4月18日(日)

昨日からの雨はまだ止みそうに無い。
ミリアリアのことが気懸りで雨の中長時間ストーカーもどきをやったオレは、翌日見事に熱を出した。
仕事も一段落しているし、これといって急ぐ用事もなかったからそのままベッドで寝ていたのだが、どういう理由(わけ)なのか、いきなりサイが訊ねてきて、結果オレはあれこれ奴に大きな借りを作ってしまった。





I am The Editor Part.4





───ミリィから連絡があったんだよ・・・。

サイはそう言ってベッドの隅に腰を下ろすと、大きな溜息をつきながらオレの額に手を当てた。

「熱・・・かなり高そうだね。君・・・もしかしてあれからずっと外にいたんじゃないの?」

「んなことはねぇよ。さっさと(うち)に帰って酒飲んで寝たよ」

「で?この熱?」

「・・・悪いかよ!オレだって生身の人間だぜ?風邪くらいひくさ」

サイはとかく察しのいい奴だから、いくらオレが酒を飲んで寝てたって言っても多分信用なんかしちゃいない。そんな奴がじっとオレの顔を見る。ヤダなー!こういう緊張感はちょっと勘弁して欲しい。

「あの日はミリィを食事に誘ってたんだって?」

「取材を兼ねてだけれどね。それがどうかしたか?」

「用事があるからって断ったのに当日の夜になってまた電話掛けてきたって・・・ミリィが言ってた」

「ああ、せっかく予約取ったんだもんキャンセルするのは勿体無いでしょ?もし用事が済んでいたらどうかと思って連絡してみたっつーそれだけの話」

「・・・そう?」

サイはクスリと笑いながらスポーツ飲料のキャップを開け、カップに注いでオレに手渡す。

「しかし・・・早いもんだよなぁ。トールが亡くなってもう6年経ったなんてさ・・・」

しんみりと項垂(うなだ)れながら語るのを聞いて「飛行機事故じゃどうしようもないだろ?まだ二十歳だったって?そいつ」と、オレがそこまで話した途端、サイの奴はニヤリと口元に無気味なまでの笑を浮かべた。

「・・・どうしてトールのこと知ってるの君。俺達はミリィの『旦那さんの命日』としか言わなかったと思うけどね?」

「・・・・・・(しまった・・・)」

『語るに堕ちる』・・・とはきっと、こんな状況のことを言うのだ・・・。




**********




「・・・公園墓地に行った?」

サイの瞳は穏やかだ。オレと同い年っつーのも癪な話だが、こいつは普段から妙に落ち着きがあり、年長者の威厳すら感じてしまう。

「・・・いや、行ってないね」

無理を承知で押し通す嘘にサイはやれやれ・・・といった様子だ。

「ミリィの旦那さん・・・トールは俺の後輩なんだ。キラもミリィもそうなんだけどね。とにかくみんな仲が良くてあっちこっち一緒にに出かけたりもしたよ。ミリィとトールがいつから付き合いだしたのかは解からないけれど19歳の時には結婚を前提にして一緒に暮らし始めていたんだよ。でもトールのご両親はふたりの結婚に大反対でね・・・。ほら、オーブは二十歳(はたち)にならないと親の承諾無しで結婚は出来ないだろう?」

ああ、そうだった。
オレの母国プラントでは徹底した教育体制が整っているため15歳で成人とみなされるが、ここオーブでの成人は二十歳だと聞いて正直驚いたことを思い出した。オーブの文化水準はとても高いし、高校や大学の飛び級もある。なのに成人年齢が一律二十歳というのは変な話だ。

「トールもキラも・・・無論ミリィも優秀でね、彼らは3年飛び級して二十歳前にうちの会社に入社してたんだけれど入籍することは叶わなくて・・・成人するのをずっとずっと待ってたんだ。ミリィがひと足早く二十歳になって、でもって2ヶ月遅れでトールも二十歳になって・・・これで全てが上手くいくって・・・あれはそんな矢先の事故だったんだよ」

まるで自分自身を納得させるかのようなサイの口調が歯痒かったが、オレはそのまま黙って奴の話を聞いていた。

「あの時大きなビジネスチャンスがあって・・・何ていうのかな、会社の命運を分けるくらい大きな契約の話があってさ?初めはキラが赴くことになっていたんだ。ところが土壇場になってキラ・・・盲腸で入院しちゃってさ・・・代理としてトールが取引先まで渡航することに決まって・・・そしてそのまま・・・」

そこまで話すとサイは口を閉ざしてしまった。
無論オレからじゃそれ以上の話は出来ないし、また聞くのも憚られた。仕方がないのでサイが再び話し始めるを待っていたが、どうも何かあるようで迂闊に動くことすら気まずいような雰囲気になった。

