「ディアッカの奴こっちに来てるかい?」
ムウは整備班に声を掛けながら格納庫へとやって来た。
「ああ・・・あいつならバスターのコクピットにいますよ。何やら細かい演算をやってましたがねえ・・・あ、呼んできますか?」
「いや、自分で行くからいいよ。すまないがあいつをちょっと借りたいんだけれど大丈夫かな?」
「問題ないでしょう。整備自体はもうとっくに終わっているんでさあ」
整備班に軽く手を振ってムウはバスターのコクピットへと蹴り上がる・・・。





フライリグラード(12)





ディアッカはバスターのコクピットで照準システムの調整をしていた。
と、いっても大元の整備は全て終了しているのでこれはただ単にヒマ潰しみたいなものだ。

「ようエロガキ!身体はもういいのか?」

いきなりコクピットに上がってきたムウに驚きながらもディアッカは口元に笑みを浮かべる。

「ああ・・・半日寝てたから問題はないよ。それより何か用事でもあるの?」

「艦長がおまえを呼んでるんだよ。クサナギからそれは綺麗なお客さんが来てるってさ!」

「綺麗なお客さん・・・?」

「ああ!凄い美人だよ!ま、来れば解るからブリッジまで同行してくれよ?」

「何・・・おっさんも呼ばれてるの?」

「うん・・・おまえとふたりでな」

「男と一緒だなんて勘弁してくれよなあ・・・」

「そりゃそうだよな!お嬢ちゃんとデートしたほうが楽しいに決まってるよなあ、ん?ディアッカ」

「・・・艦長が呼んでるんだろう?急ごうぜ?おっさん」

(取り付く島も無いか・・・)

ミリアリアの話には答えないディアッカにムウは苦い顔をする。





**********





ムウ・ラ・フラガ、ディアッカ・エルスマン入ります───。

呼ばれるままにブリッジに来ると、ディアッカは背を向けたまま俯いているミリアリアに気付く。
何事もなかったかのようにその横を通り過ぎると、ラミアス艦長の隣にいた女性がすっと立ち上がった。

「少佐・・・ディアッカくん突然お呼び立てしてごめんなさい」

その声の主には憶えがあった。

「エリカ・シモンズ主任・・・」

確かに凄い美人ではあった。

「今日はあなたがたにお願いがあって来たのよ。ちょっと話を聞いていただけないかしら?」

その言葉にムウとディアッカは互いに顔を見合わせる。モルゲンレーテの技術主任がこうして自分達を呼びに来るからには何か大掛かりな計画があるに違いない。

「ここではちょっと話づらいからクサナギまでご同行願いたいわ」

(・・・・・・)

その言葉に身体を強張らせるミリアリアをディアッカは視界の隅で捉えていた。





**********





『ストライク・ルージュ?』

クサナギのブリッジでムウとディアッカはエリカ・シモンズの話に耳を傾ける。

「ええ・・・今、フラガ少佐の乗っているストライクの予備パーツがかなりあって・・・それであらたにMSを一機組み立てることになったのよ。ただパイロットはナチュラルなのでそのあたりの微調整をディアッカくんにお願いしたいと思って。ほら・・・あなたは少佐のストライクのメンテナンスも担当しているでしょう?」

「ああ・・・でもそれはオレよりキラやアスランのほうが適任じゃねえの?微調整や綿密な計算は絶対キラのほうがオレより勝っているし機械工学はアスランの得意分野なんだしさあ」

「キラくんにはもう協力を要請してあるの。彼も間もなくこちらに来る筈よ。でもねえ・・・できればアスランくんには内密にしておきたいのね」

「どうして・・・?」

ディアッカにはそれが解せない。なにしろあの『アスラン・ザラ』は自分以上に優秀なのだ。
エリカ・シモンズは少し躊躇しながらもディアッカとムウに言う。

「その・・・ルージュのパイロットはカガリ様なのよ・・・」

「なるほどねえ・・・」

ムウとディアッカはルージュのパイロットがカガリだと聞いて合点がいった。
アスランとオーブの首長姫カガリの睦まじい噂は耳にしている。カガリのほうはそういったことには無頓着らしいのだがアスランのほうは相当に意識しているらしく、カガリを見つめてはすぐ赤くなると評判なのだ。
そんなアスランがカガリをMSに乗せるなど素直に承諾しそうもない。
なるほど。先に機体を作ってしまえば説得できる余地も生じる。

「今日のところはパーツの組み立てが中心だから帰ってもらっても大丈夫よ。ただ明日から少佐のデータを元にカガリ様の身体データ作成するから4〜5日こちらに泊り込んで欲しいのだけれど大丈夫かしら・・・」

