コールベルが鳴った。

ミリアリアの点滴が終わったようだ。早く戻って処置をしないと彼女はまた眠りにつけない。

(オレは何をしているのだろう・・・)

自室に戻る途中ディアッカは自分に対し、そんな疑問を投げかける。

ミリアリアの体調を崩すようなことをしたのは自分。そしてその看病をするのも自分。
護って慈しみたいのか・・・。それとも追い詰めて苦しめたいのか・・・。
矛盾だらけの行動はミリアリアだけではなく、ディアッカの身体機能をも狂わせてゆく。

(疲れたな・・・)

ディアッカは自分がかれこれもう3日以上眠っていないことを思い出していた。







フライリグラード(4)






「ああ・・・お待たせ。点滴終わった?」

いつもの口調で尋ねるディアッカにミリアリアが黙って頷くと、素早く針を抜きに掛かる。
消毒綿を当て、ギュッと押さえたあと発熱の有無を確かめてからディアッカはそっと小声で囁いた。

「このまま朝まで眠るんだぞ。食事はいきなりだとマズイから朝だけはそこの簡易チューブゼリーにしておけよ」

いつものようにミリアリアの頬と額にひとつづつキスを落とすとディアッカは「それじゃおやすみ・・・」そう言って立ち上がろうとした。

(え・・・?)

ディアッカの眼の前が突然グニャリと反転する。

(マジかよ・・・)

ガタガタン!と椅子が倒れ、ディアッカは床へと崩れ落ちた。

(ちょっとこれは・・・マズくない?)

体調の悪さとは裏腹に妙に冷静な、そんな自分をディアッカは笑ってしまった。

ディアッカ!と自分を呼び起こす声に眼を向けると今にも泣き出しそうなミリアリアの顔が上から覗き込んでいた。

「そんな顔するんじゃないよ。心配ないから」

(オレはいつもこいつに・・・こんな顔ばかりさせているんだな・・・)

ディアッカの手のひらがミリアリアの頬に触れる。

(ほんと。サイテーだわオレ)

口の端で笑おうとして・・・ディアッカの意識はそのまま暗い闇の中へと落ちていった・・・。







**********








ディアッカが倒れて意識を失ったあと、事の重大さに驚きながらもミリアリアは冷静に行動した。
AAの艦医ではコーディネイターの診察は難しい。
ミリアリアはキラの時でよく解っていたので他に頼りになりそうな人を思い浮かべた。

(そうだ。フラガ少佐なら・・・)

こんな真夜中に迷惑かとは思ったが、とにかくディアッカのために力になってくれる人がいて欲しかった。
ミリアリアの選択は正しく報われ、ムウは素早く駆けつけるとブリッジを通じてエターナルの艦医を呼んでくれた。
艦医はすぐにAAに来艦し、医務室に運ばれたディアッカに適切な処置を施すと不思議そうに首を傾げた。

「連日徹夜したくらいじゃこんなにはならないんだがなあ・・・。余程精神的にまいっていたとしか言い様がないねえ・・・」

艦医の言葉を聞いたミリアリアは動揺を隠しきれない。

ほんの少し前までの彼の様子はいつもと何ひとつ変わっていなかった。

(もしかして・・・元気な振りをしていただけだったの?)

こんなに傍にいながら何ひとつ気がつかなかった自分が情けないとミリアリアそんな自分を心から恥じた。

「先生・・・。夜分遅くにお呼びして申し訳ありませんでした」

ムウは感謝の意を表して深く頭を下げた。

「いやいや。エターナルには艦医が二人いるので交代で勤務していますからね」

「本当に助かりました。こいつは自分の事は何ひとつ言わないので、まさかこんな事になっているとは思いもしませんでした」

「一晩眠れば大丈夫ですよ。コーディネイターの中でも彼は身体機能を高度に特化していますから回復もずっと早いはずです」

おだいじに・・。・と、言い添えて艦医は医務室から出て行った。



「ほらほらお嬢ちゃん、そんな顔してちゃいけないよ」

ムウのいたわりの言葉にミリアリアは頷いたが、沈痛な面持ちは変わらない。

「もしかして・・・こいつと何かあったのかい?」

フラガのひと言にミリアリアは(どうして・・・)と顔を上げる。

「こいつがここまで精神的にダメージを受けるというのはさ?お嬢ちゃんがらみとしか思えないんだよねえ・・・」

「少佐・・・」

「俺もさあ・・・エターナルに行く事が多かったからこいつの噂話を結構聞いたんだよ。AAに来るまではかなり無軌道な生活を送っていたらしいし、他人になんて間違っても入れ込むような奴じゃなかったっていうのが共通した意見だったよねえ・・・」

「・・・・・・」

「それに、何に対しても無関心で遠くから傍観しているか、皮肉まじりに揶揄するかどちらかで、本気になるなんてことはまず無かったようだから.、いつもお嬢ちゃんの傍にいて世話を焼いているこいつのことをみんな不思議がっていたよ」

ムウは探るようにミリアリアの様子を窺っている。ミリアリアにはその視線が心に痛い。

「でね・・・これは俺の考えなんだけれど、多分お嬢ちゃんはこいつにとっては初恋の相手じゃないかって思うんだよなあ・・・」

初恋?ディアッカはミリアリアよりひとつ年上の17歳だ。この歳まで恋などしたことが無かったなんてありえるだろうか?