「・・・とにかく・・・急に決まった代理の渡航話にトールたちは忙殺されちゃってね・・・入籍と結婚式はそれが終わってからということになって・・・まさかあんな事故に遭うなんてさ・・・夢にも思わなくて・・・」

ああ・・・そうか。それを聞いてようやくオレは納得できた。ミリアリアがミリアリアがハウという姓なのも、トールという奴がケーニヒという姓を名乗っていたのも入籍していなければ当然のことだ。

「飛行機はさ・・・海に墜落したもんだからさ・・・トールの遺体は見つかってなくて・・・結局あとで事故死と認定されてね。だから、あのお墓に彼の遺体は無いんだよ・・・」

「・・・・・・」

黙って話を聞いているオレの視線を感じたのか、サイは俯いていた顔を上げてメガネ越しからオレを見つめた。

「それどころか・・・正式に結婚していない女は保険金を貰う資格も無ければ遺品だって必要ないだろうって言われて・・・ミリィは遺品全てをトールの遺族に持って行かれたのさ。残ったのは俺達と一緒に撮った写真が数枚だけだった」

「じゃぁ・・・トールって奴の柩は空っぽってことか」

遺体が無いのなら当然柩には生前愛用していたものなんかを納めるだろうが、その遺品が無いとあっては柩が空でもおかしくはない。

「・・・いや・・・ひとつだけっていうか・・・1組だけ残っていたものがあったよ。流石にトールの両親もこれだけは知らなかったからね」

「ふうん・・・じゃぁ良かったじゃんよ?柩が空っつーのは寂しいモンなー」

何の気無しに口にした言葉をオレは直後に後悔した。温厚なサイの視線が一瞬で険しいものに変わり、たじろぐオレに言葉をぶつける。

「何が・・・何が良いもんか!トールの柩に納めたものは・・・結婚式に着る筈だったふたりの婚礼服だぞ!それに正式な墓はトールの故郷にたてられて・・・ミリィは葬儀にすら出席させてもらえなかったんだぞ・・・だから・・・だからミリィは教会に用意しておいた婚礼服を柩に納めて公園墓地のあの墓を・・・」

「・・・悪かったよ・・・」

声にならないサイの言葉を遮ってオレは素直に謝罪した。いや、こう言うしかなかったのだ。

そんなオレの言葉にサイもハッとして顔を赤らめた。
サイの長所は激発してもすぐに冷静になるところかもしれない。ミリアリアの結婚の経緯など何ひとつ知らなかったオレに対し、今度は温か味のある声を返してきた。

「・・・あ、ごめん・・・君は何も知らないのに・・・俺の方こそすまなかった・・・」

「いや、それはいいさ。おまえが怒るのも無理ないって」

そう、事情を知っている人間からすればオレの言葉はあまりにも無神経に聞こえただろう。

「ところで・・・サイ、お前どうしてオレんとこに来たの?あいつから連絡あったから?」

そうなんだ・・・。どうしてサイがオレんとこに来たのかその理由が掴めない。まさかミリアリアから連絡があったからって・・・オレが食事に誘ったこと・・・それだけでサイが来る理由にはならない。
そんなオレを笑いながらサイはこっそりと耳打ちした。

「ミリィの携帯に入っていた君からのメッセージ・・・君の声に混じって雨のような音が終始聞こえていたそうだよ」

(げ・・・嘘!マジで?)

言葉にこそしなかったが正直オレはうろたえた。雨音が聞こえていたなんて・・・迂闊だった。

「多分傘を叩く雨音じゃないかって。ミリィ君のメッセージに気がついたのは今朝なんだって言ってたけれど、連絡していいものかどうか迷ったみたい」

「・・・何で?」

「君があの後誰か他の女を誘っていたら・・・ほら?解かるだろ?女と寝てるところに編集者とはいえ他の女から電話があったら・・・ねえ?そりゃ気まずくなるってもんさ?」

「・・・なるほど」

さすがはオレの担当者。私生活も熟知してるか。

「雨音って聞いた時オレは確信したね。その時間違いなく君は公園墓地にいて、ミリィのことずっと見ていたんじゃないのかって。だとしたら君は他の女なんて連れ込まないよ。ただでさえミリィが結婚していたことを知ってパニくってる状態なのに」

