお願いね・・・」
そう言い残してブリッジを出る。
食堂に入ると思いのほか人が少なかった。
「お願いします。あ、ちょっと少なめで・・・」
ミリアリアがトレーを受け取ると、厨房のスタッフが声を掛けてきた。
「おやあ?おねえちゃん今日はひとりなのかい?エルスマンの奴はどうしたんだ?昨日の朝からあいつ食堂には来ていないんだよなあ・・・」
「え・・・?」
「食べ物を粗末にする奴じゃないから心配でなあ。あ、おねえちゃんだったら戻るときあいつの分持って行ってくれないか?」
「はい・・・分かりました」
(昨日から来ていないって・・・あいつ何食べているの・・・!?)
ディアッカはまだどこかにいるのだ。
格納庫にはいないことは判っている。
今朝マードックがミリアリアに『今日はあいつをゆっくり休ませてやってくれ』と、こっそり耳打ちしてきたから、ディアッカが来れば強引に帰されているはずだ。
(いったいどこにいるのよ・・・)
そう思うといても経っても居られなくなったミリアリアはさっさと食べ終えるとディアッカの部屋へ向かった。
だがそこは朝と同じく誰もいない。
今の時間帯はどこにいても人目につくから、どこか怪しまれない所・・・そう考えてふと眼に映ったのは・・・・。
───POOONN♪
「はい・・・どなた〜?」
「ハウですが・・・こちらにディアッカは来ていませんか?」
しばしの沈黙のあとに「いや・・・あのエロガキは来てないな・・・どっかほっつき歩いてるんじゃないのかい?」
という返事が返ってきた。
「そうですか・・・お忙しいところすみませんでした・・・」
ミリアリアが立っているのはムウの部屋の前だ。いつものムウならばドアを開けて出てきてくれる。しかもディアッカの体調が悪いことを知っている数少ないクルーなのだ。ディアッカが『ほっつき歩いている』のなら、探し出して強引に連れ戻すに決まっている。
間違いない。ディアッカはここにいるとミリアリアは確信した。
このまま待っていればディアッカは必ず出てくるはずだ。
───パシュウ!
程なくドアが開いた。
「あ・・・」
そう呟いてドアの前で立ち止まったままのディアッカ・・・。
「ディアッカ・・・」
ミリアリアは一歩前に出ると動けないでいるディアッカの、その瞳を追った・・・。
(2005.1.26)(2005.9.14 改稿) 空
※やっと話が一本になりました。けれどもまだまだ続きます。
フライリグラードへ (11)へ 妄想駄文へ