サイは優しいわよね・・・。だから好きよ。
ミリィはよく俺の事をそう言って笑った。
何気ない『好き』という言葉。
俺に対しての『好き』は彼女にとって『友情』や『信頼』、もしくは『親愛』の証。
実際俺もミリィに対して持つ『好き』という感情は『妹』に対るようなものだ。
彼女がAAのクルーに言う『みんな大好き』も『信頼』に近いものだろうしクルーのほうだって似たようなものじゃないかと思う。
ただしそれは『ディアッカ』を除いての話。
ディアッカがミリィに寄せる想いは仲間としての『好き』ではなくて異性として『愛している』男のものだ。
じゃあ・・・それに対するミリィはどうかと言えば・・・実はかなり微妙だと俺は見ている。
彼はミリィにとって特別な存在だ。
それは男女間云々ではなく存在そのものが不可欠になってしまっているのだと・・・俺はそう思う。
例えば俺やキラ・・・AAのクルーの前では彼女は周りを心配させないように必死で取り繕った笑顔を見せる。
でも・・・ディアッカの前では違う。あれこれ文句を言っては脹れっ面をするし露骨に嫌そうな顔も見せる。
だから・・・最初、俺もミリィはディアッカのことが嫌いなのだと単純に考えていたのだけれど・・・それは違っていた。
ミリィはディアッカの前でだけ素のままの自分に戻ることが出来るのだ。
彼に対しては取り繕った笑顔も元気な振りも必要なく、等身大の自分でいられるのだと最近やっと俺にも解った。
しかしミリィ自身はまったくそれに気付いていないしディアッカも解っていない。つまりそこが大問題なのだ。
フライリグラード(16)
ディアッカがクサナギから戻って来た。
相変わらず軽妙で飄々と軽口をたたいているが、どこか生気に乏しく無機質な印象を周囲に与えている。
「なんか・・あいつ変じゃないか?」
整備班ならずブリッジのクルー達ですら密かに囁きあっている程だったのだがやがて・・・。
「ああ・・・お嬢ちゃんが傍にいないからだな・・・」
「ノイマン少尉に取られちまったらしいって?」
誰かが口にしたそのひと言が状況を雄弁に物語っていた。
**********
ディアッカがクサナギから戻って来たその日・・・。
ミリアリアは通路を歩いていた彼を呼び止めた。
「ディアッカ・・・おかえりなさい・・・その・・・話があるのだけれど・・・」
ミリアリアはやっとそれだけ言ったのに対してディアッカは立ち止まりもせずに
「話って何?」とにべも無く冷たい素振りを見せる。
「聞いてもいい・・・?」
ミリアリアはディアッカの腕を取るとその場に立ち止まった。
その腕を振り解こうとするディアッカ。だがミリアリアもそうはさせなかった。仕方なくその場に立ち止まってディアッカは話とやらを聞くことにする。
「で?オレに聞きたいことって何?」
口の端を思い切り歪め、あざ笑うかのような表情を見せるディアッカにミリアリアは怯みそうになるが、それでもはっきりとした声で言った。
「もう・・・私のことは心配してはいない?」
「・・・・・・」
一瞬、沈黙が流れた後、ディアッカはたたみ掛けるような返事を返した。
「そうねえ・・・オレもずい分おまえに入れ込んだけれどさあ・・・いつまでも靡いてくれない女なんかこの際どうでもいいかな〜って思うようになったかな?どうせ何やったっておまえは冷たくて露骨に嫌な顔もされるしね。さすがのオレも愛想尽かしました!ってところなんだけどさ?どう?これで納得してくれた?」
投降直後によく見た皮肉気な笑いを口に乗せてミリアリアを見下すディアッカは再び踵を返す。
邪魔だと言わんばかりにミリアリアの腕を振り解くと再び通路を歩き出した。
「うん。解った。ごめんなさい・・・嫌な思いばかりさせちゃって」
「解ったら早くここから離れてほしいね。ウワサになるのはゴメンだからさ?」
「そうね・・・。もう私も呼び止めないわ」
「じゃ、そういうことで」
「・・・・・・」
遠ざかってゆくディアッカの背中を見つめて最後にひと言。
「今までありがとうディアッカ・・・」
無論返事はなかった。
ただその声に押されたかのようにディアッカは床を強く蹴り上げると程なくミリアリアの視界から消えた・・・。
******
その日を最後にディアッカとミリアリアが一緒にいるところを見た者はいない。
ミリアリアは自ら申し出てシフトを夜の専属に変えてもらっていた。代わりにチャンドラが日勤になった。
ディアッカとは勤務する時間そのものを変更してしまったので、食事の時間も何もかも総てが合わなくなった。
だから今、この昼食の時間も席を陣取っているのはチャンドラで、サイ、フラガ、ディアッカらと一緒にテーブルを囲んでいる。
「でもさあ・・・エルスマンはハウと付き合っていたんだって俺はずっと信じていたんだけどなあ〜」
事情を知らないチャンドラは無邪気に周りに話しかける。
「そんなガセネタどこから仕入れてきたんだっつ〜の!チャンドラさん?」
ディアッカは無邪気に笑っているが、それを見守るサイやムウは内心もうハラハラしている。
「ああもうガセだっていうのはよく解ったよ。だって今、ハウはノイマンと良い仲らしいってウワサだもんな」
