地球とプラントを未曾有の悲劇に追い込んだ二度目の大戦も、終結して早三年の月日が流れていた。
戦時中の軍隊という所は予算も人的資源も最優先にまわされるものであるのだが、平和になればまた事情が違ってくるのは当然の事で、地球軍にしろ、プラント国家のZAFTにしろ、(表向きではあるが)軍縮を余儀なくされ、今は国内の安全に心血を注いでいる。
地球では、大戦時に国家代表首長カガリ・ユラ・アスハ自らが陣頭に立ったオーブ連合首長国を中心に、プラントでは最高のカリスマ性を備え、絶大な人気を誇るラクス・クライン議長を擁して、相反する二つの陣営は現在良好な国際関係を維持している。
しかし・・・この平和も恒久を約束されたものではないのだ。
現政府の転覆を狙う反体制派閥、あるいは手段を選ばないテロリストの集団が暗躍し、隙あらば凶行に及ぼうと虎視眈々と機会を狙っている。
ターゲットはいつの世も現体制のトップに立つ人間、あるいはその側近。
オーブのカガリ・ユラ・アスハもプラントのラクス・クラインも常に厳重な警護のもとにおかれているが、ここでちょっと考えてほしい。
彼女達はまだ二十歳そこそこの若い女性なのだ。ショッピングもしたければ、仲の良い友人達とお茶を飲みながらおしゃべりの花を咲かせたいだろうし、休日ともなれば彼氏とデートだってしたい筈だ。
自由にならない生活も長く過ごせばストレスだって溜まるだろう。誠に気の毒なことだと思わざるを得ない。
だが───。
誰よりも「気の毒」なのはそういった政府の要人を警護する立場の人間であることを私たちは常に忘れてはいけない。
ってか忘れたらとんでもないしっぺ返しが待っているようなそんな気がする。
世ハ情!嗚呼涙ノ要人慰安旅行
※ピンポンパンポーン♪作者注!このお話はギャグ的要素をふんだんに含んでおります。キャラのイメージを壊したくない方、また嫌悪される方は速やかにお戻り下さいますようご案内申し上げます。また、読後の苦情は一切受け付けませんのでご注意下さい。ピンポンパンポーン♪
「しかしっ!どうしてこんな時期に『オーブ訪問』などというバカげた計画が持ち上がったんだ!ラクス・クラインがオーブを訪問するのは三ヵ月後だと正式に発表されているじゃないか!こんなに急では対処しきれないぞ!」
「仕方ないだろう?イザーク。アスハ代表たっての希望なんだし、ラクス・クラインにしてもずっと多忙だったんだからさぁ」
「仕方がないだろうって・・・ディアッカっ!貴様それでも栄えあるジュール隊の隊員かっ!」
「だぁかぁらぁ!仕方がないって言っているだろう(・・・溜息)ラクス・クラインだって極秘ながら正式に一週間後に訪問すると返事をしたんだし?表向きは『外交訪問』ということでそれなりの言い訳だって成り立つんだからここは素直にオーブ首長の表敬訪問ということにしておけばいいじゃない?」
「ああ!表敬訪問!ラクス・クラインはそれでもいいだろうさっ!だが俺達ジュール隊は常に戦場の最前線に立つ武官なんだぞっ!・・・それがこんな要人の警護など・・・評議会のクソ議員どもは俺達をバカにしているのかっ!」
「あのなぁイザーク。もう今はドンパチなんかやっている世の中じゃないんだよ?いくらオレたちが武官でもさぁ?武力衝突でもないかぎりMSに乗って戦闘に出ることなんかないんだから。それにオレたちの身分っつーか所属だって今じゃ『最高評議会議長専属警護隊』なんだからラクス・クラインに付き従うのは当然だろう?」
「ええいっ!くそっ!世界情勢はまだまだ安定しているとまでは言い難いんだぞっ」
「あーもういいから。シホ、こいつを外に連れ出して水でもブッかけといてくれ。オレはラクス・クラインと協議して日程と警護の調整に入るから」
「ディアッカ・・・き・さ・まぁ〜っ!!」
「はいっ!イザーク、行ってよし!」
**********
もう昨日のことになるが、地球はオーブ連合首長国から極秘の高速通信がプラントにもたらされた。
差出人(・・・って言うのか?)はオーブ代表首長のカガリ・ユラ・アスハ。
