深夜の静まり返った通路をひとりディアッカは歩いていた。
自室に戻っても何もする事が無かったし、ここ最近はまた眠れない夜が続いている。
このまま進めば行き着く先は展望デッキなのだが、この時間ミリアリアはブリッジにいる筈なので彼女に会う心配もない。
以前はここでこっそりと泣くミリアリアを見かけたが・・・今はここもただの冷たい空間になってしまっている。

(・・・?)

ディアッカは不意に顔を顰める。

通路の前方から何やら書類の様なものがフワフワと漂ってくるではないか・・・。

床を軽く蹴り上げ漂うそれを掴んで見ると、やはり何かの書類だった。

(なんでこんなものが浮かんでるんだ・・・?)

だが、よくよく見るとまだ他にも何枚か書類が漂っている。ディアッカは全てを回収し終えると漂ってきた方向を注視する。

すると前方10メートル程先にある艦橋へと続く横道から更にもう1枚浮かんで来るのが確認出来た。

さすがにそれを不審に思ったディアッカは、横道へと歩みを向けると・・・。



「・・・・・・え・・・・・・?」



横道に人が浮かんでいた。

それが誰なのか確認するまでもなかった。

ピンクの軍服を着用しているのAAにははただひとりしかいない。





(ミリアリア・・・!)





ずっと彼女を避けていたことも忘れ、ディアッカは強く蹴り上がると宙に浮かぶその身体を抱き止める。
そして・・・あまりにもその顔色が悪いことに言葉も出ない。










フライリグラード(19)











ディアッカは急いでミリアリアを医務室に運ぶと、その身体をそっとベッドに下ろしたものの、どうしたものかと思案に暮れた。

もう彼女には触れるまいと決めていたのだ。
軍医を呼ぶのが一番いい。そう思ってインターホンに手を伸ばしかけたのだが・・・その手が止まった。

ここは医務室で・・・しかも自分は医療行為の出来る人間だ。それに解っていた。
ミリアリアがここまで無理を重ね続けた理由。

自分は彼女に何と言った?

『オレだってひとりになりたい時があるのさ?用が無いなら呼ばないでくれる?』

『解ったら早くここから離れてほしいね。ウワサになるのはゴメンだからさ?』

そう言って邪険にしたのではなかったか?

ミリアリアの性格なら、こんなことを言えばどうするのか察しがつく。
極力自分との接触は避けるだろう。
例えば、そう。シフトそのものをj変更してしまえばいい。だとか。
ディアッカの負担にならないように、彼女は躊躇することなくそれを実行したのだろう。
結果・・・ここまで無理をさせたのだ。
やっと回復の兆しが見えてきた身体なのに、根本からリズムを崩したらどうなるのか解らぬ彼女ではない。
それでもディアッカの負担にならないように耐えたのだろう。
当然周りのクルーにも体調の悪さを気取らせぬよう振舞っていたに違いないのだ。

ディアッカは手際よくミリアリアの軍服を脱がせると、身体を締め付けるものを全てを外しにかかった。
カンフルと栄養点滴を打つ。
他に必要な処置を済ませてからディアッカはようやくベッドの傍らにある椅子に座り込んだ。

二度と触れまいと決めたミリアリアの身体は最後に触れた時よりずっとか細くなっていた。
何度もキスを落としてきた額と頬は発熱のために赤い。

そっと触れると・・・ディアッカの冷たい手のひらの感触が伝わってのことか、ミリアリアはゆっくりと意識を取り戻した。




「ディアッカ・・・」

そう呟いて慌てて起き上がろうとするミリアリアをディアッカが止める。

「起き上がるんじゃない」

だがその声をよそにミリアリアはまた起き上がる素振りを見せる。

「起き上がるんじゃねぇっつ〜んだよっ!」

荒々しく声を上げるディアッカに一瞬竦みあがったものの、ミリアリアは気丈に起き上がって腕に刺さった点滴の針を抜いた。

「何するんだよ!」

「もう大丈夫だからブリッジに戻るわ。ノイマンさんがひとりで勤務してるから」


「・・・・・・」


ミリアリアの口からノイマンの名を聞かされたディアッカは自分を抑え切れなかった。

「うるせぇーんだよ!ゴチャゴチャと!こ〜んなフラフラした奴に戻られたっていい迷惑だって〜のがワカンナイのかよっ」

「・・・ったく何考えてんだか知らねぇけどさ?おまえが戻ったところでさぁ〜何の役にもタタネェだろうがっ!解ったらとっととベッドに横になってろっ!」



・・・・・・こんなことを言いたいんじゃない。

「それともナニさ?イ・ヤ〜な思い出満載の医務室でオマエを馬鹿にしたコーディネイターと一緒にいるのは耐えられねえってか?」

・・・・・・どうしてこんな言葉が自分から飛び出すのか・・・。

「やっぱナチュラルはナチュラルがいいに決まってるよなあ!」

・・・・・・ほら!ミリアリアを傷つける言葉ならこんなにもスラスラと出てくるのだ。

「解ったよ!おまえの彼氏呼んでやっから待ってろよ」

クククと口元で笑うとディアッカはインターホンを取った。




「・・・あ?ノイマンさん?エルスマンだけどさ?アンタの彼女が倒れてさぁ〜今医務室にいるのよね〜っ。でさぁ、オイシャサマの言うことぜ〜んぜん聞いちゃくれなくてこっちも大迷惑してっから連れに来てくれない?オレもいい加減眠くってさ?」