ディアッカの眼が輝いた。クサナギに泊まりとなれば暫くミリアリアに会わずに済むではないか。

「ああ・・・オレは別に構わないぜ?っていうよりめんどくせ〜から今日からこっちに泊まってもいいよ?」

「おい・・・ディアッカ!」

「おっさんは艦長が恋しいだろ?今晩くらいゆっくりしたら?」

クククと口元を歪めてディアッカは笑うとムウの背中を軽く叩いた。

「なあ・・・別に構わないだろ?必要な物っていってもアンダーウェアに作業着ぐらいなんだろうからさあ」

「ええ・・・勿論構わないわよ?作業着もアンダーも・・・制服も新しいのを用意してあるから問題はないわ」

エリカ・シモンズ主任は意味有り気に微笑むとディアッカに対し、「部屋に案内するわ・・・」と告げた。

「ま、そ〜いうことだからおっさんはAAに戻っていいぜ?」

ディアッカは手のひらを振って軽くバイバイの仕草をする。
今日だけでもムウをAAに帰せばディアッカも余計なことを聞かれない。息抜きができる。

「艦長にはキチンとオレから報告入れるからおっさんは早く帰ってね?ケガ人なんだからっ」

ディアッカの意図を悟ってムウの眼は俄かに厳しいものになった。

「ああ・・・!じゃそうさせてもらうさ!おまえもAAが恋しくて夜中に泣いているんじゃないよ?泣き虫で寂しがりやのディアッカくん?」

(・・・この野郎・・・随分なことを言ってくれる・・・・・!)

ムウとディアッカは互いに一瞥をくれると反対の方向に向かって歩き出した。





「どうかしたの?ディアッカくん。少佐があんなにムキになるなんてビックリしたわ」

通路を進みながらエリカ・シモンズ主任はディアッカに可笑しそうに聞いた。

「おっさんは艦長にベタ惚れだからな・・・」

天井を見上げてエリカ・シモンズ主任の声に言葉を返すとディアッカは大きくあくびをした。

「あら・・・私が言ってるのは少佐のことではないわよ?」

「・・・なにさ・・・」

「う〜ん・・・さっきねえ・・・私ちょっと思い出したのよね。オノゴロで捕虜から解放されてバスター取りに走ってきたあなたのこと・・・」

「また随分前の話を持ち出してきたねえ!まあ、あんたには感謝してるよ。あそこでオレを信用してくれなければ、今頃どうなっていたかわかんね〜もんな・・・」

ディアッカはオノゴロでバスターに乗ることが出来た経緯を思い出していた。よくもあの状態で信用してくれたものだと思う。実際、バスターを探してウロウロしていたディアッカは挙動不審者としてモルゲンレーテ本社に拘禁されそうになったのだ。それがこの女性の鶴のひと言でアッサリ許可が降りたのだから不思議だった。

「礼には及ばなくてよ。ただね。あのときあなたが言ったひと言がとても印象に残ったから信用したの」

「オレが言ったひと言?」

ディアッカは訝しげにエリカ・シモンズ主任を見返した。

「ええ・・・あら?あなた憶えてないの?」

憶えてなどいない。あのときは本当に無我夢中だった。

「あなたは私にこう言ったのよ」



『頼むからオレにバスターを貸してくれ!AAが・・・!『あいつ』が死んじまう!』



「AAだったら『あいつ』じゃなくて『あいつら』よねえ・・・土壇場で本音が出るとはよくいったものだわ」

ディアッカは内心の動揺を隠せない。
なぜならそんな憶えなどないからだ・・・。でもそれが本当なら自分は既にあのときから・・・?

はっと我に返る。

「そうなの?でもオレ記憶にないんだよなあ・・・あんたの聞き間違いじゃないのかよ・・・」

日頃からポーズを取って過ごしているとこんなときに役立つとディアッカは苦笑いだ。

「・・・少佐が言っていたじゃない?『泣き虫で寂しがりやのディアッカくん』?・・・AAに恋人がいるって噂は私も聞いているわ。もうベタ惚れだって評判だもの。いいの?彼女をほっといても。身体をこわしてるんでしょう?カガリ様も『ディアッカはミリアリアのことが心配だろうから泊まりでクサナギには来れないかもなあ』って言っていたほどだしね」

