素敵な恋の話をしよう。

今よりほんの少しだけ若く・・・子供だった俺達だけれど、恋い慕う想いに偽りなどなかったと胸を張れた。
そんな恋の話をしよう・・・。

















フライリグラード






───AAの休憩室には古めかしいデザインのピアノが置いてある。
     まあ、一般にどこの軍艦にも必ずといっていいほど置いてあるのがピアノとギターだが、
     ここまで懐古的なデザインのものは他所ではお目にかかれない。


「しかしさあ、軍艦っつ〜のはどうしてピアノとセットなんだか!」ディアッカの呆れたような声がする。
「これってやっぱりどこでもあるわけ?」サイが興味深げに尋ねるのを受けてノイマンが笑いながら言葉を返した。
「そうだね。俺の知っている限りではどこの艦にもピアノはあったね・・・」
「でも・・・弾ける人がいないと、これも宝の持ち腐れみたいなものじゃないですか?誰か弾ける人っていないのかしら・・・」
そんなミリアリアにムウがさも可笑しそうに囁いた・・・。
「お嬢ちゃん・・・キミの隣に座っているガラの悪いエロガキ!こいつなら弾けるんじゃないの?」

周囲の眼がディアッカに集中する。なるほど高度な能力をコーディネイトされているディアッカなら弾けるかもしれない。

「どうなんだ?おまえピアノ弾けるのかい?」ムウはニヤニヤと笑ってディアッカを眺めた。
ディアッカはウンザリといった表情で「あ〜?とりあえずは弾けるけど、オレ楽器演奏って好きじゃね〜んだよなぁ」
と、吐き捨てるように答えた。
「ふ〜ん・・・楽器演奏好きじゃないとか何とか言って本当は弾けないんじゃないの?あんた」
「うわ・・・きつ〜!それはちょっとひどくない?これでもオレ英才教育受けてるんだぜ?ピアノなんか朝飯前よ?」
「ホントかしら?あんたの言うことなんて信用できませんよ〜だ!」
「ふ〜ん・・・そこまで言うんだおまえ。だったら弾いてやるから演奏料よこせよな!」
口元を曲げてクククと笑うディアッカにミリアリアが言った。
「いいわよ?ここにいるあんたを抜かした4人、サイ、ムウさん、ノイマンさん、そしてあたしのリクエストに応えられたらね!」
言っておくけれど猫踏んじゃったレベルじゃないからね!と付け加えてミリアリアは席を立った。
「あたしがここで見張ってるわ!さ、どうぞ!ディアッカ?」
その言葉にディアッカも立ち上がる。ピアノの前まで来ると、傍らにいるミリアリアの頬と額にキスをして座った。
「それじゃリクエストをど〜ぞ?誰のから始める?」更にクククと笑ってミリアリアを見上げる。その仕草も癇に障る。

「じゃ、俺からいこう。ショパンで『黒鍵のエチュード』楽譜無しでいけるかい?エルスマン」
ノイマンが不敵な微笑みを込めてディアッカを見た。
「O・K〜!任せてくださいな〜っと!」ディアッカは指の関節を『バキバキバキバキ!』っと鳴らした。
「・・・・・・おまえ格闘技やるんじゃないんだから!それはやめとけよなあ」ムウが大きく溜息を吐いた。
「ノイマンさん。通じゃない?黒い鍵盤だけ弾くこのエチュードって難易度3よ?」

ディアッカが弾き始めた。しなやかに長い指が黒鍵の上を滑るように流れていく。お世辞抜きで見事な腕だと感心する。
テンポの早い軽快なメロディだ。なのにディアッカは指が攣らないのかと思うほどの速さでそれを弾き終えた。

「どう?ノイマンさん合格点貰える?」
「ああ。エルスマン文句なしだね」満足気なノイマンの表情は明るかった。
「次は誰〜?」のほほんとしたディアッカの言葉に答えたのはサイ。
「そうだね・・・あれにしよう!ベートーベンの『テンペスト』」
「おっとぉ〜!おまえも随分な曲をリクエストするんじゃない?全楽章通しでやんの?」
「いや、それだと長いから1番有名なやつだけでいいよ。これも楽譜無しで大丈夫?」
「まっかせなさ〜い!」ディアッカはまた指の関節を豪快に『ボキボキボキボキ〜!』っと鳴らした。

メロディが流れ出す。ちょっと悲哀の込められた感のある曲だ。
しかし・・・隣でこれらの曲を弾いているディアッカの能力はいったいどこまで行けば限界点に達するのだろう。
日本舞踊はリサイタルを開けるほどの腕前だとラクス・クラインが言っていたし、ダンスも見事に踊りこなせる技量だし。
運動神経は見なくても判る。無駄な肉などないくらい良く引き締まった筋肉質の体躯。以前ムウと模範格闘戦をやっていたが、その動きの美しさにミリアリアは思わず見惚れてしまったほどだ。
飄々として瀟洒な普段のディアッカからは想像もつかない。
真剣なときはそれほどまでに雰囲気が変わる。まるでその場の色に変わるカメレオンのような男だ。
見事なまでの才能に加え、その容姿の美しさは誰もが認めるほどの威圧感がある。

「ほ〜い!終わり!サイ。どうだった?クリアでOK?」
「すごいねバッチリだよディアッカ!」サイは苦笑いで答えている。ムウとミリアリアはどんなリクエストをするのだろう。