ディアッカはカラカラと笑いながらノイマンにそう言った。それに対して・・・

『・・・そうか。だが俺もここから離れることが出来ないのでな、代わりを寄こすからそれまでちょっと待っていてくれ』

と、ノイマンから返事を返された。

ディアッカは苛立ちを露に「しゃ〜ねえなぁ!早くしてくれよ?」と言い放って回線を切った・・・。

「今誰か寄こすってよ?冷たいんじゃないの?おまえの彼氏」

ミリアリアが勝手に出て行かないようにディアッカは腕を組んでドアの前に立ち塞がる。

それきりもう何も言葉にしなかった。
僅か数分の事だろうに、ディアッカにすればそれは数時間にも匹敵するような感覚でただミリアリアを連れに来る者を待ち続けた。

ミリアリアはもうずっと俯いたまま顔も上げようとしない。






───パシュン。






いきなり医務室のドアが開いて・・・。

「入るよ〜」というダラけきった声と共に医務室を訪れたのはまたしても・・・。

「何だい?お嬢ちゃん倒れたんだって?それで具合はどうなんだい?」

ディアッカは大きく溜息を吐く。

「なんだよ・・・ノイマンさんの代理っておっさんかよ・・・」

ディアッカの眼の前で、ダラけきった姿を現したのはムウであった。

「ん〜とさ。ヒマでブリッジに顔を出したらノイマンの奴に医務室に行ってくれって言われたもんでねえ・・・」

頭をポリポリと掻きながらムウは悪びれずにディアッカにそう言った。

「ああそう?じゃさ、とっととこいつブリッジに連れて行ってくれない?まったく優秀なお医者のタマゴをコケにするんだぜ?」

半ば呆れ顔でムウに視線を移すとディアッカはその横を通り抜け、今まさに通路へとに出ようとしたのだが・・・。

「あ〜!おまえもここから出しちゃいけないんだって」

その首根っこをムウに掴まれ、ディアッカは医務室を抜け出せない。

「何すんだよおっさん!」

ディアッカの首根っこを掴んだまま、ムウはインターホンをハンズフリーモードで操作する。

「・・・ブリッジ・・・ノイマンか?ああ・・・そうフラガだけど、医務室には確かにお嬢ちゃんとエロガキのふたりしかいないね」

『そうですか。では少佐、そのままふたりだけにして少佐だけこちらに戻ってきて下さい』

ハンズフリーモードなので、ブリッジにいるノイマンの声もよく響く。

「・・・だとさ?」

ディアッカより更に長身で体格も優れた生粋の軍人がニヤリと笑う。

『エルスマン。聞こえるな。いいか・・・?心優しい俺としてはおまえに一大チャンスをやろうと思う。
今から医務室を緊急モードでロックするから、誰にも邪魔されない状態でハウと話をするんだな』

「な・・・!ノイマンさんいったい何のつもりなのさっ!」

ディアッカはムキになって大声を上げた。

『俺は別におまえなんかどうでもいいんだけれどね?このままじゃあまりにもハウが可哀そうでねえ・・・。
正直おまえには最近ムカついているんで、ここらでちょっとそのアタマも冷やしてもらおうと思ってね・・・』

「意味ワカンネ〜んだけどっ!」

『だからおまえのことなんて知ったこっちゃないのさ?今から6時間緊急モードで医務室をロックしてやるから思う存分ハウとやりあうんだな』

「やりあう・・・って何をやりあえっつ〜んだよ!っ〜かあんた自分の彼女が他の男とふたりきりでいることが不安じゃね〜のかよっ」

『だからチャンスをあげようって言ってるのさ。優しいだろう俺は。6時間やるからその時間でハウと仲直りするなり口説くなり襲うなり好きにすればいい』

「ノイマンさん・・・それ無謀じゃねえ?!そんなこと言うとホントに襲っちまうからなっ」

『そうしたらキチンと男らしく責任取ることだ。おまえにそれくらいの誠意を期待してもいいだろうしな・・・ハハハ・・・』

「・・・・・・」

『・・・それからハウ。聞いているな?せっかくのいい機会だからここでキチンとエルスマンと話をしておいで』

「・・・ノイマンさん・・・」

『君はとっても可愛いから俺の彼女になってくれたら真面目に嬉しいね。だから君にも選択してもらいたいのさ・・・。
そこにいるひねた少年と大人の魅力溢れる俺と・・・どっちがいいのか考えてほしいね』

「それ・・・冗談ですよね・・・?ノイマンさん」

『さあね?でもそいつとはよく話し合うんだよ。せっかく同じ艦で同じ時間を過ごしているのだからね』

『というわけだから、観念するんだね。・・・じゃ少佐。そういうことですから宜しくお願いします・・・!』



「ああ解った。それじゃ戻るからロック頼むな!」

ムウはそう言うとディアッカを強く押し戻す。
その隙に「じゃあね!お嬢ちゃん頑張れよ!」とミリアリアに言い残してドアを閉じた。







───ちょっと待てよ・・・!

ディアッカはドアをなんとか開けようとするのだがビクともしない。






「どうなっているんだよ・・・!」






ディアッカはドアの前で座り込むと額に手を当てて大きく溜息を吐いた。





「・・・ディアッカ・・・」





自分を呼ぶミリアリアの声に振り向いたディアッカは・・・。





(どうしろっていうんだよ・・・この状況でさあ・・・)












ミリアリアの真剣な顔を見つめて更に大きな溜息を吐くのだった・・・。

















 (2005.11.11 もとの原稿の殆どを改稿加筆) 空

 ※  一応次回で完結の予定です。が、あくまで予定。
     しかし・・・ノイマンさんかなり黒いですねえ・・・(笑)


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