ノイマンとミリアリアが付き合いだしたらしいという噂はAA中に広まっている。
真偽のほどはともかく、ふたりでいるところは艦のあちこちで目撃されているので自然そういう噂になるのだ。
『ハウの恋人ってエルスマンじゃなかったのか?』
誰もがそう思っていただけあって、この意外な展開には皆驚きを隠せない。





フライリグラード(17)





深夜のAAのブリッジではノイマンとサイ、そしてミリアリアが当直として業務に就いていた。

「ハウ。顔色が悪いな・・・無理しているんじゃないのか?」

操縦席でコーヒーを飲んでいたノイマンがミリアリアに尋ねると、ミリアリアは強くかぶりを振った。

「そんなことないですよ。夜勤になってからもう一週間だし、ようやく慣れてきたので疲れ出てきたように見えるだけだと思いますよ?」

それに対してサイもノイマンと同じような言葉をかけた。

「ミリィ・・・。ノイマンさんの言う通りだよ。どす黒い寝不足の顔してると俺もそう思うよ。ちゃんと眠れているの?」

「もう・・・みんな心配性なんだから!大丈夫だって。少しは信用してくれないと困るわよ」

ミリアリアはちょっと拗ねた顔をしてふたりの顔を交互に眺める。本当に心配性なんだから・・・と思う。
だが、その実本当はふたりの言葉が的を得ているとミリアリア自身は解っていた。
夜勤専門になればディアッカに迷惑をかけずに済む。
ただそれだけを考えてミリアリアはシフトを交代して貰ったのだから当然他で無理が生じていた。
まず日中の一般居住区は騒がしくてミリアリアの眠れる環境ではなかった。
大部屋はドアもアコーディオンカーテンだから逐一物音が響くのだ。
体調が悪い時は今までずっと士官居住区のディアッカの部屋で休んでいたのでそんな事にも気が付いていなかった自分がとても悲しい。
人の出入りが激しい医務室や防音壁のない一般居住区を避けて士官居住区の自室に運んでくれたディアッカの優しさ。
ミリアリアの知らないところで彼はこんなにも神経を遣っていたのだ。
そして今更ながらそんなディアッカの細かい配慮が心に沁みる。

ディアッカが自分の傍からいなくなって初めて、ミリアリアはようやく自分が誰に護られてきたのかを理解した。
自分ではずっと周りを見てきたつもりだったし、それなりの気遣いだってしてきたと思っていたのだが・・・それは間違いだった。
自分は遠くの海を照らす灯台と同じで遠くの物事は見えていても、自分の周リは何も見えていなかった。
いや、見ようともしなかったのだ。いつも陰になり自分を支えて護ってくれたのはディアッカだったのに冷たい態度しかとれなかった。
感謝の言葉もなく、むしろ邪魔だとか煩しいとかばかり思うだけで彼の気持ちなんてまるでお構いなしの自分。
わがままで思いやりの欠片もなかった・・・そんな自分の心の狭さを悔いてみたところでもう総ては遅いのに。


「ミリィ・・・?」


サイの声にミリアリアは己を取り戻す。

「あ・・・ごめんね。もしかして私ボーッとしてた?」

「っていうかさあ?ミリィの心はここに在らずって感じなんだけれど・・・」

苦笑するサイの顔に厳しいものが混じるのを見たミリアリアはカタン・・・と席を立つと、
「少し眠くなっちゃったみたいだから顔洗ってくるわ!」と元気よくブリッジから出て行った。





───プシュウ!





後に残されたサイとノイマンは互いの顔を見合わせて溜息をつく。

「今の勤務はやっぱりハウには過酷なようだな。どう思う?アーガイル」

「そうですね。でも俺最近思うんです。ミリィはディアッカが傍にいないと、どこにいても結局落ち着けないんじゃないかって・・・」

サイはミリアリアとノイマンの噂など端から信じてはいない。だからこそ言える言葉だ。

ノイマンは更に溜息をつくとサイの言葉に頷いた。

「ノイマンさん。ディアッカは・・・どうしてあそこまでミリィを避けるんでしょうね?ついこの間まであんなに仲良さそうにしていたのに、俺はそれが不思議でしょうがないんですよ。ミリィはディアッカに嫌われたなんて言っていたけれど・・・でもあのディアッカがミリィに愛想を尽かしただなんて俺は絶対ありえないと思うんですよね」

これはサイの率直な考えだ。

「そうだな・・・」

ノイマンはひと言呟くと、眼の前のコンソールを眺めやる。

(ハウとエルスマンか・・・)

ノイマンはディアッカが倒れた時のことを思い出していた。
ディアッカは自分が倒れる直前までずっとミリアリアの看病をしていた。まるで保護者のように献身的にだ。
そんな彼が今更彼女に愛想を尽かすなんてことは考えられない。でも確かにディアッカはミリアリアを避けているのだ。

男が好きな女を避ける理由・・・。

そこまで考えたとき、ノイマンは自然口元が綻ぶのを感じた。

(それ程までにハウが大切だったのか・・・)

そう思うと切なくなった。

ノイマンはディアッカがAAに投降した時からずっと彼を見てきた。
だからミリアリアに寄せる想いの強さも、そしてその激しさも解っているつもりだ。
どんなに冷静さを装っても隠しきれるものではなかった。彼がプラントでどんな生活をしてきたのかも人づてに聞いている。
そんな男がハウのことだけは真摯に受け止め、ずっと護ることに徹してきたその理由。