そして気になる内容はこうだ。
『プラント国家最高評議会議長ラクス・クライン嬢に内密の協議を申し入れる。あの悲惨な大戦も過去のものとなりつつあるが、だからといえこのまま無為な時間を重ねるのも我々は甘受できない。現在オーブ、プラント両国家間の関係はすごぶる良好ではある。さればこそ我々は更に強固な信頼関係を結び今後の社会情勢に寄与したいものと考える。両国の停戦及び国交樹立記念日はまだ三ヵ月も先だ。そこで提案するが如何なものか至急検討してもらいたい。国交樹立記念式典には両国ともテロリストの警戒で会談の時間も長くは取れまい。だが今ならテロリストや反体制派の動きも活発ではないと考える。オーブは中立国家ゆえに少人数の出入国なら目立つこともないと思われるので極秘にオーブに来られんことを希望する』
・・・こんなこと言われてもよくわかんねぇよ!(そうだとは思うのだけれど・・・それが世の中の体裁とというものなのですよ。ま、こんな小難しいことはさて置いといて)
要するに・・・まあ、ぶっちゃけカガリはこう言いたいわけだ。
『ラクス!あいつら連れてオーブに遊びに来いよ!』
───まぁ素敵ですわ!あの美しいオーブに皆で滞在できるなんて!
と、ラクス嬢が言ったかどうか定かではないが。この議案(・・・議案!?)はどういうわけかあっさりと評議会を通過してしまった。
そして、極秘でオーブに入国するラクスの随行員兼護衛として歴戦の勇者でもある『ジュール隊』の面々が指名されたのは至極当然であり、これ以上の適任者集団も居るまい。
───コンコンコン♪
評議会議長閣下。ジュール隊所属、副隊長ディアッカ・エルスマンです。
「お待ちしておりましたわ。どうぞお入りになってくださいな」
凛とした、それでいて女性的な情感を保つ声の主は現プラント最高評議会議長のラクス・クラインのものである。
「は、では失礼いたします」
ディアッカはドアを開け、軽く一礼すると正面にいるラクス達の姿に笑みを浮かべた。
ドアを閉めると外部からは全く遮断された静かな空気が広がり始める。ディアッカはこれまでの恭しい口調を改め、ぞんざいとは言わぬまでも親しい友人に対するざっくばらんな言葉をポンポンと紡ぎ始めた。
「あーあ。お二人さん相変わらず仲のよろしいことで。例のオーブの姫・・・いや代表の申し出の件だけど評議会には極秘の会談ということで報告しといたぜ?で、さっき通過したって連絡があったよ」
「・・・流石はディアッカだね。今回はどんな手を使ったの?」
そう言ってクスクスと笑うのは、戦争終結後、ラクスのプラント帰国要請に合わせ、正式にラクスの補佐として入国を果たしたご存知キラ・ヤマトである。
「んーとさ?ほら、三ヵ月後にオーブとプラント間の国際会議があるだろ?あっちは正式の訪問だから警備の準備とか要人警護対策とかは既にもう決定しているんだけれどさ?こういった情報は不思議と漏れちゃうんだよね。だからこのこのオーブの姫さんの要請を期に実際の警護体制は勿論、当日の会談の内容がより中身の濃いものになるための先行投資と思わせればいいわけよ?実際の計画の不備を是正する時間も出来るんだしさ」
「で、それで評議会議員は納得したの?」
「まさか。あの頭の固いおっさんやおばさんは何でも穏便にコトを運びたがるでしょ。まぁ無理もないんだとは思うけれどさ?」
「でも・・・君は納得させちゃったんでしょう?」
キラは笑みを崩さずにディアッカの顔をじっと見つめた。それに対しディアッカもまたクククとひとの悪い笑みを浮かべた。
「オレの名前じゃーちょっと弱いんでね?イザークの名前を拝借した。プラント攻防戦の勇者だしおまえがラクスの右腕なら当然奴は左腕さ。そのイザークの名前で極秘会談の重要性を説明したレポートを評議会議員にたきつけたんだよ。しかも、何かあったらイザークの奴が全責任をとるっつー形にしてね?」
「・・・なるほど。それによって評議会議員の責任を回避させたんだね」
