さて・・・6時間経った。

フラガとノイマンは業務交代の後、こっそりと医務室へ向かった。

「なあ・・・あいつらどうしてるかなぁ・・・」そんなフラガの呟きにノイマンは笑って返事を返した。
「そうですね。きっとふたりで寄り添って眠ってるんじゃないですか?」
「ああ〜?眠ってるって?んな勿体ない!6時間もあったらイイコトだって出来るじゃないの!」
「エルスマンは少佐とは違いますよ。具合の悪いハウに手出しはしないと思いますよ・・・」
「何だかさあ・・・それじゃ俺っていつも見境なく発情しているケモノみたいじゃない?」
「ええ・・・そう言ったんです。もっと自覚持って欲しいですね少佐」
「まあいいけれどさあ・・・」
ムウは小さく溜息をついた。



やがてふたりは医務室の前で立ち止まる。


───ディアッカ。時間だけれど開けてもいいか?

ムウがインターホン越しに話しかけるがディアッカはおろかミリアリアからの返事もない。

「まあいいか。とにかくこれ以上医務室をロックしたままだとマリューに怒られるしなあ・・・」
「ええ・・・。この件は少佐も同罪ですからね。よろしく対処の方、お願いします」
「・・・同罪ね」
再びムウは溜息をつく。

「・・・入るぞディアッカ・・・」

そう言ってムウはノイマンと共に静かに医務室の中へと歩みを進めた。
そしてふたりが眼にしたものは・・・。




「どうです・・・少佐、私の言った通りでしょう?」
「まったくねえ・・・好きな女の子口説くチャンスだっていうのになんでこんなにこいつは純情バカなんだろうねえ・・・」




ベッドではミリアリアが安らかな寝息を立てている。顔色もずっと良くなっていた。
そんなミリアリアの枕元ではディアッカが椅子に座ったまま頭を着き合わせるかのようにベッドを枕にして眠っていた。

「なんかさあ・・・純情な男の初めての経験って感じじゃない・・・?」
「何がですか?」

ムウは微笑んでノイマンに視線を向けた。そのまま笑って顎をしゃくる。

ノイマンは促されるまま今度はディアッカを見て笑った。

「手を握ったまま眠ってしまったんですね・・・」

布団の中から出ているミリアリアの手首を両手で包み込むように握ったまま眠るディアッカ・・・。

「そう言えばさあ・・・こいつらよく一緒になって眠っていたんだよなあ・・・」

ムウはあれこれと記憶を手繰り寄せる。
ディアッカとミリアリアはよく一緒に眠っていた。
場所は倉庫だったり格納庫だったり・・・図書室やランドリーだったりでその都度笑って冷かしたものだ。

「雨降って地固まる・・・ですかね」
ノイマンの微笑みながらの言葉にムウも笑う。

「ま、仲直りは無事に済んだみたいだから、このままもう少し寝かせてやるか・・・」

「ええ・・・子供じゃないんですからほっといても大丈夫でしょう」

ムウとノイマンはライトを消すと静かに医務室から出て行った・・・。









フライリグラード  おまけ編 : フラガとノイマンのおとなのはなし









───真夜中の艦橋でインターホンが鳴った。

ランプが点滅する先は医務室で、響く声は艶のある綺麗なテノールボイス。

『・・・あ?ノイマンさん?エルスマンだけどさ?あんたの彼女が倒れてさぁ〜今、医務室にいるのよね〜っ。でさぁオイシャサマの言うことぜ〜んぜん聞いちゃくれなくてこっちも大迷惑してっから連れに来てくれない?オレもいい加減眠くってさ?』

声の主はディアッカだった。体調を崩していたミリアリアが倒れていたのを彼が助け起こしたとでもいうのか?
少しの間考えを巡らすノイマンだったがインターホンを取ってディアッカに返事をする。

「・・・そうか。だが俺もここから離れる事が出来ないのでな、代わりを寄こすからそれまでちょっと待っていてくれ」

それに対してディアッカは『しゃ〜ねえなぁ!早くしてくれよ?』と言い放って回線を切った。

ノイマンが艦橋を離れられないのは本当である。書類を置き忘れてしまったので傍らにいたミリアリアに取ってきてくれるように頼んだのだ。
だが戻ってくるのが遅い・・・と、ノイマンも心配していた矢先の事だった。

(エルスマンが診ているのか・・・)

ということは・・・真夜中の医務室なんてそうそう使われないのだから・・・。

(あいつら・・・ふたりきりなんだな・・・)

そこまで考えが及んだとき、ノイマンの頭の中で閃いたものがあった。

(せっかくのチャンスだから・・・)

ノイマンはクスッと笑いながらインターホンのスイッチを入れた・・・。








**********







───「こんな真夜中に何の用だい?ノイマン」

ムウの部屋でインターホンが鳴った。見れば時刻は午前2時だ。

『夜分遅くにすみません少佐。ってまだ眠ってはいませんよね?もしかして艦長とお楽しみの真っ最中でしたか?』

「ってなぁ・・・そう思うんだったら邪魔しないでくれよなあ!で?何か緊急の用事なのか?」

ムウは傍らのマリューに視線を投げると小さな声で質問する。

『ええ・・・実はハウが倒れたんですよ・・・』

「何・・・お嬢ちゃん倒れたの?やっぱり無理していたんだよなあ・・・で、具合はどうなんだ?」

『エルスマンが医務室で診ているのですが・・・これがどうも良くないらしいので引き取りに来て欲しいと要望がありましてね・・・自分はここから離れられないので出来たら少佐にお願いしようと思いまして・・・』

