午前1時を過ぎてもディアッカは自室に戻って来なかった。
いくらコーディネイターでもあの体調で平気でいられるとはミリアリアには思えない。漠然とした不安が募る。
(どうして戻って来ないの?)
ディアッカの部屋でミリアリアが療養している時は、どんな場合でも彼は必ず定時で部屋に戻って来ていた。
普段の狡猾で軽妙な印象はなりを潜め、優しい声で『無理はするな・・・』とだけ囁く。頬と額にひとつづつキスをして
傍に付いていてくれた。
そんなディアッカが体調の悪いミリアリアを放っておく筈がない。
更に、ディアッカに代わってAAの艦医がミリアリアの様子を看に来たことも不自然過ぎた。
(ここに・・・私がいるから戻って来ないの?)
そう思うとミリアリアは居ても立ってもいられなくなった。
ディアッカを探しに部屋を出る。
彼は何処にいるだろう。もし、自分がディアッカだったら何処に行くだろう。
(あいつは天邪鬼だから)
そして思い浮かんだのがロックの掛かっている休憩室だった。
フライリグラード(6)
「ノイマンさん・・・休憩室の鍵ありがとうございました」
休憩室の鍵は当直のノイマンに無理を言って借り受けたものだ。
コンソールをぼんやりと眺めていたノイマンはミリアリアの声に気がつくと柔和な笑を浮かべる。
「どうだった?エルスマンは居たのかい?」
「・・・・・・」
その問いにミリアリアは黙って頷く。
「・・・その顔じゃ彼を連れ出せなかったみたいだね」
こんな時のノイマンは妙に落ち着きがある。
普段から口数こそ少ないが淡々と話す言葉には生真面目な温かさがあった。
「そうですよね。ディアッカは私がどうこう言ったところで素直に従ってくれるような奴じゃなかったですよね・・・」
ディアッカと酷い言い争いになった。
『出て行け』だの『行かない!』だの・・・最後には掴み合いになり、業を煮やしたディアッカがミリアリアを締め出し休憩室をロックした。
ディアッカがパスを書き換えたらしくロックを解除しようとしてもドアは開かなかった。
こうなってしまってはもうミリアリアにはどうする事も出来ない。
俯いたミリアリアの瞳から大粒の涙がはらはらと零れ落ちた。
そんな彼女の様子にノイマンは傍らのシートへ座るように促した。
「ハウも眠れないだろう?ちょっと待ってて、コーヒーを持って来るよ」
数分後ブリッジに戻って来たノイマンはミリアリアにコーヒーを手渡し,元のシートに腰を降ろす。
ミルクと砂糖が多めに入っているコーヒーはミリアリアの気持ちを落ち着かせてくれる。さり気ないノイマンの心遣いが身に沁みた。
「あまり他人の事情に口を挟むのはよくないが・・・よかったら訳を話してみないか?」
下世話な好奇心からではなく、ノイマンは心からミリアリアとディアッカの心配をしているように感じられる。
少し躊躇したが、ミリアリアは思い切ってノイマンに切りだした。
「ノイマンさん。男のひとにとって・・・女のひとに心配されるという事は・・・とても嫌な事なのですか?」
それを聞いてノイマンは少し間を措いた後、ポツリポツリと語り始める
。
「そうだね。ひとにもよるだろうが、あまり心配はしてもらいたくないだろうね・・・」
「どうしてですか?女には心配するなって言うのにそれっておかしいじゃないですか・・・」
ディアッカは口癖のように『オレの心配はするんじゃない』とミリアリアに言う。
だが、そのくせディアッカはミリアリアの心配ばかりしている。
ミリアリアが『心配しないで』などと言おうものなら烈火の如く怒り出すのだ。
ミリアリアがディアッカの心配をすると途端に不機嫌になる彼のその気持ちが解らない。
(ふう・・・)ノイマンは深く溜息を吐く。
言うべきかどうか迷う。だが、彼女の為を思うとここで言ってしまったほうがいいのかも知れない。
思い切ってノイマンはミリアリアに切り出した。
「ハウは・・・エルスマンのことがとても好きなんだろう?」
唐突にノイマンに尋ねられてミリアリアは顔を上げた。
どういうつもりでノイマンはそんな事を言うのだろう。
ミリアリアはまだトールを忘れられない。いや、このまま一生忘れない。そこにディアッカの入り込む余地など到底ありはしないのに・・・。
「エルスマンはいつもハウのことしか見ていないよ。まあ憶測だけれど、独房にいた頃からずっとハウの心配ばかりしていたんだろうね。最初は義務感からだったんだろうけれど、それが愛情に変わるまでそんなに時間はかからなかったと俺は思うね」
「そんな事言われても私は・・・」
ミリアリアは戸惑いを隠せない。
「あたしは・・・あいつの考えている事が全然わからないんです!どんなに『好きだ』と言われてもあたしはそれに応えられないってあいつは解っているはずなんです!それなのにあいつはずっとあたしの傍から離れなくて・・・どうして・・・」
