キラは苦手だ。
人の善さそうな顔をしていきなり物事の核心を突く。
ゴタゴタしている最中には絶対に会うのを避けたいのにそんな時に限ってオレの近くにいる。
後ろめたさなどないはずなのに・・・。
こいつの顔を見ると心の奥底まで見透かされているような不安に駆られるのはどうしてなのだろう・・・。
フライリグラード(14)
ディアッカがクサナギに派遣されてから4日目の夜を迎えた。
当初の予定通り明日の午前中にはAAに戻れるとの通達を受け帰艦の準備を済ませたが、元々何も持って来ていなかったので新たに支給された物をバックに詰め込むともう本当にすることがなくなってしまった。
クサナギにも展望デッキがある。
AAのそれよりは狭いがくつろぐには格好の場所で、ディアッカは今日もひとりタバコを燻らせている。
───プシュ・・・ン
ドアの開く音に目を向けるとキラが入って来た。
「明日はようやく戻れるね・・・」
穏やかな笑みを浮かべてキラはディアッカに話しかける。
キラを気遣ってタバコの火をあわてて消しながらディアッカはそれに答えた。
「ああ・・・予定通りってのは気持ちのいいものさ。姫さんの身体能力が高いからプログラムも組み易かったしな」
「カガリの趣味は体力づくりだからね・・・他のひとじゃああはいかないよね」
「まったくさ・・・。こんな生活してるんじゃ体力だけはあったほうがいいよねえ」
ディアッカがそう言って思い浮かべるのはミリアリアのことだ。
もうずっと体調の優れない彼女に体力などあろう筈も無く薬と気力でどうにか持ちこたえている現状に眉を顰める。
自分がいない間は少しでも心安らかでいられたのかとディアッカは思う。いや、そうであって欲しかった。
「体力っていえば・・・ねえディアッカ。ミリィは大丈夫なの?あまり体調良くないってムウさんが言ってたんだけれど」
やっぱり言われたか・・・とディアッカは身構えた。
クサナギでも至る所でミリアリアとの関係を尋ねられたのに、ムウはともかくキラが何も言ってこないのはディアッカにしてみれば以外な事だった。絶対に何か聞かれると覚悟していただけに拍子抜けもしたが、正直安堵の気持ちがそれに勝った。
なのにこうしてミリアリアの話を土壇場で持ち出してくるとはキラもタイミングを計っていたとでもいうのだろうか。
とにかく気をつけなければいけない。 ディアッカはキラの怖さをよく知っている。
普段は温厚な物腰の少年なのに飛び出す言葉の厳しさときたらの大人でも怯むものがあるのだから。
「ディアッカ?なんでそんなに身構えるの?僕に聞かれると何かマズい事でもあるの・・・?」
押し殺した笑い声と共にキラはディアッカを眺める。
それを受けたディアッカの顔が一瞬怯んだのをキラは見逃さなかった。
「まったくおまえはいつも唐突に話を切り出すよな・・・。そんな聞かれかたをしたら誰でも引くぜ?」
かろうじて平静を装ったディアッカではあるが内心の動揺は計り知れないものがある。
「僕こっちに来る前にAAに寄ってミリィと会って来たんだけど・・・尋常な顔色じゃなかったよね。それなのに君がミリィを残してきたって聞いたから驚いたんだよ。普段の君ならとてもじゃないけれどそんなことしないものね・・・」
ディアッカは溜息をつく。
「またそれかよ・・・前にも同じ様な事があったけれどさあ・・・オレはあいつの保護者じゃないんだぜ?AAには艦医の先生だっているんだから問題ないだろ?それにあいつの体調の悪さは今に始まったものじゃないんだからオレには関係ないっての」
「いつもミリィの心配ばかりしているディアッカらしくないね・・・。まあね。君はミリィのためにならない事はしないから、こんな態度をとるのもきっとミリィのためを思ってのことなんだろうけれどね・・・」
ディアッカの顔がかっとなるもののすぐにその色を押し止めた。キラの挑発に乗ってはいけないのだ。
「ミリィと何かあったのディアッカ?」
(こうきたかよ・・・)そう思いつつディアッカはキラの追求をなんとかかわそうと躍起になる。
「別に・・・何もないっつ〜の!あいつだって何も言わなかっただろ」
