「おいボーズ!おまえ休んでなくて大丈夫なのか?」
「ああ大丈夫。ほらオレって頑丈にできてるじゃん?元気よ?ホント」
「でもよぉ・・・顔色がよくないぞ?お嬢ちゃん心配するだろうって」
「それどころじゃないさ?だってあいつのほうが具合悪いんだから」

昨夜倒れた身体だというのにディアッカはもう通常業務に就いていた。





フライリグラード (5)





何かをしていないと落ち着かないということは往々にしてあるものだ。
医務室で寝ているのは思い出すことが多すぎてディアッカは御免だったし、ミリアリアがまだ眠っているだろう自室に戻るのは更に避けたかった。どこかで時間を潰してもよかったが、どうせまた嫌なことしか思いつかないに決まっている。それぐらいなら黙々と作業に集中できる格納庫で整備をしているほうが余程マシだ。AAは慢性の人手不足だから仕事は山のようにある。

ディアッカが倒れた事実は整備班ではマードックだけが知っていた。
ミリアリアがムウのところに連絡を入れたとき、偶然ムウの部屋に居合わせたのだ。
先のコロニー・メンデルでの戦闘でムウが負傷したことは艦内に広く知れ渡っている。
それだけでも大きな不安材料なのにキラやアスランに比肩するMSパイロットのディアッカまでもが倒れたとなると更なる士気の低下を引き起こしてしまう。
その理由から、ムウは艦長のマリューに報告した後関係者に緘口令を敷いた。
結果ディアッカが倒れたことを知っているのは艦長、艦医、マードック、ミリアリア、ムウに、忘れ物を取りにブリッジに戻って来たノイマンと当直のチャンドラの計七名だけである。
マードックは日頃ディアッカとは一番話す機会が多かったから自然彼のクセや生活習慣に接しているだけに心配が募る。

「まあ・・・あまり無理するんじゃねえぞ。あとでお嬢ちゃんの様子も看て来るんだろ?だったら二人で仲良く休んでるのもいいんじゃねえのかい?」
マードックは親身になって諭すのだがディアッカは応じずニヤリと笑うだけだ。

ディアッカとしてはこんな姿をミリアリアに見せるわけにはいかない。プライドの問題だ。
ミリアリアは結局やさしい。やさしすぎるからディアッカにだって冷たくしきれなかったし、誰よりも彼の心配をする。
今では好意に近い感情をもってディアッカに接してくれているそんな彼女だが、それでも・・・時々その眼が曇るのをディアッカは見逃さない。

理由は解っている。

ミリアリアは思い出すのだ。

ディアッカを見るたびに・・・彼につけた額の傷を見るたびに一番辛い想い出が蘇るのだ。
悲しい記憶と対峙してなお必死に泣き顔を繕うミリアリアをディアッカはどれ程せつなく思ったことか。

だからディアッカはミリアリアに対して弱いところなど見せられない。強くありたい。

ミリアリアを護るためには自分自身が誰よりも強くならなければいけない。







**********







一日の業務の終わりはシフトの交代がその合図になっている。
まず朝の八時。次は午後四時、そして午前零時の八時間三交代が基本だ。
ディアッカはシフトを持たない。MSパイロットだからいつでも発進出来る体勢でいることが義務づけられている
ただ、AAとしては、さまざまな面でディアッカの能力を必要としていたから結果として彼は一般のクルーより過酷な業務状態にあった。
今日は朝八時に業務に就いて、午前零時になるまでの十六時間をずっと格納庫でバスターとストライクの整備に当てていた。
食欲の無い身体に無理やりゼリーチューブを流し込む。三度の食事はそれで済ませた。
自室に戻ってミリアリアの様子も看たかったが、その役目も艦医に任せた。

午前二時。

誰もいない通路を経てディアッカは休む場所を探す。

ミリアリアの様子を看に行った艦医が先刻ディアッカにそっと告げた。

「あの娘、君のことを心配していたよ?ずっと待っていたようだから早く戻って安心させてやった方がいい」

それを聞いてディアッカは自室に戻るのをやめた。
こんな疲れた顔を見せたくなかったし、また倒れたりしたら今度こそ医務室のベッドに縛り付けられる。
何よりもミリアリアの心配する顔を見たくなかった。

(あ、そういえばいいトコあったじゃん!)

そう思ってディアッカが訪れた先は休憩室だ。
かなり広いその場所は午前零時から朝の八時までロックがかかる。ロックをかける理由は、クルーがいつまでもそこで遊びほうけて眠らなくなるからなのだそうだ。
ハードな業務をこなすからにはきちんとした睡眠を取ることも大切で。これは軍人の義務と言えるだろう。

休憩室の前まで来ると、ディアッカは携帯端末をPCに同調させロックを解除した。

素早く中に入り込むと再びロックを掛ける。これでもう誰も入ってこない。防音も最高レベルなのがここ休憩室だ。

休憩室の中は足元の非常灯だけが点々とついていたが、さすがにこれだけでは暗すぎるので適当にスイッチを入れてみるとピアノの横のスポットが点灯した。

(ああ・・・あのときオレピアノ弾いたんだっけ)

