ディアッカの奴とは『どうなりたい?』

そう聞かれたミリアリアは何度もその言葉を頭の中で反芻した。

『どうしたい?』なら答えようもある。
『したい』ことならたくさんあった。例えば『ごめんなさい』と正面からディアッカにあやまりたかった。
『ありがとう!』ときちんと伝えたかった。

でも・・・『どうなりたい?』と聞かれたその意味がよく解らない。

『どうなりたい?』ってどうなるの?ディアッカと『どうなりたいの?』

ねえ?私はディアッカと『どうなりたいの?』







フライリグラード(18)







ミリアリアに『話すこと』といってもムウはディアッカが自分に告げた話をそのままそっくりする気は無かった。
ボロボロになって傷ついたところなど好きな女に見せたくない。
第一それが出来るくらいなら、ディアッカは自らミリアリアに縋り付いているはずだとムウは思う。
自分の曖昧な立場と包み込んでやれない不甲斐なさを情けなく思う男の矜持は軽く語っていいことではない。
だからこそムウは慎重に言葉を捜している。
ディアッカは17歳。ミリアリアは16歳。これから大人になってゆくふたりに『大人』として示してやれること・・。

それはふたりを『対等の大人』として扱い、話をすることではないかとムは考える。だから。

「お嬢ちゃん。今君はあいつと話せないできっと辛い毎日を過ごしているんじゃないかとは思うんだけれどねえ。でもね。あいつはもっと辛いと俺は思っているよ」

そう言ってムウは手のひらを組むと自分の額を乗せて大きく息を吐いた。

「あいつはね、優秀なコーディネイターでしかもほら、あの通り凄いキレイなにいちゃんだろう?まあちょっと・・・っていうかかなりマセてるエロガキだけどプラントではもう立派に成人扱いされているんだよね。それでねえ、自分でもさ?『オレはもう立派な大人なんだ』ってずっと思って過ごしてきたんだけれどもねえ・・・それが根本から崩れちゃったんだよ」

ムウの話を黙って聞いていたミリアリアは無意識に首を傾げている。

「あれだけキレイでかっこよくてさ?しかもすごい優秀なコーディネイターの大人だったディアッカはさ?お嬢ちゃんに出会ったことで実はそうじゃなかったんだってことに気付かされちゃった。しかも自らそれを認めてしまったんだからさあ、それはもう大きなショックだよねえ」

「ショック・・・ですか?」

「そうだよ。これ以上はないっていう位の大ショック。だってそうでしょう?それまでナチュラルってのはバカで愚かな人種だとずっと思ってきたのに、まあ確かに容姿や潜在能力はコーディネイターの方が勝っているとしてもさ、人を愛し、大切に思う純粋な気持ちにはナチュラルもコーディネイターも関係ないでしょう?お嬢ちゃんに殺されかけてディアッカは初めてそれが解ったんだよ」

「でね?ナチュラルもコーディネイターも同じ人間だと認めて。捕虜となった自分のことも心配してあれこれ気遣う、そんなお嬢ちゃんは凄い女だって素直に敬意を持ったあいつは、自分でも気が付かないうちにどんどんお嬢ちゃんに惹かれていったんだろうねえ」

「そんなディアッカもやがてお嬢ちゃんに恋している自分に気が付いて愕然と・・・っていうか呆然とする破目に陥っちゃった。あいつねえ、きっと解らなかったんだよ・・・。どうしていいのか・・・」

「・・・・・・」

「だって自分はお嬢ちゃんの恋人を殺した仇の仲間で、ヘリオポリスの崩壊にも加担したZAFTの・・・しかもエリート部隊の人間でしょう?そんな自分のことなんて嫌って憎むのが当たり前。だから胸に秘めたまま黙っていよう。AAを、お嬢ちゃんを護れればいい。ただそれだけでいいんだって自分を抑えてきたんだろうに・・・そうもいかなくなってしまったって訳さ」

