ミリアリアは今にも泣きそうな顔をしていた。
解っている。
こうしていつも・・・こいつはオレの心配ばかりしている。
普段どんなにそっけない態度をとっていても隠し徹せないオレへの愛情。
そんなあいつのやさしさにつけこんできたオレは・・・本当に狡猾で酷い男だ。
なあ・・・トールって奴はどんな男だったの?
聞くまでもないよな!おまえがそんな笑顔を向ける相手なのだから。
きっと優しい・・・オレとは似ても似つかない良い奴だったんだろう・・・。








フライリグラード(11)









「なに・・・おまえオレのこと追い掛けまわして・・・まるでストーカーみたいじゃんよ?」

ムウの部屋の前で自分を待っていたであろうミリアリアにディアッカは軽く一瞥するとニヤリと笑った。

「どこへ行っていたの?あんた食事もしていないんでしょう?そんな身体でどうして無茶ばかりするのよ!」

ミリアリアはディアッカから眼を逸らさないように注視する。この男のペースに乗せられてはいけない。

「まったく・・・誤解も甚だしいね。オレはおまえに心配されるほど無茶はしてねぇよ?ただね・・・」

ディアッカはわざとそこで言葉を切った。口の端を上げてクククと笑い、ミリアリアの耳元でそっと囁く。





「オレだってひとりになりたい時ぐらいあるのさ。だからねえ・・・」





「用がないなら呼ばないでくれる・・・?」





───それを聞いてミリアリアは一歩も動けなくなった・・・。

『用がないなら呼ばないでくれる・・・?』

それはミリアリア自身が散散ディアッカに言い放ってきた言葉なのだ。

「それに・・・おまえはもうブリッジに戻る時間だぜ?早く行かないとサイやチャンドラさんが飯にありつけないんだからさ」

ディアッカはそれだけ言うと、自室のロックを解除して中に入ろうとした。
その腕をミリアリアが引いて止める。

「待って・・・ねえディアッカ話があるのよ!お願いだから、少しでいいから私の話を聞いて!」

「珍しいんじゃない?おまえから話があるなんてさ?で、用件は・・・?」

「それは・・・」

言葉の続かないミリアリアを見やってディアッカは艶然と微笑んだ。

「今言ったばかりだろ?用がないなら呼ばないでくれよな・・・あ、それとも何?もしかしてこんな用事があったりして!」

ディアッカは自分の腕を引くミリアリアを反対に強く引き寄せた。

「いつになく大胆じゃないの?男の部屋に押しかけて来るなんてさあ。ああ・・・別にいいぜ?こういう用事ならとことんお相手してやるけどさ?

言うより早くディアッカの顔が下りて来る。ぶつかるようなキスをすると彼はミリアリアの身体をきつく抱いた。





「いいのかよ・・・演奏料払ってくれるなんてさ・・・」





それを聞いた途端ミリアリアはディアッカを無意識のうちに突き飛ばしていた。

そのまま走ってディアッカの部屋を後にする。ドアが閉まる寸前に彼の高笑いが聞こえた・・・。








**********








さて・・・やることやっちまうか。

ミリアリアが出て行った部屋でディアッカはPC端末を取り出すとドアロックパスの解除に取りかかった。

───PPPPPPPI

パスを解除した後、新しいパスワードを入力する。
これでもうミリアリアが勝手にディアッカの部屋へは入れなくなった。
さらに信号を電送して、ブリッジからも干渉出来ないように設定すると初めてディアッカは大きく息をついた。

(もっと早くこうしていればよかったんだ・・・)

そうすればミリアリアをこんなに傷付けることはなかったのだ。

ふとテーブルの上を見るとチューブゼリーやイオン飲料の類と、食事のトレーが置いてあった。
ディアッカのことを心配したミリアリアが持ってきたのだろう。


(また酷いことしちまったな・・・)


汗まみれになった作業服を脱いでシャワーを浴びると毛穴から大量の汗が噴出す。
ムウの部屋で飲んだ微量のアルコールはもう抜けて全身をけだるい倦怠感に襲われる。
大判のバスタオルに身を包み、ゼリーチューブを2本空けるとディアッカはベッドに腰を下ろした。
金色の巻き毛から雫が滴り落ちるのをただぼんやりと眺めながら思う。

(もうこれで・・・あいつもオレの傍には来ないだろう・・・)

ホントオレって最低だね!とディアッカはひとりごちる。

ミリアリアを抱いた。一方的なキスもした。
冗談ではなかった・・・。
ミリアリアが逃げてくれなかったら、自分はきっとあのまま彼女に手を出していただろう。
そうなったらもう・・・歯止めなど効かない。
奪いつくすだけ奪いつくして・・・そのままここに閉じ込めておくだろう自分を想像してディアッカは心底恐ろしくなる。

パタン・・・とベッドに横になると・・・枕からミリアリアの残り香がしてディアッカを切なくさせる。
彼女はもう二度とこの部屋で眠ることはない・・・。
やがてこの香も薄れてなにも感じなくなるのだろう・・・。

(そこまで・・・オレの神経もつのかね・・・)

でも何をしても結局は彼女を悲しませて傷つけるだけの自分なのだから・・・とディアッカは溜息をつく。

(これでいいんだよな・・・)

さあ・・・明日からもう自分はひとりになる・・・。

(ひとり・・・?)

いや・・・。自分は最初からひとりだった。
ミリアリアと一緒なのだと錯覚していただけで・・・本当は最初からひとりだったのだ。

いつの間にか流れていた涙を枕が深く染み込ませてゆく。

(明日からのことは後で考えよう・・・今は・・・)

ディアッカはそっと瞳を閉じた。

急激に襲い掛かる睡魔に流されるままに彼は深い眠りに落ちていった・・・。






**********






───翌日の朝・・・。

ディアッカは鏡に向かって自分自身に強く言い聞かせる。

(もう夢なんか見るんじゃない・・・)

両手で頬をパン!と叩く。




───パシュウ・・・!




ドアを開けて通路に出たディアッカはそのままそこに立ちつくす・・・。





そこには・・・。





ディアッカの部屋のドアの横で座り込んだまま眠っているそんな・・・ミリアリアの姿があった・・・。






(・・・バカなことを・・・!)





まだ具合の悪い身体なのにこんな無茶なことをして・・・・!

と、ディアッカはミリアリアを起こそうとするも・・・その手を止めた。

(もう・・・こいつに触れちゃいけない・・・)

間もなくムウやノイマンも起きて来る筈だから心配しなくても大丈夫だ。

ディアッカはそのままミリアリアをやり過ごそうとして・・・。








        これが・・・最後・・・・。







        眼を閉じてそっと彼女の額にひとつ・・・。




                       頬にひとつ・・・。




                   そして唇にひとつ・・・。










              触れるか触れないかの切ないキスを残して彼は格納庫へと降りていった・・・。















 (2005.1.28) (2005.9.19 改稿) 空

  ※ BGMは『L’Arc-en-Ciel』の『Lies and Truth』・・・お持ちのかたは聞きながら読んで欲しかったりします(願)


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