投降してきたばかりのディアッカは陽気ながらも不遜な態度を崩さない尊大なコーディネイターエリートだったという。
それでいて、見る者を惹き付けずにはおかない豪奢な美貌の持ち主で、その気になればきっと何でも手中に収められたはずの器量を持つ彼。
なのにそんな彼の眼差しはいつもミリィに向けられていた。
それはミリィの恋人を殺した側の罪悪感から?それとも同情?ならば義務感?
そんなミリィを追うディアッカの眼差しがとても切ないと思うようになったのはいつの頃からだろう。
普段どんなにそっけない態度をとっていてもミリィはいつもディアッカの心配ばかりしていたことを思い出す。
恋人のトールがそうであったように、ミリィもまた素直な女の子だった。
コーディネイターである僕を仲間として大切にしてくれた。
ナチュラルとかコーディネイターとかいうことではなく好きなひとは好きだと思える広い心。
強くしなやかな心を持っているミリィ。
そして僕は知っている。
彼女はとても強いけれど、それ以上に優しいことを。
フライリグラード(15)
さりげなく展望デッキをロックしたキラはそのままディアッカの側に寄った。
「君が話しづらいのは僕にだってちゃんと解っているんだけれどね。でも、おせっかいは承知で君と話したかったんだ」
どこまでも癇に障るヤツだとディアッカはキラを見やる。
「ムウさんも・・・それからサイもマードックさんも君のことをすごく心配してたよ」
「で?そいつらがおまえに何か言ったのか?オレとあいつの様子がおかしいとかなんとか!」
「ううん?誰もそれ以上のことは言わないから逆に変だと思ったんだ。でね?ミリィに聞いても何もないって言うばかりだし」
「だって本当に何もないんだから仕方ないだろう?」
ディアッカはひとつ溜息をつく。
「だからオレに何を言わせたいんだよ!ん?キラ!」
ディアッカの苛立ちをよそにキラはどこまでもマイペースだ。
「ミリィの記憶が戻ったばかりの頃ね、僕やサイによく話してくれたんだ。『金髪巻き毛の王子さま』の話。ミリィは夢だと思っていたけれど違うよね?少なくても僕とサイとムウさんはそれが誰なのか解っているんだから」
「・・・だから何?」
「ミリィの精神状態が少しずつでも安定し始めたのはその頃からだってことだよ。君も気付いてはいたと思うけれど、王子さまの話をするミリィは嬉しそうだったからね。ミリィはその夢をずっと心の拠りどころにしていたから」
「・・・・・・」
「でも・・・いつからかミリィはその話をしなくなった。最初は気にも留めなかったんだけどね・・・」
ディアッカは俯いたまま返事をしない。
「君が展望室で眠るミリィを抱いていたのを見て僕は解ったんだ。ミリィが王子さまの夢を見なくなったのは君がいつもミリィの側にいるようになってからだって。」
「現実の王子さまがいれば夢なんて必要ないでしょう?」
微笑むキラの視線を避けてディアッカは宇宙空間を眺め、そしてひとこと呟いた。
「ニセ者の王子だって必要ないさ?」
自嘲混じりの冷たい口調に今度はキラが俯き押し黙ってしまう。
「おまえだって解っている筈だ。オレを通り越してあいつが見ているのはトールだけだってね。そうだろ?」
デッキにもたれ掛かりながらディアッカは自分の掌を見つめる。もうたくさんの人間を殺めたその掌だ。
「あいつの記憶はオレとトールを混同してるのさ。温かい幸せな記憶は総てトールとの思い出ってやつでね?本当ならオレのことなんて必要ないんだ。なあ憶えているか?あいつは簡単にオレを恋人だと思いこんだだろう。何故だか解るか・・・?」
「理由があるの・・・?」
キラはディアッカに視線を向けるとそのまま言葉を引き取った。
「あいつの世界に死人がいてはいけないからさ・・・」
「ディアッカ・・・」
「一時期でも辛い記憶から逃れたかったあいつが無意識のうちにやったことは記憶のすり替えだ」
「恋人が死人ではまずいんだよ。それだと記憶に齟齬を生じるから。だから・・・眼の前で生きてるオレを恋人と思うのに何の躊躇もなかったっつ〜か、それが一番都合がよかっただけなんだよ。現にトールの写真を見せても『これは誰・・?』って聞くばかりで自分の恋人だと認識できなかったんだしな・・・」
「だから・・・あいつに『これはおまえの兄貴で今は地球にいるんだ』って説明したらあっさり納得したぜ?でもさあ・・・『オレがおまえの恋人ってのは嘘。本当はこいつこそがおまえの恋人で地球にいるんだよ』って言っても信用しなかった・・・。それどころか『どうしてそんな嘘つくの?私の恋人はディアッカでしょう?』とまで言い切ったのには驚いたけれど・・・」
「あいつにとって恋人は側にいるのが当たり前なんだから、地球に残ったトールにそれは無理だって」
「だからさあ?記憶が戻ったあいつがさあ・・・一番最初にやったことはやっぱり記憶のすり替えだったってわけよ?トールが恋人に戻ったからオレはお払い箱になっちまったんだって。冷たいよなあ・・・あいつもさ?記憶が戻った途端にオレは夢の中の王子サマだぜ?」
淡々と話すディアッカはいつも通りの彼だった。その強さにキラの心は痛む。
「でも・・・ミリィの王子さまは金髪の巻き毛なんだ!トールは茶髪だった。これはどう説明すればいいの・・・?」
「・・・トールは現実の人間でオレは夢の中の幻だって・・・ただそれだけだよ!王子さまってヤツはだいたいみんな金髪だろう?」
「でもなあ・・・キラ。金髪の王子さまとしてでも、記憶に残ったのは凄いことだって。普通ならまず考えられないぜ?」
「・・・君はそれでいいの?夢の中の幻で・・・」
「別にいいんじゃない?」
「そうやってまだ逃げるの?ディアッカ」
「AAはたった400メートルオーバーの艦だぜ?逃げるも何もないだろって」
「違うよ・・・僕が言いたいのは・・・ミリィを心から大切にしてきた君自身の想いから逃げるのかって・・・そう言いたいんだよ・・・」
「キーラ?何勘違いしてるんだよ!オレはそこまであいつに入れ込んじゃいないって。相変わらず逢えばケンカばかりしてるんだもんな・・・オレ達ってさ?」
「だから・・・あいつの記憶を混乱させるようなことはしないでくれよ?時が経てばゆっくりと薄れていく記憶だ。ムリにいじる必要はないんだよ」
「そんじゃオレも戻るから・・・」
そう言ってディアッカは今度こそキラの横をすり抜けた。ロックを解除してドアを開ける。
トアが閉まるなでの僅かな時間、それでもキラはディアッカに言葉をぶつけた。
「君がそっとしておきたくても・・・ミリィは!」
───パシュン・・・・!
───ミリィはもう君のことを見ているのに・・・。
閉じたドアの向こうに残されたキラの声は途中で途切れたまま・・・ディアッカの耳には届かなかった・・・。
(
2005..10.13) 空
※ 黒勝負は現状ディアッカの勝ち。
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