「そんな・・・だって少佐こいつは17歳なんでしょう?プラントでは成人していていつも女の人に囲まれていたっていうことは私だって聞いています。それが初恋だなんてそんなバカなこと・・・」

ミリアリアはムウの考えなどとても本気には出来なかった。

「でもねえ・・・俺にはそうとしか思えないんだよねこいつ見てるとさあ」











───はい!そこまでにしといてね。




その声にムウとミリアリアは思わず振り返って一点を凝視する。

先程までベッドに寝かしつけられていた筈のディアッカが起き上がってジャケットを羽織っていた。

「おっさんあのね?あまり変なコトこいつに吹き込んじゃダメよ?ただでさえ気苦労が多いんだからさ!」

驚いたことにディアッカはもういつもの彼に戻っていた。
そんな彼の様子にムウは呆然とするばかり。

「もう!センセーの言うコト聞いてなかったのかよ〜!オレは医者の息子だからプラントでの生活に耐えられるようにって特に身体能力を強化されたコーディネイターなわけよ?回復力は普通のコーディネイターの2倍くらい高いってね」

「でも・・・ひと晩は寝てないとダメだって・・・」

そんなミリアリアの声を遮るかのようにディアッカは口元を歪めてクククと笑い言葉を返す。

「それはフツーのコーディネイターの場合。オレだと2時間あればOKなのさ。マジよ?」

「それに寝てなきゃいけないのはおまえのほうだろ?オレ何て言ったっけ?」
ディアッカの鋭い視線がミリアリアを威嚇する。

「とにかくおっさんこいつをオレの部屋まで連れて行ってくれない?薬も明日の朝の食事も用意してあるから、今さら部屋変えるの面倒くさいんだよな・・・」

「ディアッカ・・・!あんたはどうするのよ!そんな身体で・・・」

「オレはもう少し医務室にいるよ。おっさんもこのまま戻っていいからね」

「って言ってもおまえなあ・・・」

ムウの心配顔とミリアリアの縋るような眼に見つめられてもディアッカは微動だにしない。

「心配させて悪かったな。もう大丈夫だから」

「ディアッカ・・・」

「いいから早く休めよ」

そう言ってディアッカはいつものようにミリアリアの頬と額にひとつづつキスをおとした。

「おやすみ・・・」









**********








───こんなところに長居は無用ってね。



医務室なんて最悪な場所だ。
ディアッカは自分もそうだが、ミリアリアをいつまでもここには居させたくは無かった。
嫌でもあの刃物を振りかざされた一件を思い出させてしまうではないか・・・。

最愛の男を失って、まるでその入れ替わりのようにAAにやって来たのは恋人に似ても似つかぬコーディネイターの自分。

ミリアリアはきっと忘れない。
もし・・・この先悲しい記憶が薄れていくとしてもコーディネイターの自分を見るたびに辛いことを思い出すのだ。

医務室の白い電気を消して枕元の小さな灯りだけを残す。

思い起こすのはあの晩の自分。







『演奏料は・・・今夜一晩オレと共に過ごすこと・・・』







ミリアリアが思い悩むのは解っていた。

そして・・・来ない事も解っていた。なのに・・・。

それでもディアッカはあの晩ずっと眠れなかった。
暗く閉ざされたドアを見つめて自分の膝を抱えていた。

開くはずの無いドアが「パシュウ・・・!」という音と共に勢い良く開くようなそんな気がして・・・ただただドアを見つめていた。

闇に浮かぶドアは取り残された幼い頃の記憶を思いがけず甦らせる。

ひとり膝を抱えて泣いている自分の頬と額にひとつづつキスを落とし、耳元を掠める優しいあの声は誰?
それは自分と同じ褐色の肌に金色のなだらかな巻き毛の・・・もう顔も憶えていない母親の姿。

(大丈夫よディアッカ。いつも私が一緒にいるわ。あなたをひとりになんかしないわ・・・)

誰よりも深い愛情で慈しんでくれたひとだったと、残された記憶が教えてくれる。

いつしか・・・それはどんなに呼んでも来てくれなくなった最愛の存在。

まだ『死』という言葉すら解らなかった幼い自分。






暗く閉ざされたドアを開けて自分の傍に来て欲しいのはは・・・いつの時でも最愛のひと。





来ない事は解っていた。





それでも自分は待っていたかったのだ。



誰よりも大切な最愛のひと・・・。







───ミリアリア・ハウという名の恋しいひとを・・・。



















 (2005.8.7) 空


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