「うん・・・何も言ってなかったよ。ただ君もかなり体調崩しているって聞いたんだけどね。そんなムリをしてまでどうして君はクサナギに来たの?普通それはおかしいと思うでしょう?」
「オレが体調崩してるってそんなガセネタどこで仕入れて来たんだよ・・・」
ディアッカが体調を崩しているのはごく僅かなAAのクルーしか知らない筈だ。
「別にどこでもいいでしょう?と言うより君を見れば体調が悪いことくらい解るよ・・・」
「そう思うんだったらそこでやめてほしいもんだね!・こんな話はさ。悪いけどキラ、おまえの話に悠長につき合える程オレもヒマじゃないのさ?部屋に戻るからひとりで好きにやっててくんない?」
ディアッカはキラの横を逃げるように通り過ぎようとした。
だがすれ違いざまにキラはディアッカに耳寄せをする。
「最近ミリィ・・・金髪巻き毛の王子さまの夢は見なくなったって言ってたよ。ねえ・・・どうしてだと思う?」
キラのその言葉にディアッカは歩みを止めた。
「キラ・・・おまえあいつに何か言ったのかっ!」
「あれ・・・?君は僕の話につき合える程ヒマじゃないんでしょう?」
そう言うキラの眼が笑っているように見えたディアッカはいきなりキラの襟元を掴みかかる。
「うるさいっ!・・・その話は絶対にミリアリアにはするんじゃないって言った筈だ!」
平静さを装っていたディアッカの態度が、ミリアリアの夢の話をした途端に崩れるのを見たキラは確信した。
「やっぱり君はミリィと何かあったみたいだね・・・」
さりげなく展望デッキのドアをロックしてキラはディアッカに詰め寄った。
**********
「どうしたのミリィ?俺に話があるって・・・いったい何?」
AAの展望デッキでミリアリアはサイと向かい合っていた。
「ねえサイ。私ね・・・どうしても知りたいことがあるの。サイだったらきっと話してくれると思ってこうして呼び出したのだけど・・・」
ミリアリアは必死の形相でサイに訴える。お芝居でも嘘でも何でもやろうと決心して彼を呼び出したのだ。
「私・・・前に昏倒して記憶障害を起こしたって言ってたわよね?たった2日間の事だけれど・・・」
サイは明らかに困惑顔だ。この話はミリアリアにはしてはいけないとディアッカに堅く口止めされているのだから。
「悪いけどミリィ。その話なら俺は何も知らないよ。他を当たってみてくれる?」
サイがそう答えるのを予想していたミリアリアはかねてから用意しておいた嘘の状況をサイに告げた。
「それが・・・私思いだしたのよ。まだ完全ではないのだけどこうして思い出したからちゃんと御礼を言いたかったの。キラやフラガ少佐、それにディアッカはクサナギでしょ?だから今ここにいるひとから言おうと思ったのね」
ミリアリアの言葉を聞いてサイの顔が綻んだ。
「そうなんだ!すごいねミリィ。ディアッカが言ってたんだけどその時の記憶って戻る確立はかなり低いんだって。でも潜在意識や深層心理には何らかの形で残るかもしれないから混乱させないようにって彼に口止めされていたんだよ」
「そうだったの・・・。でも私もビックリだったわよ?だってまさかディアッカが『金髪の王子さま』だったなんて夢にも思わないでしょ?あんなにその夢をバカにしていた本人が『どこにもいかないよ・・・』なんて言ってたんだからおかしいわよね・・・」
屈託のないミリアリアの笑顔に引き込まれてサイも笑った。
「確かにそうだよね。普段の彼ってとてもじゃないけれど王子さまって柄じゃないもんね。でも大変だったんだよ?ディアッカは。ミリィはディアッカの姿が見えなくなると泣いて探すし、『どこにも行かないで』って彼に抱きついて離れなくて。だから彼はずっとミリィを胸に抱いていたんだよ」
「本当だわ!さすがは究極の女タラシよね。女の扱いが上手いのも伊達じゃないわ」
「そう?でも・・・あの時のディアッカの態度はそんな軽いものじゃなかったよ。本当の恋人に接するように優しかったもの。ミリィのおでこやほっぺにキスするところなんてなんだか宗教画を見ているような感じだったし・・・」
「・・・・・・・・」
「ミリィ・・・?」
ミリアリアの双眸からは涙がこぼれ落ちるまま・・・そして彼女は言葉も出せずに泣いていた。