ミリアリアと賭けをしたのはもう三日前になるのかとディアッカはひとり振り返る。

リストの『愛の夢』はミリアリアにピッタリの曲だと思ったので弾いたのだが、後になって思い起こせばこれは今は亡きニコル・アマルフィの好きな曲でもあった。

ディアッカは思い出す。

ニコル・アマルフィ。
かつて共にザフトで戦った仲間の少年。ピアノが好きで将来は素晴らしいピアニストになるだろうと誰もが信じていた。
まだ十五歳だった彼はディアッカにとっては付き合うのも面倒な子供だったが、その反面実に鋭い一面を持っていると思ったものだ。
そんなニコルがあるときディアッカに笑いながら尋ねたことがあった。

「ディアッカってあれだけ女性を侍らせていても、好きで一緒にいるわけではなさそうですよね?」

「どうしてそんなことを聞くのさおまえは?」

「全然楽しそうには見えないからですよ。というより何をしていても楽しそうには見えませんよね、ディアッカは」

「じゃあおまえはどうなんだよ?何か楽しいことってあるのかよ!」

「そうですね。僕にはピアノがありますからこれだけで十分楽しいですよ」

「そいつは幸せだな。ま、残念ながらオレには楽しいコトなんてひとつもないのよね〜!」

「ひとつもないのですか?何でもソツなくこなせるあなたが?」

「こなせるから問題なんだよ!そのせいで何をやっても夢中にはなれないってね?もしかしてオレってどっかオカシイのかもね」

会話も冗談交じりに茶化す。そんなディアッカにニコルは言った。

「それは・・・おかしいんじゃなくてまだ夢中になれるものに出会っていないからですよ。ディアッカは」

「出会ってない?どうしてそう思うんだよ?ニコル」

「ディアッカの心がからっぽだから」

「・・・は?」

「あなたの心を占めるものが・・・まだ何もないからです」

「なによそれ?オレの心がからっぽってのはさ、ずいぶんな言い草じゃないの」

「いいんですよ。これから出会うんです。あなたの心を占めるようなものにね」

ニコルは微笑み、更に告げた。

「ディアッカ・・・あなた要注意ですよ?いつか心底夢中になれるものが見つかったら、心はそれですべて占められてしまうんじゃないですか?からっぽだからその分きっと凄い速さで行き渡ってしまいそうですよ」

「そんなもん出会えるわけないって〜の!おまえの思い過ごしってもんさ?」

「いいえディアッカ。いつか必ず出会います。何なら僕と賭けますか?」





悪戯っぽい笑顔を残し、ニコルはその年のうちにこの世を去った。





**********





ディアッカはピアノの前に座ってポンポンと鍵盤を叩く。

弾き始めたのは、あの日と同じ『愛の夢』だ。

フライリヒラートの詩に添えて。

『愛し得る限り愛せ・・・』

(なあニコル・・・。おまえの言うとおりになっちまったよ)

捕虜となったAAでディアッカは心底夢中になれるもの・・・正確には『人』と出逢った。

(でもヒドイんだぜ?オレは今そいつの仲間だけど、同時に恋人の仇の仲間でもあるのさ)

ディアッカがどんなに彼女に恋焦がれ、想いを寄せても・・・夢中になってもきっと彼女には届かない。

(死んだ恋人を思い出してはこっそり泣くんだ・・・)

誰もいない真夜中の展望室で。リネンルームで。倉庫の片隅で。

(なのにオレ・・・彼女に告ったんだ。きっと苦しめることも承知のうえでさ)

ディアッカの想いを解っていても彼女には応えることなんてできない。

(賭けをしたんだ・・・。オレが勝ったら演奏料をよこせって言ったんだよ)

彼女が思い悩むことも解っていながら、それでも口にしたかったのだ。

(一晩オレと共に過ごせって・・・。弱みにつけこんでサイテーだよなオレ)





───パシュウ!





いきなりドアが開いて誰かが休憩室に入ってきた。

殆ど灯りの無い休憩室だが、ディアッカはそれが誰なのか瞬時に理解出来た。





(よりによって・・・一番逢いたくない女が来たってか?)

おまけに彼女は『心配』の二文字を顔中に浮かべている。暗がりでもそれは解った。

「ディアッカ・・・。やっぱりここにいたのね」

やっぱりと言うからには初めからディアッカがここにいると彼女は踏んでいたらしい。

「どうしておまえがここのドアを開けられるの?ってオレに何か用?」

だってロックは掛けたはずだ。朝の八時までここは開かない。

「・・・・・・」

彼女は何も答えない。

「こんなところ誰かに見られたらまた逢引してたって言われるぜ?用がないならとっとと出て行ってくれない?」

「・・・・・・」

「なあ・・・。聞こえなかった?ミリアリア」

「ディアッカ・・・」






ミリアリアはその場から動こうとしなかった。






「オレはおまえに用なんかねえから出て行け!」






こんな誰もいない真夜中の休憩室。
ロックだって掛かる場所でふたりきりでいたら自分は何をするか解ったもんじゃない。

ディアッカの瞳は自然険しいものになる。

自分の心を占めるほどに恋焦がれた女。

けれど・・・けっして自分のものにはならない女。




出逢うべくして出逢った女。

きっと出逢ってはいけなかった女。









『いいえディアッカ。いつか必ず出会います。何なら僕と賭けますか?』









(賭けの勝ち逃げってのもずるいよな・・・ニコル)














 (2005。1・16) (2005.8.14 改稿) 空


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