実際、大きな買い物袋を両手に提げた格好でオレの部屋に入ってきたミリアリアを見た途端、オレの心臓はバクバクもので、いくら表情を隠すのが上手いオレでも緊張からくる汗と頬の赤味は隠しようも無く、熱を出しているこの状態を心底ありがたく思ったものだ。
「サイが心配していたわよ。無理してたんじゃないのあんた?じゃなければ夜遊びのし過ぎ!」
何の屈託も無い顔でサラリと言ってのけるミリアリアの態度に(テメェのせいだっつーの!)と呟きたかったオレだが、スススーっと近づき、オレの額に白い手を当てる仕草に今度は(気持ちいいなぁ・・・)などと勝手なことを思う自分がなんだかとても情けなくなる。
「病院へは行ったの?一応市販の風邪薬も用意してきたけれど。あ、それとご飯ちゃんと食べてるの?・・・ってこの状態じゃ無理だわねぇ。いいわ、お粥でもつくるから。っとその前に水枕と氷嚢」
そう言って彼女が買い物袋からガサガサ水枕と氷嚢を取り出したのには驚いたが、更に大きな氷を出した時には驚きよりもあまりのあまりさに目が点になってしまった。どうやって持ってきたんだ?これってかなり重いんじゃないのか?
さして広くも無い2DKのオレの部屋でガツンガツンと氷を砕く音だけが響く。
(うわ・・・危なっかしい手つきだなこいつ・・・)
手にしたアイスピック(こんなものまで持ってきてたのかよっ!)が凶器みたいでこっちはもうハラハラものだ。
それでもなんとか水枕に砕いた氷を入れ、留め金で挟んでタオルにくるくると包み、オレの頭の下に置く。そしてミリアリアはまたふっとオレの顔を覗き込んでやれやれ・・・といった表情をした。
「・・・あんた凄い汗かいてるじゃない。そのままじゃもっと風邪酷くなるわよ?ほら早く脱いで!」
「は・・・?脱ぐ?」
「聞こえなかったの?その汗じみた下着もパジャマも全部脱いで着替えるのっ!」
「おまえ・・・年頃の男をひん剥くなんて・・・羞恥心っーもんはねぇのか・・・?」
「・・・何年あんたの世話してきたと思ってるの?今更あんたを男として意識なんかしてないわよ!手の掛かる子供と同じようなもんじゃないの」
───子供ですか・・・。
そいつはあんまりだと思いつつ、ミリアリアにとって所詮オレは手の掛かるガキみたいな存在でしかないのだと認識させられて体中の力がかくんと抜けた。
I am The Editor Part.5
───3日後。
何とか熱も下がり、多少は咳き込むもオレはまた健全な(?)日常生活を送れるようになった。
年頃の男を身ぐるみ剥いだミリアリアはあの後黙り込んで、ただ懸命にオレの身体を乾いたタオルで拭いてくれた。
さすがはオレ専属の編集者。勝手知ったる何とやらで、オレの下着やパジャマの替えのある場所まで熟知しているのを見るにつけ、(ああ・・・オレはいつもこいつの世話になっていたんだな・・・)などと改めて思い知らされた。
着替えの後に食べさせてくれたお粥も美味しかった。『しょっぱくなかった?』なんて言ったのでオレにしては実に素直に『いや、そんなことないよ、充分美味しいぜ』と返したら、ミリアリアは『・・・あんたは私がどんなものを出しても美味しそうに残さず食べてくれるのよね』と嬉しそうにクスリと笑った。
おまえ。それ反則だよ。
くどき文句ならぬ殺し文句だって。
そして、オレがどうしてこんなにもミリアリアが好きなのか・・・その理由も何となくだが解かってしまった。
ミリアリアの愛情には打算がないのだ。オレが遊びで付き合った女どものような見返りなんて最初から期待していない。ただ相手を思って・・・相手のために何かをすることがきっと彼女の喜びなのだ。それだけで彼女には満たされるものがあるのだろう。
