それは一時期よく見た夢だった。
AAが宇宙に上がって間もないころ、私は昏倒して記憶障害を起こしたのだとサイが教えてくれた。
ほんの2日間だったそうだけれど、その時の記憶は私にはない。
事情があって『ディアッカの部屋』にいたのだと軍医の先生は言っていた。
その2日間の事は、聞いた話ではキラとサイ、フラガ少佐に先生・・・そしてディアッカだけしか知らないそうだ。
やさしい声で『大丈夫・・・どこにも行かないから』と私を安心させてくれたのは誰・・・?
顔も声も・・・姿形も憶えていないそのひとを私は『金髪巻き毛の王子さま』と呼んだ。
私が憶えているのはそのひとが綺麗な金髪で人形のような巻き毛だったということと・・・。
トクントクンと耳元で聞こえる規則正しい心臓の音・・・。
それはそれは素敵な夢だったのだと話したら、キラが静かに笑ってくれた・・・。
フライリグラード(13)
───え・・・?ディアッカは今日からクサナギなんですか・・・?
ひとりクサナギから帰艦したムウからディアッカが帰ってこないことを聞かされて、ミリアリアは密かに落胆した。
「ああ・・・戻るの面倒くさいって言ってなあ、今日からあっちに泊まるってさ」
ムウはとてもすまなそうにミリアリアに告げると足早にブリッジへと昇っていった。
やっぱり私を避けているんだな・・・とミリアリアは思う。
今朝、ディアッカの部屋の傍で眠っていたところをノイマンに起こされたのだが、その時既にディアッカは格納庫へ向かった後だった。
いつもの彼なら『バカ!こんなところで寝てるんじゃない!熱出したらどうするんだ!』などと怒って強引に寝かしつけるのに。
そんな心配性の男がミリアリアに無言で行ってしまったのはもう明らかに避けられているんだとミリアリアは思った。
(すれ違いになっちゃったな・・・)
ほんの数日前まで口論ばかりではあったがゆったりとした日々だった。
(ピアノを弾いて・・・なんて言わなければよかったのかな)
確かにそうだろうがミリアリアは頭のなかでもうひとつの考えが浮かんでいる。
(違うわ・・・ディアッカに冷たかった自分はいつかきっとこんな仕打ちをされるに決まっていた・・・)
『なあ・・・用が無いなら呼ばないでくれる・・・?』
昨日ディアッカに言われた言葉・・・。
これはミリアリアが散々ディアッカに言ってきた言葉ではなかったか?
ディアッカに言われて初めて解った。
何気なく使っていたこの言葉で自分はどれ程ディアッカを傷つけてきたのか・・・背筋が寒くなった。
(もう・・・ディアッカのそばに行くのはやめよう)
彼がクサナギにいる間に気持ちを切り替えてひとりのクルーとして接すればいい。
そばに行かなければ自然お互いの距離も開いていくに違いない。
**********
───クサナギの内部はAAに似ているとディアッカは思う。
AAに比べるとやや小ぶりだがそこは軍事技術の高いオーブの艦。ムダというものがない。
ムウをAAに帰艦させた後、ディアッカは案内された部屋でひとり物思いに耽っていたのだが、行き場のない感情は彼の心に棘を刺すばかりでやたら焦燥感に囚われる。
こうしていても思い浮かぶのはミリアリアのことなのがおかしい。
ディアッカはテーブルに備え付けられたタバコに手を伸ばすと口にくわえ火を点けた。
常用こそしないものの彼がZAFTにいた頃は時々それを嗜んだものだ。
(タバコなんて久しぶりだな)
そういえばいつからだろう。もう半年以上嗜んだ覚えがない。
(ああそうか・・・)
ディアッカはひとりで納得する。
身体をこわしたミリアリアには毒だから彼女の前では臭いすらさせなかったと・・・。
簡易冷蔵庫を開けると小さなビール缶が数本あってこれは嬉しい
プシュッという音をたてたそれをタバコを外した口へと運ぶと飲み込む度に喉が鳴った。
ミリアリアの前では酒も飲まなかった。飲まれるような自分ではないが、飲んでいるさなかいちど突然部屋に来たミリアリアに妙な気を起こしかけたことがあってから酒も止めた。
(ずいぶん健全な生活をしていたんだなオレって)
これでは本当にあのディアッカ・エルスマンかと周囲が騒ぐのも無理もない。
ミリアリアはそれほどまでに大切な存在だったのだと今更ながら深く思い知らされたディアッカだった。
時刻は午前1時。
ディアッカは小さな窓から外を眺めやると、横にAAの姿が見えた。
(前にもこんなことがあったっけ・・・)
まだミリアリアに好きだと告げていなかった頃だ。
あの時もこうして窓からAAを眺めていたのだ。やはりミリアリアの心配をしながら。
(展望室は・・・ああ、あそこか・・・)
AAの位置関係を思い浮かべながらディアッカが展望室とおぼしき場所に眼を向けると・・・。
「・・・・・・!」
───ミリアリアがいた・・・。
彼女も同じようにクサナギを眺めているのだろう。
(また眠れないのか・・・)
ディアッカの胸が痛む。もう幾度となく見てきた光景だ。
(そんなにトールが恋しいのか?)
