医務室の扉はビクともしない。
コンソールとPCをシンクロさせるも、どういうわけなのかキャンセラーが作動してしまう。
あらゆる手段を講じたディアッカではあるがこれではもうどうしようもない。

「ったく何考えてんだよ・・・あのおっさんどもはよぉ・・・」

ディアッカはドアを蹴り忌々しそうにインターホンの受話器を取り上げる。

「もしも〜し!ブリッジ?ノイマンさん?こう言う冗談はもうカンベンしてくれよ!オレはともかくコイツは半病人だぜ?早くなんとかしてくれないと困るんだよ!このままじゃまた高熱を出すって・・・!」

『・・・おまえがいれば問題ないさ。第一そこは医務室だし、おまえはハウの主治医だろ?ま、宜しく頼むからな』

「艦長に知れたらどうすんのさ・・・?こんな勝手なコトしちゃって営倉行きになっちまうんじゃないのっ!」

『艦長の許可は先程降りたから心配しなくていいさ。とにかく業務の邪魔だからこれで切るぞ。じゃぁな!』

「・・・て!もしもしノイマンさん!」

ウンともスンとも言わなくなった受話器を元に戻すとディアッカはまた溜息をついた。

(艦長もグルかよ・・・)

ミリアリアと2人きりの状況なんてよく許可なんかしたものだ。

「・・・ドア開かないの?」

思案に暮れるディアッカの様子が可笑しくて、ミリアリアは微笑んだ。

「ディアッカにも開けられない扉だなんて変よね」

「・・・・・・」

無言で答えるディアッカの顔は赤い。

「独房のロックはあんなに簡単に開けちゃったのにね・・・」

「・・・・・・」

ノイマンは緊急モードで医務室をロックすると言った。解除になるまではあと6時間もある。こんな状態でふたりきりで過ごせだなんてとんでもない話だが、かといってどうする事も出来ないのだからお手上げだ。
ディアッカはドアに寄りかかると天井を見上げた。

(あ・・・)

見覚えのある染みを見つけ、眼が釘付けになった。

(あの時もあったよな・・・)

記憶は鮮やかに甦る。

恋人を亡くし、逆上したミリアリアがディアッカに刃物を向けた出来事はここ医務室で起こった事だ。
軽率な振る舞いをしたのはディアッカ。彼の放った言葉の暴力はミリアリアの心を深く抉ったはずなのに・・・最後はディアッカを守ってくれた。
独房に収監されてからも彼女は優しかった。普段、どんなに冷たい態度を取っていても陰ではディアッカのことをいつも心配してくれていた。

ディアッカは眼を閉じる。

笑うことのないミリアリアを笑わせたくて・・・。あの写真のような笑顔が見たくてずっと彼女に付き纏って追いかけた自分。
いつしかそれが恋だと気づいても・・・どうなる筈も無かったのは承知。だって自分は恋人の仇。
ミリアリアへの想いは更に募るばかりだというのにそれでもいいと・・・彼女の傍にいられるのならそれでもいいと自ら誓ったのだ。

「ディアッカ?」

至近で自分を呼ぶ声にディアッカは瞬きをした。見れば眼のすぐ下にミリアリアの姿があった。
いつの間にベッドを抜け出したのか・・・気付かなかった自分に驚いてしまう。

「・・・ちゃんと寝てろって言っただろ!ベッドに戻れよ」

それは本当に自然にディアッカの口から出た呟きだった。

「心配してくれるの・・・?」

ディアッカを見上げるような格好でミリアリアは微かに笑った。

そして一呼吸おいて「しょうがないだろう!」と、ぶっきらぼうな返事が彼女の頭上から返ってくる。
とてもディアッカらしい返事だとミリアリアは思った。

「もう1度点滴を打つからベッドに戻って。そのまま眠っちまっていいよ。どうせここにいるしかね〜んだから」

ディアッカはミリアリアをベッドに戻るように促したが、ミリアリアはそれにかぶりを振った。

「それは・・・後でいいわ。先にしなくてはいけないことがあるから」

「そんな身体で何やろうっていうんだよ!」

ディアッカは怪訝な顔をミリアリアに向ける。

ミリアリアはディアッカを見上げたまま小さく笑ってサラリとひと言。

「ちゃんとね、ディアッカと話をすること。何よりもそれが先だわ・・・」





フライリグラード(20)