「あいつは深い愛情とは無縁に見えるけれど・・・あいつの根底にあるのは実はとても深い愛情なんだ。ただ、その示し方を知らなかっただけでね?だからあんなに突っかかった態度しか取れない。無理もないとは思うよ?あそこまでお嬢ちゃんが自分を大切にしてくれたのに自分は何もしてやれない。どんなに好きでも・・・大切に思っていても所詮お嬢ちゃんを悲しませた仇の仲間でしかないそんな自分に絶望したんだろうねえ」

「コーディネイターとしての優秀な能力も、端整な美貌も、これまでの経験も、存在価値を無くして何もかも根本から崩れてしまったから」

「お嬢ちゃんを大切に思う気持ちには、そんなことは重要なことでないと思ってしまったから」

「そして『立派な大人』だと思っていた自分はこんなにも無力な子供だったんだと認めてしまったから・・・」








───でもねお嬢ちゃん・・・。俺は思うんだよ。

     自分は無力な子供だったと認めたあいつは・・・子供から少年から青年を飛び越えて・・・きっとね?

     それ故 一気に大人になってしまったんじゃないかってね・・・。





     それははお嬢ちゃんを大切に慈しみ護るためには必要不可欠だったあいつの成長ってやつなんだろうね。







ムウはそこまで話終えると長い息を吐き出した。

「俺の話はここでおしまい。さて、お嬢ちゃん。もういちど聞くよ?」

温かい微笑みを浮かべてムウはミリアリアにそっと尋ねた。






「ディアッカの奴とはどうなりたい?」





暫く俯いていたミリアリアだったが、それでも毅然とその顔を上げた。





「少佐・・・私はうまく言えないんですけれど・・・あいつの傍であいつを護りたいんです。変だと思うけれど」

「・・・どうして変なの?」

「私には・・・あいつを護れる力なんてきっと無いとは思います。でも私は知っています。あいつはずっと私を大切にしてくれていた。いつも傍にいて護ってくれていた。情けないけれどようやく私は・・・今になってそれが解ったんです。
あいつは天邪鬼ですごい意地っ張りで強がってばかりだけれど・・・みんなあいつの態度や外見に欺かれて大人だと思っているけれど、本当は違う。私と変わらない17歳の男の子です」

「だからあいつの傍で一緒に泣いて、笑ってふざけて、ご飯を食べて過ごしたい。護られてるばかりじゃなくて私もあいつを護りたい・・・。そんな仲になりたいんです」

「あいつの望む恋人にはなれなくても・・・一緒にいたいと思うのは私の我侭だって解っているけれど・・・でも」









「でも少佐・・・。私はあいつと・・・ディアッカとそういう仲になりたいんです・・・!」









ミリアリアはようやく自分がどうなりたいのか自ら選び取った。
もう遅いのは解っているけれど・・・それでもディアッカの傍にいたいと思う。








そんなミリアリアの言葉にムウは軽く頷くと、

「お嬢ちゃんも大人になったね・・・」

そう言葉を返して席を立った。

「じゃあさ?その言葉を信じてさ?今は黙ってあいつを待っていてやってくれる?バカじゃないからきっと解るよ。お嬢ちゃんのその気持ちもね」

「さて・・・そろそろお嬢ちゃんをブリッジに返さないと。厨房班の奴らも起きてくる頃だし・・・」

ムウの言葉にミリアリアは壁の時計を見上げると、もう時刻は午前4時になろうとしている。

「じゃあね。今度また一緒にご飯を食べようね。俺とお嬢ちゃんとアーガイルの奴と・・・」

「・・・ガラの悪いマセたエロガキと4人で!」




「またね・・・!お嬢ちゃん!」




ムウはその身を軽く翻すと士官食堂から出て行った。













───また一緒にご飯を食べようね・・・。














そんなささやかな当たり前のことがこんなにも嬉しく思える自分を、ミリアリアはとても愛しく思うのだった・・・。















 (2005・2・5) (2005・11.4 改稿加筆) 空

 ※  おまけも入れてあと3回の予定です。やっとここまで書けました・・・。


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