「・・・・・・ノイマンさん?」
以外な言葉にディアッカならずサイやムウまでもが顔を顰める。
「トノムラの奴がノイマンに倉庫の鍵を借りに行ったら・・・もうすごくいいムードだったって言ってたんだよ」
「ふうん・・・」
いかにも興味無さ気にディアッカが軽く相槌を打った。
「ハウ、夜勤専属になったのはノイマンに合わせたって言われてるぜ。確かに夜勤専属になればローテーションと違って週に3回は必ず同じシフトになるんだもんな」
「・・・まあ、ただの噂なんだろう?それよりも・・・」
どこまでもエスカレートする話を逸らそうとムウは躍起になるが、チャンドラはお構いなく話を続ける。
「よかったじゃん?エルスマン。あんな女と早く手を切ってさ?まあオマエならすぐに良い女見つかるってものさ」
「・・・だ〜か〜ら〜っ!オレとミリアリアは何でもないって言ってるじゃんよ?ウワサだけが広まっていたんだっての!」
軽く流すディアッカは傍目には何でもなさそうに見える。
普段からポーズを取るクセのある男だから別に不自然ではない。
「あ、そろそろ時間ですね少佐」
時計を見れば交代10分前だ。サイの声に安堵してムウも立ち上がる。
「ああ戻らなくちゃなあ・・・」
「じゃあな・・・」「ああ・・・」
ひとしきり談笑した後に4人はそれぞれの持ち場へと戻って行った。
───ノイマンさんね・・・。
ひとり呟いてディアッカは格納庫へと降りてゆく。
(あ・・・そうだ。パーツ取ってこなくちゃ・・・)
整備班からの頼まれ事を思い出してディアッカはその足を倉庫へと向けた。
───パシュッ
扉を開けて中に入ると・・・いつもは真っ暗な筈の倉庫は煌々と明かりがついている。
(・・・?)
不審に思って辺りを見廻すと・・・。
奥まった棚の陰から声が聞こえてきた。この位置では相手の顔は見えない。男の声だ。
ディアッカの探すパーツは丁度その辺りに置いてあった記憶がある。
(先約ねえ・・・)
別に気にも留めずにディアッカは声がした方に向かって歩き出した。
「すいませ〜んちょっとお邪魔・・・」
そこまで口にして・・・ディアッカは目にした光景に釘付けになってしまった。
そこにいたのはノイマンと・・・ミリアリアのふたり・・・。
しかもミリアリアはにこやかに微笑んでいるではないか・・・。
(そ〜いうわけね・・・)
先程のチャンドラとの会話を思い出してディアッカはクククと口元で笑った。
「ああ・・・ゴメンナサイねえ〜!そこのパーツ取ったらすぐに退散すっからっ!」
素早くパーツを掴むとディアッカはウインクひとつを残して「お邪魔〜っ!」と足早にふたりの前を通り過ぎた。
閉まる扉を背にしてディアッカはただひたすら格納庫へと降りてゆく・・・。
(なるほどね・・・)
噂を肯定する現場を眼にしたのだ。
それにしても・・・ノイマンに見せたミリアリアの・・・あの微笑はどうだろう。
優しい柔和な微笑だった・・・。
ふと、その場に立ち止まる。
(オレは・・・あんな顔させてやれなかったよな・・・)
いつも怒らせてばかりだった。冗談や皮肉を言って嫌な思いもさせた。
(いい趣味してるじゃん?あいつならきっとおまえのこと・・・温かく包んでくれるさ・・・)
包み込もうとして・・・自分はいつも拒まれていた。
(しょうがないよな・・・おれは恋人の仇なんだし・・・)
───オレはミリアリアの恋人にはなれない・・・。
どれほど深く愛しても・・・自分は彼女の幸せを壊し・・・崩した仇・・・。
(悲しい思いばかりさせた・・・)
せめてもう少し・・・せめてあと5歳あいつよりも大人だったらもっともっと包んでやれた。
プラントでは成人扱いされてもまだ自分の精神面は17歳のままだ。
こんな血塗られた腕でミリアリアを温かく包むことなんてできない。
(けれどさ・・・何があっても護るって誓ったんだよ)
ディアッカは自分の意志でAAに残った。ただ・・・大切に思ったひとを護る為に残ったのだ。もう後戻りはできない。
(いいじゃん?本望だろ?)
───君はそれでいいの?夢の中の幻で・・・。
(別にいいんじゃない?)
───そうやってまだ逃げるの?ディアッカ。
(AAはたった400メートルオーバーの艦だぜ?逃げるも何もないだろって)
───違うよ・・・僕が言いたいのは・・・。
ミリィを心から大切にしてきた君自身の想いから逃げるのかって・・・そう言いたいんだよ・・・。
「ニセ者の王子だって必要ないさ・・・」
だから・・・命ある限りあいつの幸せを護るから・・・・・・。
それで いいだろ?キラ・・・。
かつて・・・自分は望むものを総て手に入れてきた。
でも・・・本当に欲しかったものは・・・もう手の届かない夢と同じ。
どこまでも付き纏う忌まわしい血生臭い『敵』としての己の身。
願った夢は遥かな幻・・・・・・。
(2005.1.31)(2005.10.20改稿加筆) 空
※・・・百聞は一見に如かず・・・。
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