「今更オレと話すって何をさ・・・。無理してまで話す必要はないんじゃないの?」

「無理なんかしていないわよ。せっかくノイマンさんやフラガ少佐が作ってくれたチャンスだから逃したくないだけよ」

「チャンスねえ。よくわかんね〜んだけどさ?でも、オレはおまえに話すことなんか何もないからさっさとベッドに戻ってくれよな」

ディアッカはそう言ってミリアリアの肩に手を回すと強引にベッドへと連れて行こうとした。

「話があるって言ってるじゃないっ!どうしてちゃんと聞いてくれないのよっ!」

肩に回されたディアッカの手を払いのけるとミリアリアは地団駄を踏んだ。

「ディアッカのバカっ!」

ミリアリアのそのひと言にディアッカは呆然としてしまった。

「・・・バカ・・・っておまえ誰に向かってそんなこと言ってんだ?」

「ここにはあんたしかいないでしょっ!バカディアッカ!」

「〜〜〜つ〜かっ!なんでオレがバカ呼ばわりされなきゃいけね〜んだよっ!このボケ女!」

「・・・何言っても・・・何度話しかけても聞いてくれないからよっ!あんたの頭の中身ってガキのまんまじゃないの!」

「ガキ・・・ってこう見えてもおまえより年上だっつ〜の!」

「関係ないわよ!年上だろうがコーディネイターだろうがガキはガキなのよ!ガキ大将のボケディアッカっ」

「この・・・言わせておけばガキだのバカだの・・・」

「そう言われたくなかったら・・ちゃんと話を聞いてよ・・・ねえ・・・」

ディアッカの腕を掴んでミリアリアは彼を見上げる。
その瞳からは大粒の涙ばかりがこぼれ落ちる・・・。

「あんたは・・・どうしていつも肝心な事になるとそうやってはぐらかすの・・・ねえ・・・」

「ずっと・・・私を大切に護ってくれたのはあんたでしょう・・・いつもいつもそうだったでしょう?」

「私のこと好きだって言ってくれたじゃない!それともあれはやっぱり冗談だって言うの!」

「あんたはいつも・・・何でも冗談めかして言うから・・・どれが本気でどれが冗談なのか解らないって・・・私言ったじゃない・・・」

「ねえっ!聞いてるのディアッカっ」




「・・・聞いてるよ・・・」

ミリアリアの頭上で淡々とした、声が響く。
大きく瞳を見開くとディアッカの顔はすぐミリアリアの至近にあった。豪奢な金髪のクセ毛は崩れて額に落ちかかっている。

ミリアリアは無意識のうちに手を伸ばした。

「やっと解ったことがあるのよ・・・だからちゃんとあんたに伝えたいの。お願いだから話を聞いて。話が終わったらノイマンさんにドアロック解除してもらうから・・・」

自分の髪に触れるミリアリアの手をそっと外してディアッカは呟く。

「勝手にしろ・・・」

長い睫を伏せたままでディアッカは耳を傾ける。でないとまたミリアリアに触れてしまいそうな自分がいる。
好きな女がこんな至近にいるのだ。

(ひとの気も知らないで・・・)

ディアッカは両腕を組むとそのまま何も言わない。寄りかかったドアが冷たかった。
真下からミリアリアの息遣いを感じる。

「ねえディアッカ。私ね・・・もうずっと全然周りが見えていなかったの。トールが死んでしまってからもうずっと・・・。ただ呼吸してご飯食べてるってだけでね。見ているつもりで何も見えていなかった。AAの仲間もサイやキラのことも解ってなかった。そして・・・あんたのことも解っていなかったの」

「ディアッカ。私達って初めて会ってからまだ半年も経ってないの、知ってた?嘘みたいよね。もう何年も一緒にいるようなそんな気がするわ。だからあんたのこともね・・・解っているような気になっていただけで本当は何ひとつ解っていなかったんだって・・・やっとそれが解ったのよ」

「私があんたについて知っていることは・・・コーディネイターで、婚約者がいて、エリートの服を着たザフトの軍人で、医者のタマゴ、それからバスターのパイロットで・・・・名前はディアッカ・エルスマン。たったこれだけ・・・」

「ねえ・・・たったこれだけなのよ。ディアッカ、あんたはどうなの?私のことってどれだけ解っているの?だって・・・半年前はお互い存在さえも知らなかったじゃない」

「あんたが私を護ってくれたのだって、もしかしたら同情なのかもしれない。だってあんたも私のことなんて何ひとつ知らないじゃないの」




「いや・・・知っているよ」

ミリアリアの真上から艶のある声が囁く。

「オレは知ってる。おまえはもうムチャクチャで頑固で意地っ張りで怒ると怖いし文句ばかり言うしちょっと油断してると手が出るオンナ」

「・・・・・・」

「でも・・・誰よりもオレのこと心配してずっと大切にしてくれてたよな・・・」

「・・・・・・」

「オレが好きになったのは・・・そんなおまえだ」

「時間なんて関係ない。オレが好きになったのはおまえだよ。ミリアリア・ハウ」

「ディアッカ・・・」

「おまえはオレのこと何も知らないって言ったけれど、じゃあどうする?」

「どうする・・・って・・・?」

「どこから知りたい?オレのこと・・・まず身長?そうねオレの身長は176.5ね?次は何を知りたい?」

「ちょ・・・ちょっと待ってディアッカ!」

「何も知らないならこれからたくさん知っていけばいいのさ。そうだろう?」

「それは・・・」

「だから・・・おまえのことをもっと知りたい。だめか・・・?」

「・・・そうねディアッカ。私たちはきっとそこから始めないと先に進めないのよ・・・」

「ごめんね・・・ディアッカ。私やっとあんたのことが見えたの。ずっとそばにいてくれたのが当たり前になっていたから気がつかなかったの。ずっとそばにいてくれたのに・・・ずっと護ってくれていたのに・・・好きだって言ってくれたのに・・・ごめんね・・・」