自嘲の笑みを漏らす。
死んでなおミリアリアを捉えたままの男・・・。きっと永遠の恋敵だろう男・・・。
先ほど火を点けたタバコはすっかり灰になってテーブルの上を汚していた。
薄暗い間接照明の灯りに加え、こんな50センチ四方の窓ではAAからはこちらなどとても見えないはずだ。
(これくらいは許してくれよな・・・)
そのままディアッカは窓に佇んでずっとミリアリアを見つめていた。
忘れることも諦めることもできない恋だから、せめて今だけはこうしていたい。
(ロミオなんてガラじゃないんだけれどね・・・)
そしてミリアリアがそこにいる間ディアッカはただずっとその姿を追いかけていたのだった。
**********
───同時刻・・・ミリアリアは眠れないままに展望室へと来ていた。
最近はあまり訪れることもなくなった展望室だが、今日はそっと足を運んだ。
今日はディアッカもいない。物思いに耽るにはいいはずだったのだが・・・。
思い出すのは『トール』のことではなく何故か『ディアッカ』のことばかりで寂しくなった。
クサナギの船室から無数の灯りが漏れている。
その殆どが白い無機質な灯りのなか、1番艦尾に近い小さい窓から漏れる灯りだけがほの暗いオレンジ色をしていた。
ディアッカはいつも、部屋のナイトテーブルの薄暗い灯りだけを点けていたことを思い出してその窓を見つめた。
ずっと無理をしてきた彼だから今頃はきっと眠りについているに違いなかった。
だからミリアリアは気がつかなかったのだが、まさしくそこはディアッカの部屋で彼が今自分を見つめているなど知るよしもない。
なのにミリアリアはその窓から眼が離せずずっとその窓だけを眺めていた。
(おやすみ・・・)
心の中でそう呟きながら・・・。
夜もすっかり更けた午前3時。
ミリアリアもさすがに寝ないと朝にひびくと思い展望室を後にした。
誰もいない大部屋にひとり。
疲れて眠気に襲われたのを幸いそのままベッドに横になると程なく睡魔に引き込まれる。
その眠りのなかでミリアリアは夢を見た。
『大丈夫だよ・・・ずっとそばにいるから。ひとりになんかしないから・・・』
それは金髪巻き毛の王子さまの夢。
朝、目覚めたときは体調もよくなったかに思える。暫くの間心の拠りどころになっていた温かい夢・・・。
でも・・・いつから自分はこの夢を見なくなったのか?そもそもなんでこんな夢を見るのかミリアリアには解らない。
(本当に夢だったのかしら・・・)
時々思った素朴な疑問。
なぜなら心臓の音が妙に現実味を持っていたからなのだ。
『ミリィに必要なのはゆっくりでいいから現実を見ることなのかな・・・』
キラの言葉がとても気になる。
もしかするとキラは自分の知らない何かを知っているのかもしれない。
でも、それを教えてくれるキラではないのだ。
教えるくらいなら・・きっと・昨日のうちに話してくれたに違いない。
あの空白の2日間のことを知っているのはフラガ少佐と先生とサイにディアッカ・・・。
まず、艦医を除外する。医療行為の殆どはディアッカが担当していたのだと言っていたから。
キラはあの調子だし、フラガ少佐はあまりにもディアッカに近すぎる。残るのは・・・。
(サイなら・・・教えてくれるかもしれない)
そう思うとミリアリアはほんの少しだけ気持ちが弾んだ───。
(2005.9.28) 空
※ 潜在意識って凄いものなんですよね(・・・体験済)
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