エリカ・シモンズ主任はクスクスと笑った。

「・・・余計な気のまわし過ぎだよ!あいつは彼女なんかじゃないんだから勘弁してくれよ・・・」

「あいつ?」

「どうでもいいだろ!なあ・・・あんたオレで遊んでないか?」

「純真な男の子っていいわね。うちのリョウタもあなたみたいに育ってくれるといいんだけれど?」

「将来の保障はしないからな・・・」

ディアッカは苦々しく笑うとまたひとつあくびをした・・・。





**********




こちらはAA───。

ミリアリアは突然の来訪者に驚きながらも、笑顔で歓談していた。

「ミリィ・・・身体の調子はどう?あまり顔色がよくないみたいだけれど・・・」

「大丈夫よキラ。あなたのほうこそもういいの?フラガ少佐もディアッカも、とても心配していたのよ」

コロニー・メンデルでの一件はミリアリアも聞いていた。フラガ少佐がケガをして、キラもかなりの痛手を受けたのだとディアッカが教えてくれた。
詳細までは聞かされてはいないが、大事に至らなくて本当によかったとミリアリアは思う。

「でも・・・ムウさんとディアッカが先に行ってしまったのはちょっと残念だね。僕聞きたいことがあったんだけれど」

キラの独り言のような声にミリアリアが笑う。

「でも・・・クサナギで会えるんでしょ?キラもこれからあっちに行くんだって言ったじゃない?」

「そうなんだけれどね。でもあっちで話す時間なんてあるのかな?数日泊り込みになるような作業だって聞いているし・・・」

「・・・泊り込み・・・?」

「あれ?ミリィ聞いてないの?ディアッカ何も言わなかった?」

「うん。エリカ・シモンズ主任が詳しい話はクサナギでって言っていたから」

「そう・・・。でもディアッカ、ミリィを残してよくクサナギに行く気になったよね。たとえ日帰りだとしてもこんな顔色の悪いミリィ・・・普段の彼じゃ絶対放っていかないでしょう?」

「そんなことないわ。あいつはあれでも必要な業務はきちんとこなす奴だから」

キラは笑みを誘われる。何だかんだ言ってもミリアリアはディアッカのことをよく解っている。

「もしかしてミリィ・・・彼と何かあった?」

ミリアリアはドキリとしながらも冷静に対処をする。

「ううん・・・何もないわよ?だいたい私とディアッカって普段からケンカばかりしているもの。あいつ心配性だから笑っちゃうわ」

「ミリィがそう言うのならそれでもいいけれど。ディアッカってミリィの為にならないようなことは絶対しないって解ってるよね?だから、もし今ミリィとゴタゴタしているなら・・・彼・・・それはミリィの為を思って行動しているんだろうね」

キラの言葉はあまりにも正鵠を得ているからミリアリアにはたまらない。言葉に詰まりそうになった。

「だから何もないわよキラ。もう・・・クサナギで余計なことあいつに言わないでよ?また心配させちゃうから」

「ミリィはやさしいね・・・」

「そんなことないわよ。それに私よりね・・・本当はあいつのほうが体調悪いのよ。ほら。あいつ意地っ張りだからきっとそんなこと態度に出さないだろうけれど。ここのところ満足に寝てないし、食事も摂っていないからかなり衰弱しているはずだわ。だからキラ・・・クサナギに行ったらそれとなくあいつを見ていてね・・・」

ミリアリアの口からディアッカのことが出るなんて・・・と、キラはつい笑みを誘われる。

「そうなんだ・・・。解った。大丈夫だからミリィもそんな心配しちゃだめだよ。彼ねえ・・・君に心配されるのが何よりも苦手なはずだからね?」

「うん・・・知ってる。だから今のことも私が言ったってあいつに言わないでね?また怒られちゃうから」

そう言ってミリアリアはクスリと笑った。

「そうだ・・・どう?最近も見るの?」

「見るのって・・・?」

唐突にキラに質問されてミリアリアは戸惑う。いっかいキラは何の話をしているのか。

「金髪巻き毛の王子さまの夢だよ。やさしい声でどこにも行かないよってミリィに言ったってよく話してくれたじゃない?」

ミリアリアの頭の中で引っかかったものがある。そう。確かにそれはよく見た夢だ。記憶障害を起こしたときに見ていた夢・・・。

「ううん・・・今はもう見ないわよ。っていうか暫く見ていないわ」

「そう・・・。夢じゃそうかも知れないね」

「キラ・・・?」

「ミリィに必要なのはゆっくりでいいから現実を見ることなのかな・・・」

こうしてゆったりと微笑むキラは別人のようだ。

「キラ・・・それっていったい?」

キラはそれには答えずにクスリと笑った。

「じゃ、僕もそろそろクサナギに行くよ。ミリィも身体を大切にしなきゃね・・・でないとディアッカが悲しむからね」

意味深な言葉を残してキラはミリアリアのもとを辞した。








『金髪巻き毛の王子さま・・・』









キラは何故今頃になってそんなことを言い出したのか・・・ミリアリアにはそれが不思議だった・・・。











 (2005.9.23) 空

 ※ ミリアリアの深層心理・ってことで。

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