「私もね・・・まだあんたのことよく解らないからもっとよく知りたいの。だから・・・好きだって言われても私返事が出来ないわ」

「だから・・・あんたと一緒にご飯食べてケンカして・・・普通に過ごしていきたいって・・・それじゃだめかな・・・」

「・・・・・・」

「ねえ・・・それじゃいけないかな・・・ディアッカ・・・!」

「ねえ・・・ディア・・・」

言い終わらないうちにミリアリアの頭はディアッカの胸の中にすっぽりと納められていた。
耳元で声が響く。それは何度も聞きなれた甘いテノール。

「それが・・・おまえのこたえなんだな!」

「オレはおまえのそばにいてもいいんだな!」

ディアッカはミリアリアを深く深く抱きしめる。



「ディアッカ。でも・・・ひとつだけお願いがあるの。約束してくれる?」

抱き込んだ頭からミリアリアのくぐもった声がした。

「・・・・・・何?」

「私を『ミリィ』って呼ばないで・・・」

「どうして・・・?あいつを思い出すから・・・?」

ディアッカも話を聞いて知っていた。恋人がいつも彼女を『ミリィ』と呼んでいたことは。

「違うわ。トールも・・・キラも、サイもね、最初は私を『ミリアリア』って呼んでいたのよ。仲良くなってお付き合いが始まって、ずっと後になってから私を『ミリィ』って呼ぶようになったの。だからディアッカ・・・」

「あなたも・・・私のことはミリアリアって呼んで。そして・・・もっと私のことが解ってきたら自然にミリィって呼べるようになってほしいの・・・」

「だから・・・私をミリアリアって呼んで」

「そうしたら演奏料は無理でも・・・この先利息くらいは払えるようになっているかもしれないし」







───は・・・?

今彼女は何て言った・・・?ディアッカの聞き間違いか?いや、確かに聞こえた。
ディアッカの口元からクククと笑みが漏れる。

「おまえ・・・利息を支払う気があるの?」

「演奏料は無期限のツケだったわよね!私が言ってるのは利息よ!利息!」

ディアッカを見上げるミリアリアの顔はとても真っ赤で、可愛いものだからつい言ってしまいたくなるのが揚げ足取りのひと言で。

「ふうん・・・利息支払う気バッチリあるんだ。じゃあさ?どう?ここで一回分払っていかない?」

「な・・・!何言ってんのよっ私はこの先って言ったじゃないのっ!」

「おまえなあ・・・利息をバカにすると後が怖いぜ?ヘタすりゃ元金超えちまうぜ?そうなちゃったらどうするのさ!演奏料の二乗支払いでオレと二晩一緒に過ごす?ま、オレはそのほうがいいかな〜!」

「じょ・・・冗談じゃないわっ」

「だろ?だったらここで払っていけよ。いいだろ?利息一回分」

ディアッカの顔が狡猾な笑みを浮かべる。

「利息はこれでカンベンしてやるよ・・・」

既にミリアリアの身体はディアッカのそれに深く抱き込まれているからあとは簡単。
ディアッカの顔が近づいてくる。金髪のクセ毛がパサリと落ちた。

「ちょっと・・・!ねえっディアッカっ」

「ほら・・・眼を閉じて。キスは静かにするもんだぜ・・・」

クスリと笑ってディアッカはミリアリアの唇に己のそれを重ねる。そして重ねた瞬間、ディアッカはミリアリアを抱く腕の力を更に込めた。

利息はキスと甘く激しい抱擁。

ディアッカは思う。今、ここにいるミリアリアは自分を見ているのだ。
今、この瞬間だけでも彼女は自分だけの彼女なのだ・・・。


ミリアリアも思う。
心臓の音が聞こえる・・・。
いつも・・・もう何度も自分を癒し包み込んでくれた腕の中・・・。

霞みかかった記憶のなかで聞いた心臓の音。そして。
『大丈夫だよ・・・どこにも行かないよ。ずっとそばにいるよ・・・』
ここにいるのはあの声の主。きっと金髪巻き毛の王子であったろう彼・・・。










後にジェネシス攻防戦と呼ばれた戦いからさかのぼること僅かひと月前。

ふたりは束の間の平穏な時間を過ごす。
無論恋人同士になるでもなく、かといってよそよそしい間柄でもなく・・・。
ただ一緒に・・・寄り添うように居るのをAAのあちこちで見かけたものだ。









───素敵な恋の話をしよう。
     今よりほんの少しだけ若く・・・子供だった俺達だけれど、恋慕う想いに偽りなどなかったと胸を張れた・・・。

     そんな恋の話をしよう・・・。













     ───愛し得る限り愛せ・・・・・・。












 (2005。2.20) (2005.11.22加筆改稿) 空

 ※   ようやく書き終えました。・・・と言いたいのですが、あと1話、フラガとノイマンのおまけ編があります。
      それをもってこのお話もラストになります。
      おまけ編にあとがきを掲載させていただきますね・・・。


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