『災いは忘れた頃にやってくる』
このような事態に遭遇した人間は案外と多いものだ。
かのZAFT軍の雄『白服の貴公子・イザーク・ジュール』
彼にとってこれから述べるエピソードは災いと呼べる類のものなのかどうかまでは疑問ではあるが、任務の為とはいえ、ただ一度扮した女装が後に彼を悩ませ、額に浮き出る彼特有の青筋をますます増やす結果となってしまったことについては『持ち前の性格』故にやってきた災いと呼べるかも知れない。
絵座利亜倶楽部 (世ハ情!嗚呼涙ノ要人慰安旅行の続編です)
「マダム・エザリア。もっと右脇をしめて銃を固定してください。でないと撃ったときの反動で骨折することもありますから」
「ええ。でも銃って扱うのが難しいのねぇ!イザークが軽々と扱うからもっと簡単だと思っていたのに・・・」
「イザークはZAFTの同期生の中でも1、2を争う程の腕前ですよ?彼のように扱えるならマダムもZAFTで赤服を着ることが出来ますよ」
「上手いこと言うのねぇディアッカ。でもそう言う貴方だってかなりの腕前なのでしょう?イザークがよくこぼしていたわよ?『ディアッカの奴は真面目に試験を受けていたら俺やアスランにも劣らない筈だ!』って」
「マダム、そんな昔のことを仰らないでください。私はイザークの技量に遠く及ばない身なのですから」
「まあご謙遜!ほっほっほ・・・」
ここはとある軍事施設の射撃練習場で、今やZAFTを代表する武官にまで昇進したディアッカ・エルスマンはマダム・エザリアと呼ばれる女性に密かに射撃を指導していた。
だが、ふたりの会話を傍で聞いていると、射撃の指導というよりは年上の有閑マダムがペットのツバメといちゃいちゃ楽しんでいるような雰囲気だ。
歯の浮くお世辞や砂糖菓子のような甘ったるい言葉がぽんぽんと交わされては吐息の如く消えて行く。
「もう・・・イザークが私に変装して銃なんて撃つから辻褄あわせに苦労するわ・・・」
「ええ、まったくですよマダム。彼も私の言うことを聞いておとなしくしていればこんな事態にはならずに済んだものを」
「本当にごめんなさいねディアッカ。イザークに銃の扱いを教えてもらおうと思っていたのだけれど・・・もう烈火の如く怒り出しちゃって始末におえないのよあの子」
「もったいないお言葉でございますマダム。しかし、いかに作戦とはいえイザークに女装を薦めたのは私なのですから責任は私にございます」
「だってそれは仕方のないことでしょう?イザークが私に変装してラクス・クラインの身辺警護をするなんて最高の策に違いなかったと思うわよ」
「マダムにそう仰って頂けると私も恐縮いたします」
プラント本国はマティウス市に存在する、とあるファンクラブの総本部。その名も麗しの『絵座利亜倶楽部』
ちなみに『絵座利亜』とは元マティウス市長にてプラント評議会議員であったエザリア・ジュール女史を指している。つまり今、射撃訓練場でディアッカに銃の手解きを受けている女性こそがエザリア・ジュール女史その人である。
『絵座利亜倶楽部』とは東アジア共和国に所属する日本という地域の言語、日本語での表記なのだが本来なら『絵座利亜倶楽部』は『エザリアクラブ』と片仮名で表記するのがより望ましいという。
『絵座利亜』とは語呂の良い当て字で『絵に描いたように美しく、座った姿は艶やかな華。更に利発』とう意味だそうだ。最後の『亜』は一般にアジア広域を表す言葉だがこれは彼女がオーブ国民ならず世界中にに救国の女神とまで奉られているためについたらしい。
日本語は南海の真珠と謳われるオーブ連合首長国の公用語としても知られており、『絵座利亜倶楽部』地球最大の支部がオーブにあるのもアジア文化と馴染みの深いオーブであればそれも確かに頷ける。
しかし巷の噂では『絵座利亜倶楽部』と命名したのはオーブ連合首長国代表首長のカガリ・ユラ・アスハであるとも囁かれており、その真偽は未だ判然としていない。
「さあ、マダム。もうあまり時間がありませんので、今私が申し上げたことに注意して撃ってみてください」
「ファンクラブ総会で射撃を披露するなんて誰が考えたのかしら?本当に突拍子も無いことだと思わない?」
「さあ・・・私にはその辺りの経緯は解りかねますが、マダムを一躍有名にしたのはアスハ代表を守るために銃を構えたあの写真でしょうから、そういうリクエストもございましたでは?」
「ん、もうっ!それにしてもファンクラブ総会まであと3日なのよ!こんな調子でちゃんと撃てるようになるのかしら」
「その為の訓練ですマダム」
ディアッカとエザリアは互いを見つめて微笑んだ。
───ディアッカ!貴様朝っぱらからこんな所でで何油を売っている!