「それだけじゃないさ?評議会議員の中には現体制を快く思っていない奴もいるからな。ま、こういった奴らが行動を起こすのもいいチャンスだろ?せっかくだからこの際そういった奴らを炙り出すのにも利用させてもらおうってね」
「・・・こういうことになると君の頭は抜群に冴えるね。僕じゃそこまでは考えつかないもの」
褒められているのか、はたまたけなされているのか解からないが、ディアッカはニヤリと口元を歪めると昨夜一晩で立案したプログラムをキラに手し、すぐさまラクスからの承認を求めた。
「何にしても国際会議前のオーブを視察しておくのは有効さ?こちらとしても警護の計画の不備を指摘できるんだし、行動もし易くなる」
その言葉に、これまで沈黙を保っていたラクスがディアッカを見やると例の凛とした声プラス威厳をもって返答をした。
「ええ。ディアッカの仰るとおりですわ。報道機関を前にしては自由な討論も出来なければ、本音で語り合うことも難しいでしょう。ここでカガリさんと極秘に会談する機会を設けることが叶うならば、それはオーブ、しいてはプラントにとっても望ましいことです。ディアッカ。大変だとは思いますがこの件はジュール隊のみなさんにお任せいたしますわ」
「はいはい、お任せされちゃうよオレは。せっかくの機会なんでこっちとしても最大限有効に活用させてもらいましょうね」
ディアッカは決議案にラクスからの署名を貰うと、意気揚々と部屋を引きあげていった。
**********
一週間後、いよいよオーブに向けて出立しようとするラクス・クラインの一行はプラントの宇宙空港にその姿を見せていた。
人数だが、まず主賓のラクスとキラ。それに警護と称して随行するのがディアッカとシホ、そしてイザークの三人で、総勢五人というびっくりするほどの少人数である。
極秘と銘打っておきながらも実際はかなりの報道陣が空港に待機していたのには驚きだ。ラクスのオーブ訪問はあくまでも極秘だった筈だが・・・。
カシャカシャとカメラのシャッター音に混じって周囲からは驚きの声が上がっている。
「ほら!イザーク!もっと愛想よくしろよ」
イザークの横で笑いを堪えているのは無論ディアッカである。イザークはというと今にも怒鳴り散らしそうな顔を下に向けて苦虫を噛み潰したような表情を必死で殺しているのだ。
そこへインタビュアーがマイクを差し出し今回のオーブ訪問についてのコメントを求めてきた。
「ジュール前評議会議員は戦後久しく野に下っていたわけですが、今回、ラクス・クライン評議会議長の名代としてオーブへの表敬訪問を受けた理由はどういったことからなのでしょうか」
と、そこへ割り込むような形でディアッカがインタビュアーからの質問を遮った。
「エザリア・ジュール女史は大変お疲れですし、出立まであまり時間もございませんので質問はご遠慮願います」
ディアッカに抱えられるようにインタビュアーの質問から逃れた人物は微かに会釈をすると人ごみに紛れ、専用のチャーター機へと姿を消した。
「エザリアさま、お足元が危のうございます。どうぞ私ディアッカ・エルスマンの腕にお掴りください!」
よろよろと今にも転びそうなエザリアと呼ばれた人物にディアッカは手を差し延べたが、彼女はギロリとディアッカを睨みつけてその手を払いのけた。
「ええいっ!貴様の介添えなんぞ必要ないわっ!」
「でも〜!エザリアさまぁ〜」
ディアッカはそう言いながら目に涙を浮かべて笑っている。
「貴っ様ぁっ!どこまで俺をバカにすれば気が済むんだ!!この俺に・・・母上に変装しろだなんて一体どういうつもりなんだぁっ〜!!!!!!」
遂に堪えきれなくなったエザリアと思しき人物が声を荒げてディアッカに掴みかかった。
「ディアッカ・・・貴様・・・もっとマトモな出国計画は思いつかなかったのかっ!」
「えー?そう?オレは最高だと思うけれどぉ?」
「ええいっ!この靴も何とかならないのかっ!」
「ジュール隊長!声が高いです!」
そう言いながらシホも必死で笑いを堪えている。