その様子を見るにつけ、サイはひとつの疑念を抱く。
「ねえミリィ・・・もしかして俺にかまをかけたの・・・?本当は何も知らなかったんじゃないの?」
サイの悲しげな顔を見返してミリアリアは微かに頷いた。
「ごめんね・・・サイ。でもね・・・多分・・・ううん。私絶対にディアッカが『金髪の王子さま』だと思ったのよ・・・」
「ミリィ・・・。ひとつ聞いてもいい?どうして今頃になって『金髪の王子さま』の話なんか聞きたがるの・・・?」
サイにはそれが解らない。
「キラが言ったの。『ミリィは金髪の王子さま』の夢を今でも見るのかって。私そんな夢なんてもうすっかり忘れていたのに何でって思ったの・・・だから全然見ないってキラに言ったら・・・」
「言ったら・・・?」
「『ミリィに必要なのはゆっくりでいいから現実を見ることなのかな・・・』ってキラに言われたのよ」
「私時々不思議に思うことがあったの・・・。あれは『本当に夢だったのかな』って。本当は誰かが金髪の王子さまになって私を護ってくれたんじゃないかって。心臓の音だけがすごく現実的で・・・とても夢だとは思えない時があったから・・・」
サイは眼を閉じたまま、黙ってミリアリアの話を聞いている。
「ディアッカがクサナギに行ってからまたあの夢を見るようになったのは・・・きっと金髪の王子さまはディアッカだったんだってそう思えてならないの。だってそうでしょう?ディアッカがそばにいてくれたときはこんな夢必要としなかったんだもの!」
「ディアッカがずっと私を大切に護ってくれていたから・・・『金髪の王子さま』なんて必要なかったのよ・・・サイ・・・」
「今・・・ここに彼がいないからまた夢になって・・・『金髪の王子さま』になって現れるんだって・・・そうして私を護ってくれているんだって!だからサイ・・・。私どうしても本当のことが知りたかったの!」
「金髪巻き毛の王子さまは間違いなくディアッカなんだってちゃんと知りたかったのよ・・・」
ミリアリアはその場に泣き崩れた。
「私ねえ・・・ディアッカにずっと酷いことを言ってたの。悲しい思いばかりさせてきたからとうとう彼を怒らせて愛想も尽かされちゃったのよ・・・。彼に嫌われても当然だけれど・・・でもちゃんと謝りたかった・・・。ディアッカはもう私の顔を見るのも嫌みたいで避けるようにクサナギに行ってしまったから、戻って来てももう私と話すことも一緒にいることもないって解ってるわ・・・」
そんなミリアリアの言葉にサイは『やれやれ』といった表情で微笑んだ。
「ディアッカがミリィを嫌う筈なんて絶対にないよ。ミリィを避けているならそれはきっと彼がミリィのためにはそのほうがいいって判断したからだと俺は思うよ・・・」
「そうね。この間キラがクサナギに行く前にここに来たでしょう?今のサイと同じことをキラも言ってくれたわ。私キラには何も言ってないけれど・・・ただ、ディアッカの体調がすごく悪いからよく見ていてってお願いしたの」
「え・・・ディアッカって体調悪いの?」
「AAのクルーには内緒なんだけれど・・・この間倒れたのよ。無理ばかりして・・・私の心配ばかりさせて・・・なのに私はディアッカがあんなになるまでちっとも気がつかなかったわ・・・私が彼の心配をすると怒り出すの。とても悲しい顔をして・・・『そんな心配するんじゃない』って言うだけだった・・・」
ディアッカの体調が悪いことなどサイも知らない。
だが、ディアッカとミリアリアの様子がどことなくおかしいと思い始めていたのだ。気のせいかとも思ったが、日が経つにつれどうやら間違いないと思った矢先だった。
「ディアッカは本当にミリィを大切にしていたんだね・・・」
ミリアリアの肩にそっと手を置きサイは慰めるかのような言葉をかける。
そして、そんなにも深い愛情を秘めたディアッカの姿に思いを馳せるのだった───。
(2005.10.5) 空
※ 自分の知らないところで心の拠りどころになっている事例は結構あるものですよね。
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