「どうしてって?だってエルスマンはハウのことが好きだからさ・・・」
ノイマンは静かに微笑んだ。そして黙ってミリアリアの顔をじっと見つめる。
ミリアリアはその視線をそっとはずして無言で俯く。
「エルスマンはザフトの軍人でオレ達の敵だったよね?だから君に想いを寄せてもきっと報われない。解っているからハウには何も期待してはいけないって自分にそう言い聞かせていたんじゃないかな。でもね・・・。いつしか彼にとっても思わぬ誤算が生じてしまった・・・」
「誤算・・・ですか?」
誤算だなんてミリアリアには見当もつかない。
「うん・・・誤算。それもとんでもない誤算だよ」
意味有り気にノイマンはそこで言葉を切った。
このひとは何を見てそう思ったのだろう。誤算だなんてそんなことどうして思いつくのだろう。
ノイマンの言葉にミリアリアは自分の心臓の音がどんどん速くなっていくのを感じていた。
「エルスマンも想定外だった誤算。じゃあハウ自身は解っているかい?」
ミリアリアはかぶりを振った。だって・・・そんな事自分には解らない。
仕方がない・・・とばかりにノイマンは大きく息を吐いた。そして淡々と言葉を繋ぐ。
「エルスマンの誤算は『君が彼のことをとても大切に思っている』ということだよ」
「ノイマンさん!」
「ハウ。君はエルスマンのことがとても好きなんだ。
好きだから彼のことを心配してしまう。あれこれ口出ししてしまう。こうして夜も眠れないほど彼の身を案じてしまう・・・」
ミリアリアは思わず立ち上がる。
「バカな事言わないでください!私はあいつのことなんか・・・!」
「いいや。ハウはエルスマンが好きなんだよ」
「ノイマンさん・・・どうしてそんな事言うんですか?私はまだ・・・」
ミリアリアの瞳は涙で雲ってもう何も見えなかった。ノイマンは更に追い討ちを掛ける。
「ハウ。『好き』という言葉には色々な意味があるよ。君はケーニヒのことが大好きだっただろう?異性として、恋人として大好きだっただろう?でも、エルスマンに対する『好き』はちょっと違う。
恋人でもなく、異性でもなく、キラやアーガイルのように仲間に対しての『好き』とも違う。そして友人としての『好き』でもない」
ミリアリアの泣き顔を見るのに忍びないが、ノイマンとしてはここで話をやめる訳にはいかない。どんなにきつい言葉でも言わなければならないときがあるのだ。
「君はひとりの人間として『ディアッカ・エルスマン』を見て、その結果彼のことを『好き』になってしまったということさ」
「そして、そんなハウの思いにエルスマンは気付いてしまった。恋や男女間の愛じゃない事は彼も承知している。
でもね・・・自分を大切に慈しんでくれる思いを彼はどんな気持ちで受け止めただろうね・・・。
ましてやそれが最愛のひとからの深い思いだったとしたら・・・」
「彼はその思いに応えるべく、全身全霊を賭けて君を護るため片時も離れはしないんじゃないかな・・・」
「何の打算もなく、君に心配されて・・・大切に思われてエルスマンは君を好きになった。
でも君には忘れられない恋人がいる。そしてエルスマンは君の恋人を死なせた側のコーディネイターだ・・・。
そんな自分を君が好きになるなんて有り得ないと彼は思っていた。
自分の心配をしてはくれても好きになってくれるとまではこれっぽちも思ってはいなかった」
「でもハウは好きになってくれた」
ミリアリアは思い切りかぶりを振る。だがそれは否定の意味ではない。
本当はもうとっくの昔に解っていた。恋愛感情ではないけれど、自分は彼のことがとても好きなのだ。
「ハウ。エルスマンはそんな君の思いに応えているんだよ。
大切なひとに心配なんかさせたくないだろう?弱みなんか見せられないだろう?彼はどんなに疲れていても、苦しんでいても、それを君に見せることはしない。それが君を護る彼のプライドってものさ」
「君は彼の考えている事が解らないって言ったね。どうだい?まだ解らないか?」
(このひとは・・・なんて鋭いひとなんだろう)
ミリアリアは泣きはらした瞳でノイマンを見つめた。
「で・・・ハウ。これは俺からの助言。聞いたあとは自分で考えて行動すればいい」
「君はまだエルスマンの想いに応えてはいない・・・。解るね?」
「ノイマンさん」
ミリアリアは声にならない声で、それでも精一杯の声でノイマンに応えた。
───ありがとうございます・・・!
入ってきたときとは全くちがう足取りでミリアリアはブリッジを出て行った。
───自分の気持ちをきちんと伝えないときっと先には進めないよ。ハウ。
ノイマンは・・・もしかするとその言葉は自分自身に言い聞かせたかったのかもしれない。
(2005.8.22) 空
フライリグラードへ (7)へ 妄想駄文へ