トールがいなくなった後、私の中でドロドロになった感情は、ともすれば周囲の人たちをも巻き込んで何度も行き場を失いかけた。
サイやキラの顔も見たくなかった。
まるで腫れ物のように扱われる事に嫌気がさした。
誰もが私を遠巻きにして同情の眼を向ける。
『そっとしておいてやろう』とは、誰が初めに言い出したのか判らないが、それは私にとって実に好都合だったと思う。

ひとりになるといろいろな事が浮かんでは消えた。
何故トールは死んだのだろう・・・。
ああ・・・そうだ。殺された。
では・・・誰に殺された?
それはキラの親友であるコーディネイターの男。
でも・・・彼は殺された仲間の仇をとっただけ。

何が正しい事で何が間違いなのか解らない。
そして私の中でドロドロになった感情が増幅してゆくことに誰も気がつかない。
それを吐き出す場所もない。何もかもが八方塞がり。

あいつはいつも軽薄で無遠慮。そして狡猾で皮肉屋。
私がひとりになりたいときに限って必ず傍であれこれ軽口をたたいたものだ。
けれどもそんなあいつに怒りを覚えてケンカ越しになったあとは、不思議と清清しい気持ちになれた。

今思えば・・・軽口をたたくことであいつは私の中に溜まっていた毒を吐き出させてくれたのかもしれない。

















フライリグラード(8)






ノイマンのいるブリッジを離れた後、ミリアリアは自室に戻ろうとして・・・ふと思い留まった。

ミリアリアがノイマンから受けた助言。

『君はまだエルスマンの想いに応えてはいない』

その言葉の意味は感覚としては判るのだが、実はまだ掴みきれてはいないとミリアリアは思う。
でも・・・このままあやふやにはしたくない。何となくではあるが自分の中でそれは形になりつつあるのだから。
それにどうせこのままじゃ眠れない。そう思ったときミリアリアの足は自然ディアッカの部屋に向かっていた。

(あいつがいつも過ごしている場所であいつのことを考えてみよう・・・)

何か掴めるとしたらそれはきっと彼の部屋に違いない。不思議とミリアリアはそう感じたのである。

(私ははあいつのことを何ひとつ解っていない・・・)

ディアッカ・エルスマンはミリアリアにとってどういう存在になりつつあるのか。
そして彼に向き合って、どう応えればいいのか。とにかくミリアリアは考えてみたいと思った。

『オランジェ』の香りが残るディアッカの部屋。
いつも彼がしていたようにベッド脇の小さい灯りだけを燈すと・・・彼の端整な顔が浮かんでくる・・・。




**********




『ディアッカ・エルスマン』

今、彼はミリアリアの中でどのような存在になりつつあるのだろう。
まず、恋人ではない。これは断言できる。
では仲間かというとこれも少し違う気がする。
クサナギやエターナル、そしてAAのクルーはミリアリアにとっての大切な仲間ではあるが、ディアッカが仲間というだけならそれは違う。
彼にはそれ以上の何かがある。
ならば友人・・・そして友達。キラやサイ、ラクスさんにカガリ・・・彼らは大切な友達だけれど、ディアッカをその中に入れるのはおかしい。
彼は友達ではないのだ。
ならばコーディネイターの男。でも、それだけ?
ミリアリアはディアッカがコーディネイターであることを忘れてしまう時がある。
何かの拍子に『あ、そうだ。あいつはコーディネイターだったっけ』と思い出しては苦笑いをしている。

『恋人』でも『仲間』でも『友人』でも・・・そして『コーディネイター』としても片付けられない。

では・・・彼はミリアリアにとって『何』だというのか?『どのような存在』だというのだろうか・・・?

ここでミリアリアはノイマンの言葉を思い返す。

『ハウはエルスマンのことがとても好きなんだよ・・・』

そうだ・・・。ミリアリアはディアッカのことがとても好きだ。

『恋人』でも『仲間』でも『友人』でもない。ましてや『コーディネイター』だからでもない。

ミリアリアはどうして彼のことを好きになったのか。

ディアッカがAAの投降捕虜になったのは四月。それからまだ三ヶ月余りしか経っていない。
まだ三ヶ月なのかとミリアリアは改めて思う。
もう何年も彼と一緒にいるような錯覚を起こしている自分がおかしいのか。

ならばたった三ヶ月の間にミリアリアの中で彼の存在はどう変わっていったのだろう。

最初は敵であるコーディネイターでザフトの軍人。恋人の仇。そして捕虜。
次に会った時は殺意を込めて刃物を振り下ろした相手。彼の額には今もその時の傷が残っている。
ディアッカの流した血の色はミリアリアと同じ赤い色。
この時受けた衝撃はミリアリアを根本から突き崩す。
彼はコーディネイター。でも自分と同じ赤い血が流れている『人間』なのだ。

ディアッカ・エルスマンは『人間』。

その後二ヶ月近く、ディアッカは捕虜として独房に拘禁された。

その間彼の日常の世話をしたのはミリアリア。
彼が独房にいた二ヶ月近い日々の出来事はミリアリアだけが知っていると言ってもいいくらいだ。
ずい分からかわれたものだが嫌な思いはしなかった。
むしろAAの一部のクルーから受けた非難中傷の類の方が酷かったし、傷つけられもしたと思う。