『誰よりも、何よりも大切な存在』

彼女ゆえにその生き方すら変えてしまった男。

(自分の感情と・・・行動に歯止めが掛からなくなったのか・・・)

ノイマンは実に正確に事の顛末を理解していた。
最初は傍にいられるだけでよかったのに・・・護る事が出来ればそれで満足だった筈なのに、だがディアッカはミリアリアに『それ以上』を求めてしまった。
微妙すぎる己の立場もあいまって求める気持ちとそれを押さえる気持ちが複雑に絡み合った結果がこれなのだ。
これ以上傍にいたら彼女をもっと傷つけてしまう。
そう思ったからこそディアッカはミリアリアを避けているのだろう。
愛想を尽かしたのではない。想いの深さ故に自ら離れようとしているのだ。

(そんな男の想いをハウに解れって言っても無理ろうな・・・)

恋人が生きていた頃のミリアリアは天真爛漫な少女だった。そんな彼女に男の性愛なんて理解を求める方がおかしい。
ディアッカはきっとそれをよく解っている。

だが、ここにきて事情は大きく変化する。
ミリアリア自身もディアッカに対する自分の思いに気がつき始めた以上、このふたりはいずれ互いに接点を持つことになる。
すれ違ったままでいるにはあまりにも特異な環境にいるのだ。
たった420メートルしかないAA。
どんなに避けても会わずには済まない。
恋人を失ったミリアリアがようやく落ち着きを取り戻し始めている今、これ以上彼女に負担が掛かるようなことは避けたい。
今、ディアッカとのことで精神的に追い詰められているミリアリアの支えになれるのは・・・。

(皮肉なんだが、エルスマンでないとまた・・・ハウを支えることはできないのさ)

摩訶不思議なふたりの関係にノイマンはみたび溜息をついた。







**********







「お嬢ちゃん・・・夜勤かい?」

出し抜けに掛けられた声にミリアリアが振り向くと、そこにいたのはムウ・ラ・フラガ。

「少佐・・・こんな時間に何してるんですか?夜中の3時ですよ〜」

ミリアリアは上目遣いでムウを見上げる。

「ちょっと眠れなくてね〜まあ優雅に夜の散歩と洒落込んだんだけどねえ。でも誰もいないとつまらないものだなあ・・・。あ?もしかしてお嬢ちゃんヒマ持て余してる?」

「何言ってるんですか少佐。私は夜勤ですってば!」

ムウの言葉が可笑しくてミリアリアはプッと吹きだしてしまった。

「どうせ夜勤なんてたいした仕事もないんでしょう?ブリッジは誰が当直なんだい?」

ムウの質問にミリアリアは、「サイとノイマンさんですよ」とだけ告げる。

「そいつは好都合!」

ムウは近くにあった連絡用の内線に手を伸ばすと、ブリッジのノイマンを呼び出した。

「あ、ブリッジ?ノイマン?フラガだけど、ここにいるお嬢ちゃん少しの間借りてもいいかい?」

それに対してブリッジのノイマンが何やら返事をしているようだ。

「うん、俺もそう思う。悪いようにはしないから・・・ああ。じゃ何かあったらコールベルで呼んでくれ」

ミリアリアの都合もそっちのけでムウはパチッとウインクを投げる。

「ノイマンの許可も下りたから、お嬢ちゃんは今から俺と付き合ってね」

そんな子供のような仕草を見てミリアリアはふと(あいつに似ている・・・)と感じていた。







夜中の通路をひた歩くと着いた先は士官食堂だった。

誰もいない薄暗い士官食堂の一番奥にミリアリアを促すとムウは熱いコーヒーを淹れる。
それをミリアリアに手渡してムウは自らも席に着いた。

「お嬢ちゃんもあまり顔色が良くないね。もしかして無理してるんじゃないのかい?」

その声に「そんなことはないですよ」とミリアリアは笑った。

「そうかあ?俺にはそんな元気には見えないけれどねえ・・・」となおも食い下がるムウに対し、ミリアリアはオウム返しのように笑う。

「・・・・・・」

しばし沈黙が流れた後、実にやさしい声が流れた。





「なあお嬢ちゃん・・・。ディアッカの奴とはどうなりたい?」





ミリアリアはハッと顔を上げてムウを見返した。
そしてその顔を見るや否やそのまま言葉も飲み込んでしまった。

やさしい声に相応しい・・・実にやさしい表情でムウはミリアリアを見つめていた。

「どうしたい・・・じゃなくてどうなりたいかって・・・俺はお嬢ちゃんの口からそれを聞きたいんだよ」

ミリアリアは困惑する。

「どう・・・『なりたい』・・・ですか?」

「そう。『どうなりたい』かを聞きたいんだ。今から俺が話すことを聞いて決めてほしいんだよ?いいかい?」






ムウは落ち着いた穏やかな態度でミリアリアに臨もうとしている。





(どうなりたい・・・?)





その言葉の意味も解らずにミリアリアは今・・・ただムウの言葉を待っている・・・。









 (2005.10.28 ) 空

 ※ 『したい』<『なりたい』ということです。
     

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