「次はおっさんでいいのかよ?早くリクエストしてちょうだいね〜!」人をくった笑顔で返事を促すあたりは悪ガキのそれに良く似ていた。

「おまえ・・・あれできるかなあ。胡桃割り人形の行進曲をポップスにアレンジしたやつ・・・」
「もしかして・・・こういうやつ?おっさん」ディアッカがさわりだけ弾いてみる。
「そうそう!それだ!それにしてくれ。何ていうんだ?その曲」
「むか〜し地球で流行ったやつだね。プログレシヴロックってジャンルで曲は『ナット・ロッカー』OK?」
ディアッカの瀟洒なイメージにふさわしい華やかな曲だ。どうやらこの手の曲は得意らしく、鼻歌雑じりで弾いているのが憎らしい。

曲自体はたいした長さではなく、これはすぐに終わったがムウは満足したようだ。
「やるねえおまえ!」
「それはどうもあ・り・が・と・おっさん!」

さて・・・残るはミリアリアのリクエストだけだ。

「おまえはどうするの?オレに何を弾いて欲しい?」意地悪気にディアッカが微笑んだ。

ミリアリアは少し考えていたが・・・やがて重い口をゆっくりと開く・・・。





「ゆったりした流れるような旋律の曲がいいわ・・・」
「ふうん・・・」
「それでいて華やかに盛り上がるの」
「なるほど」
「1度聞いたら忘れられないくらい綺麗で印象に残って・・・」
「残って・・・?」
「超技巧的なやつ!・・・どう?そんなのあるかしら?」

ミリアリアはふふんっといった顔つきで傍らのディアッカを見やった。絶対にこんな曲なんかありっこないと決め付けている。

「そうねえ・・・そんなのないって言ってやりたいところだけど残念でした!取っておきの曲があるね・・・」
「・・・そんなのあるの?」ミリアリアはちょっと驚いた。
「なにしろ指が長くないと弾けないし、超技巧の難易度は5。しかも今のおまえにピッタリのやつがあるんだな・・・これが」
「じゃ・・・もったいつけないで早く弾いてよ」予想外の展開にミリアリアは半ばヤケになって演奏を促す。
「演奏料忘れるなよ!」口の端でニヤリと笑うとディアッカは真剣な表情に立ち返った。

その曲はゆったりとしたスローなテンポで始まった。
ミリアリアの表情も自然と真剣になる。確かに綺麗な旋律でミリアリアの好みにも合っている。

ディアッカの瞳は長い睫でうかがい知れないが、腕を動かすたびに金色のクセ毛が大きく揺れた・・・。
鍵盤と鍵盤の間も広く、余程の腕がないと弾きこなせないような難しそうな曲だ。

ピアノの端から端を滑りながら弾く・・・といった感じで、その旋律はまるでディアッカの身体から湧き出るかのようだ。

演奏の見せ場にミリアリアは信じられないもの見た。

ピアノを弾いているディアッカの腕がクロスに交差しているのだ・・・。

(うそ・・・何なのこの曲・・・)

ミリアリアの眼はもはやピアノに釘付けにされたまま動こうとしない。

そんなミリアリアを横目で見つめたディアッカは満足そうな笑みを浮かべた。

(オレの勝ちだね・・・)ディアッカの紫の瞳がそう語っていた・・・。




───PONNNN♪



はい、おしまい・・・。

ディアッカはミリアリアに問いただす。
「どう?お気に召しましたかお嬢さん?」
「・・・そうね。とてもいい曲だったわ。ところで曲名聞いてなかったわね。なんていうのこの曲」

「リストの『愛の夢 第三楽章 変イ長調』 CE以前19世紀の頃の作品でね、詩人のフライリヒラートの詩に付けた曲さ・・・。
詩の内容はこう・・・。

おお・・・愛よ愛。あなたが愛することのできるあいだいつまでも愛し続けなさい。
やがてあなたがお墓の前に立って嘆き悲しむときが訪れる・・・。
こころが燃えているあいだ・・・ずっと愛し続けなさい。
いつも楽しく決して悲しくさせないように。

愛し得る限り愛せってね・・・」


ミリアリアの表情が硬くなる。
まるで自分とトールのことみたいではないか。

そんなミリアリアの様子を見つめていたディアッカが話しかける。

「・・・で、どう?演奏料は貰えるのかな?」

「ちゃんと払うわよ。いくら出せばいいのかしら!」

「そうだね・・・お金はいらない。AAの中じゃあまり意味が無いしね?」

「じゃ・・・何で払えばいいの?」
ミリアリアの胸のうちに不安が広がる・・・。何かとんでもないことを言われそうな気がする・・・。

ディアッカの瞳が真正面からミリアリアを捉えた。
氷のような冷たい微笑。
ガラス玉のようなディアッカの紫の瞳。
ゆっくりと口の端だけで笑うその仕草は捕慮として投降したときに見せたあの表情。







「演奏料は・・・今夜一晩オレと共に過ごすこと・・・」








いつの間にかムウやサイノイマンの姿がないことにも気がつかないほどの衝撃を受け、その言葉にミリアリアは息を呑んだ。








「一晩オレと共に過ごすこと。それ以外は許さない・・・」










(2005.7.28) 空

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