「見事な推理じゃございませんか?アーガイルさん。でも違うって!雨音なんて・・・そんなのあいつの気のせいに決まってるじゃんよ」

「でも、雨の中長時間居ないとこんなに酷い熱は出さないでしょ?君・・・解かってないようだけれど38度7分も熱あるよ」

「・・・・・・」

クスクスと楽しそうに笑いながらサイは携帯電話を取り出した。なんだいきなり電話かよ

『あ?ミリィ?俺!サイだけど・・・うん・・・・そうなんだよ今ディアッカから連絡があって彼高熱出したって。あの声の状態じゃ半分死んでるね。でさぁ、俺に助けを求めてきたんだけど、社用があって奴のところには行けないから・・・悪い!ミリィ・・・ディアッカのところに行って様子を見てきてくれる?・・・・うん、今から?ああきっとそれは大丈夫だと思うよ。じゃぁ何かあったら連絡して?うん、それじゃよろしく頼むね』

「ちょっと待て!おまえ今どこに・・・」

「うん。今からミリィがここに来るよ。ちゃんと彼女に看病してもらいなよディアッカ」

冗談じゃないぞ!昨日かっこよく食事に誘っていて今日はこれじゃあまりにもオレが情けないじゃないか!オレにだってプライドってもんがあるんだぜサイ・アーガイル!

「ミリィ・・・遅くまで墓地にいたよね?そして君はそんなミリィを放っておけなくてずっとミリィを見守っていたんでしょう」

サイはまだクスクスと笑っている。

「君がミリィに気があることくらい編集部の連中はみんな知ってるよ。気付いていないのは当のミリィだけじゃない?いくら取材を兼ねてっていってもVIP御用達の高級施設やレジャー施設、ショッピングに・・・昨日は1ヶ月以上前から予約しないと入れないような3つ星のレストランじゃない?そんなところに一介の編集者なんか誘ったりはしないよねぇ」

「・・・・・・うるせぇよ。それに・・・オレが何しようと関係ないだろ!」

「そうなんだけどね。それでもミリィは結構楽しそうだったから・・・ま、これは万年いい人を演じている君へのご褒美だと思って?」

「あのなぁ・・・」

「おっと!早く帰らなくちゃ。ミリィすぐ来るって言ってたんだ」

「サイっ!」

「君のことだからあの墓標の前で何時間も悶々としてたんでしょ?間違ってもミリィには聞けないことだろうから予備知識を授けにきたのが俺の任務」

「任務・・・」

「みんな・・・ミリィにはもう幸せになってもらいたいんだよ。特にキラね・・・キラは口には出さないけれどミリィの不幸の原因を作ったのは自分だとずっと思いこんでるからね・・・」

「・・・・・・」

「だから君の善処に期待してるのが今の俺達!」

「面白がって傍観しているだけじゃねぇか!」

「何とでも。ま、とにかく頑張ってくれ。俺は帰るよ」

そそくさとコートを羽織るとサイは意味深にオレにウインク(げーっ!男からウインク貰ったって気持ち悪いだけじゃん!)をして慌しく部屋から出て行った。



───サイが帰った後、オレはひとり考えていた。

最初は食う為の手段に過ぎなかった小説は・・・いつの間にかミリアリアに喜んでもらえるような計画書になっていった。
ああすればミリアリアは喜ぶだろうか。こうすればきっと楽しいんじゃないかとあれこれプランを立てて・・・取材と称して本にしたのだ。最後は必ずハッピー・エンドにしていたのも・・・オレ自身が幸せになりたかったからだ。でも小説ならこんなに簡単に結ばれて幸せになれるのに現実の自分の思いは今も彼女には届かない。いや、届く筈も無かったのだ。
幸せになる・・・まさにその絶頂で亡くした恋人(意地でもダンナなんて言ってやらねぇ)のことを忘れられないミリアリアをどうやって口説けとオレに言うのだ。どうすれば悲しみを忘れさせてやれる?無理に決まってるじゃんそんなこと。
ミリアリアの過去を知ってオレは益々彼女が気になる。どうすればいい?一体オレに何が出来る?



───PINPO−NNN♪



『ちょっとディアッカ!大丈夫なの?!』

インタホン越しのミリアリアの声にオレは答えることが出来ない。

『カギ開いてるんでしょ?入るわよ』

あーそうか・・・サイが出て行ってそのままだもんな・・・なんてことを思いながらオレはミリアリアがここに来るシーンを思い浮かべていた。
理想と現実のあまりのギャップにオレの熱はまた少し上がったのかもしれない。






    (2007.5.2) 空

    ※3話目をお届けします。空想の物語の編集は出来ても現実の自分の物語は自分だけじゃ作れません。
      恋物語は相手の思いと自分の思いがあって成立するものですよね。頑張ってね!ディアッカ兄さん!

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