ただ悔しいのは、何かをする相手がオレに限ったことではなく、彼女の周囲にいる人間に対して等しく愛情を注ぐということ。
彼女が、ミリアリアが心底愛情を注いで誰よりも大切に想っていた恋人にはもう何もしてやれない。美味しいご飯をつくってもそれを食べてくれる恋人はもうこの世にはいない。
何かと煩くオレの世話をやいてきたミリアリア。
『・・・あんたは私がどんなものを出しても美味しそうに残さず食べてくれるのよね』
ああ、そうさ。オレにとってもうひとつの悔しい思いは、これがミリアリアの代償行為なのだということだ。
本当は亡き恋人(だから間違ってもダンナなんて言わねぇ!)にしてやりたかったことをきっと・・・あいつは無意識のうちにオレにしているのだろう。打算なんか何も無い。恋人にしてやりたかったことをオレにしている・・・ただそれだけなのだ。
あの日─。
恋人の墓標の前で雨の中を立ち尽くしたまま動かなかったミリアリア。
誰にも見せた事がなかったであろうもうひとつの顔。
それを知って尚・・・オレはミリアリアに恋をしている。
**********
仕事が終わったであろう頃合を見計らってオレはミリアリアの携帯に電話を入れた。
『元気になったみたいじゃない?』
なんて快活な声がするにつけ、オレは苦笑してしまう。
そうね。確かに風邪は治ったけれど恋の病は完治しねぇよ。
「あー、おまえ今日これからヒマなんだろう?どう?面倒かけさせた礼もしたいから海岸通まで出て来いよ。ディナーくらいご馳走するよ」
受話器の向こうで嬉しそうな声がした。
「は・・・?『レストラン・ヴォルテール』のケーキバイキング・・・何、そんなのでいいの?」
まったく欲が無いっつーか、無邪気とでも言うべきか高級ディナーよりもケーキバイキングですか貴女様。
まあ、約束もとりつけたから今日は間違いなくミリアリアに逢える。とりあえずは看病してくれた礼を言おう。
で、ケーキバイキングの後はホテルに一泊・・・といいたいところだが、恋人の命日からまだ数日しか経っていない。
こんな状況でそれを言い出せるはずもない。ヘタレてんなーオレ。
オールナイトの映画を観てもいいし、何だかんだ理由をこじつけてプレゼントを買いに行くのもアリだ。
『だから君の善処に期待してるのが今の俺達!』
サイはそう言ってたが、ごめん、もう少し『いい人』でいるしかなさそうよオレ。だからさ?『面白がって傍観』してくれていてもそれは許す。
自分が書く小説のようには上手くいかない恋だと思う。
ムードで押し切れる相手じゃないし、しかも事実上の未亡人だ。
恋愛に夢を持つというより、失うことの悲しさとひとり残された寂しさを知る現実に生きる女だ。
表面の強さと内面の儚さを包み込んでやれるほどオレはまだ大人ではない。自覚している。
「ディアッカーっ!」
道路の反対側でオレを呼ぶ声が聞こえた。
ニコニコと笑って手を振るおまえに今はまだ好きだと言わない、いや、言えない。
でも・・・オレは自分の物語の主人公だから、いつかきっとおまえに好きだと伝えよう。
そしてそこから始まる恋物語は自分の想いで幸せになるよう築き上げていくのだ。
───大好きだよ。ミリアリア・・・・。
オレの恋物語はまだまだ先へと続いている。
(2007.5.16) 空
※ うたぎさん、大変長らくお待たせいたしました。キリリクの完結編をお届けします。
フラれてばかりのディアッカというよりもミョ〜に可愛いディアッカとなってしまいました。
完結編というより、何となく今後の展開が気になるような終わり方にしました。
このあとの物語はみなさんの妄想と理想を存分に働かせて繋いでください。
リクエストをありがとうございました・・・!
キリリクへ