荒々しくドアを開けて射撃練習場に飛び込んできたのはイザーク・ジュール。
無言で佇んでいると冷たい印象もあるが、ZAFTきっての貴公子と呼ばれるだけに実に端正な容貌の青年だ。そしてエザリア・ジュールの一人息子で母親とは『うりふたつ』と言われるほどによく似ている。ふたり並ぶと親子というよりはまるで一卵性双生児のようだ。
そのイザークの罵声にディアッカは渋々顔を上げて・・・だか淡々と答える。
「見りゃ解るだろう?射撃の訓練してるんだよ!」
「そうじゃないっ!母上相手にになんて不埒なことしてるんだ貴様!」
「だーかーらー!射撃の訓練してだけだっつーの。お前の母上はなぁ、3日後のファンクラブの集いで射撃の腕前を披露することに決まったのでこうして指導してるんだぜ。ってか本来ならこれはお前がやるべきことじゃないのか?」
そうだ。息子が母親に教えるのがこの際一番良いに決まっている。
「うるさいっ!元々母上のファンクラブ騒動が持ち上がった直接の原因はお前だろうディアッカっ!貴様が俺に母上の格好なんぞさせるからじゃないかっ!しかも・・・便乗してちゃっかりその場の写真を撮り、新聞の第一面にデカデカと取り上げたのは・・・貴様の女だろうがっ!」
それを聞いてディアッカの顔色が僅かに曇る。
「・・・だって仕方ないだろう?ミリアリアは写真を撮っただけで実際にそれを使ったのはオーブとプラントの報道機関なんだし、第一あの写真がきっかけでプラントとオーブの関係もすごぶる良い方向に向かっているんだから結果オーライでいいじゃないか」
「ああ・・・貴様はそれでもいいだろうが俺と母上の立場はどうなるんだっ!あの写真が俺の女装だとバレたら偽証罪で両国の関係だってこじれてしまうかもしれないんだぞ!」
「あーもう!おまえカルシウム足りてるかぁ?そんなカリカリしてないでよく考えてみろよ。アレがおまえの女装だとバレないようにこうやってマダム・エザリアにお願いして射撃の訓練を受けて頂いているんじゃないか」
「こんな俄仕込みの練習で上手くなんかなるもんかっ!いいか?ディアッカ。オーブとプラント間の外交が拗れたらそれはおまえの責任だからなっ!それと母上!射撃の本番では絶対ドレスなんか着ないでくださいっ!大怪我をします!」
「あら・・・でもイザークは大丈夫だったじゃないの。オーブとの友好の為に私だってお役に立ちたいのよ。貴方なら私の気持ちが解るでしょうイザーク」
「母上・・・」
そこは所詮母親にぞっこん首ったけのイザークである。
エザリア自らプラントとオーブ間の友好の橋渡しを希望しているのなら最早口出しなど出来ようものか。
「な?解っただろうイザーク。おまえ訓練の邪魔だからさっさとここから出て行ってくれよな」
嫌がるイザークの背中を叩いてディアッカは笑う。
「・・・ふんっ!憶えていろ貴様!」
剣呑な捨てゼリフを残してイザークは渋々射撃場から出て行った(正確には強引に追い出されたというのがこの場合正しい)
**********
───3日後。
ここプラントのマティウス1では『絵座利亜倶楽部』の総会が華やかに執り行われていた。
オーブからのツアー団体に混じって貴賓席には特別招待客であるオーブ国家代表首長のカガリ・ユラ・アスハの姿も見える。
友好の証にプラントからもラクス・クラインが出席し、カガリの横で楽しそうな笑みを浮かべている。うら若き女性であるふたりの国家代表の警護を務めるのはディアッカ・エルスマンをはじめとしたZAFTきっての武官の面々に勿論キラ・ヤマトも加わっている。オーブからはこれもまたカガリ側近のレドニル・キサカやアスラン・ザラも後方に控えていて、警護の面では完璧であろう。だが、ちょっと待て。もうひとりここには当然居る筈の人物の姿が見当たらない。
『イザーク・ジュール』
ディアッカの上司で、当のファンクラブの主役の息子である彼の姿が見当たらないのはいったいどういうことなのか。
ああ、母親思いのイザークのことであるから、もしかしたら彼はどこか別の場所で直接エザリアの警護にあたっているのかもしれない。
こうしている間にもファンクラブ総会はどんどん進行してゆく。