「なんであのエロガキがお嬢ちゃんを診ているんだい?まだ仲直りしていないんだろう、あいつら?」

『倒れているハウを見つけたのはエルスマンなんです。彼は特別医療資格を持つインターンですからそのまま放置することは出来なかったんでしょう。こじれているとはいえ・・・最愛のひとでしょうからね、ハウは・・・』

「・・・そうだな・・・」

『ところで・・・艦長って起きてるのですか?』

「あ・・・?ああ、起きてコーヒーを飲んでいるけれど・・・代わる?」
ムウは側にいるマリューに受話器を渡す。


「少尉・・・お疲れ様。どうしたのこんな夜中に・・・」
ムウとの逢瀬の邪魔をされたというのに穏やかないつも通りのマリューの声にノイマンもホッと安堵する。

『おふたりの邪魔をして申し訳ないのですが、艦長に緊急ロックの許可を頂きたいのです・・・』

「緊急ロックって・・・どこの?」

『医務室なのですが・・・理由は少佐から聞いて下さい。全責任は私が取ります』

ノイマンの言葉に驚くマリューだが、これまで彼はむやみに公私混同するような事はしない信用のおける部下であったから、即座にロックの許可を出した。
「では朝8時まで緊急ロックの許可を発令します。この件は後で私に報告してちょうだいね・・・」

『ありがとうございます艦長!この件につきましては私よりご報告させて頂きますので、とりあえずここで失礼致します』

受話器を置くマリューの横でムウは心配そうな顔を向ける。
「いいのかい・・・?理由も聞かずに緊急ロックなんか許可しちゃってさ?」

「・・・ミリアリアさんとディアッカくんに関係する事なんでしょう?こんな状況ですものね・・・出来たら元の鞘に納まってほしいわ・・・」
話の流れからマリューも大筋は理解しているようだ。

「まあ・・・詳しい事は戻ってきてから説明するよ。実はまだ俺もよく解らないのさ・・・」

ムウはマリューの唇にキスをすると急ぎ医務室へと向かって行った。




───PPPPPP

途中、ムウのコールベルが鳴った。

「ノイマンか?俺はどう動けばいいんだい?」

『さすがですね少佐。私の言いたい事がよく解ってもらえて助かります・・・』
ノイマンとムウはコンビネーションよろしくこの後の連携を確認しあう。


───まず少佐はこのまま医務室に向かって下さい。

*** そこで中にいるのがハウとエルスマンのふたりだけか確認して下さい。
ふたりだけだったら・・・って間違いなくふたりしかいないと思いますが、そうしたら絶対エルスマンを逃がさないで、中に押し留めておいてほしいのです。そうしたら報告を下さい。

*** ちょっと強引なのですが、あのふたりに1番必要なのは互いの気持ちをぶつけ合う事だと思うんですよ。
ハウの方はその準備があるのにエルスマンはハウから逃げるばかりでこれじゃまとまる話もまとまらない。
いい機会です。逃げられない環境が整えばあいつも利口な男ですから・・・あとはどうにかなるでしょう。

「何それ・・・ふたりっきり密室で話し合いをさせるって事なのかい?」

*** これくらい強引にやらないとダメでしょう!エルスマンは狡猾でエラく頭の回転がいいですからね!

「いいねえ・・・その案に乗るよ・・・!」

***もう乗っているでしょう?少佐!

「違いない!」

ムウはコールベルを切ると程なく医務室の前に立った・・・。








**********








───ムウからの報告を待つ間ノイマンは彼方の空に眼を向ける・・・。



地球連合軍の新造戦艦は闇に消えたAAの影と同じだった。

ずっとAAの艦橋で聞いていた懐かしい声・・・。

融通の利かないひとだった。いつも模範的な軍人であろうとした意志の強いひとだった・・・。

鮮烈なまでに鋭い紫の瞳を思い出す。

・・・キラといい、エルスマンといい、そしてあのひとといい・・・紫の瞳の持ち主はどうしてこうも印象的な人物ばかりなのだろう。

ノイマンは微かに笑うとコンソールのボタンを見つめる。




───エルスマン・・・。

今のおまえは同士なんだ・・・。
過去はどうあれ、今は同じ志をもつ人間なんだ。

おまえはここで最高の女性を見つけ、最高に誇れる恋をした。
その想いの深さに胸を張って前に進め。
その誇り無くして恋なんて成り立ちはしない。
いつかきっとそれがおまえにも解るはずだ・・・。
ハウの手を離すんじゃない。
たとえこの先の未来が暗く悲しいものだとしても・・・ひとを愛する心は失うな。
きっとおまえならそれが出来ると・・・俺は信じている・・・。


俺のようにいなくなってから気付いても遅い・・・。

こんな別れ方をするのなら・・ちゃんとあのひとに『好きだ』と告げればよかった・・・。
後悔ばかりの毎日を過ごすくらいなら・・・『好きだ』と伝えたかった・・・。
でもな・・・おまえたちを見ていると・・・生きていればいつか・・・て希望が持てるよ。

ふたりともおとなになったな・・・。

いつか最高の恋人同士になれるといい・・・。









インターホンのランプが点いた。



───ブリッジ?ノイマンか?ああ・・・そうフラガだけど・・・・・・。










        いつの時代も誰かを好きになるところから物語は始まる。

        その想いはいつか・・・恋に変わり・・・もしかすると更に大きな愛へと育っていくのかもしれない・・・。

        だから忘れないでほしい・・・。



        ひとを好きになる素晴らしさを・・・。








        





         かのフライリヒラートの詩に添えて・・・・











         





         愛し得る限り愛せ・・・。














                                                                おしまい


 (2005.2.26) (2005 11.30改稿) 空

  ※4ヶ月・・・お付き合い下さいましてありがとうございました!  

    あとがき

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