「だってお前は元からお袋さんに生き写しじゃんよ?ホントびっくりだぜ!思ったとおり良く似合ってるって女装・・・!」
なんと!エザリア・ジュールと目されていた人物はその息子、イザーク・ジュールが変装した姿だったのだ。
専用機体の中では周囲からも笑い声がこだましている。
「ディアッカの仰るとおりですわイザーク。本当にエザリアさまに生き写しですのね。キラもシホさんもそう思いませんか?」
屈託のない笑顔をイザークに向けてラクスはゆったりと座っている。
実は今回極秘とされているオーブへの表敬訪問は、表向きはラクスの名代としていつの間にか前評議会議員のエザリア・ジュールが赴くことになっていたのだ。
当然これはディアッカが立案した実に巧妙な策である。現在のイザークの持つ地位に加えラクスからの要請とあればエザリアも名代として参じる資格は十分あるうえに、ジュール隊の副隊長であるディアッカが付き従うのも頷ける。しかもエザリアは元親ザラ派。要するにタカ派の議員の代表格であったから現プラント政府を快く思わない者であっても迂闊に手出しができない。テロリスト対策として彼女ほど都合のいい人物はいないのである。
そしてこの場に武官の代表であるイザークの姿がないということは・・・暗に『イザークは本国でラクス・クラインに付き従っている=ラクスは本国にいる」』と思わせることができ、まさに一石二鳥の計画なのだ。当のラクスは地味なスーツに深々と帽子を被り、エザリアに扮したイザークに付き従っていた。シホと同じスタイルでいることによって周囲にエザリアのSPだと認知されており、キラも地味なスーツ姿に黒縁の眼鏡をかけ、こちらもやはり秘書官といったスタイルだ。ディアッカの場合、どうしてもその派手・・・いや豪奢な風貌を隠し通せないので、逆に堂々と武官としてZAFTの黒服のままでの出国となった。
野に下って久しいエザリアではあったがこれはこれで話題性はかなりある。
ディアッカはそこまで周到に考えて計画を立てたのだ。これはもう見事としか言いようがない。
(と言うのは大嘘で実はイザークに女装をさせたかっただけなのだが)
「ああ、イザーク。もうメイク落としてもいいぜ?何?それとも女装が気に入っちゃったとか?」
ヒーヒーと笑いを通り越して泣いているディアッカはこれでもかっ!と言わんばかりにイザークを挑発して楽しんでいる。
そんなイザークをさすがに憐れに思ったのか、さりげなくキラが話の矛先を変えた。
「ねえ、ディアッカ。オーブに到着してからの日程はどうなっているの?」
「んー。それは向こうに着いてからのお楽しみってね。オーブの姫さんとアスラン、それにキサカのおっさんが上手く計らってくれているはずだから心配ないよ」
それを聞いてイザークの顔色がさあぁーっと青ざめた。
「まさかと思うが・・・俺はこの格好でアスハ代表や・・・アスランと会うんじゃぁないだろうな?」
「は?何言ってんのイザーク。オーブの空港に降り立つ時と公式の会見の場ではその格好に決まってんじゃんよ?いいか?上品に振舞うんだぞイザーク!あの美女と評判のお袋さんの名を汚さぬようしっかりと行動しろよ?」
「・・・・・・」
「どしたのイザーク?黙りこくっちゃって・・・ああ、もしかしてママン恋しいとか?」
イザークはディアッカの顔を見ずに彼方の虚空を呆然と見つめていた。そして地響きのような暗く篭った声でポソリと呟いたのだ。
「いいだろうディアッカ・・・。お前がその気ならこっちにも考えがある。その得意満面な顔を泣きっ面に変えてやろうじゃないか・・・」
そんな二人のやり取りをキラはクスクスと笑って、ラクスはふんわりと笑みを浮かべて、そしてシホはハラハラと手に汗を握りながら見守っている。
まさにバカンスは始まったばかり。どうなるのかは神のみぞ知る・・・。
(2007.4.4 空)
※ 前後編になってしまいました・・・ごめんなさい!管理人の努力が足りなかったと猛反省・・・。
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