エザリア・ジュールは元々が麗人と呼ばれるに相応しい美貌の女性だが、女ながらにプラント評議会の重鎮として君臨していたこともあってスピーチやパフォーマンスはお手のものだ。衣装のマーメイド・ラインのドレスも実に見事に着こなしており、プラントの歌姫と絶賛される清楚なラクス・クラインとはまた違った大人の女性ならではの円熟した魅力に富んでいる。本当にエザリアは美しい。
イザークの不在を別段気にする様子もなく、ディアッカはステージ横の時計を見る。
(おっと・・・もうそろそろか)
そっと席を外す。誰にも悟られぬよう静かに貴賓席のドアを閉めた後、ディアッカはある場所へ足早に向かった。数分後、彼が立ち止まったのは『エザリア・ジュール様控え室』とかかれた部屋の前。ま、要は楽屋だと思えばいい。
ディアッカは深呼吸をして息を落ち着かせるとノックを3回してドアが開くのを待った。だがドアは開く様子もない。小さく溜息をついてポケットから合鍵を取り出しディアッカが控え室に入り込むと、そこには半べそをかいているシホ・ハーネンフースとすらりとした銀髪の麗人、つまりはイザークがなにやら口論しているのが目に映った
「やっぱりねぇ・・・」
その様子を見てディアッカは再び溜息を吐いた。
「ああディアッカっ!いいところに来てくれましたっ!お願いです貴方も隊長を止めて下さいっ!」
ディアッカの姿を認めてシホは涙声で訴えた。
「そうねぇー、こんなことじゃないかって思ってさ?オレも止めに来たのよね〜。なぁイザーク、おまえもいいかげん諦めろよなぁ」
「ええい!うるさいっ!ディアッカっ貴様・・・俺の邪魔をするんじゃないっ」
「あー・・・そろそろ場内アナウンスが流れるからそれを聞いてから行動してくれイザーク、いや隊長殿」
ディアッカは荒ぶるイザークを宥め、ぽんぽんと彼の肩を叩くとステージを映し出すカメラモニターのスイッチを入れた。
───ピンポンパンポーン♪
オルゴール・チャイムが時を告げる。これを合図に凛とした美しいアナウンスが会場を流れ始めた。
「本日は絵座利亜倶楽部・ファンの集いにお越し下さいまして誠にありがとうございます。ここでファンクラブ主宰から、ご来場のみなさまに一部プログラムの変更をお知らせ致します」
ディアッカ達3人は、カメラモニターを見つめながらじっとアナウンスに耳を傾け、次の言場を待っている。
「プログラムナンバー10番のエザリア・ジュールによる射撃実演ですが、ご来場の皆さまの安全を考慮いたしまして、こちらは急遽取り止めとなりました」
「な・・んだとぉっ!」
それを聞いた途端イザークの顔つきが豹変した。
「ご来場の皆さまには大変申し訳ございませんが、このようなイべント会場での銃器取り扱いには規則がございまして、今回は警察当局より許可を得ることが出来ませんでした。よって今回の射撃実演は中止せざるを得ないと判断いたしましたが、ここで皆さまにプラント評議会から特別のサプライズを頂いております」
「プラント評議会からのサプライズ・・・だとぉ!」
イザークの顔つきが益々険しくなる。
会場のライトがフッと消えて場内は真っ暗になった。
綺麗なピアノの楽曲が流れ出し、スポットライトがある一点に集中する。
「本日は絵座利亜倶楽部・ファンの集いにお越しくださいましてありがとうございます。オーブ、プラント間の友好の架け橋となられましたエザリア・ジュール前評議会議員の功績を称えまして、わたくし、ラクス・クラインより友好の歌をお届けします」
会場は一瞬沈黙したものの、やがてそれは大きな拍手と賞賛の声が嵐となって会場中を席巻した。
貴賓席からステージの中央に歩みを進めてラクス・クラインはその美声を惜しげもなく披露した。
プラントを代表する最高評議会議長となってからここ数年、ラクス・クラインは自らのリサイタルを開こうとはしなかったので、これはもう特大のサプライズと言えた。ラクスの後ろからはカガリ・ユラ・アスハオーブ代表首長が静かに彼女に従っている。
ステージ上ではしばし呆然としていたエザリア・ジュールも笑みを浮かべてうら若きふたりの国家主席を招き入れた。