不覚にも彼女はディアッカの前で泣いてしまった事が何度かある。
AAの中ではもう泣き場所がない。何かあったらキラやサイが心配してしまう。

ディアッカしかいない拘禁室では緊張が一気に緩んだのだろう。
そんな時のディアッカはいつもの狡猾で皮肉屋な態度から一変していつも優しかった。
彼は泣くなとは言わなかった。『オレしかいないから大丈夫』そう言って笑っていた。
ディアッカはミリアリアの変化に敏感で、なおかつ誰よりもミリアリアのことをよく見ていた。

拘禁室に足を運ぶ度にミリアリアの中で何かが変わっていく。
独房のディアッカの傍はミリアリアにとって妙に居心地のいい場所になり、いつしか時間があると好んで足を運んでいる。
相変わらず皮肉気にクククと笑われては話を雑ぜ返されたにもかかわらず一番安心できた。
嫌いな奴の傍になんか誰も行かないだろう。この段階で既にミリアリアはディアッカのことを嫌っていない。

いつか彼はプラントに帰っていく。
その日が来るまでミリアリアは彼にできるだけの事をしてやりたいと思うようになっていった。
度重なるアクシデントですっかりその存在を棚上げされてしまったディアッカの行く末が心配で、艦長やオーブの首脳陣に相談を持ちかけた事もしばしばあったし、最後はIDカードまで作らせて釈放させた自分がいた。

ディアッカを死なせたくなかった。
故郷のプラントに彼を帰してやりたかった。
こんな形で出逢わなければ彼もキラのようになり得たのかもしれない。

だが・・・ディアッカは再びAAに戻って来てしまった。
その後は誰もが承知しているとおり、彼はミリアリアの傍から離れようとはしなかった。

『オランジェ』の香りを燻らせて昼も夜も傍にいてくれた。
眠れない夜は何度も強引にその胸に抱き込まれたのに不思議と嫌悪感はなかった。
ディアッカの心臓の音を聞いているうちにいつも深い眠りに落ちていった。

やがて彼はミリアリアに『好きだ』と告げた。どうして・・・?それはディアッカでないと解らない。

ディアッカはいつもミリアリアにキスをする。

頬と額にひとつづつ。朝の挨拶から始まって、食堂でも、夜眠る前も・・・。
いったいいつの頃からだったのか、ミリアリアには記憶が無い。それを当たり前に受け止めている自分。
だって嫌じゃなかったのだ。いやらしさなど微塵も感じられなかったから。
そうやって昼も夜もディアッカに護られている自分。
居心地のいい彼のそば。




**********




あの日休憩室でピアノを弾いてからディアッカは変わった。

『演奏料は・・・今夜一晩オレと共に過ごすこと・・・』

その言葉の意味にミリアリアは愕然とした。

(どうして・・・そんなこと言うの・・・?)

本気?それとも冗談?

ふと思った。
今までだってディアッカはいろいろな事を言ってきたではないか。

オマエはオレのこと好きだろう?とか。
心のコアをもうひとつ作って育てようとか・・・。
オレのことだけ見て・・・俺のことを愛して・・・とか。

どれも本気で言ったのだとは思うが、どこか冗談めかしていて真実味に欠けていた。

でも・・・あの日のディアッカの言葉はいつもと違っていたとミリアリアは思う。

そしてその言葉を受け止めたミリアリア自身も違っていた。

(では・・・何が違っていたの?)

それはミリアリアの自問自答。






そして・・・ミリアリアはある事実を思い浮かべる。
あまりにも近くにいたので見えなかったもの。


『演奏料は・・・今夜一晩オレと共に過ごすこと・・・』





ディアッカが初めてミリアリアに見せたかに見える『男』としての顔。

違う。ずっと以前から彼は『男』だった。

ただ・・・彼が『男』だということに対してミリアリアにその意識がなかっただけ。

『男』と意識するよりもきっと、違う別の意識が彼に対してあったのだ。

別の意識・・・それは『何』?

それは『ひとりの人間としてのディアッカ・エルスマン』

でもそれはミリアリアの中で崩れ落ちた意識。

そして崩れ落ちた後に姿を現したものが『男としてのディアッカ・エルスマン』

『人間としてのディアッカ・エルスマン』も『男としてのディアッカ・エルスマン』も間違いなく彼だ。





『演奏料は・・・今夜一晩オレと共に過ごすこと・・・』






ディアッカがそう言ったのは・・・。

『私の応えが欲しかったからだ・・・』

ノイマンは言っていたではないか・・・。

───『君はまだエルスマンの想いに応えてはいない・・・解るね?』






ミリアリアはようやく理解した・・・。






───『私はずっとディアッカを男のひとだと真剣に意識していなかったんだ・・・』























 (2005.1.22) (2005.9.1) 空

 ※ 好きでも嫌いでも・・・きちんと応えないといけない時は本当にあります。

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