大きな拍手と賞賛の嵐は黄色い叫び声となって再び会場内を席巻した。
「そんな・・・。そんなバカな・・・」
あんぐりと口を開けたままでイザークはその場に立ち尽くしている。
「あのなぁイザーク、常識で考えてみれば解ることだろう?こんな大集会場で銃なんかブッ放せるわけがないっつーの!」
ディアッカはやれやれといった表情でクククと笑った。
「だったら貴様!どうして母上に銃の指導なんかしていたんだ!」
「あー、物事には体裁っつーもんがあるんだよな。ちゃんとアピールできるところはやっとかないとまぁいろいろとね」
「それでは・・・今日の俺の立場はどうなるんだディアッカっ!」
「おまえの立場なんかしらねぇよ!誰がそんな格好で待機してろっておまえに命令したんだよ?あぁ?オレもシホもおまえに命令なんかできる立場じゃないっつーのは承知してるだろ?」
イザークは己の姿を鏡に映して絶句する。
鏡の中のイザークの姿はいつも着用しているZAFTの白服姿ではなかった。
代わりに流れるようなドレープの裾をもつアイスブルーのロングドレスと高く結い上げた銀髪の鬘。
念入りに粉白粉をはたき紅を引いた美しき麗人の姿がそこにあった。
ああ!まさに母親であるエザリア・ジュールに瓜二つの艶姿・・・!それが今のイザークだった。
「では・・・俺はいったい何の為にこんな格好をしたというのだ・・・」
そう、誰もイザークに命令なんぞしていないのだ。この格好はイザークが自ら進んでしたことだとディアッカは強調する。
手のひらを肩まで上げてひらひらと振りながらおどけて笑うディアッカにイザークの顔色は蒼白になった。
「さては貴様・・・いざとなったら俺が母上の身代わりになることを初めから見越して・・・」
「やだなぁイザーク!それは下種の勘ぐりってもんさ?それよりもいいのかおまえ・・・そんな艶姿誰かに見られたらそれこそ大問題になるんじゃないのか?」
「たとえばさぁ・・・」
───パシャ。
「っつー感じで写真にでも撮られたらどーすんのおまえ!」
ディアッカは密かに隠し持っていた遠隔操作スイッチでカメラのシャッターを押した。
その途端機械音が鳴り響きPCに接続されているプリンターが1枚の写真を吐き出した。
映っているのは狼狽しながらも尚美しい女装姿のイザーク・ジュール。
「・・・ディアッカ・・・貴様最初から!」
「ほーいシホ!この写真おまえにやるよ〜!」
イザークの狼狽ぶりをよそにディアッカは出来たばかりの写真をシホに渡した。
「シホっ!その写真俺によこせっ!!」
イザークの声にシホは一瞬躊躇したが・・・。
「・・・嫌ですー!」
鬼人の形相でせまるイザークに怯えながらもシホは全身で彼を拒絶し
頭を振った
「この写真はディアッカが私にくださったものです。隊長のご命令に従う筋のものではありませんっ!」
シホはそう言い放つと慌ててディアッカの後ろに隠れた。
「貴様ら・・・!」
イザークの額に彼特有の青筋が浮かぶ。
「やばっ!シホ、逃げるぞ!」
「はいっ!ディアッカ」
ディアッカは慌ててシホの手を取って一目散に逃げ出した。
「待て!貴さ・・・」
イザークの声が途中で途切れ、彼の視界が暗転する。
ズデン!という大きな物音に振り向けばイザークはドレスの裾を踏みつけて見事なまでに転んでいた。
「だからドレスなんか着て走るなっつーのっ!」
嘲笑うディアッカの声を遠くで聴きながらイザークは暫く立ち上がることが出来なかった・・・。
さて───この話には後日譚がある。
『ファンの集いのリハーサル中の絵座利亜様』と称したアイスブルーのドレス姿のエザリアの写真がネットオークションにかけられて仰天の高値で取引されているらしい。
撮影した人物は明らかにはされていないが、おそらくはエザリアの側近であろうと噂され、他にも『絵座利亜様の御姿の写真』を持っていると踏んだ一部の熱狂的な絵座利亜ファンが、撮影した人物を血眼になって探しているということだ。
(2007.8.1) 空
※ いやぁ・・・いよいよ夏本番ですねー(逃)
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